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    かけはし2020年2月3日号

年末年始は持ちこたえた


フランス

反年金改革ストライキ 

課題は運動の拡大

レオン・クレミュー


スト潰し策略は
完全に破綻した


 全体として考えると、マクロンが計画した年金改革反対の現在の運動は現時点で、年金改革に対応したこの何十年かにおける主な三つの社会運動(一九九五年、二〇〇三年、二〇一〇年)にひけをとっていない。
 マクロンと彼の政府は、年末休みをもって、SNCFとRATP〔国鉄とパリ交通公団〕のストライキ運動を消耗に追い込むことを期待していた。彼らはさらに、この国の主要メディアの助けを得て、世論上でこの運動の信用を落とすことに成功し、ストライキだけではなく改革拒絶をも少数意見にすることができる、とも期待した。しかしそれとは逆に、今住民内部で運動支持は大規模であり、何よりも、支持率七五%で改革を拒絶している被雇用者は活力を維持している。
 そして、ストライキ労働者の頑強さ、国中で戦闘的諸労組とインタープロス〔部門横断委員会〕を率い続けている何万人という活動家の頑強さが、今日まで社会的衝突の政治的空気を生き生きと保ってきた。何よりも、お祭り気分の中で休みが続いたとはいえ、政府の柔軟さの欠如のゆえに、この激突的情勢の主な犯人であるように見えているのは政府なのだ。
 政府の選択の意図は、問題は打ち切りになり、計画は決まった、と人々に考えさせようとするものだった。政府は実際に一二月一七日の後、法案は書き上げられ、議事日程は固められた、と公表した。この姿勢を確証しようと、一二月一八から一月六日まで、それ以上の議論予定は一切設定されなかった……。政府は表面上自ら休暇に入ると宣言し、マクロンは一連の海外旅行を行った。
 この自ら臨んだ沈黙は、大統領の新年祝賀演説で初めて破られた。それはこの国を、経済的かつ社会的な成功から作り上げられ、うららかさに浸っているとして、想像上の国を描くものだった。この人を軽蔑するような姿勢はただ、政府と対決して決起している労働者の怒りを、またパリ圏で日々移動のために闘っている、あるいは年末休暇旅行のために列車を求めて闘っている、そうした公共交通利用者の怒りを高めることに役立ったにすぎない。
 その上政府は、満額受給年齢を六四歳まで引き上げる選択を頑固に維持することにより、政府の潜在的な同盟勢力であるCFDTとUNSAの指導部を含んで、労働組合運動全体の反対に直面した。実際これらの指導部は、改革全体に反対して総力をあげたストライキに参加し続けているそれらのSNCFとRATPにおける組合の立場にもかかわらず、部門横断的決起には不在だった。こうして逆説的だが、一二月末から一月はじめに守勢に置かれたのは、政府であり運動ではなかった。

スト孤立化策略
政府への逆風に


 RATPとSNCFのストライキ労働者と戦闘的活動家たちは、一月九日の一日ストとデモ以上にはいかなる行動予定も運動に残さないという全国組合共闘組織の引き延ばしにもかかわらず、行動ペースの維持を押しつけることができた。これは、運動が、戦闘精神をそのままに、また政府を窮地に置く形で一月六日に達することを可能にした。
 マクロンと首相は政治的に、自ら罠に落ちた。
 一方で彼らはこの数週間変わることなく、今特定の合意から利益を受けている他の職業部門への、いかなる運動拡大の危険も取り除こうとしてきた。もちろんその第一は軍であり、マクロンは彼らに、彼らはいかなる形でも「普遍的制度」によって影響を受けることはない、と繰り返してきた。そうであっても彼らの地位は、年金規則によって他の全公務員と同じように管理されるのだ。
 また外勤警官や消防士のようないくつかの公務職も、いくつかのまったく同じようなしかし正確さがより小さい約束を諸々確保した。パリオペラ座のダンサーとミュージシャンは、この改革は二〇二二年以後に職に就くアーチストにのみ適用する、との提案をはっきり拒否したばかりだ。彼らは、「次に続く者たちを犠牲にすることになる世代にはなりたくない」と宣言している。航空パイロットは機内アテンダントと共に、六〇歳での満額年金から今日と同じように利益を受け続け、特別の補足的基金を維持すること、を保証された。
 したがって政府はその普遍的制度に、切り込みを入れ諸々の例外を増やすことを、また早期退職から利益を得ている多くの職業の中に、その改革の適用に関し長期の移行期間をつくり出すことを迫られた。
 政府はデマに満ちたやり方で、三ヵ月の間「特別な制度の特権」を標的にしてきたが、この改革の適用では最短の移行期すら確保されないと思われる何百万人という他の被雇用者が苦しむ困難さを認めることを拒否しながら、その政府は今、彼らの「全員に対するまったく同じ普遍的な制度」に、二、三の、あるいは数多くの例外を妥当と認め続けているのだ。これらの首尾一貫性のなさは明らかに政府の立場を弱めた。それはMEDEF〔経営者団体〕をも心配させている。彼らは、その財政的結末が公共支出における約束済みの切り下げを弱めることになることを恐れている。

