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    かけはし2020年10月26日号

大阪都構想に再び反対投票を


コロナ危機は「維新」府・市政策の無責任暴き出す

新自由主義利権集団と右派ポピュリストから自治取り戻せ


二〇一五年五月に否決された構想を復活
屈した公明党、自民府議分裂


 大阪市では二〇一五年五月に、大阪維新の会が進めようとしていた「大阪都」構想(以下、「都構想」)が住民投票で否決された。僅差ではあったが、賛否の激しい議論の上で、大阪市民の意思が表明された事実は重い。この投票結果を受けて橋下徹大阪市長(当時)は同年一二月の任期終了をもって政界を引退すると表明、都構想推進のために設置された「大阪府・大阪市特別区設置協議会」(法定協議会)は廃止された。
 ところが大阪維新の会は同年一一月の知事・市長同時選挙で推薦する松井・吉村がそれぞれ圧勝したことに力を得て、強引に「大阪都」構想を復活させた。一七年五月から六月にかけて市議会・府議会で第二次法定協議会となる「大都市制度(特別区設置)協議会」の設置が大阪維新の会と公明党の賛成によって可決された。一度は頓挫した都構想が、維新の恫喝に屈した公明党の協力によって復活したのである。
 第二次法定協では大阪市を解体して新たに設置される「特別区」の数が当初案の五つから四つに減ったことと、コスト削減のために特別区の庁舎を新規に建設するのではなく現在の大阪市役所や区役所を活用するなどの手直しだけで、構想そのものは当初案を踏襲した最終案が今年六月一九日に採択され、八月二八日に市議会、九月三日に府議会でそれぞれ可決された。維新の会のほか、公明党と、府議会では自民党議員一六人中五人が賛成した。
 市議会や法定協では、自民党と共産党の議員たちが「今はコロナ対策に集中するべき時」、「コロナ危機の中で、都構想の財政見通しの前提が成り立たなくなっているのに、コロナ危機以前の財政シミュレーションをそのまま使っている」など厳しく批判したが、吉村知事、松井市長は「反対する人たちは何を言っても反対するから議論しても意味がない」として数の力で採決を強行した。街頭宣伝での反応を見ると、市民の間ではすでに賛成・反対の立場を決めている人も多く、関心は非常に高い。
 ABC報道局が十月三・四日に実施した世論調査では、都構想に賛成が四五・三%、反対が四〇・二%と差が約五%に縮まっている(九月一九・二〇日の調査では賛成が四九・一%、反対が三五・三%)。自民党支持層では賛成と反対がほぼ同数、公明党支持層では賛成が三〇%、反対が四二%となっている。三〇代以下の若い世代では賛成と反対がほぼ同数である。この数字を見る限り、共産党、立憲民主党、社民党、れいわ新選組や市民団体の共闘をベースにした地域での地道な宣伝活動が着実に効果を上げており、逆転の可能性は十分にある。

