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    かけはし2019年12月2日号

アジア連帯講座・公開講座


10.25

イギリスは今 ブレグジット(EU離脱)をめぐる労働組合運動の状況

講師:浅見和彦さん(専修大学)


ジョンソン政権がEUとの間で合意した協定の改訂案

 ジョンソン政権とEUは、改訂案で合意したことを発表した。基本的な性格は、@メイ前首相のときのハードボーダー(バックストップ)を回避する Aその他の部分は、基本的にはメイのときの協定案と同じだ。
関税については、@ イギリスは EUの関税同盟から(形式的には)離脱する Aしたがって、離脱後は、イギリスは各国とのあいだで貿易協定を締結する B法的には、北アイルランドとアイルランドの国境での関税に関する国境ができる Cしかし、実際には、グレートブリテン島から北アイルランドへ送られる物品について自動的に課税されるわけではない。 Dイギリスとアイルランドの共同委員会で、どの物品に課税するかを決めることになる E一般の人が送る物品には課税されない F北アイルランドは、イギリスの規制や関税ではなく、EUの規制や関税が適用されることを意味する。
移行期間は、メイのときと同じで、二〇二〇年末までで、一〜二年の延長も可能となっている。
市民権は、移行期間中は、イギリス国民のEU諸国での市民権、EU諸国の国民のイギリスでの市民権は保障される。清算金は、正確な金額は決まっていないが、日本円でおよそ四兆六千億円を二〇二二年末までに 支払うことになると推測されている。自由貿易協定は、イギリスがEUから脱退して、独立した国として、経済関係について他の国とどうするのかとなった場合、各国と貿易の協定を結ぶ形になる。来年の九月に会合を開く予定といわれる。

 整理すると、最初は北アイルランドだけはEUの関税同盟に入れておけというEUの姿勢が、ある程度軟化して、形式的に離脱するという形を認めた。それを保守党の強硬離脱派も受け入れた。ただ現実には、北アイルランドは特別扱いで、EUのいろんな規制や関税に関するルールが適用されることになった。実質的には関税同盟から脱退しない。形式と実質を、言い訳的に使ってEUの譲歩をイギリスが勝ち取ったんだ、という評価にしている。
北アイルランドとアイルランドの関係だが、アイルランドはEUの加盟国なので、これからは共同委員会で協議していくことになる。イギリスとアイルランドと相談するといっても、アイルランドはEUの加盟国だから、イギリスとEUが相談するような形になってしまっている。当然、おかしいという批判は出ている。

一〇月一七日に、ジョンソン政権の改訂案に対して、EUは合意したと発表している。翌日には、EUは 二七カ国(イギリス以外)の首脳会議が一致して承認した。
一〇月一九日、ジョンソンは議会で改定案の採決を求めたが、保守党を除名されたレトウィン議員提案の動議によって、法的な準備が整うまで、離脱条件の採決を延期することになった(三二二票対三〇六票)。この間、再度の国民投票などを求める大規模デモが行われた。

労働党の変貌と現状― 二〇一五年以降

 二〇一五年労働党党首選で、最左翼のジェレミー・コービンが右派のオーエン・スミスに勝利した。以降、党内右派は「コービン不信任」動議などの抵抗を続けた。
しかし、二〇一七年総選挙で労働党は三〇議席増となった。党内外で、コービン主導で行った政策が受入れられたと評価され、コービン派の地盤が拡大・強化されることになった。そして、労働党党員が五〇万人以上に増えた。
党内左派のコービン支持グループである「モメンタム」 が 二〇一五年結成され、現在、四万二〇〇〇人のメンバーを擁している。 当初は、非党員も少なくなかったが、その後は党員であることが条件になった。
一九八〇年代、トニー・ベンを中心にした左派グループがあったが、コービンが当選すると、それら党内外の左派系の人々が労働党に再結集してきた。同時に、党外の政治グループをブロックする必要があった。それが、社会主義労働者党(SWP)や社会主義党(SP)などの加入戦術に反対という態度の現れであった。
欧州を見ると、ドイツ社民党、フランス社会党が衰退しているにもかかわらず、イギリス労働党は増えるという対照的な動きがある。ギリシャ、スペインでも急進左派の登場があるが、最近は失速しつつある。イギリス労働党が欧州最大の左派政党になったというのは興味深い現れだ。

