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    かけはし2020年10月12日号

「入門:気候危機に立ち向かう
      エコロジー社会主義」



9.11

アジア連帯講座:公開講座

気候破局へのラディカルな挑戦

 

寺本勉さんの報告要旨(下)

気候ではなくシステム変えろ

危機的現実直視し変革の道歩もう

 

4.コロナパンデミックと新自由主義の関係

 新型コロナウイルス流行でCO2排出が激減したと言われている。国際エネルギー機関の予測では、今年の世界のCO2排出量は前年比八%(約二六億トン)減少(リーマン・ショック後の〇九年の約六倍の削減)とされている。航空輸送の中断、工場生産ストップ、発電量の減少などにより、化石燃料の使用が減少した。逆に言うと、飛行機を飛ばさなくても、クルーズ船を動かさなくても生きていけるということだ。不必要な生産がどれだけ多かったかを現わすものだ。

ボルソナロとトランプの共通した対応


パンデミックに対してボルソナロはいまだに「われわれは生き続けなければならない。雇用を守らねばならない。普段通りに戻らなければならない」「(感染が)危険なのは六〇代以上。なぜ学校を閉めなければならないのか」「軽い風邪」(三月二四日)、「他のウイルスの方がはるかにたくさんの死者をもたらしたのに、今回のような騒動は起きなかった」「何人かの知事や市長が行っていることは犯罪だ。ブラジルを壊している」(三月二五日)などと述べている。
トランプは当初は「フェイクニュース」「民主党によるデマ」だと言っていた。さらに「コロナウイルスは消滅しつつある。ある日、ミラクルのように消えていく」(二月二八日)、「私はワクチンについても、検査と同様に感じている。新型コロナは、ワクチンがなくても消滅する。そして、一定の期間が過ぎたら、もう見ることはないと願っている」(五月八日)などと言っていた。
彼らは地球温暖化を否定し、パンデミックに対しても共通した態度をとった。深刻なエコロジー危機であるにもかかわらず、全く関心がなく、危機感がない。生態系を壊しても経済、金儲けを優先する態度だ。つまり、現在のコロナ危機・気候危機・新自由主義的グローバリゼーション危機の社会的危機は、相互に絡み合う有機的関係を持って進んでいることを示している。

コロナウイルス
と新自由主義


コロナウイルスは、本来の宿主であるオオコウモリや齧歯(げっし)類から「人畜共通感染症」として漏出した。エボラ出血熱、エイズ、SARS、MERS、そして新型コロナウイルスなど、一九六〇年以降に出現した新たな病気の四分の三は動物由来感染症だ。動物環境に対して人間が介入し、環境を破壊したか、の現れだ。
なぜ漏出したのか。森林伐採、工業的農業の拡大、集約農業・監禁的動物飼育、鉱山開発・インフラ開発による自然破壊、野生種の利用(ペット・食用など)などのまさに生態系破壊によって、野生生物から人間への病気の漏出をもたらした。
一方で、新自由主義的グローバリゼーションの中で爆発的な旅行の拡大、多国間貿易、農村部破壊による都市への人口集中が、感染の世界的拡大(パンデミック)の絶好の条件となった。
パンデミックによる被害や影響は、地域・人種・階級・ジェンダー・社会的状況などによって著しく偏在している。それは気候危機の影響と同様である。例えば、ブラジルで最初にコロナウィルスを持ち込んだのは、ヨーロッパなどに旅行に行っていた金持ちの人たちだった。さらに彼らの家で働いていた人が感染し、スラムへと広がっていった。金持ちは、医療システムが崩壊していても、高いカネを払って私立病院で治療ができるので回復していった。または、田舎の別荘に移って感染しなかった。だが、社会的に脆弱な立場にある人々に感染が集中している。
アメリカでは、黒人や中南米からの移住者、エッセンシャルワーク(病院・介護施設、物流・倉庫、公共交通、食肉加工など)の労働者が大きな被害を受けた。ヨーロッパでも老人介護施設での死亡者が多数だった。パンデミックの被害者は、ある特定の人たちに集中的に影響を与えた。
気候危機の場合はどうか。温室効果ガス排出にそれほど責任を持たない途上国の社会的に脆弱な人々に集中的に及んでいる。例えば、島嶼国・低地帯の水没・海水の浸透、砂漠化による干ばつ・食料不足・水不足、移民・難民の激増、先住民の居住地域の破壊などが拡大している。
つまり、パンデミックや気候破局などのエコロジー危機の被害者と新自由主義的グローバリゼーションの被害者は重なっているのだ。

5.システムを変えよう! 気候を変えるのではなく!

