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    かけはし2020年1月27日号

広がりを見せる学生決起と政治的弾圧


パキスタン

連帯行進:活動家の新世代

ピエール・ルッセ

主要九要求軸に
連帯行進が拡大

 国中における学生決起の後、パキスタンの左翼の人物たち――アマル・アリ・ジャン、ファルーク・タリク、アラムジル・ワジルを含んで――が「破壊活動」の罪で起訴された。
 二〇一九年一一月二九日、学生行動委員会(SAC)のイニシアチブの下、特に教員たちの支持を受けて、急進化の最中にある若者の運動により、「連帯行進」がパキスタン(およびそれが統治する諸領域)の五〇都市以上で組織された。SACは多くの組織を結集している。それらのいくつかには、地方の他の運動が加わっていた。
 第一の目的は、学生組合の再生を活気づけ、以下の主要九要求を基礎に、何十年も解決されずにきた特定の諸要求を生き返らせることだった。
1.学生組合禁止を解除し、すべての教育機関でその即時の選挙を実施すること。2.あらゆる種類の政治活動を禁じている宣誓書に学生に署名するよう求めるいわゆる管理規則の撤回。
3.女性の学生の代表に基づく、キャンパスにおける反ハラスメント委員会の形成。
4.最低GDPの五%の教育予算配分。
5.キャンパスにおけるあらゆる種類の治安体制化と暴力を終わりにすること。
6.大学管理者に、全学生に対するその学習期間の居住施設の提供を義務づけること。
7.全員に対する無料教育。8.大学管理の、また私立の寄宿舎における、時間決め夜間外出禁止の学生に対する強要の停止。
9.卒業生に対する合理的な雇用、あるいは失業手当としての告知済みの最低賃金。

新しい政治が
希求の焦点に


 法は、学生組合結成の権利を認めている。しかしそれらは三五年の間、事実上の排除の形に置かれてきた。そしてそのことが、学内問題においてそれらがその役割を果たすことを妨げてきた。結果としてこの運動は、それらが不在のままに学園当局が行った諸決定に、いかなる正統性も認めていない。
 より深いところで、新たな戦闘的な世代が、一九六〇―八〇年代のスローガン、「イエス、赤だ、アジアは赤だ」のようなスローガンを謳いあげることで、当時のたいまつを取り上げて登場しつつある。
 学生の諸決起は、展望としての新たな政治的構造の創出可能性を伴った、急進的左翼の全般的な刷新、を日程に載せている。アマル・アリ・ジャンは、「連帯行進」の主要な指導者の一人とみなされている。彼は彼のフェースブック上で、以下のように説明する。
 つまり「これは始まりにすぎない。パキスタンでは新しい可能性が現れた。それは、封建的地主や実業家や既成エリートによって管理されない民衆的政治の可能性だ。それは、普通の市民によって行われる草の根の運動を基礎とする政治、そしてその中で声なき者たちの訴えが最終的に聞き届けられる政治だ」と。
 また「われわれは、大衆内部でのわれわれの仕事を深めるために、これからもっと多くを行わなければならないだろう。われわれは、われわれの能力すべてを注いで、社会的かつ経済的諸権利のための戦闘を続ける決意だ。統一と規律といたわりに基づいて、私はわれわれが勝利すると確信している」と。
 彼はこの諸決起を、民衆に対して憲法で認められた諸権利、一九六八年以後から左翼諸勢力の行動のおかげで導入された諸条項、の履行を求める「公民権運動」と特性付けている。平等な権利に対する熱望は、その旗が連帯であるこの決起では、実際に非常に重要になっている。
 パキスタンの英字日刊紙「ドーン」が、学生行進のオルガナイザーがもっているさまざまな展望について尋ねた。現在の闘争の波ではその展望の可能性はどうなるか、資本主義が社会的公正を許さないことをはっきりさせつつあるが、中短期的に、現在の戦闘的な世代に支えられた、新たな急進的左翼政党を創出することは不可避か、といったことだ。
 ドーンのインタビューを受けた人々は、この政党はあらゆる者に対し代表を提供することになるだろう、と論じている。こうして彼らは「その党は、社会のあらゆる部分に等しい代表権を与えるだろう。そして、ジェンダー、民族性、宗教、さらに社会的地位に基礎を置く差別はまったく存在しないだろう」「われわれは、女性、子ども、マイノリティに向けられるあらゆる差別的法を終わりにすることを求めるだろう」と主張している。オルガナイザーの一人は、党は「社会の周辺化されたコミュニティと部分の発展に焦点を当てる」ことになる、と語っている。

