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    かけはし2020年2月10日号

日々侵害される平和的生存権


1.28

「戦争法」違憲訴訟大阪地裁で不当判決

三権分立破壊も事実上追認



 【大阪】安保法制違憲訴訟は、全国の原告総数七七〇四人、二二の地裁で二五の裁判が闘われている(東京の違憲訴訟の会の集計による)。一審で原告敗訴になったのは、札幌が最初で、次は東京、三番目が大阪だった。三つとも同じような内容である。簡単に言えば、憲法判断を避けて、請求を棄却したということだ。そのことによって、内閣の違憲行為を免罪する働きをしている。

直接的憲法判断
を妨げる仕組み
昨年一一月七日の東京地裁判決に対して、朝日新聞「憲法を考える」(一一月二六日付)は、「政治が法を乗り越えることに対して、司法がどう対応するのかが問われている」と、横浜地裁の法廷での青井未帆証人(学習院大教授)の発言を紹介している。
安保法制違憲訴訟は憲法違反の是非を問うているが、訴訟の請求内容は@行政処分の差し止め(自衛隊を派遣するな)請求や、A権利侵害による国家賠償請求である。国家賠償請求の場合に権利の侵害とされるのは、憲法前文や9条などに基づく平和的生存権、国民一人一人の人格と不可分の人格権、憲法改正決定権、権利の侵害である。直接的に憲法に基づく判断を求めることができないシステムが、日本の司法制度の特徴である。一月二八日の大阪の「戦争法」違憲訴訟判決(三輪方大裁判長)は以下のような内容だ。

  行政訴訟

請求の対象となる行政の処分がないから、請求要件を満たしていないということ。したがって、判決は請求却下である。駆け付け警護の業務命令は、行政処分に当たらない、というわけである。これは詭弁だ。駆け付け警護の命令による南スーダン国連PKO部隊への自衛隊派遣は行政処分だが、派遣して二、三カ月で部隊のほとんどは突如撤退しているが、司令部要員はいまだに現地にとどまっている。

   国賠訴訟

 原告が言うところの平和的生存権・人格権・憲法改正決定権などの権利はない、というのが裁判所の基本的な考えである。
@裁判所の判断は、平和的生存権は抽象的なもの。平和の内容は多様であるということだ。この点で、二〇〇八年四月の自衛隊イラク派兵違憲訴訟の名古屋高裁判決はすぐれている。名古屋高裁判決では、「武装米兵を航空自衛隊が飛行機で輸送したことが、他国の武力行使と一体化したものであり,イラク特措法及び憲法9条1項に違反する」として違憲判断をした。判決はそれにとどまらず、平和的生存権をすべての権利の根底に位置づけ、戦争準備がなされる場合には平和的生存権は侵害されていると判断する。
今日の日本の状況を見ると、安倍政権は集団的自衛権の閣議決定により、戦後日本の政権が一貫して守ってきた、集団的自衛権行使は憲法で禁じられている(換言すれば、専守防衛が原則)とする立場を、閣議決定によりソフトクーデター的に転換し、それに基づいて安保法制を作りあげ、米軍と自衛隊の共同した行動が緊密に行われるようになった。武器商人たちは、日本が憲法を変えたとばかり、日本で初めての武器見本市が開かれた。
米軍と自衛隊の集団的自衛権が行使できるということは、いつでも戦争準備が行われているといえる。すなわち、常に平和的生存権が侵害されていると言える。この点については、裁判所が認めなくても広く世間に訴えていかなくてはいけない。
政府は、さすがに、戦争が始まり人が死なない限り平和的生存権は侵害されていない、とまでは言い切ることができない。だから、まだ平和的生存権は侵害されていない、を繰り返している。この度の大阪訴訟判決では、日本は安保法制という一一本の法律を作っただけで、何も危険なことは起きていないという。
中村哲さんの遺族が訴訟を起こしたら、政府はどのように言い訳するのだろうか。明らかに、中村さんの殺害の背景には、日本政府の安保政策の転換があることは疑いえない。さらに、アフガンやイラクから帰還した自衛隊員の自殺者数は、政府防衛省の発表でも少なくとも四〇人を超えると言われている。事実が隠されているから、実情がわからないだけだ。
A人格権については、戦争などによる生命・身体への危険が生じることへの不安や憂慮・精神的苦痛は、社会的に受忍できる範囲(?)を超えない限り、損害賠償を求める根拠にはならない、というのが裁判所の見解だ。この立場からすれば、早く改憲しないと、もう論理の整合性をつくろう限界に来ているとも言える。論理の矛盾は深まるばかりだ。
B憲法制定権はこの裁判で初めて取り上げられた。これについての裁判所の見解は、憲法は憲法改正手続きを規定し、憲法改正は国民投票による過半数の賛成を必要とするから、国民の憲法改正権は投票権の側面にとどまる。憲法96条をもって、閣議によって憲法に違反する決定をされない権利、憲法に違反する法律を制定されない権利・利益を具体的に保障するものと解することはできない、というもの。
この立場こそが、忖度司法と言われるものであろう。三権分立の実質的な基礎は、司法権が立法権や行政権と独立しているということ。ひどい法律ができた時は、司法がそれを批判し正そうとせずして、三権分立はない。
弁護団の言葉をかりれば大阪訴訟の判決は、東京判決をそのままコピーしたような判決で、その特徴は内閣に忖度した、内容は東京判決以上に中身の薄い判決だった。弁護団の一人は、憲法裁判所がなければ憲法判断はしないということか、と嘆いた。控訴は二月七日に予定されている。これから順次各地での判決が言い渡されるから、これらに注目したい。             (T・T)

