もどる

    かけはし2020年1月27日号

街頭と職場での闘いをあらためて中心に


スペイン

PSOE―UP政府形成は希望か?

カタルーニャと新自由主義への
意味ある回答こそが核心の問題

ハイメ・パストル

 昨年一一月のスペイン総選挙では極右が躍進する中、社会労働党が第一党となったものの過半数とはならず、つい先頃ようやく、社会労働党とポデモスによる連立政権が成立した。しかしこの政権も少数政権であり、特に緊縮政策とカタルーニャ問題を軸に、今後に大きな不透明要素を残している。以下は、ポデモスの政府参加に反対する立場から一カ月前に書かれた論評だが、今後スペインの社会運動が直面する問題を示唆している。(「かけはし」編集部)

概論と曖昧さに満ちた決意表明


 一一月一二日午後、われわれは一つの取引の可能性に関する予想外のニュースを受け取った。社会労働党(PSOE)指導者のペドロ・サンチェスとウニダス・ポデモス(UP)指導者のパブロ・イグレシアス間の、四年間続く連立政権を形成する、という予備的合意に関するものだ。六カ月の結論の出ない交渉、そしてPSOEとUP両党が票と議席を失った一連の新しい選挙の後では、特に彼のキャンペーン全体を通じてサンチェスが指揮した右転換を前提としたとき、この非公式合意はあらゆる者の虚を突くもの、ということが唯一理にかなっている。
 この予備合意の解釈はわれわれに、それを概論と曖昧さに満ちた、一つの決意表明と見なすことを余儀なくさせる。しかし可能性のある政府が前にする二つの最も重要な問題にその合意が突き当たる場合はそうとは限らない。その二つの問題の一つは、文書が九項で述べているカタルーニャに関係する。
 それは「カタルーニャにおける共存の保証:スペイン政府は、カタルーニャにおける共存、および政治生活の正常化に対する保証を優先するだろう。その目的に向けて、厳密に憲法の枠内で理解と対話の方式を追求しつつ、カタルーニャ内の対話が正規化されるだろう。その上で連邦国家による自治保障が、その司法権の下に、権利とサービスの十分な条件を確実にするために強化されるだろう。われわれは、スペイン人内部の平等を保証するだろう」と述べる。
 読者が理解できるようにこの章句は、PSOEだけではなく、保守派の国民党(PP)も、弱体化が進んでいるポピュリストのシウダダノスも共有している考えを取り入れている。つまり、カタルーニャ問題とは、カタルーニャ民衆間の対立であり、スペイン国家とカタルーニャ民衆多数間の対立ではない、というものだ。予備合意もまた、「厳密に憲法の枠内で理解と対話の方式」の追求を提案し、それに、「全スペイン人内部の平等を保証する」との約束を添えている。
 これは、スペイン国家内部に存在する民族的かつ文化的な多様性を否認する誤った議論だ。そこには、多民族性に関するもの、あるいは今日まで続いている過去の抑圧的な諸結果および紛争の犯罪視を進んで拒絶する意志に関するもの、はまったくない。

PSOE政策の中核は無傷


 その曖昧さにもかかわらずもう一つの議論は、一〇項で明らかにされている。そこでは、――「財政の公正」(何か?)に言及しているものの――「財政均衡」の婉曲話法を使うことで、EU規律の諸制限を受け容れている。さらに、「公的支出に対する査定と統制が、持続可能で長続きする福祉国家の維持にとっては基本になる」との主張の受け容れもある。要するに、新自由主義的緊縮の諸制限が、憲法一三五条を無効にすることへのいかなる言及もなしに、暗黙裏に受け容れられている。その条項の二〇一一年における修正は、EUの債務支配への憲法に基づく服従を保証したのだ。
 確かに、予備合意の他の項目の中には、「雇用の不安定性との戦闘」という話(しかし、PSOEとPPが通した両者共同の新自由主義的労働改革の無効化についての話はない)、「年金の保護」という話、「単なる商品ではなく権利としての住宅」(何か?)という話、「反気候変動の闘い」の話(とはいえ、第一項には「強固な成長」という話がある)、「尊厳死に対する権利」の話、「良心と尊厳の国としてのスペイン」という話、「フェミニズムの政策」という話、さらに「スペインの見捨てられた地域に対する支援」……の話はある。
 しかし理解できるように、このどれも具体的ではなく、目立つ欠落と「忘れ去られた」項目がある。たとえば、地中海で何万人もが溺死してきた死を呼ぶ移民政策、あるいは移民収容所(CIEs)の閉鎖、あるいは新旧の言論規制法の無効化、には完全に何の言及もない。このすべては、前述の九項、一〇項(カタルーニャと債務を扱っている)とは対照的になっている。そしてこの二項目は、可能性のあるいかなる新政権においてもその覇権を維持することを狙った、PSOE政策の中核を構成しているのだ。

