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    かけはし2020年1月13日号

COP25の失敗とクライメート・ジャスティス運動(下)


人ではなくシステムが根本問題
資本主義へのオルタナティブを


環境NGOによるCOP25評価

 新年号に掲載された本記事(上)執筆時には、環境NGOによるCOP25評価はまだ明らかにされていなかったが、その後いくつかのNGOがそれぞれの評価を公表した。そのいくつかを紹介しよう。
 気候ネットワークは、COP25がNDC(国別排出量削減目標)の引き上げについて「各国に行動強化をあらためて求めることには踏み込めなかった」と批判的なスタンスを明らかにし、さらに市場メカニズムなどパリ協定の実施ルール作成に関しては「交渉終盤で探られる譲歩案によって、パリ協定の実質的な抜け穴となる恐れもあったことから、先送りをし、よりよい合意を目指すほうが賢明だったという面も否定はできない」と合意できなかったことを肯定的に評価している(「気候ネット・プレスリリース」による)。また、地球環境市民会議(CASA)も、「パリ協定の運用ルールに合意できなかったことで、COP25が失敗したとは評価しない」としながら、「二〇五〇年排出実質ゼロと各国の削減目標を引き上げる機運を作れなかったことは、COP25はその任務を果たせなかったと評価せざるを得ない」とより踏み込んで、否定的な評価を行った(「CASAプレスリリース」による)。
 国際環境NGOの350.orgは、「COP25は化石燃料産業の成功に終わりました。化石燃料産業は巧みに交渉の進展を妨げ、結果を骨抜きにし、勝利を手にしたのです。残り時間が少なくなる中、気候会議はまるで燃え盛る建物の中に人質が閉じ込められているような状況になりつつありました。人質にされたのは大半の気候交渉官や、人類と地球で、その間、化石燃料産業と数少ない傲慢な国々の政府が自分たちの主張を押し通し、交渉プロセスを乗っ取ったのです。結果、交渉官は三日間連続でこれにかかりっきりにならざるを得なくなり、その隙に化石燃料産業は、ほとんどの大きな問題をCOP26に持ち越すという非常に弱い合意文書を手にすることができたのです」(メイ・ブーヴィ事務局長声明・「350.orgプレスリリース」による)ときわめて厳しい評価を下している。

「実質ゼロ」の陥穽(1)〜排出取引市場メカニズム

 COP25を前にして、政府レベルでの温室効果ガス排出量「実質ゼロ」を目指す動きが相次いだことは既に述べたが、こうした動きや国連による「実質ゼロ」、あるいは「カーボン・ニュートラル」という主張には、大きな陥穽が潜んでいることに注意しなければならない。つまり、「実質ゼロ」は、温室効果ガス排出の減少を必ずしも意味しないからである。それには、二つの抜け穴(ないしは危険)がある。一つは、排出取引市場メカニズムであり、もう一つはCDR(二酸化炭素除去)の利用である。
排出取引市場メカニズムでは、二つの手法が考えられている。「キャップ・アンド・トレード」と「カーボン・オフセット」である。「キャップ・アンド・トレード」とは、国や地域レベルで排出できる温室効果ガスの排出総量枠(キャップ)を定め、その排出量を排出者に分配し、それぞれの排出者が余剰排出枠を売買(トレード)する手法のことである。また、「カーボン・オフセット」は、吸収量もしくは排出削減量で他者の排出量の一部を相殺できる手法である。たとえば、温室効果ガスを「排出」した代わりに、埋め合わせとして植林・森林保護などをおこない、温室効果ガスを「吸収」できることにしたり、吸収もしくは排出削減できた分を削減クレジットとして、他の排出者に販売したりすることができるというのである。
少し考えればわかることだが、この仕組みをいくらうまく運用したとしても、温室効果ガスの純排出量が減少するわけではない。「キャップ・アンド・トレード」では、ある排出者が割り当て排出量より実際の排出量が少なかったときに、余った量を他の排出者に売ることができ、排出権を買った排出者はもともとの割り当て排出量を超えて、温室効果ガスを排出できるのである。つまり、排出する場所が変わるだけである。

