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    かけはし2020年3月9日号

疑惑隠しの「五輪」連呼


首相の異様な施政方針演説

宮城全労協ニュース337号(2020年2月24日)より

 新型コロナウイルスの感染拡大による社会生活への影響が広がっている。国内での感染経路が追えない「新しい局面」に入っていると指摘され、予断を許さない状況だ。首相は二月一六日になってようやく、専門家会合を一七日に開催すると表明した。日本政府の立ち遅れは明らかで深刻だ。
 通常国会の開幕は一月二〇日だった。外務省はそれまでに中国での発症情報を得ていた。首相官邸が動いたのはいつか。政府の対策本部第一回会合は一月三〇日に開催されたが、そこに至る経緯は明らかにされていない。
 東京五輪への影響が出始めた。感染症の拡大は思いもよらぬことではない。海外からの旅行者の急増による感染症リスクについて専門家から指摘があり、東京五輪への注意喚起もなされていた。「インバウンド」目標達成を号令する政府は、その対策が問われてきたはずだが、現状を見れば不備は明らかで、政治家に自覚があったかも疑わしい。森五輪組織委員長は一三日、「中止、延期は検討されていない」と会見したが、先を見通せるタイミングではなかった。
 施政方針での「オリンピック」の連呼は、事態を把握した上でのことだったのか。国内感染拡大の危険性を想定すらしなかったのか。首相の説明が必要だ。

疑惑に一言も触
れない施政方針

 異様な演説だった。冒頭から「オリンピック」が連呼された。連呼を好む首相は過去にも「挑戦」など時々の売り文句を並べたが、今回はその比ではない。
一方で「桜を見る会」など疑惑については、釈明どころか一言もない。「世界の真ん中で輝く日本、希望にあふれ誇りある日本」「夢を夢のままで終わらせてはならない」。情緒的な言葉の羅列の最後に「(改憲は国会議員の責任であり)憲法審査会の場で、共に、その責任を果たしていこう」と呼びかけた(一月二〇日)。
「五輪に乗じて根拠なき楽観ムードを振りまき、国民の目をごまかそうとしているのだとすれば、五輪の政治利用だと言わざるを得ない」(毎日新聞社説「五輪頼みでごまかすのか」一月二一日)。「五輪頼み」「説明放棄」は明らかだ。
「検察人事介入」など権力濫用は露骨になり、政治腐敗は深まるばかりだ。新型感染症の政府会議よりも自己都合を優先させる大臣が続出するなど、論外の事態が続いている。
安倍政権を退場させねばならない。

「日本オリンピック」
から始まった首相演説

 オリンピックの強調にはもう一つの事情があった。競技団体はトラブル続きであり、マラソンコースの変更など問題山積だ。招致疑惑や不透明な経費膨脹の解明も決着がついていない。演説の当時は感染症は国内の社会的問題になっていなかったが、酷暑や災害発生が憂慮されてきた。半年前のいま、ここで「復興五輪」を再び強調することで勢いをつけたいという思惑だ。
演説は「日本オリンピック」という聞き慣れない言葉から始まっている(*注)。前回東京の聖火最終ランナーの表現という体裁をとったのは苦肉の策か。まさか総理大臣が「日本オリンピック」というありえない呼称を国会で読み上げるわけにはいかないという配慮か。
「二〇二〇東京五輪」という略称は使用されず、「本年のオリンピック・パラリンピック」などと持って回った言い方だ。まわりくどい作文はなんのためか。「最高責任者は私だ」と、首相は叫びたかったのではないか。
四年前、リオ五輪の閉会式での最終シーンを思い出す。各国首脳や五輪関係者、東京都知事らが注目するなか、フィールドの舞台上にキャラクターを模した安倍首相が登場した。二〇二〇東京の主役は自分だという無言のアピールだった。やりすぎ、五輪憲章違反と批判されるなか、首相として東京五輪を迎えるつもりだという憶測が流れた。
首相は五輪招致に重大な役割を果たした。最大の功労者だという自負心が強いはずだ。これでもかと言わんばかりの連呼から透けて見えるのは、首相の苛立ちである。
しかし、被災地には割り切れない感情が根強く残っている。「復興五輪」に翻弄された怒りも消えていないのだ。ここにきて「アイヌ民族の伝統舞踊は不採用」というショッキングなニュースが流れた。「国民一丸」からほど遠いという以上に、理念そのものが国際的に問われる事態ではないのか。
(注)朝日新聞読者の声欄(二月一九日)に「聖火走者は首相演説に何を思う」と題した投書が掲載されていた。走者の人となりに思いをはせ、「(首相は)核兵器廃絶にも平和への思いにも触れず(中略)、戦前の「国威発揚」を思わせる口ぶりだった」「(走者は)どんな思いで聞かれただろうか」と結んでいる。二〇一四年に亡くなったという。