首班指名投票めぐるかけ引き


 このすべてにもかかわらず、首相としてのサンチェスの就任と議会に基づく政権形成を確保するために必要な票を、PSOE―UPが獲得できるかどうかは、依然今後分かることとして残されている。それは、いくつかの政党が棄権する可能性を意味する、単純多数だけを要する第二回投票の場合であっても言えることなのだ。
 最新選挙の結果である議会の算術計算の観点では、すべての関心は今カタルーニャ政党の共和主義左翼(ERC)とその一三票に向けられている。そしてこの勢力はここ何回か、PSOEとの対話に進んで臨む意志を示してきた。しかしそれはこれまでのところ成功を見ていない。
 しかしながら、抑圧的なカタルーニャ政策の継続も、春の新たなカタルーニャ選挙の呼びかけの可能性も、ERC指導部に対し策動の余地を多く許すことはない。この勢力が、自身が親独立勢力の「カタルーニャのために共に」および左翼の親独立派、「民衆連合候補者」(CUP)と厳しい競合関係にあること、に気付いているからだ。そしてこの両者は、PSOEが中心に座るいかなる政権の創出にも反対投票するよう圧力を受けているのだ。
 したがって、この予備合意に対するERCの反応は、国家レベルで「対等なもの同士の交渉と対話の創出」を要求することになった。それは、カタルーニャ問題は政治的かつ司法的に解決されなければならない紛争という認識を含んで、あらゆることが討論できる、という要求だ。したがってそれが意味することは、カタルーニャの自己決定権が問題として提出できる、ということだ。
 もちろんペドロ・サンチェスは――いくつかの優しい言葉は別として――、これらの要求はいかなるものも決して受け容れないだろう。とはいえわれわれは、今後の数週間には、ものごとを壁紙で隠すことに向けた何らかの言葉上のジェスチャーがあることを除外することはできない。
 UPとカタルーニャ諸政党がPSOEともし協力しない場合に、サンチェスの最後の切り札に最もなりそうなものは、それらがPP、極右のVox、さらに右翼ポピュリストのシウダダノスと並んでいるとして、それらに責任をなすりつけることになるだろう。これは、最終的政権信任投票で、それらの棄権を、したがって僅差の多数を確保する、という期待の下に行われることだ。