 パリ協定で決まった各国の温室効果ガス削減目標が全部達成されても、2・7℃〜3・7℃の気温上昇を招く。日本は、この削減目標すら達成できそうにない国の一つだ。G20の中では他にオーストラリア、ブラジル、カナダ、韓国、南アフリカ、アメリカ合衆国もそうだ。
日本政府は、脱石炭・脱原発に極めて消極的だ。最近になってようやく、旧式石炭火力発電所の休廃止を促す方針を表明したが、脱石炭ではなく、高効率の石炭火力発電所への転換をはかることがねらいだ。
昨年のCOP25は会議としては失敗だったが、若者たちを中心に気候アクションが盛り上がった。気候アクションで若者たちが訴えたメッセージは、「@ 1・5℃目標に沿った温室効果ガス排出削減目標の更新・強化を打ち出すこと A 2030年より早期段階での脱石炭の宣言 B 自然エネルギー100%目標の策定 C 気候変動の影響に脆弱な国・地域に住む人々(一次産業従事者・女性・先住民等)の人権を守ること」である。
2019年には、Friday for Future などが呼びかけた気候ストやアクションが世界的に広がった(昨年3・15 140万人/9・20 400万人/9・27 200万人/11・29 200万人)。日本でも、若者を中心に気候マーチが取り組まれた。
グレタ・トゥーンベリさんらは、今年七月一六日にEU首脳・各国首脳への公開書簡を出した。
「われわれがより少ない排出への信頼できる道筋の上にいる、さらに気候災厄を回避するために求められる行動は現在のシステム内で求めることができる――さらに言うならば、われわれが危機を危機として扱うことなしに、危機を解決することができる――と長期にわたって言い張れば言い張るほど、貴重な時間がますます失われてしまうだろう」。
つまり、今のシステム内では気候破局を回避することは難しいということだ。具体的な要求としては以下のことを掲げている。
*ただちに、全面的に、化石燃料の探査・採掘に対する投資の中止、化石燃料への補助金の終了、化石燃料からの投資を完全撤退。
*消費指数や国際航空・海運を含む(温室効果ガス)排出全体を数値目標に含めること。
*拘束力のある毎年のカーボン・バジェットを確立すること。
*民主主義を保護・防衛すること。
*労働者ともっとも脆弱な人々を守る環境政策を立案し、あらゆる種類の不平等――経済・人種・ジェンダーを減らすこと。
*気候緊急事態・エコロジー緊急事態を緊急事態として扱うこと。
これはエコロジー社会主義と現在の運動をつなぐ過渡的要求とも言える。
このように気候危機と社会的経済的政治的危機の問題を結びつけてとらえ、システムとつながっていることが意識し始められている。