ブレグジットに対する労働組合の態度

新自由主義の下での労使関係

 一九七九年以降、サッチャリズムとニューレーバーの下で労働組合運動は後退していった。ストライキなどの労働争議も激減していった。イギリスは、もともとストライキは法的な権利保障がなくて、免責があるだけだ。ストライキをやったら組合が損害賠償されることはない(民事免責)し、ストライキをやっても恐喝とはならない(刑事免責)というものだ。
一九七九年から一九九七年まで保守党政権だった。この間、労働組合規制法をたくさん作った。
例えば、クローズドショップに対し、組合員の雇用を優先するような協約を作ってはいけないとした。組合員を雇用させるという組合側のメリット、企業側も熟練労働者を確保できるというメリットがあったが、それが否定されたわけだ。
組合のストライキなどの方針決定の時、挙手で採決するのはだめだとなり、かならず秘密投票をおこなえとなった。連帯ストライキを禁止した。他産業の労働者との連帯ストライキだけではなく、同一産業の労働者との連帯ストライキも禁止された。自分の企業の使用者にたいするストライキだけが認められるとなったのだ。
一九九七年以降、二〇一〇年までの一三年間の労働党政権(ニューレーバー)も、サッチャー、メジャー政権時に作った労働組合規制法を一本も廃止していない。
ただ変わったのは二つある。一つは、全国一律最賃と一定の条件の下での組合承認制度(使用者が団体交渉に応じなければならない制度)が導入されたことだ。イギリスでは、一般に組合の実力で団体交渉を認めさせなければならない。使用者側に応諾義務がないからだ。
労働組合の組織的な後退が目立つ。サッチャー政権成立時の一九七九年の五四%から二〇一八年の 二三%へ下がっている。
産業別交渉機構の廃止と労働協約適用率の縮小も大きい。 協約の適用率は、一九八〇年の八六%から 二〇一八年の二〇%へ下がっている。
北欧諸国は労働組合組織率も協約適用率も高い。ドイツ、オーストリア、イタリア、フランスなど大陸欧州諸国の労働組合の組織率はそんなに高くはないが、協約適用率が高い。これは拡張適用制度があり、同じ産業内に適用できるシステムを作っているからである。
イギリス、日本、アメリカ、韓国は労働組合組織率も、労働協約適用率も低い。
イギリスには拡張適用という制度がないし、かつての産業別の交渉が潰された。ところが労働組合はその対応に対して反対しなかった。産業別交渉機構は、労働組合専従の右派がやっているからだというのが理由だった。昔は、全国交渉をやっている人たちは右派の人たちだった。しかも交渉による賃金水準は実収賃金の半分ぐらいの場合が多く、あとは職場で頑張らないと獲得できないから、左翼的な人たちは企業内で頑張れという傾向が強かった。日本の場合は、企業横断的に闘えと主張されてきたが、イギリスの場合はそんなものは役にたたないという評価だった。
さすがにそれではまずいので、労働党の「マニフェスト 二〇一七」では、労働法の学者などの意見を取り入れて、 産業別交渉機構の設置の義務化を提案している。

EU指令とイギリスの労働改革

 イギリスの労働組合がEUに残留すべきだという理由の一つとしてあるのが、サッチャー保守党政権時代にできた集団的労使関係の法律は変わっていないことだ。むしろEUに加盟していることによって、労働者の権利を守るために国内法を整備しろというEUの指令によって労働者の権利が守られるという形になるからだ。労働運動の力が弱まっていることもあり、運動で諸条件を勝ち取っていくというよりは、EUに依存する傾向がある。
EUの指令による労働改革には、@労働時間・年次有給休暇、A妊娠・出産休暇、B 年齢・宗教・信条・性別による差別の禁止、Cパートタイム労働者や有期雇用労働者などの非典型労働者の権利、D派遣労働者の均等待遇、E事業継承に伴う労働者の権利、F情報・協議の権利、G健康・安全がある。

イギリス労働組合指導層の変化

 全国組合の指導部には左派の人たちが多い。全体として労働組合は後退しているのに、役員のトップだけは左翼が多い。
振り返ると、一九七〇年代は共産党が強かったが、一九八〇年代以降、共産党の分裂・後退とトロツキスト諸派が進出してくる。とはいえ、職場の活動家層が 一九七〇年代のように厚みがあるとは言えない。
労働組合の中央執行委員レベルには、かなりトロツキストがいる。 なかでも、かつてトニー・クリフが率いていた社会主義労働者党(SWP)と旧ミリタントの分裂後の多数派である社会主義党(SP)が中心だ。
最大労組のUnite(一般/一二三万人)の執行部には、SWP一人とSWPから分かれたカウンターファイヤー一人の計二人のトロツキストがいる。二番目のUNISON(公務公共/一一九万人) には、SWP四人とSP六人の計一〇人のトロツキストが中央執行委員にいる。
教員組合も四五人の中執のうちSP四人、SWP三人、労働者解放同盟(AWL)二人の計九人がトロツキストで、公共・民間サービス労組には三七人の中執のうち一〇人がSWPとSPによって占められている。大学教職員組合にいたっては、六四人の中執のうち一五人がSWPだ。
主要組合の中執には五六人のトロツキストがおり、かなり指導部に入っているといえる。
SWPは特定組合に集中し、旧ミリタントのSPはいろんな組合にいるのが特徴だ。