UPの前には大きな危険迫る


 サンチェスとPSOEの、他の可能性ある政権発足に向けた選択肢であるPPとの合意――スペイン経済界の大物たちと国家官僚機構が今圧力をかけ続けている――に関する限り、われわれは、PSOE―UP予備合意に対する保守派の怒りの反応に驚かされてはならない。実際PPは、PSOEとの協定のいかなる可能性も拒否している彼らの指導者から出ている諸々の言明にもかかわらず、PPの棄権を確保する(それはサンチェスに少数政権形成の余地を与える可能性がある)目的で彼らがサンチェスに自身の諸条件を押しつけることができ、こうして新たな選挙の呼びかけを回避できるように、サンチェスが懇願にやってくることを待ち受けていた。
 Voxに関しては、共産主義とボリバリアン主義とのPSOEの連携、つまり彼らがベネズエラの道にしたがっていると見ているもの、に対決する闘いの呼びかけからなる彼らの反応について、詳しく述べる必要はない。
 他方左翼の側にいる人々の中では、一定の安堵感があり、変化に向けた現実主義的でささやかな希望の感覚があるが、それは、僅かに筋が通っているにすぎない。この合意は結局のところ、PPとPSOE間の協定に対する潜在的可能性とVoxの躍進によってもち出されている脅威に、歯止めをかけていると見られているのだ。
 しかしながらわれわれは、可能性のある政府体制内での支配政党としてのPSOEが抱える本性も、選挙後にUP内で悪化し続けている力関係も、われわれに希望をもつことを許さない、との確信をもち続けている。その場合の希望とは、PSOE―UP政府が形成されるあかつきにはこれが、そうした政府が前にする二つの主要な挑戦課題、つまりカタルーニャ―スペイン紛争の民主的解決、および権威主義的新自由主義の指令に対する不服従、に対し何らかの意味のある急進的な対応に導くだろう、というような希望だ。われわれは果たして、経済相で共同の副首班としての新自由主義エコノミストかつEUの寵児であるナディア・カルビノと並んだ、急進的なUP指導者パブロ・イグレシアスの副首班としての共存、を想像できるだろうか?
 したがってわれわれは、今後数週間に、この予備合意のあり得る細目を追いかけるだろう。そしてわれわれとして、UPが、イグレシアスに集中された過度の指導性にむしろより従属する中で、またそれがPSOEとの合意に入ろうと追求する中ですでに大きく弱められた党組織との関係で、UPに提起する危険を強調するだろう。その明示された目標が、たとえ変幻自在主義の進行、つまりスペインの新自由主義的国家構造に自らを順応させること、への対抗であるとしても、私は、これがすでに進行中であり、逆転が困難になっているかもしれない、と恐れている。
 いずれにしろわれわれが思い起こさなければならないことは、政府の形成は一つのことであり、下院と国家内の特定の力関係の限界内で、また何よりも立法機関がその中で機能する体系的な諸制約の内部で、統治することは別のことだ、ということだ。
 われわれの任務は、今後の数カ月観客として傍観することであってはならない。むしろそれは、大衆行動の民主的な津波後にすでにカタルーニャで起き続けているように、永続的な危機の中にある体制を前に、衝突に、街頭と職場での闘いに、再度中心性を与えること、そして左翼に向かう、決起、自己組織化、民衆的力量形成を基礎にした民主化に向けた、急進的転換を求めること、でなければならない。(二〇一九年一三日、「ヴィエント・スル」誌より)(「インターナショナルビューポイント」二〇一九年一一月号)

イタリア

「イワシ」運動と左翼の任務

フランコ・トゥリグリアット


 支持を高めている極右が攻勢を強めているイタリアに、反右翼を結集点にした「イワシ運動」と呼ばれる新しい運動が生まれ各地に広がっている。以下では、この運動がどういうものかが解説されると共に、反資本主義左翼の対応が説明されている。(「かけはし」編集部)
 イタリアの政治情勢は、新しいかつ特殊な運動、つまり「イワシ」の運動を特徴とするものになり、そこでは、その多くが若者たちである数十万人が街頭に繰り出すという現象が見られた。そしてそれは、一二月一四日のローマにおける大デモで頂点に達した。
 何が起きようとしているのかを理解するためには、二つの要素が考慮されなければならない。まず一方では、要求の大雑把な性格は脇に置くとして、これらの社会的な諸々のデモにはファシズムとレイシズムに反対する重要かつ積極的な側面がある。しかし他方では、民主党に結びついた、また「リパブリカン」のような新聞により支援された、この運動を始めた者たちの目的、そして彼らがそれを管理するあるやり方がある。

