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新型コロナウイルスについての論文集

かけはし2020年3月30日号




第四インターナショナル ビューロー声明

新型コロナウイルスのパンデミック

やつらの利益を守るのではなく
われわれの生命を守ろう!

2020年3月17日 第四インターナショナル執行ビューロー

 コロナウイルスのパンデミック(世界的流行)は、深刻な公衆衛生の問題であり、それによる被害は膨大なものとなるだろう。西ヨーロッパにおいてはすでに、医療システムは崩壊の瀬戸際にある。それがグローバル・サウスにまで拡大するならば、すでに非常に脆弱であった公衆衛生システムが四〇年に及ぶ新自由主義政策によって恐ろしいほどに壊されてきたために、数多くの死者がでるだろう。
それはこの一世紀でのもっとも深刻なパンデミックとなっている。一九一八年から翌年にかけてのいわゆるスペイン風邪による死者数は、推計は困難だが膨大なものだった。その多くは青年層だった。その影響は、とりわけ第一次世界大戦の直後に深刻となった。新型コロナウイルスによるパンデミックの急速な拡大はとりわけ、資本主義グローバリゼーションや一般化した商品化、そして利潤法則の優先によってもたらされた国際貿易の発展という状況のもとで、新自由主義的秩序や危機の高まりによって引き起こされた人民の抵抗能力の減少によって説明することができる。
この新型コロナウイルスは二〇一九年一一月はじめに中国で発見された。警告を発しようとした医師と科学者は当初、弾圧され、沈黙させられた。中国共産党がただちに対応していたとすれば、流行の危険は未然に防がれていたかもしれない。
危険を認めない政策は、中国政府に限ったものではない。アメリカ合衆国のトランプは、この「外国のウイルス」をあざ笑っていた。ボルソナロは、すでにブラジルがパンデミックに巻き込まれていたのに、「サッカー試合を禁止するなんて過剰反応だ」と述べて、法律や医療当局の指示に反して、裁判所や議会に反対する(支持者たちの)デモに参加した。イギリスのボリス・ジョンソンは、はじめのうち「集団免疫」(ウイルスが広がるのを許容し、人口の約七〇%が感染するまで流行するのにまかせる)を提唱していた。彼はあとでこの冷淡で危険なアプローチを変更せざるをえなくなった。ベルギー首相のソフィア・ウィルメスは、長い間いかなる警告にも耳を貸さなかった。
フランス大統領は、二〇二〇年一月に最初の症例が見られても、すぐには戦略的備蓄(防護服や防護用品……)を補充しなかった。
東ヨーロッパのあまり感染者が出ていない国の政府は、西ヨーロッパにおける医療危機の教訓から学んでいない。ヨーロッパ連合(EU)は、深刻な打撃を受けているイタリアに対するもっとも基本的な連帯すら組織することができないでいる。イタリアは、国内ではマスクの生産さえしていないのに……。こうした遅れの主な理由は、政府が経済活動や製品輸送を危うくすることを望んでおらず、人々を守るためのリソースを最小限にしようとしていることにある。労働者に対する資本の攻撃としての緊縮政策を続けたいという要求と景気後退への不安の方が、人々の健康を守ることよりも強いのである。
医学・科学研究がきわめて急速に進歩しているにもかかわらず、新型コロナウイルスの進化について予見するには早すぎる。たとえば、北半球に暖かな天候が到来すれば、ウイルスは弱まるのだろうか? その病気は収束するのだろうか? ウイルスは突然変異するのだろうか? もし変異するとすれば、毒性が強まるのだろうか、それとも弱まるのだろうか? 中国で発生した伝染病は、東西に拡散していった。それには、ヨーロッパ、イラン、アメリカ合衆国が含まれる。それらは条件の整っている国である。しかしながら、ウイルスは同様に南の諸国にも存在しており、そこでは、たとえば季節の次の変わり目に、北へと逆流する前に、感染が大きく増加する可能性がある。ワクチン開発には時間がかかるだろう。新型コロナウイルスによる病気が短期間のうちに自然に消え失せることを期待するとすれば、それは無責任である。
ウイルスは非常にすばやく広がっている。実際に感染している人数と感染が判明した人数との割合は、日常的なスクリーニング検査がなされていないためよくわからない。しかし、その危険性ははっきりと立証されている。病気による致死率は、国によってさまざまである。感染者のうち、八〇%は軽症であり、二〇%が重症化し、そのなかで五%が重篤になり、約二%が死亡すると言われている。高齢者や持病を抱えた人だけに重症化する危険があるわけではない。流行が広がった地域では、もっと若い人々も集中治療室に入れられている。
主だったメディアや政府は、年齢による致死率の違いに焦点を当てている。しかし、階級の違いに関心を寄せようとはしないし、コロナウイルスに起因する致死率が、収入や資産によって人々にどう影響するかにも注意を払おうとはしない。あなたが七〇歳でしかも貧しいとき、集中治療室での治療にアクセスできて、そこで治療を受けられる保証は、あなたが金持ちであるときとは同じではないのだ。
人々の中には、新型コロナウイルスの抗体は存在していない。重症化したときの治療には、最先端の設備と訓練された有能な医療スタッフが必要である。こうしたものがなければ(あるいは病院のシステムがパンクすれば)、多くの治療可能な患者が亡くなっているし、これからも亡くなるだろう。
それゆえ、新型コロナウイルスのパンデミックは、われわれの組織も含めて、すべての進歩的な活動家のネットワークがきわめて真剣に考慮すべきことなのである。流行が広がっているところではどこでも、流行を封じ込め、人々を守るための厳格な方法がとられなければならないし、このことが資本主義経済を機能させることよりも優先されなければならない。すべての国において、起こりうる流行の広がりに備え、政府に真の予防策をやらせるために、最初に被害を受けた国々の教訓を学ばなければならない。