民主的権利への
公然とした挑戦


 ラホールでは、この行進にあたって二五〇―三〇〇人の集会が開催された。多くの進歩的な組織に並んで、封建的な条件にさらされている煉瓦積み労働者組合も参加した。政府の閣僚やメンバーがこの運動に対する共感を表していた中で、警察は国家になりかわって、拡声器の不許可使用(パンジャブ騒音制度〈規制〉法に対する侵犯)から治安妨害まで広がる罪状、あるいは一連の攻撃に基づき、一部の集会参加者を起訴する決定を行った。関係者は以下の者たちだ。
▼この運動の中心的で非常な人気を誇るアマル・アリ・ジャン。
▼ラホール左翼戦線の指導者で、パキスタンにおける数多くの左翼的活動でよく知られているファルーク・タリク。
▼マルダンのワリ・カーン大学でリンチを受けた学生、マシャル・カーンの父親であるイクバル・ララ。彼は、学生決起を支援するために到着したとき、スタンディングオベーションを受けた。
▼パンジャブの大学パシュト評議会の指導者であり、彼自身が厳しい弾圧を受けた国会議員のアリ・ワジルの甥であるアラムジル・ワジル。アラムジル・ワジルは、すぐさま投獄されたただ一人の者だ。
▼パキスタン・バッタ・マズドール組合(煉瓦焼き労働者組合)書記長のモハムマド・シャッビル。
▼学生活動家のカミル・カーン。

 活動家たちは、拘留されるのを回避するために予防保釈金を提示し、裁判所はそれを受理した。これらの逮捕されないための保釈金の件はまだ承認されていない。アラムジル・ワジルもまた、保釈金を条件に釈放される可能性があると思われる。この戦闘は、法と政治の両面で今も闘われ続けている。
これらの起訴は、パキスタン内に、またそれを超えて多くの騒ぎをつくり出している。大学内でまた街頭で支持のデモが起き続けている。アムネスティインターナショナルは、学生の「表現の権利、結社の自由、平和的な集会の自由、に対するあからさまな侵犯」を糾弾した。そして「オルガナイザーに対する起訴は取り下げられるべきであり、抗議行動に平和のうちに参加することを理由として逮捕された者すべては即時無条件に釈放されなければならない」と明らかにした。アムネスティは、活動家に対し利用されたこの刑法条項の起源は英国の植民地法規の一部だ、と指摘している。

新世代の闘争に
国際的支援を

 パキスタン人権委員会(HRCP)は、この学生弾圧から、また連帯行進に向けメディア内で行われた中傷キャンペーンから特に警報を受け取った。HRCPは「学生には授業料高騰と高等教育に対する予算切り下げに反対する権利があり、大学構内における治安部隊による不必要な干渉を終わりにすること、学生の代表に基づく機能を発揮できる反ハラスメント委員会、学生組合の回復、を求める権利がある」として、国中で金曜日に参加している学生たちすべてと連帯している。
この行進からの学生代表団は、この治安妨害の起訴に関する上院人権委員会によっても迎え入れられた。同委員会は、この起訴を、特にイクバル・ララに対するものを、また行進オルガナイザーに対する虐待を糾弾した。それはまた、学生組合にも支持を与えた。同代表団は、上院委員会の勧告に同意した。それは、学生を拉致し脅迫した者たちもまた法の尊重を引き受けることになると期待しつつ、共通の枠組みを作り出すために当局と協力し、運動の指導者は憲法の枠組み内で発言を続ける、というものだ。
憲法上の自由に対する尊重という問題は、学問上の問題を超えて広がっている。ドーン紙編集スタッフは、その家族がパキスタン出身である英国人が行ったロンドンでの最近のテロ攻撃に関する記事の後、イスラマバードでデモ参加者から取り囲まれた。ブロガー、労組活動家、農民の役員、民族主義者、人権の擁護者、環境保護活動家、政治活動家はしばしば残酷な弾圧を受けている。
連帯行進の中で壮観な形ではっきりと示された新世代の活動家が始めた闘争は、パキスタンの社会全体に関わっている。それは、全面的な国際的支援に値している。多くが、若者たちによる現在の波の中で問われている。(「インターナショナルビューポイント」二〇一九年一二月号)  

フランス

11・10パリ大行進が成功

大結集でイスラム排撃に反撃

ジュリアン・サリンゲ


 一一月一〇日のイスラム排撃反対行進は、疑いの余地なく成功だった。第一に、参加者規模の点で、一万三五〇〇人から四万人と見積もられた人々がパリの街頭を貫いて行進し、いくつかの地域でもそれとは別の集会やイベントがあった。また、民衆の住宅街からさまざまな組織やムスリム団体を結集し、さらに左翼の社会的、政治的諸グループも結集した初めての反イスラム排撃決起として、政治的にも成功した。