新たな総力スト
明確な登場未だ

 しかし他方で、ストライキ運動にもまた、いくつかの矛盾にさらされる弱みがある。
一月九日のデモとストライキの一日は、僅かに小さかったとはいえ、一二月五日と同一七日のそれらに匹敵する諸々のデモを伴った、大規模な行動日だった。国立教育部門の大規模ストライキに加えて、他の公務部門もストライキに入った(国家財政、文化)。
一月一一日は、ストライキ部門を超えた幅広い決起を可能とするために自発的に呼びかけられた、新たなデモ行動日になった。五〇万人の大デモがCGT、FO、ソリデール、CGC、FSUの部門横断共同委員会により呼びかけられた。黄色のベストがあらゆるところで労組の行進に加わるよう人々に呼びかけていた。
九日と一一日では、警察が故意に、黄色のベストのデモの中で実行された政策と同様の攻撃的姿勢をとり、暴力を激化させ、特にナント、ルーアン、パリで一定数の労組活動家を標的にした。
しかし、全国ストライキの日々の中で維持されている極めて高度の動員は別として、また精油部門、エネルギー部門、港湾部門におけるストライキやフランス銀行への訴えは別として、インテルシンディカーレ(戦闘的労組活動家の労組横断共同組織)が呼びかけた行動日を超えたストライキへの重要な部門の参入は未だまったくない。
今日、SNCFにおけるストライキはSNCF史上最長ストライキの記録を破っている。SNCFとRATPのストライキ労働者が今なお衝突の主な責任を背負い続け、指導的な教員組合であるFSUは、当面の間総力をあげたストライキを求めてはいず、FOは、ストライキが起きているところではそれらを支持しつつも、自らを全国行動日を呼びかけることに限定している。

受給年齢後倒し
一時的に撤回?


政府はこの失効猶予的事態を利用しつつ、、主要メディアからの限りない助けを得て、自らの孤立から出ようとするもう一つの試みに出たばかりだ。
ストライキ労働者、デモ参加者、労組運動の明確な多数派を結集しているインテルシンディカーレ、さらに世論がこの計画の全面撤回を求め続けている中で、受給年齢問題が、解決されるべき唯一の問題として、偽ってもち出されてきた。
こうしてメディアと政府は第一幕として、対立を単一の受給年齢問題に切り縮める、CFDTとの間で行われるべき唯一の真剣な論争に切り縮める、そうしたショーを上演した。
CFDTは第二幕として、「社会的対話」に活力を与えることを狙いとした提案として、年金の資金問題に関する大規模な会議開催を提案した。
首相は第三幕として一月一〇日、一方ではすでに仕上げ済みの彼の法案をその批准と一月二二日の国会上程に向け国家評議会に送りつつ、労組指導者と会合するために論争を再開するふりをした。
首相は第四幕として、一月一一日に労組指導者に送った手紙の中で、六四歳に定めた受給年齢を二ヵ月間彼の法案から「一時的に取り下げる」と提案したばかりだ。国会における最終的な決定以前に、二月から四月の間で開催されるはずの資金問題に関する会議の実施を考慮した、とされた。諸労組に対し行われたこの冷笑的な提案は、この期間内に、年金開始年齢を六四歳に引き上げることに相当する節約を行える、代わりの提案を見つけ出すためのものだった。しかし明らかだが、この提案は雇用主の同意を得なければならず、彼らの拠出を引き上げる提案は含まれないと思われる。これらの諸条件が万が一満たされることがあれば、受給年齢は法から除かれるだろう。
明らかだが、いずれにしろその代わりの提案は、本質的に被雇用者に別の形で払わせるもの(たとえば、退職に必要な労働年数を引き上げることにより)になると思われる。そして、「社会的パートナー」の同意がないとして、その実施責任を引き取るのは明らかに政府になるだろう。
したがって一一日、政府に身を捧げたメディアとマクロン自身は、この「危機からの出口」を歓呼して迎え、CFDTとUNSA両者はこの大きな前進の一歩を歓迎した。

