もどる

    かけはし2020年1月20日号

支配階級追いつめる扇動が必要


環境

一刻の猶予もなく大胆な排出削減へ

ダニエル・タヌロへのインタビュー

 ダニエル・タヌロは最近、スイスのフランス語圏で気候危機に関し講義を行うために、また決起に立ち上がっている若者たちと会合をもつために招かれた。彼はこの旅の終わりに、「ソリダリテS」(スイスにおける第四インターナショナルのシンパサイザー組織:訳者)の質問に答えた。

壮大なダマしの手品が進行中だ

――全体としてのCOPプロセスに関しあなたはどう分析するか?

 一九九二年のリオ以来いくつものCOP(気候変動に関する国連枠組み会合の下における「関係者評議会」)は、次の三つの課題を軸に回転してきた。

1)超えられてはならない危険の水準。
2)南北の気候の公正。
3)丸を四角にすること、つまり、資本蓄積を疑問に付すことなく気候の大変動を回避すること。

 COP21まで、危険の水準が確定されることはなかった。COP3(京都)、ついで同15(コペンハーゲン)の中で企てられた気候の公正という見せかけは、ページを進めた。丸を四角にするということに関しては二つの数字で事足りる。つまり、CO2の年間排出量は、一九九〇年におけるよりも六〇%増えている。そして大気中のCO2濃度は、この一五〇万年では前例のない水準になっている。そしてその一五〇万年前は、海面水位が今日よりも二〇メートルから三〇メートルも高かったのだ。

――現在マドリードで行われているCOP25で問われていることは何か?

 諸国家による気候に関する約束は、今世紀終わりまでに三・三℃の温暖化、を意味している。それはパリの目標の二倍になる。最大限の緊急性を前提とすれば、COP25はこの段差に橋をかけるための努力を行うだろう、と人は考えると思われる。しかしこれは事実ではない。それは今、地球温暖化に反対する闘いと「協力する」余地を諸国家に与えるために、パリで決定された市場メカニズム(六条)に具体的な形を与えようと挑んでいる。
この新たな装置は、京都議定書がつくり出した「クリーンな開発メカニズム」(CDM)を引き継ぐはずだ。一つの注意点だが、このCDMは、諸企業、諸国家、あるいは北の諸機関に、南の諸国内でのいわゆるグリーン投資が生み出す「排出債権」の購入で彼らの排出削減を置き換えることを可能にした。
二〇一六年、一つの科学的研究は、これらの債権の七三%は大きな部分が虚構であり、有効な排出削減に対応する強い可能性をもつものはわずか二%にすぎない、と結論づけている。付言すれば、このCDMはREDDおよびREDD+で補足されていた。これらの後者によれば、排出債権はまた、植林によっても、さらに現存森林の保護によっても生み出され得るのだ。
これらの「炭素相殺」システムは現実には、排出削減を偽の削減で、あるいは確実性のない束の間の除去で置き換えることを狙いとした手品だ。しかしこれこそがまさに、資本家と諸政府がいつでも彼らの役に立つものとして欲しているもの、つまり、彼らが地球を破壊し続けている中で地球を救っているふりをする詐欺、なのだ。
したがって、三・三℃と一・五℃間の段差に橋を架けることはマドリードにおける議題にはない。これらの淑女、紳士たちは、上記に取り組む以前に、次回で彼らに許されることになる騙しの量を知りたがっているのだ。この量がマドリードで設定されるならば、グラスゴーでのCOP26は、先の段差が縮まりつつあるとの幻想をつくり出そうと挑むかもしれない。さもなければ、切迫性にとってはあまりに悪すぎることだが、だまし絵技法の会合はCOP27まで先延ばしにされるだろう。
それゆえCOP25の主な挑戦課題は、詐欺的決まりがここで確定され得るかどうかだ。これは確かではない。特にブラジルが、CDMに由来するまがいものの債権ストックが新たなメカニズムの下で売却可能になることを欲しているからだ(気候変動否認論者であることと、偽の気候政策から利益を得ることは、決して両立不可能なことではないのだ!)。

街頭から1・5℃以下強要を


――多くは、パリ協定は、それがあまりに緩いがゆえに何も変えないだろう、と理解することになった。われわれがそれに米国の撤退を加えれば、構図は寒々としている。COPプロセスは、それが気候運動との関係で確保していた正統性を失っているように見える。それでも気候ストライキ、「未来のための金曜日」、また「絶滅反乱」は、大部分パリ協定尊重を求め続けている。あなたはこれを問題だ、と考えるか?