政治化進展への
意識的抑制策動
この運動がエミリア―ロマーニャのボローニャで生まれたのは偶然ではない。その地は、戦後期以来ICP(イタリア共産党)、次いでさまざまな中道左派の政治的組み合わせにより統治されてきた。そしてこの地では、今年一月二六日に地方議会選挙とその首長選挙が予定され、そこではサルヴィニの同盟が率いる極右政党が初めて勝利する可能性が生まれている。そしてその勝利は、民主党の敗北、またおそらく民主党と五つ星運動が率いる第二次コンテ政権の崩壊を意味する、と思われるのだ。このイワシ運動に民主党が文字通り利益を感じている理由ははっきりしている。
しかし、以下の事実は依然残っている。つまり、社会と諸機構内における、レイシズム、反動の毒、さらにサルヴィニと右翼の国家主権第一主義的民族主義の高まり、に反対する大衆的な積極的対応をわれわれが見ることになったという事実、そして若者たちがその前線をになってきたという事実だ。
この運動の政治化の程度は今も低い。そしてその組織者たちは、その程度を意識的に一定のレベルにとどめようとしている。つまり、反動的な右翼の憎悪扇動と非人間的な調子に対する概括的かつ表面的な批判、および憲法上の民主主義的枠組みの防衛というレベル、すなわち、世論のレベルでのみ闘われる闘い(あるのは行進ではなく、演壇からの音楽といくつかの概括的発言を伴う、広場で二、三時間続く集会だけ、ということも偶然ではない)、というレベルへの抑制だ。
鮮明な目標が押し進められることはまったくなく、それらは提案さえされていない。さらにもっとひどいが、討論の場や要求の政綱を深める場もない。ちなみにこの後者の存在には、第二次コンテ政権を困難にする可能性が含まれると思われる。実際この政権はほとんどの課題に関し、サルヴィニの同盟に支持された第一次コンテ政権の諸政策との連続性の中に今もとどまっているのだ。

要求の急進化
への挑戦開始
事実として民主党は、スローガンの急進化と新自由主義的緊縮諸政策に対する批判を恐れている。それらの政策こそ、民主党が自ら推し進めてきたものであり、さまざまな右翼の運動に発展の余地を与えてきた社会的沈滞をつくり出したのだ。ボローニャの組織者たちのグループは、一貫してこの要請との関係で活動を続けている。
したがってこの極度の上からの統制という性格はある種の逸話的な要素ではない。つまりそれは、一つの論理と正確な選択に対応している。すなわち、異なった社会的利害に対応してもいる、さまざまな考えと政治的立場間の恵み豊かな対立を起点とする討論と論争からなる、民衆的で開かれた民主的な場を阻止するという選択だ。
これらの同じ数週間の中で、階級的かつ反資本主義的左翼(シニストラ・アンティカピタリスタが重要な役割を果たした)が、ローマで一二月七日に開催された会合(約四〇〇人)を出発点に、行動の統一に向けた新たな道を開こうとした。ちなみにこの会合には、七つあるいは八つの全国組織と二〇の地方の市民団体が参加した。
この会合は、今後数ヵ月に向けた活動の基礎として、社会闘争の共同政綱を確定した。それは、軍事支出への反対と雇用を求める諸政策(賃金引き下げのない労働時間短縮、レイオフやリストラを行っている大企業と工場の国有化、治安法令の廃止、年金に関するフォルネロの反改良の無効化)だ。
この階級的左翼はこれから、社会的目標と民主的目標を求める闘い双方を指導すべく挑まなければならない。そして自身を、イワシ集会の中で諸々の広場に生気を大規模に与えた民主主義的感情と共にあるものにしつつ、労働者階級の決起の再始動を追求しなければならない。それは、反右翼だけではなく緊縮の自由主義的諸政策にも、変わることなく自らを後者の要請の運び人にしているあらゆる政治勢力にも反対する、大規模な社会的闘争の構築に力を与えることによって、イワシ運動の要求の急進化に挑むという問題だ。

▼筆者は元上院議員であり、イタリアにおける第四インターナショナルの二組織の一つである、シニストラ・アンティカピタリスタの指導部メンバー。(「インターナショナルビューポイント」二〇二〇年一月号)



もどる

Back