戦闘的活動家が
運動指導の役割


これは運動を絞め殺すための新たな試みであり、妥協への準備ができているふりをしつつ年金に割り充てられた額を引き下げるつもりだとの主張を維持しているマクロンによる、うわべだけの姿勢にほかならない。
この見せかけは、全国インテルシンディカーレによって拒絶され、そしてこの組織は一月一四、一六日のさらに二日のストライキとデモを今呼びかけている。
しかし指導的役割はこれからの日々、SNCFとRATPのストライキ労働者の下に、またこの一カ月、ストライキの更新と動員を可能な限り維持し拡大しようと挑み、この運動の政治的前衛の役割を単独で果たしてきた、何万人という活動家の下に変わらず残るだろう。
運動のこの中核は、全国インテルシンディカーレが総力をあげたストライキのあらゆるところにおける全体化をはっきり求めないまま運動に同行する中、直接に一つの政治的役割を果たしている。しかしながらこれからの日々は、運動における転換点になることが定められている。混じりけのない単純な撤回を求めることによる、また配分システムにおける社会的公正を求める諸要求を前に進めることによる、この計画に反対する全民衆諸階級共通の決起の中で、他の部門へのあり得る拡大が最後までやられ続けるのは、今をおいて他にない。この運動を一体に結びつけるものはまさに、マクロンの新自由主義的資本主義に反対する連帯の社会という展望だ。
この拡大が起きなければ、社会的力関係ではマクロンを後退させる可能性があるのに、彼は彼の首に今掛かっている首つり縄を緩めることができるだろう。(二〇二〇年一月一二日)(「インターナショナルビューポイント」二〇二〇年一月号)  


ブラジル

ボルソナロからの出口

反撃こそが唯一の道

2020年1月13日 エスクエルダ・オンライン



 エスクエルダ・オンラインは、社会主義と自由党(PSOL)内の革命的社会主義潮流、レシステンシアと協力関係にある、幅広い読者をもつブラジルの政治サイトだ。以下の社説は、ブラジルの今も強力な労働者、フェミニスト、アフリカ系ブラジル人、先住民、若者、さらに貧しい民衆の運動を動員し、ボルソナロと闘うことに向けた、戦略的な展望を概説している。最初はエスクエルダ・オンラインに掲載され、「ノー・ボーダー・ニュース」の翻訳を経て、許可の下に掲載する。(IV編集部)

 ブラジルでは、新年がカーニバル(今年は二月最終週)後に、不遜さと政治的風刺を特徴とするわれわれの民衆文化最大の祭り後に始まる、と冗談を飛ばすのが普通だ。しかしボルソナロ主義というこの時、われわれには時間を無駄にする余裕はない。そしてこの新年、特にブラジルの搾取され抑圧された者たちは、民衆への前例のない攻撃に大胆に立ち向かわなければならない。われわれは、ブラジルの左翼がそこに注意を焦点化しなければならないと確信するテーマ、社会的決起と統一を求めるテーマを三つ指摘したい。

