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    かけはし2020年1月13日号

民衆の力で暴走の歯車止める


沖縄報告 1月5日

支配層の思考停止打ち破り

沖縄 K・S


1.1

辺野古の浜、初興に300人

新基地阻止・埋め立てストップ!の決意

 二〇二〇年、新年の幕が明けた。この一年、沖縄の歴史がどのように繰り広げられていくのか。沖縄の県民ぐるみの辺野古新基地阻止!埋め立てストップ!の闘いがついに勝利を手にする道筋を切り拓くことができるのか。一体どうなって行くのか。沖縄の未来を展望する緊張感を全身に感じながら、元旦の夜明け前、全県各地から約三〇〇人が辺野古の浜の初興(ハチウクシ)に集まった。
 引き返せるのに、回転し始めた歯車を止める勇気がこの国にはない。
 公約を破り安倍政権に屈服して埋め立て承認を行った仲井真前知事に対し、全国の米軍基地の七〇%以上が集中する沖縄に新しい基地はいらない! 辺野古新基地阻止! を掲げた翁長さんが知事に立候補するにあたって選挙運動をスタートしたのが、この辺野古の浜、通称松田ぬ浜だ。二〇一四年秋だった。辺野古の浜に数千人がぎっしりと集まり、日米両政府の好き勝手にはさせない、新基地建設を止めて美ら海を守るとの熱気で翁長県政を誕生させる第一歩を踏み出したのだった。
 以来五年有余、辺野古新基地反対闘争は決して屈しない歴史的な闘いを積み重ねて、二〇二〇年を迎えた。かつてジュゴンが住み、生物多様性の宝庫だった辺野古の海は、フロートや汚濁防止膜に囲まれた護岸の内側が赤土土砂で埋め立てられていく無残な姿に変わった。三頭のジュゴンは一頭が死に他の二頭は行方不明となった。ウミガメももはや砂地に上陸し産卵することができなくなった。多くの海洋生物のゆりかごであった浅場の海は砕石と土砂でつぶされて行っている。
 沖縄防衛局は昨年一二月下旬、沖縄県の設計変更許可を得るとの前提で、工期は埋め立て一〇年、地上の施設建設三年、総工費は九三〇〇億円との試算を発表した。当初予算は、埋め立て五年二三〇〇億、全体で三五〇〇億だったので三倍近くに膨れ上がった。二〇一四年八月に始まったボーリング調査は当初三カ月で終わり、二〇二二年度には普天間が辺野古に移り、返還される予定とされていた当初の計画に比べると、一〇年繰り延べされることになる。
 しかもこの工事は完成の保証がない。活断層・軟弱地盤などの自然条件、県知事・県議会・県民投票で示された民意など県民ぐるみの反対の意思、流動化するアジア情勢と国内政治などの要因によって、いつ中止になっても不思議ではない。ところが、国家権力を掌握する政治家・官僚たちは思考停止のまま来た道を進む以外に能がないのだ。
 一月五日沖縄コンベンションセンターで開かれた「吉永小百合・坂本龍一チャリティーコンサートin沖縄」に参加のため一足早く沖縄を訪れた坂本龍一さんは一月三日、船上から辺野古・大浦湾の海を視察した。坂本さんは、透明度の高い海の美しさ、サンゴのすばらしさに感嘆の声を上げ、「自然は一度壊したら元に戻せない。工事自体もいくらかかりいつ終わるか見えない異常な事態になっており、民意に従う民主主義を逸脱している。引き返せるのに、回転し始めた歯車を止める勇気がこの国にはない」と述べた。
 坂本さんが指摘する通り「引き返せるのに回転し始めた歯車を止める勇気」がないためこの国はアジア侵略とその敗北を典型として、最悪の結果に至る歴史を繰り返してきた。現在のとめどのない対米従属と辺野古・大浦湾の埋め立て新基地建設も同様だ。一刻も早く引き返す決断をすること、すなわち、埋め立てを中止し新基地建設計画を白紙撤回することが求められている。

負の回転続ける歯車を止める勇気を持とう!