1.25

森法相の死刑執行に抗議する集会

安倍政権の大量執行ノー

望月衣塑子さんも問題提起

 一月二五日午後六時半から、東京文京区民センターで「森雅子法相による死刑執行に抗議する集会」と望月衣塑子さんと考える「いつまで続く……安倍政治と死刑」が死刑廃止国際条約の批准を求めるFORUM90の主催で行われた。
 一二月二六日、福岡拘置所で、魏巍(ウェイウェイ)さんが死刑執行された。二〇〇三年の一家四人殺人事件で死刑が確定していたが再審請求中だった。

被害者遺族の
要求とも背反
最初に、片山徒有さん(被害者と司法を考える会代表)が発言した。
「被害者遺族はなぜ幼い子どもまで殺したのか、事件全体の解明を求めていた。情報公開しても情報が出てこない。執行は予想外で新たな命が奪われた。執行はとどまるべきだった」。
次にアムネスティインターナショナル・日本の中川事務局長が「嫌われている人、悪い人の人権も守るべきだ。拷問禁止条約から死刑廃止という世界の流れだ。世界の三分の二以上の国は死刑を廃止している。日本はまず執行を停止しそして死刑を廃止すべきだ」と述べた。

情勢の厳しさ
打開の道模索
続いてフォーラム90の安田好弘弁護士が包括的に発言した。
ウェイウェイさんは従犯的立場ではなかったか。後二人の共犯者は中国に逃亡し一人は死刑・処刑され、一人は自首したとして無期懲役になった。三人は同郷ということだが詳しい話は分からない。去年一年で三人が死刑執行され、安倍政権下で四九人が執行された。たいへんな数で、大量虐殺ではないか。
今回の執行の問題は三つある。@再審請求中だったA森法相が就任して五〇日しか経っていず、十分精査したといえるかB年末ぎりぎりの執行。死刑囚に年末面会したが、執行されるのではないかと非常に緊張していた。死刑囚に恐怖を与えていた。
刑事訴訟法の〔死刑執行の命令〕第四百七十五条 死刑の執行は、法務大臣の命令による。
A 前項の命令は、判決確定の日から六箇月以内にこれをしなければならない。但し、上訴権回復若しくは再審の請求、非常上告又は恩赦の出願若しくは申出が されその手続が終了するまでの期間及び共同被告人であった者に対する判決が確定するまでの期間は、これをその期間に算入しない。
となっているが、六カ月以後の再審請求の場合は執行してもよいと法務省は解釈している。
五年に一度死刑制度についての世論調査が行われている。「死刑を廃止すべきである」九・〇%、「死刑もやむを得ない」八〇・八%。五年前と比べ廃止が一%減り、存置が一%増えていて悪くなっている。たいへん厳しい現実にある。日弁連は死刑廃止の立場で各地で集会をやってきている。死刑存置の立場から死刑制度について考えてみることもしなければならないだろう。
問題はどのように誰が死刑執行をするのかという法律がないまま行われている。一八七四年(明治六年)に出された太政官布告による執行の手順によっているだけだ。大阪で死刑制度を問う活動をしている弁護士はこの問題で、二億円のカネを集めて全国で民事訴訟を起こし、裁判官に死刑問題を考えてもらう、法律を作ろうということで、国会で論戦を行う。厳しい状況の中で、次に何ができるのかやっていきたい。

 次に、望月衣塑子さんと考える「いつまで続く……安倍政治と死刑」が、望月記者(東京新聞)と対談する形で進められた。望月記者にスポットをあてたドキュメンタリー映画を作った森達也監督が発言した。
「自分のゼミ生に死刑についてのレポートを提出させる。最初死刑に賛成が八割だったが、弁護士や遺族など関係者の話を聞くことによって、六対四くらいで廃止が多くなる。アメリカでも死刑の方法をめぐり、薬殺について製薬会社が反対し、もだえている。多面的多角的に死刑制度について知ることが重要だ」と発言した。

望月記者の発言から

 オウムの一三人の死刑執行について、議論が深まっていない。安倍政権下で四九人も執行され、継続的に執行されているので執行にならされている。記事の扱い、取材も減っている。情報の公開が難しい。一度しか刑場が見られていない。この時、取材した記者はショックを受けた。どういうふうに執行するのか生々しい現場を見た。人が人を殺める。人道的にあってはならないと感じた。存置派も見てほしい。
元刑務官の話を聞いたことがある。踏板が開き、執行される。その下に医者がいる。まだ心臓が動いている。今助ければ助かる。合理性のつかないことをやっている。報道していくことが必要だ。
一昨年、オウムの死刑囚井上、新実さんは大阪拘置所で、顔色が悪く異常に汗をかく。房内に臭い匂いが漂っていた。毎晩失禁していたからだ。死刑の恐怖におののいていた。普通の人間だったと言う。なぜ道を間違ったのか。生き苦しみ悩んでいた。
山ゆり園事件の植松聖。四五人を殺傷した。誰も彼を許せないと思う。障がい者を税金と時間を奪うものであり、安楽死をすべきだと犯行に及んだ。こんな奴は死刑だと思うだろう。しかし、死刑制度が犯罪の抑止にはなっていないことは廃止した国から明らかになっている。
植松と面会した元毎日新聞の記者は「自分の重度の自閉症の子どもに対して、植松は二歳の時に殺しておくべきだったと言った。自分でも息子に対してマイナスの思いを抱いたことがあった。誰でもこうした刃は持っていて他人事ではない。それをどう防ぐかだ。

 質疑応答の後、死刑執行への抗議と二度と執行しないように森法相に求める集会決議を採択した。 (M)




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