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    かけはし2019年10月14日号

軟弱地盤問題は解決できない


沖縄報告 10月6日

新基地の致命的欠陥

沖縄 K・S


10.5

第1土曜日 辺野古県民大行動

800人がゲート前で新基地阻止のこぶし

 一〇月五日土曜日、キャンプ・シュワブゲート前に八〇〇人が集まり、各地の島ぐるみや団体のノボリ、横断幕、プラカードが林立した。オール沖縄会議主催による第一土曜日の定例の県民大行動には常に一〇〇〇人近くが結集する。この日も朝からゲート前に集まりはじめ、集会開始の午前一一時にはゲート前のテントの内外に参加者があふれた。

共同代表ふたり
のあいさつ
最初に、共同代表の稲嶺進前名護市長がマイクをとり、「新基地建設には一五〜二〇年かかる。仮にできたとしても、活断層や軟弱地盤のために使えない。すると普天間は還らない。どうして普天間の返還を強く要求しないのか。県民の分断を打ち破ろう」と檄を飛ばした。続いて発言した照屋義実さんは「最近オール沖縄会議の共同代表に就任した。今まで以上に力を尽くしてみなさんと一緒に頑張っていく」と決意を述べた。
ヘリ基地反対協の安次富浩共同代表は「米軍は二年後沖縄に中距離弾道ミサイルを配備するという。沖縄は軍事要塞としていっそう固定化される。どこに保管されるか。辺野古弾薬庫、嘉手納弾薬庫しかない。世界中に訴えかけよう。必ず勝利する」とアピールした。

国会議員・県議会議員のあいさつ
赤嶺政賢衆院議員は「昨日NHKの辺野古の特集番組が放映された。しかし、翁長雄志前知事が一度も登場しない。最後は、どうせ国の力で基地はつくられてしまう、という人の言葉で終わってしまった。とんでもない。郵政の圧力のように何かの圧力で変えられたに違いない。私たちの頑張りで日本の政治を変える力になろう。辺野古を止め建白書を実現する政府をつくり出そう」と呼びかけた。
三区の屋良朝博さんは神奈川での講演会があるとのことで出席できなかったが、メッセージを寄せ「国政野党の大きなかたまりをつくるために努力する」と述べた。七月参院選で当選した高良鉄美さんは、宮古、久米島、ハワイ、中国、石垣など精力的に視察を続け、臨時国会に臨んでいるとの消息が伝えられた。糸数慶子さんは「一昨日宮古に行ってきた。住民地域から二〇〇m先に弾薬庫が造られようとしている。水も危ない。もう一つ、遺伝子組み換えの種子法の危険性を訴えたい。県条例を制定し県民の命と健康を守らなければならない」と提起した。
県議会会派のあいさつは、会派「おきなわ」の親川敬さんと、共産会派の渡久地修さんが行った。親川さんは「全国キャラバンを通じて沖縄の民意を訴えている玉城知事を支えよう」と訴えた。渡久地さんは「原水爆禁止世界大会を来年四月ニューヨークで開く。知事は来年の6・23慰霊の日の沖縄全戦没者追悼式に広島・長崎の両市長を招き、八月の両市の平和記念式に出席する意向を明らかにした。段々情勢は動いて行っている」と述べた。

北上田さんが埋め立て工事の報告


そのあと、平和市民連絡会の会員で土木工事の専門家である北上田毅さんが埋め立て工事の現状について話した。
「日本政府は軟弱地盤で慌てふためいている。最近防衛局による二件の埋め立て関連委託契約が結ばれた。ひとつは地盤改良工事を入れた設計変更業務、もう一つはそれに伴う環境影響評価で、ともに契約期間は二〇二〇年三月末となっている。私のブログ(「チョイさんの沖縄日記」二〇一九年九月二〇日付)で報告したように、米軍と当初、三〇%、九〇%、完成時の四回にわたって協議することなどが指示されている。こうした米軍との協議は、今までなかった。これは、大浦湾の軟弱地盤問題が米軍にとって極めて深刻な事態であることを示している。新聞報道によると、来年早々にも防衛局による設計概要変更申請が提出されるとのことだが、もちろん沖縄県知事は承認しないだろう。しかし、県民の闘いがない限り知事も頑張り抜けない。辺野古ゲート前、安和、本部塩川、海上の現地行動に結集しよう。この闘いを背景に知事が毅然と対決していけば埋め立て工事は必ず頓挫する。闘いの展望に確信を持ち全力を結集しよう」。

