もどる

    かけはし2020年2月24日号

県は基地反対を実際の行動で示すべきだ!


スペイン

穏健さは無益だ

右翼のクーデターの脅威を前に
闘争の新たなサイクルの再開を

ハイメ・パストル

 スペインでは昨年秋の総選挙を受けたさまざまな議会内交渉を経て、今年一月一三日、社会労働党を中心とした連立政権が発足した。進歩性が打ち出され、それを象徴するかように閣僚の半数に女性が指名されている。しかしこの政権の進歩性には大きな疑問符がつけられている。しかも極度に脆弱な議会基盤を頼りに、国家諸機構やカトリック教会や産業界も加えた右翼からの猛烈な抵抗の中、錯綜した危機の構造に対することを迫られている。危機と混迷の持続は不可避と思われる。以下では、この深い危機の現実が詳説されると共に、新しい闘争サイクル再開を基盤にあらためて、この新政権から自立した左翼の再建に挑む必要が力説されている。(「かけはし」編集部)

綱渡りの改良主義的連立協定


 ひどく断片化した議会(一〇の議員グループと二二政党を含む)での高まる緊張の真ん中で、スペイン社会労働党(PSOE)党首のペドロ・サンチェスが、ポストフランコ民主制史上初めての連立政府の首相として認められるための第二回投票で、極めてギリギリの勝利(棄権一八の下での一六七対一六五)を収めた。ちなみにこの民主制では、現在まで二つの支配的政党が政権を交代してきた。
 疑いなく歴史的画期として、新たなPSOE―UP(ウニダス・ポデモス)政権は、多くの戦線に沿って展開中のスペイン体制における諸々の危機という脈絡の中で権力に到達している。社会経済的戦線では、以前のPSOE首相、ホセ・ルイス・ロドリゲス・サパテロが二〇一〇年五月に口火を切った緊縮への転換が、EU内でもっとも不平等かつ不安定な社会の一つへと導き、二〇一一年五月に公共的広場における大規模な占拠運動の出現――米国のオキュパイ運動に六ヵ月だけ先立つ――を引き起こした。
 制度の戦線では、司法部がいわば「判事からなる政府」として行動するにいたり、さらに政治的代表性の危機があり、そしてますます多くの民衆が、君主制の役割に疑問を突き付けている。一方民族―領域の戦線では、カタルーニャ運動が、同時的に「空のスペイン」として知られる人口減少の危機に光を投げかけながら、中央政府の支配に異議を突きつけてきた。
 この前例のないPSOE―UP連立は、その寿命に関し不確実性はたくさんあるとしても、安定政権形成に向けた票をどの政党にも与えることができなかった二回の選挙を受けた結論だった。さらにものごとを複雑にしている問題として、PSOE―UP協定は、それが続くために他の政治諸勢力との合意に頼っている。
 そこには、バスク民族主義党(PNV)、ガラティアン民族主義ブロック(BNG)、「より良い国」(マス・パイス)、公約連合(コアリシオ・コムプロミス)、そして「テルエルはある」(小さな地域政党)による政権支持の信任投票が含まれ、一方で一六七対一六五というギリギリの議会多数に達するために、カタルーニャの共和主義左翼(ERC)とバスク国統一(エウスカル・エリア・ビルドゥー)の棄権を当てにしている。
 その中でERCとの合意は群を抜いて重要であり、それは、最終的には彼らの地位に関するカタルーニャ市民による諮問(国民投票)になる協定の可能性を考えているカタルーニャ政府と、スペイン中央政府間の、カタルーニャ「政治紛争」の責任を引き受けるための、短期の「対話の円卓」設立を政府に委ねている。換言すれば、一つのプロセスが始まることになるが、その結果は今後確定されるものとしてあり、法的枠組みと取られるべき正確な道筋に関して組み入れられた義務には、曖昧さが付随している。
 同様に、PNVとの間で署名された文書も関連している。それがスペイン国家の多民族的実体に取り組む必要性を強め、しかしまた、バスク国に影響を及ぼす諸決定、特に財政問題での諸決定に先立って、中央政府の側のPNVと協議する義務をも制定している(そしてPNVが、起源上フランコのファシスト体制との結びつきはないとしても、保守政党であることは忘れてならない)からだ。
 これらの協定すべては、経済分野ではブリュッセルの指令に従う社会自由主義として(政府綱領の中で労働者の諸権利、医療、年金といった課題がどのように取り組まれているかに関し、「ビエント・スル」誌が掲載した諸論考を参照してほしい)、そして民族―領域問題の点では改良主義として、特性付けられてよい。