「実質ゼロ」の陥穽(2)〜CDRとCCSの危険性

 もうひとつの抜け穴であるCDRとは、大気中から二酸化炭素を除去する技術のことで、その技術はいまだに未知数であり、現在考えられているCDRの中にはきわめて危険なものも含まれている。昨年発表されたIPCCの一・五℃特別報告書では、気温上昇を一・五℃に抑えるための四つの代表的排出経路が示された。そして、早く広範囲に排出を減らせば、CDRなどに頼らずに一・五℃に抑えることは達成可能とされた。逆に言えば、排出削減が遅れれば遅れるほど、CDRを使わざるを得なくなるというのである。
この特別報告書で使われているCDRは、バイオマスエネルギー(BE)と炭素貯留回収(CCS)を組み合わせたものである。CCSでは、CO2を回収し、地中や海中に隔離して貯蔵することが想定されている。しかし、CCS技術はいまだ未確立であり、大規模なCCSによって地震が引き起こされる可能性や貯蔵したCO2が再び大気中に放出される恐れが指摘されている。さらに、バイオマスエネルギーのために、農地の多くがバイオマス作物の栽培に使用されることになり、食料生産への影響は計り知れないものとなる。
多くの科学者は、CDRによる大気中のCO2削減は多くの危険をはらんでいるだけでなく、経済的・社会的な面からも実現困難であり、排出量を削減するとりくみの方がはるかに現実的であると指摘している。つまり、CDRは、CO2排出量をただちに大幅に削減することをしないでも、将来的にCO2は削減可能だという幻想をふりまくためのものと言わなければならない。

「グリーン資本主義」という欺瞞

 排出量「実質ゼロ」をめぐる二つの落とし穴とともに、われわれが批判しなければならないのは、「グリーン資本主義」という幻想をふりまき、資本主義生産システムのもとでも地球温暖化の解決が可能であるとする欺瞞的な論調である。これは、CDRによってCO2除去が可能であり、地球温暖化を食い止めることができるという論議とも部分的に結びついている。そして、地球温暖化が人類全体の責任であるとして資本主義の責任を免罪するのである。
「良心的な」企業トップの認識がどのようなものか、一つの例を挙げてみよう。「カーボンリサイクルファンド」会長でもある小林喜光氏(三菱ケミカルホールディングス会長)は次のように述べている。「世界各地で起きている自然災害の数々は、間違いなく地球温暖化に起因する。日本も例外ではない。そしてそれらを生み出した主犯は人類。人類が産業革命以降、石油や石炭という一億年かけて熟成された、いわば『赤ワイン』『白ワイン』を燃やしまくってきた結果が、今を生んでいる」。つまり、地球温暖化の「犯人」は人類なのであって、「産業革命以降、石油や石炭」を「燃やしまくってきた」資本主義生産システムではないというのである。
そして、地球温暖化を食い止めるためには、「CO2の排出を減らすだけでなく、むしろCO2を資源ととらえて活用法を探るのだ。化学品やバイオ燃料に転用する、コンクリートに埋め込み強度を高める。これ以外にも私たちが想像もつかない方策が出てくるかもしれない」として、技術革新によるCO2の「活用」に期待している。
彼は、「化石燃料を好きなだけ燃やして豊かさを求める時代は、日本を含めた先進国では終わった」とか、トランプを「米国中心の経済発展という極めて近視眼的な発想」を持ち「権力者」で「地球に逆らえば、いずれ鉄槌が下る」と正当な批判をしているのだが、「人類が狂わせたバランスは、人類の英知で元に戻さねばならない」として、それは「モノやサービスを市場に供給してきた企業、それを便利に使ってきた消費者、みなの使命」だと主張する。
しかし、根本的な問題は「環境を破壊する『悪い』資本家と環境に優しい『良い』資本家とを対比させるという問題ではない。自然のバランスを破壊しているのは、無慈悲な競争、利益の要求、短期的利益のための競争にもとづくシステムそれ自身なのである」(ミシェル・レヴィ)ということだ。つまり、「グリーン資本主義を指向するというのは単なる売名行為であり、商品を売るという目的のために貼られたラベルである。せいぜいのところ、資本主義という乾き切った土の上に一滴の水を垂らすという程度の限られたイニシアチブに過ぎない」(同上)のである。