本部町島ぐるみと
海上チーム


本部町島ぐるみ会議共同代表で本部町議の仲宗根須磨子さんは、本部港の米軍使用を阻止した九月一七日の闘いを振り返り、「当日朝六時から現地に集まった。本部港と浜崎港の二ヵ所で態勢をとった。ボートを運ぶ米軍車両は七時ごろ到着したが、ゲートの中には全港湾の五〇人、ゲートの外には各地から結集したメンバーの阻止行動で、米軍車両は一ミリも動くことができないまま午後四時過ぎ撤収した。町議会から駆けつけた時には現場はカチャーシーのさ中だった。一二〇人による一〇時間に及ぶ行動。一二〇人集まれば勝てる。次回の米軍による本部港使用も絶対に許さない」と呼びかけた。
海上チームを代表してマイクを握ったヘリ基地反対協の仲本興真船長は、「今日はゲートからの作業車両の搬入はないが、海上ではK9護岸やK8護岸で運搬船による土砂搬入が行われている。海上チームはカヌー九艇、抗議船四隻で海に出た。抗議船に乗ったある人は、海を守るべき海保が海を壊す手伝いをしていることに疑問を感じ海保をやめたという話を紹介していた。この度キリスト教団関係者がつくってくれた‘このは蝶’という名の船が加わった。一二月三日の大行動を成功させよう」と訴えた。
そのあと、高里鈴代さんのリードで「沖縄今こそ立ち上がろう」を力強く歌い、ガンバロー三唱で集会の幕を閉じた。

「ドローンの眼」
上映会

 午後二時から那覇市てぃるるホールで、沖縄ドローンプロジェクトが制作したドキュメンタリー映画「ドローンの眼」上映会が開催された
映画の内容は、第一部「改正ドローン規制法と辺野古」二八分、第二部「ドローンで見る沖縄の基地」四〇分からなっている。上映権付のDVDが一枚一万円で販売されている。(連絡先FAX 011-351-1068、メールokinawa.drone.project@gmail.com)

10.2

辺野古ゲート前座り込み

1日3回の資材搬入に根気強く阻止行動


一〇月二日水曜日、島ぐるみ南部のメンバーは、定例の安和桟橋での土砂搬入の動きが見られないため、辺野古ゲート前に結集した。辺野古ゲート前には約一〇〇人が集まった。ゲート前担当は平和市民連絡会。高里さんと宮城さんがマイクを取りリードした。ゲート前の行動は、資材搬入に備えてゲート前で座り込み、生コン車など工事車両の到着、警察機動隊の登場、一触即発の緊張、排除、工事車両の進入、ゲート前に再結集してデモ、警察の規制、搬入が終わると共にゲート前テントに移動して集会や休憩のサイクルの繰り返しだ。
生コン車三〇台をはじめとした午前九時の搬入に続き、一二時の二回目の搬入も琉栄生コン、東生コンの生コン車を先頭に車列が続いた。ダンプは北勝重機運輸などの砂利、砂がほとんどだが、大量の鉄筋やビニールシートで覆われたものも含まれていた。ゲート前のマイクは「運転手さん、違法工事の共犯ですよ。やめなさい」「防衛局、工事費用がいくらかかるのか、軟弱地盤がどうなっているのか、説明しなさい」などの訴えが途切れることなく続いた。
テント前の集会では各地の発言が続いた。その中で、普天間爆音訴訟団の島田善次さんは「毎週月曜と水曜は安和に行っているが、今日は安和がないのでこちらに来た。防衛相の河野が来沖したが、宜野湾、名護、うるまの市長とだけ会うという分断工作をした。植民地主義の方法だ」と怒った。
司会に促されてマイクを握った横田チヨ子さんは「私はサイパンの戦争の生き残り。今年もサイパンでの慰霊祭に参加した。七五年前の戦争でサイパンは廃墟になった。現代の戦争はボタン一つで島がなくなる。戦争をさせてはいけない、基地を造らせてはいけない。沖縄のチムグクルだ。安和桟橋での行動は出口でダンプを止める行動を続けていて、効果があるしやりがいがある。少しでも工事を遅らせる。辺野古でも安和のような取り組みができないか」と提起した。
横田さんは三歳の時、先に移民に行った父を頼って母と共にサイパンに行った。家族はキビづくりに精を出した。そして戦争を経験し九死に一生を得て一九四六年三月に沖縄に引き上げてきた。現在九一歳の横田さんは足腰もしっかりしていて、ゲート前の座り込みにも必ず参加し、大きな声で不法工事を糾弾する。横田さんの体験は、下嶋哲朗さんの書下ろし『非業の生者たち』(岩波書店)に掲載されている。
三時が近づいて来たので集会を打ち切り全員でゲート前に移動。この日の救護班は宮城県からの女性二人。一〇月は北海道、東北で担当するという。ゲートの反対側の一角で抗議行動を見守った二人は、ともに沖縄は初めてとのことで、体調不良を訴えた人はいないが、ゲート前の皆さんの頑張りには圧倒された、すごいと感心していた。