強力な予防計画


感染が広がったほとんどの国では、準備ができていなかったために、政府は不足分を何とかやりくりしたり、ときには開き直ったりしている。すでに予防計画があるところでは、それを強化しなければならないし、ないところでは予防計画を制定しなければならない。
こうした計画では、全体としての医療システムの再構築や流行した場合に必要とされるリソースのすべてを動員することが準備されなければならない。とりわけ、すでに深刻な人手不足に陥っている医療サービス従事者をただちに増員する準備をしなければならない。
病院は、重症者の治療に当たることで、感染と闘う中心的存在のひとつであるにもかかわらず、これまでずっと予算削減や弱体化、民営化にさらされてきた。公的・社会的コントロールのもとで、民間の治療サービス、薬品や医療用具の生産は徴発されなければならない。スペイン政府は、民間病院の病床を徴発する措置をとっている。
防護服、水性アルコール消毒ジェル、検査キットといった戦略的備蓄は、医療労働者やその他の絶対に必要な労働者、そしてもっともリスクを抱えた人々に優先的に回されなければならない。
予防計画はまた、医学的・科学的研究をも含んでいる。しかしながら、ここでもう一度言わなければならないのは、緊縮政策によって研究予算が減額ないしはカットされてきたことである。とりわけコロナウイルスの研究予算はそうである。この分野で仕事しているすべての民間企業は公的・社会的コントロールのもとで国営化されなければならない。
韓国は、流行の動きを理解しできるだけ早く対処するためには、大規模なスクリーニング検査をおこなうことが有効であることを示した。しかしながら、予算の制約があるということは、こうした検査キットの備蓄がたとえあったとしても更新されてこなかったということを意味する。これによって劇的な状況が作り出されている。防護手段が不足しているという状況では、それは装備が不足している医療従事者やその家族のために優先的にとっておかなければならない。
生活条件を保障するために、家賃、住宅ローン、公共料金の支払いは猶予されなければならない。住宅からの立ち退きをすべて中止させること、ホームレスの人々に必要な家具のある避難所を設けること、不健康な建物に人々を放置しておかないように空き家を徴発することが実施されなければならない。道路上で生活している人々を孤立させたり、どこかに閉じ込めたりしてはならない。
資本主義経済における問題の蓄積によって準備され、パンデミックによって爆発する経済的・社会的危機の到来が、さらなる富の集中と社会的権利の破壊の機会であってはならない。むしろ、進歩的勢力は、リソースの再分配と公共財に基礎を置く解決策を求めなければならない。
最後に、流行の急速な拡大を考えるならば、社会的接触や旅行を制限する極めて厳格な措置や経済活動の急激な縮小が実施されなければならなかった。それゆえ、計画の中には、貧困の拡大を防ぎ、医療危機の際に誰一人として貧困のまま放置させないために、人々への大規模な援助が含まれなければならない。これは、賃金労働者とフリーランスの労働者のいずれにも適用されなければならない。こうした規制にかかる費用は、利潤や企業収入、大金持ちへの増税によってまかなうべきである。