東京招致を呼び込んだ
「汚染水コントロール」


東京の再挑戦の成否はIOC総会(二〇一三年九月七日)に託された。当時、七月参議院選挙の終了翌日になって「汚染水漏洩」の事実を認めるなど、東電への批判が高まっていた。原発事故の影響について各国委員たちをいかに説得するか。「復興五輪」を強調し続けるか、原発事故の「負の印象」を避けるために封印するか。日本の最終プレゼンに内外の注目が集中した。
「首相が切り札」「すべての命運がかかっている」とさえ言われた状況での首相スピーチだった。日本チームにはプロのアドバイザーがつき綿密な調整が重ねられていたが、「汚染水」への言及(*注)はプレゼンの直前、首相の決断だったという。
直後の記者会見で「コントロール」の根拠を問われ、「汚染水の影響は原発の港湾内の〇・三平方キロメートル範囲内で、完全にブロックされている」と説明した。後日、首相は福島第一原発を視察、建屋の前から港湾の方向を指さしている姿が放映されている。その後、国会答弁などでも、影響は港湾内にとどまっていて「全体として状況はコントロールされている」と繰り返した。
マスコミは五輪招致を日本にとっての希望だと報じ、プレゼンチームは称賛された。その一方で「復興五輪」には晴れ晴れとは喜べない白々しさがつきまとうことになった。
「ものは言いようだ」。著名なスポーツライターがラジオで語った感想である。スポーツ関係者として喜びを隠さなかったが、戸惑いも伝わってきた。首相発言には直後から多くの批判が出たし、東電内部からも「完全とは言えない」と指摘されたほどだった。
「首相が言うのだから、そうなのだろう」とするしかない。国際公約として、国が前面に出て汚染水対策に乗り出すということだろう。そのような論調が登場し、こうしてすり替えがなされていった。
首相は「汚染水コントロール」とともに「東京は安全」を強調した。招致決定直後には「誤解は解けた。最も安全な都市だという理解はいただいた」と記者団に語っている。
その後、関係閣僚の問題発言が続いてきた。「(大震災は)東北のほうだから、まだ良かった」(復興大臣)。「(候補者のほうが)復興以上に大事」(五輪担当大臣)。続投にこだわった首相だが、被災地の怒りが閣僚たちを辞任に追い込んだ。「失言」ではない。本音であり、首相プレゼンが誘発したのだ。「東京は安全」と「東北だから良かった」とは同根である。
(注)「フクシマについて、お案じの向きには、私から保証をいたします。状況は、制御されています。東京には、いかなる悪影響にしろ、これまで及ぼしたことはなく、今後とも、及ぼすことはありません」(安倍首相のプレゼンテーション・日本語訳より抜粋/首相官邸ホームページ)。
「汚染水問題でありますが、まず、健康に対する問題は、今までも、現在も、これからも全くないということははっきりと申し上げておきたいと思います」(同じく内外記者会見での首相の冒頭発言より抜粋)。

解けない「復興五輪
とは何か」という問い

 招致決定の一年後、首相は次のように所信表明した(二〇一四年九月二九日)。
「二〇二〇年のオリンピック・パラリンピックは、何としても「復興五輪」としたい。日本が新しく生まれ変わる大きなきっかけとしなければなりません。開催に向けた準備を本格化します。六年後には、見事に復興を成し遂げた東北の街並みを背に、三陸海岸から仙台湾を通り、福島の浜通りへと、聖火ランナーが走る姿を、皆さん、世界に向けて発信しようではありませんか」。
二〇二〇年施政方針での「復興五輪」はどうか。
福島Jビレッジから聖火がスタートする。三月にはJR常磐線が全線開通、また帰還困難区域の避難指示が一部解除される。福島で製造される水素が聖火を灯す。リチウムイオン電池、AIロボットなど「未来を拓く産業」が福島で生まれようとしている。
「心温まる支援のおかげで力強く復興しつつある被災地の姿を、この目で見て、そして、実感していただきたい。まさに『復興五輪』であります」。こうして現状の一断面が切り取られる。困難には触れられず、被災地からの限定された情報発信が求められる。
「復興五輪」とは何か。組織委員会は招致決定から三年後にようやく「アクション&レガシー」を公表した。〈@スポーツ・健康、A街づくり・持続可能性、B文化・教育、C経済・テクノロジー、D復興・オールジャパン・世界への発信〉である。
「復興五輪」は「取り組みの五本柱」の一つとして設定されたが、実際に現場を動く関係者たちは悩んだはずだ。
しかも首相演説が示しているように、「復興五輪」は被災地にとっては二つの縛りとなる。時間的な区切りであり、不都合なことは発信しないという了解だ。復興には時間的な目安が外から与えられたほうがいいという論評すらあった。福島では避難解除や帰還、汚染水処理などをめぐり、対立や分断が外から持ち込まれることにつながった。区切りの象徴が三・一一政府主催式典の終了である。