<カヌーチームTさんの報告>

今日の阻止行動で工事を半日遅らせた


一〇月三日(木)大浦湾
朝四時起床、さすがに眠い。しかしそんなことを言っていられない。台風一七号で避難していた作業船が戻ってくる。
朝七時松田ぬ浜を出艇。一〇時〇五分、タグボートが一〇〇mくらいのオイルフェンスを長島方面に引いてくる。カヌーメンバーが阻止行動するがあえなく拘束され松田ぬ浜へ。
一一時三〇分、カヌーの上で昼食をとる。
一四時〇五分、海保が海に飛び込んで迫ってくる。私たちはフロートにロープを巻き付け必死に頑張った。大浦湾のフロートが開けられたのは一五時二〇分。その後最初のランプウェイ台船が大浦湾に入ったのは一六時二〇分、つまり二時間一五分遅れたことになる。
この時刻からだと本日の埋め立ては出来ない。明日も朝から赤土の積み替え(ガット台船→ランプウェイ台船)があるので実際の埋め立ては早くて午前一一時ごろになると思う。本日の阻止行動は工事を半日遅らせたことになる。

10.5

「安田純平 戦地取材を語る」

会場あふれる350人が参加

 一〇月五日午後五時から、那覇市教育福祉会館で、シリア取材の最中に拘束された安田純平さんの講演会が開催された。辺野古を闘う人々に加えて多様な参加者が集い、会場となった三階ホールの周囲はぐるりと立ち見があふれた。
司会は沖縄平和サポートの稲葉博さん。はじめに沖縄タイムスの阿部岳さんがジャーナリズムの仕事について報告した。昨年一〇月に解放されるまで三年四カ月にわたる長期の拘束生活を耐え抜いた安田さんはパワーポイントを使って、イラク、シリアにおける取材の経験をもとに、内戦と取材、紛争地と拘束、人質について、拘束生活、解放交渉、日本政府の対応などについて語った。その中で安田さんは、「危険な紛争地に行って拘束されたのは自己責任」といったバッシングが起こったことに関し、「紛争地で絶対拘束されない唯一の方法は現場を取材しないこと」と述べ、現場に行き取材し伝えるジャーナリズムの役割と内戦につきものの拘束の実態について説明した。
日本政府に関しては、動画を公開した仲介者からの接触を無視し続けた、「信頼できるルート」に頼っていたが間違いだらけだった、トルコの支援団体からの「無償解放の話に家族の同意が欲しい」との申し出を無視した、日本政府が解放を確認したのは解放の翌日であり解放に関与していない、と述べた。



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