社会的自己組織化の大きな重要性

 われわれは、当局が人々の医療や社会保障を守るため、必要なすべての措置をとることを要求しなければならない。しかし、こうしたものだけに頼ることほど危険なことはない。社会構成者の独立した動員が不可欠である。
労働運動は、すべての不必要な生産と輸送を中断させるために、どうしても必要な労働職場には最大限の安全衛生条件を確実に遵守させるために、全面的ないしは部分的な失業の場合にも労働者の収入と労働協約が確実に十分に維持されるために、闘わなければならない。すでに自動車のような不必要な生産をおこなっている労働職場を閉鎖することを要求して、ストライキが発生した。たとえば、バスク州のビクトリアにあるメルセデス・ベンツ工場がそうである。他のところでは、たとえばフランスの病院やスコットランドのごみ収集の場において、どうしても必要な労働に従事する労働者が、より安全な条件を要求して行動を起こした。
地域組織は、多くのレベルにおいて不可欠な役割を担っている。それらは人々が置かれている孤立を打ち破るのを助ける。とりわけ自宅隔離の期間中に家事や子育てというもっと重い束縛を引き受けざるをえない女性の孤立を打ち破るのを助ける。地域組織は、レイシズムや外国人嫌悪、LGBT+嫌悪と闘うことによって、不安定な、移民の、登録されていない、差別されているマイノリティが、受ける資格のある保護から確実に排除されないようにすることができる。地域組織は、自宅隔離によって暴力を振るう配偶者と一緒に過ごすことになり、自宅が死に至る刑務所になってしまう女性を助けることができる。地域組織は、「社会的距離をとる」という日常的な行為が確実に尊重されるようにすることができる。
これまでなかったことだが、近隣地区やマンションにある草の根組織が、援助を申し出る人々と助けを求める人々(高齢者、障がい者、隔離中の人)とをつなげるという例がさまざまな国、たとえばイギリス・オランダ・フランスにおいて多く見られる。イタリアでは、実際の援助とならんで、バルコニーからみんなで歌うことを通じて、コミュニティが一緒になって孤立を打ち破り、連帯を示そうとしてきた。
社会運動は、どんな手段が効果的で不可欠なものであり、国際的な交流を励ますのかを知るために、独立した医学的・科学的知見を信頼できなければならない。医師と研究者は、社会運動にかかわらなければならない。
最後に、社会運動の自己活動は欠くことのできない民主的保証である。大国の専制主義は、効率の名のもとで医療危機の際に強化される可能性がある。可能なもっとも広範で単一の動員によって、この支配的な傾向に反対しなければならない。

資本主義社会の世界的危機

 パンデミックは、社会にとっての重要な試金石を示している。北イタリアのロンバルディの状況は、支配的秩序に何が起こっているのかを端的に示している。ロンバルディはヨーロッパでもっとも豊かな地域の一つであり、もっとも充実した病院システムの一つを有している。にもかかわらず、この病院システムは新自由主義的政策によって弱体化させられてきた。病院は、重症患者が殺到することで身動きが取れなくなり、麻酔鎮痛集中治療学会が、患者を選別して、生存する望みのある患者だけを治療し、そのほかの患者は死ぬに任せるという指示を出すほどまでになっている。
これは、事故のあとに、救急労働者が多数の犠牲者の中から最初に治療するものを決めなければならないときのような一過性の状況ではなく、もし政策が別のものであったならば避けられたかもしれない制度的失敗なのである。平時において、必要なものが不足することによって、全員を助けるのを放棄する戦争医学が必要となっているのだ。これが、世界でもっとも経済的に豊かで、医療が発達した地域の一つで起こっていることである。そして、明日のヨーロッパのどこででも起こりうるのだ。

資本主義支配秩序への明確な非難

 問題は、新型コロナウイルスのパンデミックが、明日にでも「正常化する」のかどうかではなく、どれだけの死者を出して、どれだけの社会的激変の犠牲を払ってなのかということである。というのは、われわれは大きな流行(SARS、AIDS、新型インフルエンザ、ジカ熱、エボラ出血熱……)が繰り返し発生する時代に生きているからである。慢性的な医療危機の状態は今日、世界的なエコロジー危機(地球温暖化はそのひとつの側面)、永続的戦争状態、新自由主義的グローバリゼーションの不安定さ、資本の「金融化」、債務危機、基本的社会構造の不安定と脆弱さの増加、ますます専制的になる体制の増加、差別、レイシズム、外国人嫌悪などと結びついている。
医療危機と闘うことは、多国籍企業や製薬業界ロビー、工業的農業と具体的に闘うことを必要とする。工業的農業は、均衡のとれたエコシステムを可能とする小農民のアグロ・エコロジーやアグロフォレストリーに敵対しているからである。それは、都市改革において、不健康なメガシティに終止符を打つことを必要とする。一般的には、利潤論理に無料の治療を対置する。いかなる病人も社会的地位にかかわらず無料で治療されなければならない。われわれの生命はやつらの利益なんかよりも価値があるのだ。
エコ社会主義は、資本主義社会のこの世界的危機に対するオルタナティブを表現する。医療危機への対応は、このオルタナティブを実現するための他の分野の闘いと一体となった動員であるべきである。そのようにエコ社会主義者、フェミニスト、労働者の闘いを一つにすることは、その目標として、われわれや地球を殺しつつある資本主義システムの廃棄と新たな社会の建設を掲げなければならない。
(「インターナショナル・ビューポイント」三月一八日)


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