総力をあげた右翼の強硬な抵抗


 しかしながらわれわれはまた、このところ既成特権層のほとんどの内部で広がりつつある警戒感をも指摘しなければならない。これは、PSOE―UP連立政権(信任)をめぐる議会討論に、またその論争のけんか腰と三つの右翼政党――主流保守派の国民党(PP)、右翼ポピュリストのシウダダノス、そして極右のVox党――間の公然とした競合に映し出された。
 ペドロ・サンチェスがもたらすはずの差し迫る破局、および民族的裏切りをもっとも声を大きくして糾弾することで、右翼としてうまく立ち回ることは、明らかに極右のVoxによって強められた。この党は、全国選挙で一五%を獲得、その上にはPSOEとPPしかいない三位につけたのだ。
 この反応は、多くの戦線で誇示されるものになった。それは、メディアから主教会議(「スペインのために祈る」)や大企業まで、何よりも司法部と中央選挙管理委員会(JEC)といった行政諸機関さえ含むものまで広がっている。
 首相信任をめぐる議会論争前夜に、カタルーニャ政府首班のホアキム・トッラの資格無効を七対六で決定したのは、先に挙げた最後の部署だった。トッラは、カタルーニャ人政治犯の解放を求める垂れ幕を取り外すよう求めた命令に従わなかったことで、有罪を宣告された。
 JECは次に、EU司法法廷が下した裁定にもかかわらず、また今や、カタルーニャの政治家、カルレス・プッチデモンとトニ・コミンと共に、彼をEU議員と最終的に認めた、とするEU議会の通知にもかかわらず、ERC指導者のオリロル・フンケラスを刑務所にとどめておくよう求めた。トッラに関する決議を広く公開した最初の者がPP指導者のパブロ・カサドだったという事実は、信任論争の中でERCのありそうだった棄権に対し、土壇場で障害をつくり出そうとした彼らの切望の点で、その党とJEC多数派の間には共謀があった、ということをはっきり確証している。