 労働組合のブレグジットに対する態度はどうなっているか。主流派は、残留支持だ。Uniteはコービン支持の最大中核勢力で、UNISONは、コービン労働党に対して、「残留」をより明確にすることを二〇一九年大会で要求している。穏健派の GMB(一般/六一万人)、USDAW(小売・流通関連労組/四三万人)も残留支持になっている。
離脱支持派は、中小組合で、最左翼のRMT(鉄道労組/八万五〇〇〇人)とBFAWU(製パン・食品関連労組/一万人)だ。
ナショナルセンターのTUC(イギリス労働組合会議)に加盟する主要労働組合の態度は、国民投票の時と基本的な変化はない 。TUC非加盟の「中立」組合が「残留」支持へ転換したケースがあるだけである。

労働党外の左翼諸党派―その勢力とブレグジットへの態度

 基本的に多数派は、離脱支持派だ。
労働党以外では最大党派の社会主義労働者党(SWP/五八八六人)は、二〇一六年の国民投票でも離脱を支持した。態度は、@資本家のためではなく、労働者のためのブレグジットをめざすAEUは資本家のクラブであり、労働者とその権利を擁護しない。左翼ブレグジットのためのたたかいが必要B総選挙でのコービン支持、保守党打倒などである。
旧ミリタント分裂後の主流派である社会主義党(SP/二〇〇〇人)は、社会主義的綱領をもって、コービン政権を樹立し、EUとの交渉を、という立場だ。 @離脱派の組合のRMT(鉄道労組)やBFAWU (製パン・食品関連労組)以外の労働組合指導者は、資本家クラブであるEUからの離脱という挑戦を提起できていないA労働組合運動の左翼的転換、労働者によるブレグジットをB欧州諸国で社会主義諸国家を樹立し、その連合をつくろう、という主張だ。
イギリス共産党(CPB/七六九人)も、 国民投票でも EU離脱を支持した。@総選挙での労働党主導政権の樹立を支持するが、EU在留に反対し、国民投票の結果にもとづいて離脱すべきだAEUの改革は不可能であるBTUCがEUの指令などがイギリス労働者の権利保護に 貢献していたとしている見解に同意できない、としている。
SWPから分裂したカウンターファイヤー(Counterfire/三〇〇人)は、民衆のブレグジットのためのたたかいを広げる、という態度だ。
旧ヒーリー派の労働者革命党(WRP/一二〇人)は、国民投票でもEU離脱を支持し、革命でこそ真のブレグジットが実現できる、と 主張している。

 残留してたたかうという態度のトロツキスト党派は、二つしかいない。
労働者解放同盟(AWL/一四〇人) は、国民投票時もEU離脱に反対した。現在も、残留してたたかうとする路線で、当面、欧州レベルにおける民主主義的で連邦制の欧州合衆国を樹しよう、という立場だ。
第4インター派のソシアリスト・レジスタンス(SR/九五人)は、EU残留支持の態度で、@EUが資本主義の進歩的形態であるという理由によるのではないAブレグジットは排外主義と極右にドアを開くことになるからだB「もう一つの欧州」は可能であり、欧州左翼とともにたたかうC労働党のなかで活動し、コービン労働党政権の樹立を支持するとしている。

 「どちらでもない」というトロツキスト党派は、旧ミリタント分裂後の少数派であるソシアリスト・アピール(三〇〇人)だ。@資本家のEUにノー、イギリスの緊縮政策にノーAEU内であれ、その外であれ、 資本主義こそが民営化、規制緩和、緊縮政策の根因であるB社会主義をめざす欧州労働者の連帯で社会主義の欧州合衆国の樹立を、という路線である。

 国民世論のうごき

 一〇月一五日のOpiniumによる 世論調査を紹介する(他の調査機関もほぼ同様の数字)。
まず、政党支持率は、保守党三七%、労働党 二四%、自由民主党 一六%、ブレグジット党 一二%、スコットランド民族党四%、緑の党四%、イギリス独立党 二%となっている。
次に、ジョンソンの離脱改定案が提案されれば、下院議員は「賛成するべき」が四六%、「反対すべき」が二五%だった。
離脱改定案が下院を通過しなかった場合、次のステップはどうすべきかでは、「再度の国民投票」が二九%、 「総選挙の実施」が 二六%になっている。

 なぜ保守党がリードしているのかだが、一つは二〇一六年国民投票の「離脱」という結論が出ていることが重いと考えられる。強硬派は、依然「離脱」強行派だ。議会休会の強行など、ジョンソン政権への批判はもちろん在留派のなかで強いのだが、離脱派はそういうジョンソンをつよく支持する傾向が強い。
労働党とコービンの支持率が低迷しているのはなぜか。その理由としては、@残留派の世論は、労働党と自由民主党に支持が分裂していて、直近の調査では、自由民主党への支持が徐々に増える傾向にあるA労働党とコービンは再度の国民投票を強調してきたが、それでも「残留」の態度を強く打ち出せず、あいまいさがあることへの批判・不信が指摘されている、などが考えられる。
イギリスのブレグジットをめぐる動向に、今後も継続して注目していきたい。(おわり)

 

 

 

 


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