民主的自由を
敵視する攻撃
現在のブラジルの政治的シナリオにおけるもっとも要注意課題の一つは、民主的自由の問題だ。われわれはこの分析では厳密でなければならない。すなわち、ブラジルでわれわれはもはや自由な民主主義の中に生きてはいない。しかし独裁制の中で生きているわけでもないのだ。同時に方向は明確だ。われわれはこの国で、権威主義の高まりを今経験し続けている。
ボルソナロ主義の戦略的構想は、ブラジルの民主主義体制の根絶だ。しかしながら、それはまだ、ブルジョアジーのさまざまな分派内部での、あるいは彼らの議会代表内でも、多数の支持を受けていない。支配階級内部には新自由主義を軸にした一つの強力な団結があるとはいえ、今までのところ、公然とした権威主義体制の確立を求めるそのような総意はまったくない。
今年は、人気があるが重要とは言えない「ポルタ・ドス・フンド」番組の制作者に対する検閲を認めた、リオデジャネイロの判事が行った恥ずべき決定で始まった。その番組は先頃、ネット放送向けの「ゲイのイエス」という映像作品を作ったのだった。
幸いなことに、最高裁はこの微罪判事の決定をひっくり返した。それでも、検閲の脅迫が十分でなかったとすればとして、制作会社の「ポルタ・ドス・フンド」本社が一二月二四日にファシストによる攻撃を受けた。現在まで、犯人は一人しか特定されていず、その一人も法的警告状を出された後で拘置所から釈放され、国を出た。結局誰も逮捕されていないのだ。

最大の苦痛は
失業と私有化
今日のブラジルでは、失業が最大の社会的苦痛の一つだ。年末時点では一二五〇万人以上の失業者がいた。さらに四六〇万人が意欲をくじかれ、求職をあきらめている。
経済を成長させ、労働の諸関係を近代化するために必要として売り込まれた新自由主義的諸方策は、単なるペテンだった。大実業家、銀行家、さらに国際的な金貸しのみが、労働者保護と退職が攻撃される中で、勝利を収めた。
二〇二〇年の始まりに際しての公式路線は、国有石油会社のペトロブラス、ブラジル銀行、カイクサ・エコノミカ・フェデラル(ラテンアメリカ最大の国有金融機関)の私有化によってのみ、国は再び成長し、職を生み出すだろう、というものだ。しかしこれは、財務相のパウロ・グエデスとボルソナロを出所とする、われわれ国民の富を資本家の強欲な懐に引き渡すための、もう一つの嘘にすぎない。

米帝国主義への
卑屈な追従の道
ブラジル外交は大混乱の中にある。ボルソナロ主義は、多くの問題で米国に結びつけられない、とするブラジルの国際政策を保証した外務省内の重要な前提を破壊した。近年のそうした一例は、キューバを敵視する犯罪的で非人道的な米国の経済封鎖を糾弾する国連決議案に対する、ブラジルの反対投票だった。米国と共に票を投じたのは、ブラジルとイスラエルだけだったのだ。
二〇二〇年、米国の利益に対するブラジルの縛りつけはさらに強くなり続けている。たとえば、ソレイマニ将軍暗殺後の米国とイラン間衝突では、ブラジルの外交官は米国への共感を示し、テロリスト国家としてイランに言及、イランの軍指導者の死を非難できなかった。ボルソナロ大統領は、ソレイマニは将軍ではなかった、とさえ公言した。

民衆の抵抗能力
に信置き反撃へ
この新しい年は安楽なものになる、と考えることは間違いだ。ボルソナロ主義の二年目は、民主的な、また社会的な諸権利に関し、さらにわれわれの国民主権に対する多くの攻撃を予定に入れている。他方でわれわれは、われわれの取るべき道をブラジル労働者の抵抗能力に定めることができ、またそうしなければならない。教員、教育労働者、さらに学生が、昨年五、六月、われわれが「教育の津波」と名付けたものを生み出しつつストライキに決起したとき、われわれは何とか、公立大学と連邦教育機関に対するボルソナロ主義からの攻撃を阻止できた。
そしてわれわれは、一つの例としては、フランスにおける強烈な決起を注視するだけでよい。そこでは、公共交通における長期かつ決意の籠もったゼネストが、最短の退職年齢を引き上げようとのこの計画から政府を後退させているのだ。フランスの労働者が今、ブラジルの労働者階級を活気づける一つの重要な事例を提供し続けている。ボルソナロの攻撃に対する抵抗構築こそが唯一の出口だ。(「インターナショナルビューポイント」二〇二〇年一月号)


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