沖縄の神々よ、海を守る闘いに
勝たせてください。
   ウニゲーサビラ


 辺野古の浜の初興は、ヘリ基地反対協の浦島悦子さんの進行で、午前七時から始まった。砂浜の上に敷かれたビニールシートにお供えの品々や酒を置き、集落の関係者や国会議員など十数人が座って手を合わせ、前列の真ん中に座った海勢頭豊さんがマイクを手に、太陽が昇る辺野古の浜に向かって、新年の祝詞をウチナーグチで厳かに唱えた。「沖縄の諸々の神々よ。今日は初興の日です。海を守る闘いにどうか勝たせてください。お願いします」。そして浜の四隅に移動しながらそれぞれウートートーを行った。
 安次富浩共同代表の開会のあいさつに続いて、二〇人以上による荘重なサンシン合奏。源啓美さんはじめ十数人によるかぎやでぃ風の踊り、鳩間節、船のカイと棒術の演武、小学生二人による谷茶前の踊りが披露された。赤嶺政賢、屋良朝博、伊波洋一、高良鉄美さんら沖縄選出の衆参議員も紹介された。韓国、オーストラリア、アメリカなど外国からのメッセージも読み上げられた。辺野古の闘いは全世界につながっている。
 そのあと、カヌーチームを代表して松川さんが夫人と子ども二人と共に前に立ち、スピーチした。さらにカヌーチーム二十数人がズラリと並んだ。「小学校の教師をしている。六年前から辺野古に参加し始めた。翁長さんが知事に当選したとき、子供たちが言った。“じゃあ、辺野古に基地を造らないことになったんだね”。子供たちに民主主義や人権をどう教えればいいのか。安心して生きられる世の中をつくりたい」。
 カチャーシーの乱舞、ディアマンテスの勝利の歌に合わせた輪になった踊りで一時間半に及ぶ行事の幕を閉じた。

元旦の昼、普天間基地周辺

PFAS汚染現場を歩くフィールドワーク


 米軍が長年にわたって使用してきた泡消火剤に含まれる有害なフッ素化合物、PFAS(PFOA・PFOSの総称)による汚染は、すなわち県民の飲料水や農業用水の汚染であり、水の安全・命の安全に直結する重大問題である。沖縄だけでなく、横田基地周辺でも汚染が明るみに出たばかりだ。
 宜野湾市島ぐるみ会議は一月一日の昼、基地周辺の汚染現場を歩くフィールドワークを実施し、二〇人近くが参加した。はじめに、普天間飛行場滑走路北端近くのアパートの屋上から基地を観察した。駐機場にはオスプレイやCH53ヘリが多数見える。滑走路北端とフェンスの間に、黒く少し盛り上がった個所があり、小さな白旗が立っているところが泡消火剤を使った消火訓練の場所とのことだ。ここで使用された泡消火剤の有害物質が海岸方面に流れ湧き水を汚染するという。
 一〇人乗りワゴン二台に分乗して、現場に出かけた。第一のポイントは、汚染が最も深刻なチュンナーガー(喜友名泉)。ここは元々、伊佐浜の田んぼの豊富な用水だったが、一九五〇年代半ば、朝鮮戦争の休戦後沖縄の核基地化のために各地で強制収用に乗り出した米軍が銃剣とブルドーザーで民家や田畑を壊し海兵隊のキャンプ・瑞慶覧を建設したため、基地の中に取り込まれ、今も金網の中にある。宜野湾島ぐるみ共同代表の安次嶺美代子さんが子供のころの体験を交えて、水源を取り戻す取り組みの経過やエピソード、一九五〇年代終盤から簡易水道として利用されてきた歴史について詳しく説明した。かつては喜友名区の所有だったが、一九九二年、文化財に指定されると共に宜野湾市に譲渡され、現在は庭の散水などに利用されているという。
 第二のポイントは、ターム(田イモ)畑で有名な大山地区のメンダカリヒーガー(前渠樋川)。戦前、那覇から嘉手納への軽便鉄道が走っていたという旧道から海側に少し入ると、一面のターム畑と道路の間に、三本の筒から豊富な水量がこんこんと湧き出る樋川があった。ここでの案内はおもろ研究家で、元九州大学教官の安仁屋眞昭さん(宜野湾島ぐるみ顧問)。一九三九年生まれ、満八〇歳とは思えない元気な語り口で、「普通の毒とは違い、PFASの毒は煮てもなくならない。蓄積されるだけ。血中濃度も高い」などと解説した。
 第三のポイントは、天女伝説の湧き水で有名な森川公園。ここにも、メンダカリヒーガーと同じく、「この湧き水は飲料水ではありません」との宜野湾市環境対策課の看板が立てられている。カーに新年のお供えをした後、参加者全員でおさがりのモチを食べながら、主催の宜野湾島ぐるみを中心に意見交換の場をもった後、二時間をこえるフィールドワークを終えた。

