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    かけはし2019年10月14日号

平和の海 国際キャンプに参加して  (下)


台湾 金門島 9月6〜8日

沖縄K・S 9.19


金門島中部の伝統集落と大地下坑道

 九月七日は、午前中、金城国民中学の教室で、薫森堡議員と許維民校長の報告を受けた。校長は金門での台中戦争の体験を語り、議員は金門の将来の発展の姿について語った.日本語通訳は金門の男性と結婚し金門で長らく暮らすCさん。すくすくと育つ二人の息子さんを連れてきていた。Cさんが手にしていたのは『この命、義に捧ぐ―台湾を救った陸軍中将根本博の奇跡』(角川書店)。「ぜひ読んで欲しい」とみんなに薦めていた。
 午後は金門島中部に位置する瓊林集落を訪れた。ここは金門で最大規模の伝統古民家集落で、「蔡」という姓を持つ住民が多い。明朝の時代、進士に合格すると祖廟を建てる習慣になっていて、現在も「蔡氏祖廟(大宗)」など八カ所の祖廟が残っているという。三日間閉じこもって受験したという科挙試験の部屋も見学した。
 集落の地下には金門島各地につくられたなかで最大規模の地下トンネル「瓊林戦闘坑道」一三五五mがある。台湾海峡の戦争の危機が継続していた時代に村落防衛施設としてつくられた地下トンネルは一二の出入り口がそれぞれ重要な建物やトーチカにつながっていて、中に井戸も掘られたという。現在金門国家公園に指定されている。実際に入ってみると、トンネルは狭い。連絡・移動通路なのだろう。集落の建物の壁には、いつ書かれたか定かではないが「獨立作戦 自力更生 堅持到底 死裏求生」と言った標語が大きく描かれている。

台湾軍慰安所「特約茶室」展示館

 次に「特約茶室」を見学した。金門島を舞台とした台中戦争の際、台湾軍が設置した軍慰安所である。当時通称「831」「軍中楽園」などと呼ばれて戒厳令撤廃のあと一九九二年まで存続した。コの字型の部屋数一〇数室の建物全体が現在、展示館となっている。展示では、「特約茶室」を「軍売春宿」と記し「軍慰安所は世界中で長い歴史を有する」との言葉が紹介されている。
「縁起」に「一九四九年金門を舞台とした戦争で五万人の軍人が入り女性に対する暴行などが起こったため、一九五一年に至って第一番目の慰安所‘軍中楽園’が出来た」と説明し、「規定」に「軍人以外は立入を得ず」「軍人身分証を提示のこと」「武器を携帯するを得ず」「軍機を保持すること」「時間は三〇分」「違反者は軍法会議に送る」とあり、女性に対する「特別約束」として「非軍人を接待してはいけない」「秘密を漏らしてはいけない」「部屋を離れてはいけない」「地域の善良風俗に違反してはいけない」「毎週日曜日(のちに水曜)軍医の検査を受けること」「三カ月毎に血液検査を受けること」が記されている。
台湾はすごい国だ。歴史を隠さず保存し公開する。長く苦しい闘いののちに軍事独裁を打ち破り民主化を勝ち取った国民の自信なのだろうか。
夜は宿舎で平和宣言のための討論が言語別に分かれて行われた。どこも活発な意見交換が行われている模様。午前一時過ぎまで話し合いが続いた。