誹謗中傷を前に
幅広い結集実現
この行進の組織化呼びかけ主体(フランス反資本主義新党―NPAを含む)が声明で指摘したように、一一月一〇日の成功は、以下のような事情のゆえになおのこと注目に値する。つまりその声明は「行進は、それに先行する週ずっと、中傷、むしろ憎悪と言ってもよいものが籠もった現実のキャンペーンの標的だった。それは、そのイニシアチブを故意に妨害し、正統性をはぎ取り、人びとが行進に出かけることを思いとどまらせること、を意図したものだった。このイニシアチブに加わった者たちはまた、数知れない攻撃にもさらされた。彼らの何人かは明示的な死の脅迫さえ受けた」と述べている。
このデモに対する政治的反応とメディアの反応は、一一月一〇日の決起の成功を隠そうと試みる以外に何の効果もない悲惨な神学論争、誹謗中傷、というこの間の数週間との連続性の中にあり、この行動の呼びかけ主体と抗議に立ち上がった人々を中傷し続けている。これは、偽りのスキャンダルの部類に入る事例だ。
実際、正統なことだがわれわれが、一九三〇年代と一九四〇年代に生きたユダヤ人の運命と今日のムスリムの状況の間に等号を引くことに同意はしていない中で、あなたたちが、行進のステッカーを身につけた者たちはナチの政策の残虐さを最小化するためにそうしたと考えるならば、あなたたちは間違いなく愚かしく不正直なのだ。逆にそれは、ユダヤ人の苦しみに対する認識、およびムスリムが前にしている暴力、汚名押しつけ、差別、について警報を発する叫びの、ある種心地好くない表現だったのだ。

イスラム攻撃が
国家の頂点から
問題をそらそうとするもくろみ――多かれ少なかれ成功を見ている――もまた、デモの主題が何であったのかを、すなわちまさに本物であるイスラム排撃、およびムスリムのますます劣悪化された状況、を隠すために行われた。一一月一〇日の行進は、実際にも、イスラム排撃の波に対する対抗、反対、として実現している。そしてその波は、数週間の間、マクロン、カスタネル、ブランケール(国民教育・青少年相:訳者)を先頭にした国家の最高位によって駆り立てられ、広まっていたのだ。われわれは、パリ県で殺害された警官に対する追悼イベントの中でのマクロンの演説を忘れたことはない。そこで彼は、「警戒社会」を建設する必要を断言し、その社会の中では誰もが、「共和国の価値と法からはみ出ることを表す過ち、逸脱、小さな身振り」を見分けることを求められる、とされたのだ。換言すれば、ムスリムに対する疑いと公然とした非難を抱えた社会、ということだ。
われわれは一〇月末に次のように書いた。つまり「社会的、政治的左翼の一定部分の沈黙は不穏だ。まだ対抗するには遅すぎるということはない。しかし疑いないことだが、汚名押しつけと暴力というムスリムの犠牲に対する可能な最も幅広い支援なしには、組織化を始めつつある決起に対する諸政党、諸労組、共闘団体、また市民団体の強力な関与と支援なしには、進行中の高潮にストップをかけることはできなくなるだろう」と。

反マクロン決起
へさらに進撃を
われわれが言うことができ、またただ喜ぶことができる最小限のことは、事態の明確化がある程度なされた、あるいはそうされつつあり、そして一一月一〇日の行進への呼びかけが、同じく行進の成功が、これに大きく貢献した、ということだ。CGTから不屈のフランス議員団まで広がる社会的、政治的左翼が、そしてそこにはまたEELV(フランス緑)、労組連合のFSUとソリダリエ、UCLのリバタリアン、PCF(フランス共産党)、ゲネラシオンあるいはリュット・ウーヴリエをも含んで、イスラム排撃に反対し、それに最も影響を受けている人々を支持して、さまざまなムスリム組織と並んでデモを行った(注)。
それは、さらに別のものを求める成功だ。たとえば呼びかけ主体がそれを、彼らの新聞発表であらためて次のように指摘した。「われわれはここで止まることはないだろう。なぜならば、この行進の成功は、不幸なことだが、ムスリム市民にとっての特に懸念を呼ぶ背景をも理由としているからだ。NPAは、汚名を着せられ攻撃を受けているムスリムの人々との連帯を築き上げるための、憎悪と分断で化粧している一政権の王国に引きずり込まれることを拒絶するための、闘争と論争を先導し続けるだろう。まさにその政権の諸政策は、すべての被雇用者、民衆の諸階級、さらに若者たちを標的にしているのだ」と。

▼筆者はNPA並びに第四インターナショナルメンバーであり、政治学研究者。(注)ゲネラシオンは、前回大統領選では社会党の候補者だったブノー・アモンが創立した新党。社会党はこの行進に参加しなかった。リュット・ウーヴリエ(LO)は、デモの呼びかけには署名せず、「イスラムフォビア」という用語の使用を拒否している。それゆえ、LOバッジを着けた二〇〇人の強固な隊列の存在は、そのようなデモの場合普通にあることではなかった。(「インターナショナルビューポイント」二〇一九年一一月号)  


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