予算も人も都構想優先
「やってるふり」だけコロナ対策


 吉村知事・松井市長の大阪府・大阪市は今年前半にコロナ感染が拡大し、医療崩壊が差し迫っていた中でも、二〇二五年の万博開催とそれに連動するカジノ誘致の経済効果を担保とした開発・成長路線を優先し、そのための府・市の財源の一体化と一元的・独裁的な支配を可能にする都構想の実現に専念してきた。
 四月に橋下前大阪市長はツイッターで、「僕が今更言うのもおかしいところですが、大阪府知事時代、大阪市長時代に徹底的な改革を断行し、有事の今、現場を疲弊させているところがあると思います。保健所、府立市立病院など。そこは、お手数をおかけしますが見直しをよろしくお願いします」と告白した。しかし、その後吉村知事・松井市長が保健所、府立市立病院などの見直しを行った形跡はない。今から考えれば、橋下のこのツイートは医療崩壊の危機の責任を橋下個人の責任にすることで吉村知事を批判から守るための深謀だったかも知れない。結果として、吉村は先任者が残した危機的な状況の中で奮闘しているという虚構が出来上がり、連日のテレビへの露出によって異様な吉村人気が煽られることとなった。
 法定協での最終の審議と採決が行われた六月は吉村人気のピークであり、安倍内閣への批判が強まる中、全国的に大阪維新の会の支持率が跳ね上がっていた時期だった。大阪維新の会は安倍政権、特に菅官房長官(当時)の庇護を受けており、自民党大阪府本部と府議団はこの「捻じれ」によって引き裂かれた。市議団は踏みとどまった。党本部からの圧力や地元における支持者たちの動揺に抗した決断だった。
 この時点で共産党系の市民団体や、前回住民投票での共闘をベースとした大阪・市民交流会、「どないネット」(どないする大阪の未来ネット)、カジノ・万博問題で継続的な運動を進めてきた諸団体などが危機感を強め、宣伝活動を拡大していたが、劣勢は否めなかった。
 しかし、コロナ危機が長期化し、事業の困難と生活の困窮が広がる中で、徐々に状況は変わりつつある。吉村人気は続いているものの、「何でこんな時期に住民投票?」という疑問から、「大阪モデル」(緊急対応の基準を数値化し、通天閣のライトアップなどで可視化する)、「イソジン発言」などの失態への批判、給付金の手続きの煩雑さへの不満まで(当事者や支援者たちの粘り強い交渉にもかかわらず、住民票のない人たちの多くは一〇万円の給付金から除外されている)、メディアでも冷静な報道が増えている。
 吉村知事は思いつきの、カネのかからない話題提供で「やってるふり」をしているだけであり、維新府政の実績として宣伝している緊急支援策の大半は政府からの支援であって、大阪府・市の独自財源の大部分は都構想のために留保されている。しかも七〜八月の感染再拡大への対応として、「ミナミの飲食店」をターゲットとして自粛を強要し、多くの地元業者やパート・アルバイトの人々を困窮させた。根拠も効果も明らかでない政治的パフォーマンスであり、地域や職業に対する差別を助長する許しがたい政策である。
 九月に入って住民投票に向けた動きが本格化し、都構想の問題点について知られるようになる中で、「大阪市が廃止されることを知らなかった」という人々や、「コロナで状況が変わった」と感じている人々も都構想に反対するようになっている。

大型開発と「インバウンド」
依拠の経済成長は破滅


失われた「公共」を取り戻し、連帯と共生の大阪を

 大阪維新の会が強引に進めてきた「大阪都」構想は、大阪府と大阪市の「二重行政」の無駄をなくし、行政と癒着した利権を排することによって捻出した財源でカジノ・IRや道路、港湾、鉄道などのインフラを整備することを謳い文句にしてきた。二〇一五年五月の住民投票では、この構想が大阪市を廃止することでその財政基盤と権限を奪うこと、当然にも住民サービスの低下をもたらすことが明らかになり、自民党から共産党まで(公明党は自主投票)の「オール大阪」の共闘に業界団体や地域振興会などが加勢して「大阪市をなくすな」、「わからなければ反対票を」と呼びかけた。まさに大阪を二分する闘いとなり、従来の保守と革新という対立軸が後景に退いた。
五月の住民投票の後、「大阪市を守る」という一点で結集した反維新派は、一一月の同時選挙においても自民党が推薦する候補を共同で応援するという形で維持されたが、中央政治との捻じれや、維新が外国人観光客の急増による「経済成長」(という集団催眠)と万博誘致の成功によって勢いづく中で、ダイナミズムを失った。
大阪維新の会は一六年参議院選挙、一七年衆議院選挙、一九年の統一地方選挙と参議院選挙において圧倒的な強さを見せ、橋下徹の人気に支えられた一過性のブームではなく、大衆に根差した強力な組織力を確立していることを印象付けた。もちろんカジノ反対や万博の夢洲開催反対などの運動や、水道民営化、教育や医療の現場での闘いは粘り強く続いてきたが、維新の安定した支持基盤を掘り崩すほどの脅威とはならなかった。
維新がコロナ危機の真っただ中で都構想を急がなければならないのは、まさにコロナ危機が「大阪の成長」の前提条件だったインバウンドの需要見通しを直撃し、万博・カジノを当て込んだ財政見通しが破綻していることを隠蔽するためである。住民投票で可決さえしてしまえば、あとは財源を大阪府に移転し、福祉や住民サービスを四つの特別区に押し付ける、人々が困窮しても「自助」・「自己責任」である。
維新のこの手法には何の独創的なものもない。新自由主義の下で世界の多くの州や都市で進められてきた市場原理による自治の破壊・商業空間化、ジェントリフィケーション(「高級化」)と排除をマニュアル通りに進めてきただけである。基本的な原理は東京、横浜、名古屋などで行われてきた政策とほとんど変わりはない。「大阪都」は、彼らが言う「都市間競争」におけるブランド価値を高めるためのネーミングに過ぎない。それは支持者たちの気分を高揚させる念仏として非常に効果的だったが、支持者たちですらその詳しい中身は知らない。「専門家」と称する新自由主義のイデオローグやテクノクラートに丸投げであり、支持者たちはイラストや折れ線グラフで飾られた政策パンフレットのキャッチフレーズや一問一答集を時にはやさしく、時には攻撃的に繰り返すだけである。
「既得権益」に挑戦し、停滞した大阪を東京と並ぶ副首都にするという橋下と維新のパフォーマンスは一〇年余にわたって高い人気を維持してきた。しかし、今では「既得権益」に代わる新自由主義利権集団が夢洲開発、ウメキタ(大阪駅北側の地区)開発、リニア新幹線誘致、水道民営化などあらゆる開発計画に群がっている。コロナ危機に便乗したIT化、監視社会化とスーパーシティー構想も利権まみれである。
維新は右派ポピュリストの特性として、政策の一貫性や論理的整合性に執着しない。人々の不安や不満を公務員や外国人、高齢者、福祉の受給者、左翼など、その時々のターゲットに向けて動員し、その一方で、反原発や子育て支援など(やってるふりだけだが)で左派の支持層にも浸透する。それは労働組合運動の後退と民主党政権への失望の中で生まれた空白を埋める存在だった。この空白を埋める確かな運動、確かな連帯の再生こそが問われている。コロナ危機の中での命と生活を守るための闘いと地域における協力・支援はその端緒である。
都構想を再び否決し、失われた「公共」を取り戻し、連帯と共生の大阪をめざそう!
(小林秀史)