ディスカッション、平和宣言、反省会

九月八日の午前中は、金門の戦争とそれに伴う様々な問題についてのディスカッション。まず、金門の陳さんが研究テーマとして取り組んでいる金門の戦争時代の婦人部隊経験者の詳しい調査とインタビューを報告した。それによると、一九四九年から一九九二年まで、一六歳から三五歳までの未婚女性は全員軍隊に動員された。そのことを「出操」と言った。婦人部隊の役割の一つに閲兵での行進があり、一定の身長以上が求められたという。
活発な意見交換が続いた。マレーシアのメンバーは軍隊の女性の配置は抽選で行われていると報告した。韓国のメンバーは五月一五日の「世界兵役拒否宣言の日」に合わせた取りくみを報告し、軍隊の問題は女性だけでなくみんなが当事者だと述べた。
香港のメンバーは逃亡犯条例反対の闘いでの女性への弾圧について報告した。台湾の高校での軍隊式行進に対する批判も提起された。チェジュ道カンジョンのメンバーは「和平活動的文化」として絵画を通じた平和教育のプログラムを台湾で開催することを報告した。
また、「ホット・ピンク・ドルフィンズ」のメンバーは台湾、韓国でのイルカ保護に関する講演会について訴えた。香港のメンバーは自身が制作・編集した『界隈南北』というドキュメンタリーについて話した。沖縄・日本のメンバーは今年六月から広島、長崎、宮古、石垣、台湾、チェジュと続いた東アジア平和行進に関して報告した。
しばらくして、戦史博物館の裏手の海が見える展望台に場所を移し、平和宣言を金門、台湾、マレーシア、香港、日本・沖縄、チェジュの各地域別に読み上げた。(まだ、全体の言語別の文章化はできていない)
そのあと、金門空港に行き、一階ロビーの一角に輪になって座り込み反省会を持った。キャンプに参加してとても良かった、日程はもう一日延長した方がいい、平和と共に環境への配慮も必要だ、使い捨て容器の使用はやめよう、キャンプ期間中はせめて菜食にしたらどうか、各地域のアンバランスをどう考えたらいいか、などなど活発な意見交換が行われた。そして、参加者が帰途に就くそれぞれの航空便の出発時間になると、一人また一人と座り込みの輪から別れを惜しみながら手を振って別れていくということを繰り返して、夕方までキャンプで培われた友情の輪が保たれた。
金門、台湾、香港、チェジュ、沖縄など東アジアの島々の直面する課題が異なることは当然だ。沖縄は何より米軍基地、香港は中国の支配、金門は中台対立の脅威の前線、チェジュは米軍の支配の下での軍事強化、など。それは地理的位置の違い、東アジアの大国たる中国、米国、日本のパワーポリティックスの現れ方の違いによる。しかし、島々の人々の平和と人権、人間らしい暮らしを求めることは共通の価値観であり、海を越えた共感と連帯の基礎なのだ。

金門国家公園「?山坑道」


九日の午前中、地元の翁さんと台湾のJさんの案内で、香港、チェジュ、沖縄の残ったメンバーは、金門島の最南端にある金門国家公園のひとつ「?山坑道」を訪れた。
海に接した花崗岩の山をくりぬき海水を導き入れて船が行き来できる運河のようにした全長三五〇mのトンネルだ。「運河」の海水にはいろんな種類の魚がゆったりと泳いでいた。公園内には当時使用された食料など物資運搬用の小型の船舶と武器弾薬輸送用の少し大きめの船舶が対空砲と共に展示されている。入場料は無料。金門国家公園の制服をつけた女性の職員が案内板の前で説明をしてくれた。
台湾も太陽がじりじりと熱い中、案内員は日傘をさしている。その光景にとても自然な雰囲気を感じた。帰り際、メンバーの一人が持参の水筒を受付の職員に手渡している。何かなと思っていると、職員は水筒に冷たい水を入れてよこしたのだ。普通に、自然にそうしている。台湾の人々のつながり、社会の温かさを感じた一コマだった。資本主義社会が発展するとこのようなつながりが壊されていくのだろうか。
運河トンネルの見学中に数十人の生徒たちの一行に出会った。台湾のメンバーに聞くと、中国からの修学旅行生ではないかという。中国から多くの人びとが金門を訪れてかつての戦争の遺跡を見て、金門を武力で奪うための戦争はもう決してさせまいと考えてくれたら幸いだ。
中国と台湾の対立の最前線に位置する金門の人々は中台の紛争を望んでいない。中国と台湾の平和共存の上に金門島の平和的発展を願っている。大国の間に位置する小さな島々は、島の住民の意思とはかかわりなく大国同士の争いに巻き込まれ理不尽な被害を被ってきた。一九世紀から二〇世紀の戦争の時代を経て、島の人々は自己決定権を自覚し主張する。島の運命を決めるのは島の住民だ。中国に従属したくはないし、台湾の一部ではあると言ってもあくまで金門は金門だ。
香港とチェジュのメンバーは隣の小金門島に渡るというので港まで送り、われわれは金門空港へ向かった。      (おわり)