国の神聖な統一とETAの亡霊


 新政権をめぐる進行中の論争に関しては、これまでに公表されたつつましい社会―経済的諸方策(PPの新自由主義的労働関係改革の部分的取り消し、最低賃金の引き上げ、富裕層に対するいくつかの直接税引き上げ、その他)、またチャベスのベネズエラに対する当然の信任状提供やポピュリストと共産党員の予想される閣僚指名、これらを右翼は幅広く批判してきた。しかしそうであっても、PSOE指導者に対する彼らの痛烈な非難演説の本源的な標的は、民族主義者と独立派勢力(主にERC、しかしまたEH・ビルドゥー)との間で彼が交わした協定だった。
 右翼は、サンチェス自身の公然とした反カタルーニャ独立の主張(今回の選挙キャンペーン中にたっぷりと見せつけた)を利用して、彼をスペインと憲法に対する「裏切り者」であると告発している。PP指導者のカサドは、型どおり「フランケンシュタイン政府の悪夢」、「生まれながらの社会主義で壊れるスペイン」、そして「民族主権の侵犯」を警告した。他方Vox議員のサンチャゴ・アブスカルは、カサドをオウム返しにした上で、一九三六年の内戦以前のPSOEの歴史に張り付いた犯罪と言われるものをたどり、新政権合意をある種のクーデターと非難しつつ、フェミニズム、環境主義、移民に対する彼自身のよく知られた攻撃を付け加えた。
 そして今回を通じて、「テルエルはある」のただ一人の議員が、サンチェス信任支持の投票を行うという彼の意志を理由に、「国の裏切り者」リストに彼を含める、彼の地盤である県内での攻撃に、また敵意のあるソーシャルメディアのキャンペーンにさらされた。
 これら両者の発言の後では、シウダダノス指導部が加えるべきことは、次のことを除いてほとんど残っていなかった。そしてその残されたものは、新政権が遂行すると彼らが恐れる教育における「思想的反改革」を糾弾すること、あらゆる民族主義勢力を「スペイン的でない」とする凝り固まった批判を続けること、そしてPSOE党員に党の向きを変えるよう訴えることだった。
 しかしながら、バスクのEH・ビルドゥーのスポークスウーマンが二〇一七年一〇月三日の彼の演説を理由に王のフェリペ四世を批判したとき、まるで昔のバスク祖国と自由(ETA―二〇一八年五月に公式に解散)を懐かしく振り返るかのように、表現の自由に関する右翼の特に甚だしい考えが露わになった。まさにETAこそ、アベルツァレ(バスク民族主義者)左翼を犯罪視するために、またサンチェスをテロリズムの共犯者として責めるために、右翼が依拠したものなのだ。

政権中核は右翼との対決を回避

 社会党の指導者は、これらの挑発的な演説への回答では、UPおよびERCとの間で彼が到達した協定に反映された、彼の変化した姿勢の説明を回避した。実際サンチェスは彼の以前の演説に関して、右翼の三政党による議事妨害を前にすれば、左翼と民族主義者との間でそのような協定を結ぶことが、三回目の総選挙を避ける唯一の対案だった、と主張することにとどめた。もちろんサンチェスは、「憲法の枠内」での解決を追求し続ける、そして自決権を拒否し続ける、ということをはっきりさせつつ、ERCとの間で署名した文書の範囲を狭めようと努めた。
ポデモス指導者(そして今や副首相)のパブロ・イグレシアスは、「この協定の設計者」として社会運動に扇動的に言及しつつ、また極右へのオルタナティブとして社会的公正を求める闘争、および「反スペイン」のVoxに反対する多民族的スペインを指摘しつつ、同時的に希望を引き上げ、交渉における彼の役割を防衛しようとした。しかしながらイグレシアスは、新政権の綱領内に確定された諸制限を受け容れるために、UPの選挙綱領の一部の放棄を迫られたこと、を事実と認めることができなかった。
アルゼンチン人記者のホルゲ・ルイス・ボルゲスを引用して、「野生化した右翼」の中にいる共通の敵を前に、「われわれを結びつけているものは愛ではなく『恐怖』だ」と新首相に思い起こさせ、「交渉がまったくなければどのような議会もない」と警告しつつ、サンチェスの過去の諸矛盾を直接たしなめることは、ERCスポークスパーソンのガブリエル・ルフィアンに残された。
連立政府の綱領に対する左翼的批判を行ったのは、民衆連合立候補(CUP、カタルーニャ政党)のミレイア・ベヒのみであり、南の国境上と外国人収容センター(CIES)で起きたような悲劇がこれからも起き続けることになる、と厳しく非難した。そして彼女は、PSOEがかつてフランコ時代の末期に「イベリア半島のあらゆる民族の自決権」を防衛したことがあった、と彼らに思い起こさせた。
フェリペ四世に対するいかなるやり方の批判についてもその権利に対し示された右翼のしつこい拒絶、民族主義者に対する「社会主義者の降伏」へのその糾弾、そして今も刑務所にとどめられている労働・社会問題・家族担当カタルーニャ参事官のドロルス・バッサと他の社会的代表者の釈放を求めた、カタルーニャの議員、モンテセラート・バッサによる正統な要求に対する右翼の猛烈な攻撃、があった。ちなみに前者は彼女の姉妹だ。
しかしその後僅かの発展が、論争の短い第二回目からわれわれに届いた。そしてわれわれには特別の関心があるものとして、EH・ビルドゥー議員のオスカル・マチュテが時を得た形で、フランスの革命的社会主義者のダニエル・ベンサイードに言及した。ベンサイードは、彼の組織活動を検証したとき、「われわれは時に、むしろ多くの場合、間違いを犯したが、それもほんのわずかなことに関するものだ。少なくともわれわれは、闘いに関し、あるいは敵に関し、どちらでも間違いは犯さなかった」と結論を下したとの指摘だ。