 われわれは、パリで決定された危険の閾値を守ることを要求しなければならない。しかし協定それ自身は持続可能ではない。拘束がないことに加えて、この協定――ノーと言わないまでも――は、「マイナス排出技術」による(および核産業を押し上げることによって)その後の地球冷却に基づいて、危険の閾値を「一時的に超える」という無分別なシナリオに道を開いた。
これらが、今日行われている「二〇五〇年の炭素中立」という約束、を下支えするシナリオなのだ。こうして諸政府は、排出を減少させるために正しいことを行っていない中で、世論をだまそうと試みている。
危険の閾値について言えば、パリの両義性(二℃か、一・五℃か?)の中にあるワナに捕らわれたままにならないことが重要だ。IPCCは何の疑いも残していないのだ。つまり気候運動は、一・五℃以下にとどまることを要求しなければならない。
米国の撤退だけではなく、中国も石炭を復活させようとしている。明らかなことは、回答は街頭にあり、COPの中ではない、ということだ。支配階級が、行動し始めるか、あるいはもはや支配できなくなるか、そのどちらかを選ぶことを迫られることになるような扇動がなければならない。部分的な成果を上げる(たとえば、公共交通の拡大とその無料化、建物断熱の有効かつ公的な計画―それが何かは問題ではない)ことにより社会運動は、さらに進む自信を得るだろう。こうして、惨事を止めるために不可欠な反資本主義の政策は労働者階級にとって適切であり、望ましい、との考えが進むだろう。

要は若者と女性の自己組織化


――あなたは、環境闘争の前線に位置する三つの部分――農民、先住民衆、若者――において女性が保持している中心的な枠割りに光を当ててきたが。

 私は(エコ)フェミニストたちに同意する。つまり、自然破壊と女性の抑圧は、家父長的―資本主義的支配の二つの表示なのだ。女性は、彼女たちが抑圧を受けているがゆえに、影響もより多く受ける。彼女たちは、家父長制が社会的生殖の仕事のほとんどを彼女たちに押しつけているがゆえに、特にそうだ。この現実は、この状況の重さに、またグリーン資本主義的応答の不条理さにより気付かせる傾向があるのだ。

――あなたは若者の気候運動をどう見ているか? それはどんな限界を示しているか? あなたの考えでは、それはそれらの限界を克服できるだろうか?

 若者たちにとっての最大の挑戦課題は、気候回復という魅惑的な誘い、および抑圧の脅迫への抵抗によって、時を継いで持ちこたえることだ。最良の方法は、大衆的な規模で自己組織化を発展させることであり、この観点からはスイスの経験が模範的だ。
急進主義を指令することは不可能であり、それは具体的な課題設定を軸に一歩一歩築き上げられなければならない。それらとしては、最大限一・五℃、一時的限度超えノー、マイナス排出技術ノー、核ノー、炭素相殺ノー、化石燃料と化石燃料投資を止めることがあり、回答はより少なく生産し、より少なく運び、より多く分かち合い、責任ある者たちに勘定書きの支払いをさせることだ。

若者のシステム批判に可能性

――ローザンヌであなたはある人たちに、十字路封鎖よりもストライキ決行があなたには市民的不服従のもっと力のある形態のように見える、と答えた。その問題に戻れますか?

 明らかだが、私は十字路封鎖に、あるいは「防衛ゾーン」に反対しているのではない! しかし私は、金曜日にストライキを行うよりも、土曜日に通りを封鎖する方がもっと急進的、あるいは「不服従」だと思われる、という考えには異議を唱える。ストライキを行うことは不服従の極めて力強い形態であり、それは暮らしと仕事の場に集団的なものを生み出す。そして民衆諸階級の伝統と響き合う。活力あるストライキは、この破壊的な潜在力を一〇倍も生み出すのだ。

――スイスでは、気候ストライキが全体としての社会に向かう過程にある。若者たちの運動は、エピソード的な合流を超えて、どのようにして労働者に結びつけられることが可能になるだろうか?

 要点は、この運動が労働者に、システムが彼らの子どもたちに対しもっている未来について問いかけ続けている、ということだ。この問いかけの衝撃は計り知れない。それは、労働者運動が生産力主義と決裂することに力を貸す可能性がある。これは決定的な課題だ。つまり、この決裂がなければ気候のための闘いではどのような勝利もないだろう、ということだ。
この問いかけを社会的公正を支持する全体的主張と組にすることは、諸々の裂け目を開くだろう。ひとたび動き出せば、被雇用者は気候救出に向け彼ら自身の階級的要求を発展させるだろう。彼らに代わっては、それを誰も行うことはできない。

――労働組合の世界では、グリーン・ニューディール(GND)の考えが勢いを得始めつつある。それについてのあなたの考えは?

 サンダースやオカシオ・コルテスのグリーンニューディールは、生産を抜本的に引き下げる必要を統合していない一種の経済回復計画だ。したがってそれは十分なオルタナティブではない。
しかしGNDには二つの長所がある。つまりそれは一つの計画であり、そしてこの計画は、新自由主義的収入の利用から、社会的危機と環境的危機の両者を解決することを目的にしている。したがってEU委員会は、それをねじ曲げることを目的に、この考えを取り戻そうと急いだのだ。

▼実績のある農学者かつエコ社会主義活動家である筆者は、「ラ・ゴーシュ」(第四インターナショナルベルギー支部であるLCR―SAPの月刊誌)記者でもある。(「インターナショナルビューポイント」二〇一九年一二月号)


もどる

Back