10.8

関生支部大阪第2次弾圧事件

不当判決を糾弾する!

闘いは続く、マスコミの沈黙許すな

 【大阪】威力業務妨害事件(大阪第2次弾圧事件)に対する判決が一〇月八日、大阪地裁で言い渡された。
 全日建連帯労組関西生コン支部に対し同じ関連でたくさんの事件がでっち上げられた。二〇一八年七月に始まった弾圧は二〇一九年一一月まで一八回にわたって断続的に続き、逮捕延べ八九人、起訴七一人、六四〇日を超える不当勾留(武委員長・湯川副委員長の場合)という異常さ、文字どおり組合つぶしそのものをねらったような弾圧だった。
 弾圧の初めは二〇一八年七月一八日のフジタ事件。二〇一七年三月〜七月、フジタの施工する倉庫増築工事で施工業者への要請行動で工事現場におけるコンプライアンス活動をしたことが、フジタから生コン調達の依頼を受けている藤田商事と近江アサノとの間で生コンの供給契約を締結させようと強要したとされたが、被害届は出ていなかった。
 今回の判決に関係するのは、二〇一八年九月一八日〜一一月二一日まで三度にわたる弾圧の宇部三菱大阪港SS・中央大阪生コン事件である。大阪広域協同組合が約束を履行しないので、生コン輸送運賃値上げを目的として二〇一七年一二月一二〜一三日にストライキが決行された。宇部三菱大阪港サービスステーション前と中央大阪生コン工場でのストライキが威力業務妨害とされた。
 