コラム

産廃ノーの住民投票結果?浜岡

 私の田舎(静岡県菊川市)の隣町の御前崎市(旧浜岡町・御前崎町)で大型産業廃棄物処理施設の建設をめぐって、昨年一二月八日住民投票が行われた。投票率は六〇・八一%、反対が一万四四〇九票、賛成が一五六五票。約九割が反対という民意が示された。翌日、市長は誘致断念を決めた。
 この産廃施設予定地は浜岡原発の西側に広がる砂丘のすぐ近くの地元住民の共有地(第三区)である。第三区の理事の市議会議員などが税金の増加が見込めると、住民への説明もほとんどないまま進めたものだ。
 当該地区の住民たちは、池新田の未来を考える会を作り、反対運動を起こした。「わたしたちは、御前崎市池新田地区を豊かで住み良い街にすることを目的とし、民主的で、より開かれた街にすることを目的とした活動をしています。住民が知らない間に、県内一の規模の産廃施設の建設が計画されています。誘致された(株)大栄環境の問題に疑問をもち、あらゆる方面から情報を集めています。周知されてもいない、県内一の規模の産廃処理場の誘致。誘致に関わる経緯を全く知らされもせず、契約されて、その建設を黙って見過ごすことはできません」。
 問題点は次のような点だ。?最大五六六トン/日の産廃が昼夜にわたって燃やされ、ダイオキシンなど有害物質の排出や悪臭?東京や名古屋方面から毎日一四〇台の大型車両で運ぶ。交通渋滞や排気ガス・騒音?交通事故による感染廃棄物や毒性の強い化学物質の流出?津波浸水地域であり地震や津波による倒壊や悪性物質の流出?環境の悪化による人口流出など。
 旧浜岡町は浜岡原発の交付金に依存する町づくりを行ってきたが、浜岡原発1・2号機の廃炉、3から5号機が福島原発事故以後、停止したままだ。原発がダメなら仕方なく産廃施設建設。何とも悲劇的な話ではあったが、住民たちの自分たちの町の未来は自分たちの意思でという住民投票の結果はきっと次を切り開くだろう。住民参加の脱原発の町作りを実現してほしいものだ。
 これは浜岡だけの問題ではない。隣の牧之原市でも同じことが起きている。それは牧之原市にIR(カジノ・リゾート型施設)を建設したいと市長が名乗りを上げているのだ。東日本大地震・福島原発爆発が起きて、相良(牧之原市)に大規模な自動車工場を建設しようとしていたスズキ自動車が浜岡原発に余りにも近すぎると、建設を断念した。その穴埋めがカジノ誘致。
 一二月七日、御前崎港埠頭岸壁改良工事の着工式が行われた。自動車の積み出しや大型クルーズ船のためだ。静岡空港と御前崎港の距離は二二キロメートル。静岡空港は多くの反対の声を無視し開港したものの連続の赤字が続いている。あまりにもアクセスが悪く、利用客が少ない。台湾や中国からの観光客は富士山観光目当てに来るが観光バスを使い県外に出てしまう。御前崎港の改良もカジノや赤字空港の救済のためか。
 清水庁舎・病院の海側への移転に反対し、住民投票をめざす運動が起きている。池新田の住民投票の成功は静岡県内の他の運動への励ましになっている。     (滝)


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