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新型コロナウイルスについての論文集

かけはし2020年3月16日号




香港

人々の助け合いだけが救いの希望

コロナウィルス:政治と市場の機能不全

民主派は市民的連帯の主導を

區 龍宇


労働組合の友人によると、政府が委託する清掃労働者らがマスクの確保に困っているという。食環署[政府所管部門]に支援を求めたが、役人は「それは委託企業の責任だ」という。だが現在のような異常な需給状態のなかで、委託企業は十分なマスクを確保できず、今後のために備蓄を少しずつ使わざるを得ないのは仕方ないことだろう。そうしたなかで、市場を回って買い漁れという役人の主張は、雨の日に傘をしまい込むような、人でなしの言うことだろう。

中国の機能不全
が香港にも波及


市場は極めて効率的にできている。だが戦略的物資であったり、疫病、戦争、天災、人災の際に、市場はその一部で、あるいは大部分で「市場の機能不全(失敗)」という事態をさらけ出すことになり、政府の介入が必要となる。市場における交換は利己的であり、利己的それ自体は正当なものとみなされる。
だが上記のような危機の際に、重要防疫物資を市場による分配だけに頼っていると、買いだめで値を吊り上げようとする動きは避けられず、それによって供給不足という事態に陥ってしまう。市場の調節機能には一つの限界があることは当然である。つまりお金のあるなしが分配を決するという限界である。資本主義はお金が最優先のシステムだが、疫病が発生したときにお金最優先を放置すると厄災はどんどん大きくなってしまう。ウィルスは金持ちだろうと貧乏人だろうと感染する。清掃労働者がマスクなしで働くことは、感染拡大のリスクをさらに高めることになる。結果、社会全体がその責任を負うことになってしまう。
マカオ政府でさえ林鄭月娥[香港行政長官]よりもしっかりと仕事をしている。マスクの配給を実施し、人々にマスクが行きわたっており、人々を安心させている。これこそ公権力のやるべき仕事である。翻って香港を見ると、市場の機能不全に加えて、最悪の政府の機能不全の状態にある。だがその原因は、政府による市場への関与によってではなく、関与しないといけないことに関与しなかったことによって機能不全を起こしているのである(ここで用いている「政府の機能不全」という用語は、その理論的内容を踏襲したものではない:原注)。
インターネット上では、中国国内の地方政府が「伝染病防止治療法」四五条を根拠に、宅配業者が配達依頼を受けていたマスクを直接徴用するような事態が伝えられている。中国政府もマスクを集めて民衆に配給するつもりなのだろうか。だが少しでも中国の事情に詳しい人は、そういった行為はほとんどの場合、党官僚が利己的に行うことだと知っている。荷物の依頼主に相応の法的補償がなされるのかどうか、大いに疑問が残る。党官僚は、必要な時に何もしないか、そうでなければデタラメをやる。つまり現在の中国の危機の核心もまた「政府の機能不全」にあるのだ。
結局のところ、香港における二つの機能不全は、中国における二つの機能不全の余波にすぎない。中国政府はいうまでもなく香港の自由市場システムを守りたいと思っているし、そのために林鄭月娥の不作為を続けさせたいとおもっている。なぜなら、そうすることで党官僚らの逃げ延びる道(汚染されていない粉ミルクや香港での治療、そして海外逃亡のルートまで)が確保されるし、引き続き香港の政治に干渉することができるからだ。

人々にではなく
人民元に奉仕し


政府と市場の二つの機能不全が意味するのは、公権力と重要な経済的リソースすべてが党官僚によって利用されているということである。政府は最後の公的役割さえも失ってしまい、それによって最後の政府への信頼も消えてしまった。公権力による最低限の公的物資の供給が必要である今、庶民は党官僚からの猛烈な弾圧しか供給されていない。昨日のトイレットペーパー買いだめ騒ぎをはじめ人々がパニックになる原因はここにある。
庶民はただでさえ政治的な弾圧のなかで、自分の生活を守ることに必死なのに、少しでも何か危険を察知すると、自分を守ることで精いっぱいになるのは仕方ない。だがこれは社会的崩壊であり、大混乱に陥る一歩手前でもあるのだ。
市場には役割があるし、政府も必要だ。しかしどちらも民主的監督のもとで初めて正当な役割を発揮することができる。だが疫病問題では民主や民意だけなく、とりわけ医学の専門家の知見が重要になる。つまり、疫病に対抗するには、この三者が緊密に協力し、共同の理性的指導によって困難を乗り越えなければならない。だが中国の体制が恐ろしいのは、それが神権政治的な特徴を持っているからだ。つまり自ら全知全能だと勘違いし、誇大妄想から反理性と反科学にまで至っている。かつての大躍進のドタバタ劇も大科学者の銭学森がそれを称賛したことも、そうしたことが理由である。いまその歴史が繰り返されている。最初に疫病に警告を発した八人の医師は政府の支援を受けるどころか、逆に警察に勾留されたのだから。林鄭月娥は神権政治体制における地方政治の司祭にすぎない。

公的責任要求と
連帯拡大追求を


政府の混乱は地に堕ちた。人民は自ら救済に動かざるを得ない。集団的英知の結集による救済が果たして健全な新たな力を生み出し、社会を再建することができるかどうか、断定はできない。しかし、本能のまま利己的に動いているだけでは、すべての人に災いが降りかかるだけである。
香港全土のマスクの在庫も、本来は生産が追いつくまでに人々に十分行きわたるだけの量があるはずだが、パニックによる買いだめの結果、人々に行きわたらなくなり、その結果、買い占めて高値で買わされる羽目になっている。しかしマスクがあっても、マスクのない人の数もどんどん増えており、その結果、感染が広がるなかで、マスク自体の役割も大きく減じている。
このような事態において民主派の役割は、市民的精神と公共の利益を鼓舞し、互いに競争するのではなく互いに助け合うことを訴えることでなければならない。具体的には、政府へは圧力をかけ続けること、人々へは草の根の市民的連帯を発揮するよう励ますことである。
政府には市場万能論に惑わされることなくマスク配給の実施という大義を迫ること。人々へは、地域コミュニティ、区議会議員、労働組合、黄色[反送中運動支援]の企業らに呼び掛けて、ボランティアベースで布製の抗菌マスクの製造を試みるよう訴えること。そうして製造されたマスクは社会的弱者のグループに優先的に供給すべきである。いまインターネット上ではそういった情報が出始めている。できるだけ早期に実行に移す方法が見つかることを期待したい。
(立場新聞ウェブ2月6日掲載)


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