切り離された
復興と東京五輪

 「復興五輪」は〈安全な東京〉で開催される。被災地は〈復興した姿〉を世界に発信しなければならない。この奇妙な関係を被災地はどう考えたらいいのだろうか。「復興五輪」とは何か? 納得できる答えがないままだ。これまで三・一一政府式典で、首相をはじめ発言者から東京五輪への言及はあっただろうか。
安倍政権は「新しい東北」「可能性の東北」を復興の基本に据え、再スタートした復興庁は準備を進めた。二〇一四年初頭、六六事業が先導ケースとして公表されるが、それらは「復興五輪」の事業とはいえないものだった。
「五輪」の効用は別の所で発揮された。東京再開発は進んだ。テロ対策、サマータイムやキャッシュレス、テレワークの導入などが五輪対策として持ち出された。東京五輪開催のためには「国際組織犯罪防止条約の締結は必要不可欠だ」という口実で、首相は共謀罪を成立させた。
SDGs五輪、環境五輪、イノベーション五輪など多くが語られてきた。しかしスポーツ界にしても経済界にしても、五輪と大震災復興を関係づけて語ってきただろうか。五輪は五輪、復興は復興なのだ。五輪そのものに、その商業主義や国威発揚に異議を唱える気骨ある主張や「復興五輪」への疑念の表明がなされてきたのとは対照的だ。
そもそも「復興五輪」というシナリオが必要だったのは東京だった。現知事は大震災当時の石原知事から数えて四人目だ。東京五輪は都政にとって、政争の具でもあった。安倍首相は東京都、組織委員会、JOC三者の頂点に立って時々に利用した。「アベリンピック」という造語すら作られたほどだ。
その「復興五輪」が宮城県民にとって身近になった瞬間がある。二〇一六年秋、小池都知事による競技開催地の見直し表明のときだ。期待を裏切られた地元の落胆は大きかった。翻弄された被災地という感情は消すことができない。

(写真/二〇一七年一月撮影/宮城県登米市、長沼ボート場。決着がついた後にも撤去されずに残されていた)

被災地に祝福され
ない「復興五輪」


「人も資金も資材も東京なのか」「復興五輪ではなく復興の妨げだ」。被災地の反発は激しいものだった。地元紙・河北新報などが実施したアンケートの結果は大きな反響をよび、「衝撃的」と表現した論者もいた。
ここ数年、時間とともに理解が進んできたという報道もあったが、不信と異議はおさまらない。
NHKは「東日本大震災八年」の大規模な被災者アンケートを実施した(*注)。「復興五輪は復興を後押ししない」が「五人に三人」というタイトルに続き、「開催を楽しみにしているという回答が約四〇%あった一方で、復興の後押しになるとは思わないという回答は約六〇%にのぼりました」と要約している。
施政方針演説は被災地の困惑と苦悩をまったく無視している。「半年後には五輪は開催される、たとえ汚染水がどうであれ」という見切り発車の宣言だ。
安倍政権の退場を!「復興五輪」反対!

(注)一八年一二月から翌年一月まで、三県などの被災者や原発事故の避難者約四四〇〇人を対象にした対面と郵送によるアンケート。回答者一六〇八人。東京五輪に関する二つの項目(調査全二三項目)があり、詳細は「NHK NEWS WEB」で公開されている。
河北新報は二〇一八年調査と一九年調査を比較し、「理念不透明」六二%と報じた(二〇一九年二月一九日/被災三県四二市町村首長アンケート)
○「復興五輪」の理念は明確か
(前者が二〇一九年回答、後者が二〇一八年回答/単位は%)
明確である三一/二四、どちらとも言えない五五/六四、明確ではない七/七
分からない五/二、その他・無回答二/二
○東京五輪は被災地の復興に役立つか(同上)
役立つ五七/四八、どちらとも言えない三三/四八、その他一〇

 二〇二〇年に入って朝日新聞の最新世論調査では「東京オリンピック・パラリンピックが、被災地の実情を伝えることに役立つと思いますか」の問いに、役立つ三八%、そうは思わない五二%だった(二月一五、一六日実施)。
■以上/宮城全労協ニュース337号(2020年2月24日)



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