反資本主義とエコロジーの結合が必要

それでは、資本主義システムに代わるオルタナティブな社会とは何か? われわれは、その「もう一つの世界」をエコ社会主義として展望している。それは、反資本主義とエコロジーとの結合を意味する。ミシェル・レヴィが指摘するように、「(資本主義)生産様式それ自身を問題にしなければならない。同時に、生産システムの集団的・民主的再組織化だけが、真に社会的な欲求を充足し、労働時間を短縮し、不要で危険な生産を規制し、化石燃料を太陽エネルギーで置き換えることができる。こうしたことすべては、資本主義的所有の根底に手をつけること、無料のサービスと公共部門を根本的に拡大することを意味する。つまり一言で言えば、民主的でエコ社会主義的な計画を意味するのである」。
温室効果ガス排出による地球温暖化は、気候変動という地点を越えて、気候危機と言うしかない状況に至っている。気候システムは、ある限界点を超えると、不可逆的に暴走する負のスパイラルに陥る。しかも、その限界点には予想されていたよりも相当早く達するかもしれない。その先は容易に気候破局を招くことになるだろう。その原因は資本主義システムそのものにある。
しかし、そのシステムを牛耳る世界の「意思決定者」たちは、フランス革命の数年前にルイ一五世が公言した格言である「大洪水よ、わが亡き後に来たれ!」を信奉しているかのように、破局のその瞬間まで資本主義システムの成長至上主義、利益第一主義を貫徹しようとしている。その姿は、資本主義生産システムが廃絶されるくらいなら、地球が滅びるほうがましだという観念に取り憑かれているように見える。であるからこそ、エコ社会主義へと向かう思想と運動の発展がますます重要性と緊急性を帯びてきている。そのための土台は、現実に闘われている気候危機との闘いであり、その中心を担っている先住民、若者、女性の闘いである。このことはCOP25の対抗アクションにおいても如実に表現された。

COP25に対する対抗アクション

 当初COP25の開催が予定されていたチリにおいては、チリやラテンアメリカの社会運動・環境保護団体・先住民グループなどによって組織された「気候行動のための市民社会」(SCAC)が「気候行動のための社会サミット」という対抗フォーラムを準備していた。チリ政府がCOP25の開催を放棄した後も、この社会サミットは十日間にわたって予定通り開催された。マドリードでのCOP25がほとんど成果を上げられず閉会した後、SCACは「COP25で交渉された内容と『ラテンアメリカ気候マニフェスト』で要求されていることとの間には、巨大なギャップが存在している。社会危機・気候危機・エコロジー危機を克服するという希望は、組織された市民社会、街頭に出ている民衆、若者たちの運動の側にある。環境・気候・エコロジーにおける正義を実現するために、われわれの団結と運動はこれまで以上に強力に継続されなければならない」とコメントした。
マドリードにおいては、時間が限られた中で、スペインとヨーロッパの社会運動や環境NGOなど数百団体が結集して、「気候のための社会サミット」の準備が進められた。この社会サミットは、一二月七日から一三日までの七日間にわたって開催されたが、常にチリでの対抗フォーラムとの連携を意識しながら進められたことに注目する必要がある。具体的な例として以下の二つが挙げられる。
まず、大西洋を隔てた二つの対抗フォーラムの双方において『ラテンアメリカ気候マニフェスト』の討論が行われたことである。このマニフェストには、環境保護・気候危機との闘いから人権・先住民の権利に至るまで広範で豊富な内容が盛り込まれており、とりわけアマゾンのエコシステムの保護が強調されている。さらに、対抗フォーラムと並行して、「第九回気候変動による住民追い立てに関する国際法廷」が、一二月五日にはチリ・サンチャゴで、八日にはマドリードにおいて連続して開催された。この国際法廷では、気候変動によってこれまでの居住地から立ち退かざるをえなかった事例について、二つの場所で四件ずつの審理が行われた。
そして、一二月六日には、マドリードの中心地区で「クライメート・ジャスティス」を求めて、大規模なデモが行われた。マドリードのアトチャを午後六時に出発したデモは、マドリード中心部の通りを埋めつくし、解散地点であるミニステリオスまで、数万人から数十万人の参加者がさまざまなバナーを掲げて行進した。参加者数を五〇万人とツイッターに書いたグレタ・トゥーンベリはデモの途中から参加しようとしたが、警察当局によってデモ参加を「制止」され、解散地点であるミニステリオスのステージで、デモ参加者にスピーチをおこなった。このデモで中心的役割を果たしたのは、一昨年来の気候ストライキを主導してきた若い世代の活動家だった。