6.エコロジー社会主義 気候破局へのラディカルな挑戦


地球温暖化を議論する際に、気温上昇をカウントする起点は産業革命だ。つまり、資本主義生産システムが成立した時期から起算している。このことは、エコロジー危機の要因の一つである地球温暖化は、資本主義生産システムとともに進行してきたことの表現になっている。
ところが気候変動に理解を示していると言われる資本家は、人間の存在とその活動(人口の爆発、際限ない消費の欲望、エコロジーに配慮しない企業の存在など)が地球温暖化の原因だと言う。エコロジストの一部でも同じような考えをしている人たちがいる。レヴィーの本の中でも出てくる。
人間の存在が問題だと考えると、解決策は「人間の倫理的問題」、あるいはグリーン資本主義ということになってしまう。「車に乗らないようにしよう」「エアコンを使わないようにしよう」ということなのか。また、グリーン資本主義は、できるだけCO2を出さない資本主義、技術革新によってCO2を貯蔵・管理する資本主義を目指すということだ。
私たちは、こういう立場に立たない。資本主義生産システムそのものが、エコロジー危機の根源だ。さらに新自由主義グローバリゼーションがそれを加速させているという立場だ。
そのうえでとるべきオルタナティブは何か? 資本主義生産システムそのもののオルタナティブとしてのエコロジー社会主義だ。だが社会主義は時代遅れだという意見がある。レヴィーは、それは違うと言っている。社会主義を復権するためには、エコロジー的な視点を取り入れることが重要だと言っている。
ミシェル・レヴィーは、『なぜエコ社会主義なのか? 赤と緑の未来のために』(2018)で次のように言っている。なお、この論文は、「エコロジー社会主義」の要約的なものとなっている。
「現代の資本主義文明は危機に瀕している。資本の無制限な蓄積、あらゆるものの商品化、労働と自然の無慈悲な搾取、そしてそれに伴う野蛮な競争は、持続可能な未来の基盤を損ない、それによって人類の生存そのものを危険にさらしている。われわれが直面している深くシステム的な脅威は、深くシステム的な変化、すなわち『大転換』を要求している」。
「エコロジーの基本的な考え方とマルクス主義の経済学批判を統合することでエコ社会主義は、持続不可能な現状に対する根本的なオルタナティブを提供する。それは、市場の成長と量的拡大(マルクスが示すように、それは破壊的進歩である)に基づく資本主義的な『進歩』の定義を拒否して、社会的ニーズ、個人の福利、エコロジー的均衡のような非貨幣的基準に基づいて確立された政策を提唱する。エコ社会主義は、資本主義システムに挑戦しない主流の『市場型エコロジー』と、自然の限界を無視した『生産力主義的社会主義』の両方を批判する」。
つまり、個人の福利、とりわけ労働時間の短縮が必要だと強調している。自由時間を増やすことだ。
その中で「エコ社会主義の根幹」として「民主的でエコロジー的な計画作成」が重要であると提起している。つまり、生産手段を資本家から奪い取って、共有化するだけでは不十分だ。それはソ連型社会主義が陥った誤りである。ソ連型社会主義に欠けていたのは、「民主的でエコロジー的な計画作成」だと言っている。
具体的には、「どのような生産分野を優遇するのか、どのように教育、医療、文化に資源を投資するのか、技術革新をどのような方向に向けていくのか、を民主主義的に決定していくこと。重要なのは、地方、広域、国家、大陸、国際的なあらゆるレベルでの民主的管理だ」。
また、「資本主義の「破壊的進歩」からエコ社会主義への大転換は、……社会、文化、考え方の永続的な革命的変革の過程でもある。この転換を実現することは、新しい生産様式と平等主義的で民主的な社会につながるだけでなく、お金の支配を超えて、広告によって人為的に生み出された消費習慣を超えて、無駄で環境に有害な商品の無制限の生産を超えて、オルタナティブな生活様式、新しいエコ社会主義的文明にもつながる」と主張している。
生産方式の所有から変革だけではなく、その過程全体を通して人間の考え方、生き方を変えていかなければならないということである。エコロジー社会主義は、そういうものを含むものでなければならないということだ。
例えば、ラテンアメリカの先住民が「よく生きる」という概念を使っている。エクアドル、ボリビアでは憲法の中でも明記されている。自然と共生し、よく生きるという考え方がある。レヴィーは、このことを評価している。「所有(having)」(何をどれくらい持つか)よりも「実存(being)」(どういう生き方をするか)を優先するということだ。
最後にレヴィーは言う。「エコ社会主義はユートピア(「どこにもない何か」の意味)であるが、現実の社会を根本的に変革するにはユートピアを夢想すること抜きにはありえないのではないか」。
ヴァルター・ベンヤミンの「マルクスは、革命は世界史の機関車だと言った。しかしおそらく、事態はそれとは大きく異なっている。革命は、列車旅行をしている人類が非常ブレーキをかける行動なのかもしれない」を引用して、「革命とは、列車が奈落の底に落ちる前に人類が手を伸ばす非常ブレーキである」と提起している。
一方で、エコロジー危機に対する具体的闘い、つまり石炭火力をなくすこと、原発をなくすこと、あるいは地域で地産地消の取り組みを進めていくことなど、具体的な課題がたくさんある。そういう課題に積極的に参加し、一つ一つ実現していくことも大事だ。
私たちは、ユートピアとしてエコロジー社会主義と現在のエコロジー的危機の課題を、どのようにつなぐのか。どういう要求を掲げて、つないでいくのか。要求のもとにどれだけ多数の支持を集めていくのか。これらが私たちの具体的に問われている課題だ。ただし時間がそれほど残されているわけではない。(講演要旨、文責編集部)


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