障害と後退に満ちた細い道


したがってわれわれは新たな局面に入ろうとしている。それは、政府首班としてのサンチェスの就任が、国家レベルにおいてだけではなく全体としてのEUも貫く、体系的な危機を前にしている体制に対し統治可能性を少しも保証しない、という局面だ。
その危機に対し政府が熱望しているのは最大でも、近い過去に行われた諸権利と社会サービスに対する新自由主義的切り下げの一部を取り消すことなのだ。しかもこれらの改良であってさえ、憲法一三五条(均衡財政を求めている)が強いる諸制限の中で行われると考えられている。そしてその制限に対してはEU委員会が早くも、GDPにおける八〇億ユーロ削減を求める権限に言及している。
新政府は、この制限をEUの平均税率にも達しない税制改革で、また何よりも、市民的権利や市民的自由(言論規制法の無効化、安楽死の合法化、フランコ時代の歴史的記念物の正統化、男主義暴力に反対する諸方策配置、など)、またみみっちいエネルギー移行や対話を通してカタルーニャ紛争に「水路を開く」ことで、補うことを期待している。
しかしながら、彼が直面する基本的な問題は、最新の演説でサンチェスが再確認した抑制にもかかわらず、その起源が主にフランコ主義に発し、体制に関し先祖伝来的考えを保持している右翼からの反対になるだろう。これが、改良が、部分的なものであっても、右翼の触れてはならない教条の一つ――つまり、その国境が侵してならないものとしてある国家の枠内における単一国民として理解された、スペインの統一――について、憲法制定運動に火を着ける可能性をも含んで、改憲というパンドラの箱を開けるかもしれない、という彼の怖れを説明する。そしてその改憲運動の中では、君主制や独裁から引き継がれた権威主義の飛び領土といった、現体制の原理的支柱が異議の対象になるのだ。
一見したところ穏健なスペイン人右翼コラムニストのホセ・アントニオ・ザルザレホスですら、民族主義勢力を含んだサンチェスの連携を、一九三〇年のサン・セバスティアン協定になぞらえた。この協定は、君主制の崩壊と一九三一年四月の共和国宣言に先んじていたのだ。
私はそうであればと願うが、しかし不幸なことに新政府には、その昔に始まったもののような決裂に導くかもしれないシナリオを作り出す意図は毛頭無い。むしろ新政府は、政治的不安定性をやわらげることを目的にしている。しかし、スペイン統治における諸々の危機は疑いなく衰えずに続くだろう。
したがって、この新政府の穏健さにもかかわらずわれわれは、緊張引き上げという反動陣営が公言している戦略、近年ラテンアメリカに広がっている憲法上のクーデターという新たな形態から彼らが急速に学びつつある戦略、右翼を新政府は「正統性がない」と考えるよう導いた戦略、これらに対抗する用意をしなければならない。われわれは早くも、カタルーニャ自治政府首班から資格を奪う彼らのもくろみの中でこれらの考え方を彼らが適用するのを今見ている。
こうしてわれわれは、カタルーニャ紛争の余波の中で復活させられた、合法性と正統性に関する旧式の論争、彼ら自身の目的のために右翼三政党すべてが今や復活させている一つの主張、に戻っている。右翼はこれを以前試みたことがある。たとえば二〇〇四年に起きたマリードにおける列車爆破の余波の中で、PP首相のホセ・アスナールは最初ETAに罪を着せようとした。しかしそれは最終的に、民衆の憤激とその後の総選挙におけるPSOEの勝利、また首相へのサパテロの指名に導いたのだ。