気候危機に対する闘いの全世界的な広がり

 一昨年のCOP24以降で、クライメート・ジャスティス運動におけるもっとも大きな変化は、何よりもグレタ・トゥーンベリによって始められた「フライデー・フォー・フューチャー」運動を中心とする若い世代の登場だろう。「フライデー・フォー・フューチャー」が呼びかけた昨年三月一五日のグローバル気候ストライキには、高校生を中心に全世界一二〇カ国以上で一四〇万人が参加した。さらに欧州議会選挙にタイミングを合わせた五月二四日の第二波に続き、九月の国連気候行動サミットにフォーカスした「グローバル・ウィーク・フォー・フューチャー」では、九月二〇日に一五〇カ国以上で四〇〇万人、二七日には二〇〇万人が気候ストライキとデモに参加した。COP25を前にした一一月二九日に行われた第四波にも、世界で二〇〇万人が参加したと推計されている。これほどの規模でクライメート・ジャスティスを求める行動が展開されたことはかつてなかった。しかも、その中心にいるのが中学生や高校生ら若い世代であることも特筆すべきことである。
日本でも、この世界的な運動に呼応して、四回にわたって気候マーチが行われた。回を追うごとに、実施場所が増え、参加者も増えていった。九月二〇日には、「全世代参加」が呼びかけられたこともあって、全国二六都市で五八〇〇人がデモに参加した。一一月二九日の気候マーチは、開催地の多くが平日の昼間であったにもかかわらず、若い世代を中心に二〇〇〇人以上が参加した。このとりくみの中心は大学生が担っていたが、部分的ではあっても高校生が参加し始めていることは大いに注目に値することだろう。

脱石炭・脱原発・気候危機との闘いと反緊縮運動の結合を


このように、気候危機が将来の問題ではなく、現実の問題となっている中で、クライメート・ジャスティス運動は若い世代を中心に大きなうねりとなっている。その上で、運動をさらに発展・持続させ、運動のスローガンである「システム・チェンジ」を現実の目標としていくためには何が必要なのだろうか?そのためには、理念としてのエコ社会主義(社会主義とエコロジーを結合させた新たな社会の展望)という考え方を拡散するだけでなく、運動の中において脱石炭・脱原発・気候危機との闘いと反緊縮運動とを結びつけていくことが重要だと考える。
ヨーロッパにおいては、「フューチャー・フォー・フライデー」運動をはじめとした気候危機との闘いとフランスの年金改悪反対闘争を筆頭とする反緊縮運動がそれぞれ大きく盛り上がっているが、いまのところそれぞれの運動がそれぞれ「独立」して闘われているように思える。先住民のエコ社会主義的志向を持った運動が展開されているラテンアメリカにおいても、同様の傾向があったように見える。しかし、チリ民衆の反緊縮闘争の高揚を口実にして、チリ政府が今回のCOP25開催を放棄したことにより、逆にこの二つの運動を結びつける契機が生まれたことも事実である。マドリードの対抗フォーラムでは、チリ民衆の闘いとの連帯が掲げられていたし、サンチャゴでの対抗フォーラムはまさにこの戦いの渦中で開催されたのである。この流れを確かなものとすることが重要だ。
日本においては、この両分野の運動自体がいまだ端緒的な段階にあると言えよう。始まったばかりの気候危機に対する闘いと反緊縮運動をさらに大きなものへと発展させることは何より必要である。それとともに、脱石炭・脱原発・気候危機との闘いと反緊縮運動とを結合していくために全力で闘おう。    (おわり)
(大森敏三)


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