9.28

琉球人遺骨返還請求訴訟を支える会・関東結成の集い

略奪された遺骨を子孫のもとへ

 九月二八日午後六時半から、在日本韓国YMCAアジア青少年センターで「琉球人遺骨返還請求訴訟を支える会・関東結成の集い」が開かれ、八〇人が参加した。

「琉球人遺骨返還
請求訴訟」とは
一九二八〜九年、旧京都帝国大学の金関丈夫助教授が琉球・沖縄今帰仁の百按司墓(琉球国・第一尚氏の墓)を暴き、少なくとも五九体を持ち出し(一八七九年琉球が日本の植民地にされた中での略奪であった)、京都大学がそのうち二六体を占有している。遺族は京都大学に対して再三、遺骨返還するよう求めてきましたが、京都大学はいまだに返還を拒否しています。国立大学のこの行為は現在も続く植民地支配が見えます。
そこで、昨年(二〇一八年一二月)、第一尚氏の末裔を含む五名が遺骨返還などを求めて京都地裁に提訴しました。
しかし京都大学だけではなく、「日本人類学会」はこの返還請求を受け、京都大学に対し「琉球人遺骨を保管し続けるよう」要望したのです。このような暴挙を首都圏に住む私たちは許さず、略奪された琉球人遺骨を遺族のもとに返還させましょう。

 

琉球差別続ける
「日本人類学会」
集いは最初に、琉球朝日放送が遺骨問題について放映したニュースを上映した。次に外間三枝子さんが「お骨がどれ程大事か理解してほしい。沖縄・関西で支える会が作られ、次は東京の番だ。歴史の流れから逃れられない。朝鮮、アイヌ、琉球などマイノリティと手を携える。問題の本質は辺野古基地建設と同じだ」と主催者あいさつをした。
松島泰勝さん(龍谷大学教授・琉球人遺骨返還請求訴訟原告団長)が「提訴後も琉球差別を止めない学知の植民地主義との闘い」と題して、詳細な報告を行った。項目のみ紹介する。
一、日本人類学会の要望書、京大総長による琉球人差別への抗議。二、「遺骨返還の受け入れ機関」をどうするか。三、琉球民族の生死観及び祖霊神と遺骨(骨神)、日本国家による琉球への植民地支配及び歴史的・構造的差別論の立証化に向けて。四、国内外の法律に違反した京大とどのように裁判闘争するのか。

大学・研究機関
による琉球差別
「まとめ」の最後に、松島さんは次のように訴えた。
「日本の政府や大学による琉球への植民地主義を止めさせることは、日本人自らの脱植民地化にとっても不可欠な課題である。また百按司墓遺骨盗掘問題は、第一尚氏の子孫だけの問題ではなく、大学による差別と人権無視という、琉球民族全体に突きつけられた問題である。国内外の法律で保障された、琉球民族の自己決定権によって遺骨を返還・再風葬することができる。多くの方々が琉球の脱植民地化の闘いに参加して欲しい」。 

植民地差別との
闘いを広げよう
続いて、支える会・関東の結成総会が行われ、趣意書・規約・役員が承認された。共同代表の上村英明さんが「今回の問題は『帝国大学』という精神性が今でも残っていることのあかしだ。歴史と文化を理解しないと未来の新しい関係を作っていくことはできない」とあいさつした。
藤本忠義さん(部落解放同盟東京都連・委員長)が「一九七〇年代後半に、長野県のある部落で、一坪の土地もないので出ていけという理不尽な事件が起きた。学習院大学に土地に関する文献が残っているということで、二万点を取り戻した。また、『畜生』などと差別戒名が使われ、先祖を辱めることがあり闘いをいどんだ。問題の根っこに差別がある」と指摘し、解放同盟として連帯して闘うとあいさつした。韓統連の宋世一(ソン・セイル)さんが「植民地主義は現在も続いている。悪化する韓日関係は安倍政権によるものだ。民族として団結し、安倍政権と闘う」と連帯のあいさつをした。
一一月二九日午後二時から、京都地裁で第四回公判が開かれ、照屋寛徳さん(衆議院議員)が証言する。傍聴の参加が呼びかけられ、結成総会を終えた。 (M)



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