左翼のオルタナティブ追求へ


この二極化の枠組みと右翼の急進化を基礎としたとき、予想できそうにないことは、少なくとも短期的に、国家の問題でPPおよびシウダダノスと両立できるかもしれないすべてを現在の協定に一致させる政治的幾何学を、PSOEがどうすれば操れるか、だ。とはいえ、水面が静まれば、社会党の指導者たちは疑いなくそうしようと努めるだろう。
加えてわれわれは次のことを考慮した場合、この「進歩のための連合」が、反動ブロックとそれを維持している経済的実権を握る者たちに、今後確固として対決するという信頼はいかなるものももつことができない。
そしてそこでの考慮事項とは、まずサンチェスが自らやり切る意志をこれまで示してきたとりとめがなく戦術的ないくつもの転換であり(そして、党内部で、特に統制を意に介さない党の実力者内部で彼が置かれることになる圧力を忘れずに)、そしてUPとの関係でPSOEが新政府内で保持することになるヘゲモニーだ(UPの政府メンバー指名者は、国家省庁外部の閣僚職に降格されているが、しかしそれにもかかわらず、UPとPSOEが署名した補足的協定に従えば、議会行動のイニシアチブにおけるものも含んで、忠実で規律あるやり方で行動することを義務づけられている)。
バスク国で一月三〇日に向けて公表されているゼネストの決起をもってすでに行われているように、諸闘争の新たなサイクルを再開する緊急性に訴えることが必要だろう。それは、社会的な、環境の、フェミニズムの、反レイシズムの、そしてわが民衆内部の連帯に基礎を置く課題設定、を求めて闘う闘争、サンチェス自身が一日目から当然と考えることになるシステムの諸限界を超えて進む闘争、のサイクルだ。
さらにわれわれは、政治犯の解放を求める要求を含めて、すべての法とわれわれの権利と自由を攻撃する裁判所の裁定に従わないわれわれの権利を放棄してはならない。
これらは、一つの左翼、新政府に従わず、この体制および世界の新自由主義の支配と決裂する構想の必要を再確認する左翼、の再建と歩みを共にされ、それによって推し進められなければならない最高の任務だ。
要するにわれわれは、それをもってこの局面が始まっている右翼によるクーデターの脅威を前に、より穏健になってはならず、まったく逆でなければならないのだ。この時期は、この新政府が約束している腰の引けた改良を許す意志すらない諸勢力をその中心部に含む一つの体制を越えて進む歩みに乗り出そうとする民衆諸階級からなる、一つの社会的ブロックの建設を必要とする。
ついでながらこの政府は、トランプが中東で引き起こした戦争の脅威に早々に対応を迫られるだろう。そして米軍はその戦争に向け疑いなく、再びスペインの海軍基地、ロタを利用したがるだろう。われわれは、二〇〇三年に「アゾレスのトリオ」がわれわれを戦争に引きずり込んだ今世紀はじめに上げた叫びとまさに同じく、サンチェスが戦争ノーと言うよう要求しなければならないだろう。トリオの二人、ブッシュとブレアはその後世界の舞台から去った。しかし、スペイン右翼三勢力の現頭目であるホセ・マリア・アスナールはこれから倒されなければならないのだ。

▼筆者は、政治学教授であると共に、アンティカピタリスタス(スペインにおける第四インターナショナルの支部)のメンバーであり、「ヴィエント・スル」誌の編集長。彼は、二〇一四年一月の最初のアピール「ギアを変えろ:憤りを政治変革に移し替えよ」の署名者の一人だった。そしてこのアピールは、彼が今もその一員であるポデモス運動を発足させることになる。(「インターナショナルビューポイント」二〇二〇年一月号)    


もどる

Back