大阪地裁前で
200人が抗議


一〇月八日の当日は終日雨天の寒い日であったが、全国からおよそ二〇〇人の労働者市民が、朝八時に大阪地裁前の若松浜公園に集まった。労働組合つぶしの大弾圧を許さない実行委員会の小林さん(全港湾大阪支部)の「真実を訴えていこう」の簡単なあいさつのあと、地裁周辺でビラまき活動をし、再び公園でのアピール集会を持った。途中公判傍聴券配布で中断。いまだ新型コロナのため傍聴は大幅に制限された。傍聴から漏れたものは再びアピール集会を継続。
中断前の集会で、小谷野さん(全日建連帯労組書記長)が発言した。
「ストライキで組合が示した要求は、@二〇一五年・一六年・一七年の春闘で広域協組が約束した輸送運賃値上げ。A正社員:非正社員の割合を現在の三:七から五:五に改善すること。Bその他賃金労働条件の改善。C広域協組の独善的な運営の民主化等であり、全く正当なものだ。(中小業者のほぼ一〇〇%が広域協組に組織されたことにより)この数年間、生コン価格はどんどん上昇してきたのに、それが輸送する運賃には反映されてこなかった。さらに広域協組は、生コン一立米当たり一〇〇円の環境福祉整備基金の積み立ても止めてきた。これらのことについて検察は今年六月の論告で、運賃値上げは見せかけで、ストライキの目的は解決金(環境福祉整備基金の積み立て)だという広域協組の言い分をそのまま主張していたが、素直に判断すれば無罪しかあり得ない」。

不当判決が出る!


判決公判が始まり、結果は不当判決。ただ、今回の判決は、ストライキの現場の組合員に対してではなく、ストライキを指示した組合役員(西山・柳両氏)に対するもの。共に求刑二年六月に対し判決は、二人とも二年六月・執行猶予五年であった。会社側の言い分どおりの判決だった。坂田副委員長は、この判決はあらゆる労働組合にかけられた弾圧だと述べた。
中村さん(大阪港合同)は、日本学術会議への官邸の介入に抗議する中道弁護士のメッセージを紹介しながら、引き続いての関生支部の支援を表明した。
西山さんは、「労働組合のストライキ計画とその準備はダメだという判決のくだりを聞いて愕然となったと語った。それを基準にすればストライキなど出来ないことになる」と発言。
弁護団は、「不当判決だ。執行猶予が付くと未決拘留(西山さん150日、柳さん70日)は算入されないことが多いが、今回は算入された。西山さんが法廷に入ったとき、刑事が六人ぐらい打ち合わせをしていたので、もしかすると判決後そのまま持って行くつもりかと、最悪の事態を想定したが、それはなかった。判決は、ストの時やったことがひどい、相手の業務を妨害し、取り囲んで工場に入るのを阻止するとか……それはやり過ぎだ。労使関係がなく、相手が使用者ではないからダメだ、という論理だった。関生の産業政策運動、企業の枠を越えてみんなで対抗するという産別組合運動・横断的な運動がないと、労働環境はどんどん悪くなる。そのことを裁判所は理解していない。直ちに控訴状を提出してきた。引き続いてご支援を。
さらにもう一点、裁判所は刑事免責を理解していない。工場で生産された生コンを組合員が輸送しているその関係を、労使関係はないと言い切ってしまう。集団的労使関係に対する理解のなさを、控訴審では強く主張していきたい。労働組合のこの行為は正当な行為だと認めさせる必要を強く感じた。

繰り返される
「声を荒げて」


引き続いて小谷野書記長が感想を述べた。判決文が今日の段階で出来ていない。そんな怠慢でいいのか。気にかかったフレーズは、「声を荒げて」が何度も出てきたこと。ストライキの現場で、猫なで声などあり得ない。怒って当然だ。労働運動のことがわかっていないから、こんなことが言えるのだ。労働関係を、会社の狭い範囲に縮めている。派遣切りのとき元請けの責任を追及して運動が積み上げたものを全否定されかねない。このストはそもそも大阪広域協組が約束を破ったことから始まった。何の理由もなしに大阪港SSや中央大阪生コンに行ったのではない。中央大阪生コンは、ストを逆手に、関生の影響力の強い近畿産業運輸を工場から追い出したが、その不当労働行為を免罪しておきながら、労組の怒りを断罪している。

メディアは無視、
闘いは続く


弾圧事件の数が多いから、これからも頻繁に公判が開かれる。この弾圧事件は、事件の数・逮捕者の人数・拘留の長さ・弾圧の継続期間において異例だが、労働法や憲法28条を無視している点でも異例だといえる。
新設された共謀罪適用の危険性という点でも大いに注目される。だから、市民運動も大いなる関心を持たねばならない事件だ。にもかかわらず、この事件の判決は、ほとんどマスコミの関心を引いていない。判決の翌日、すべての新聞はこれを報道しなかった。このような社会の状況を変える糸口を探さなければいけないと強く感じた。(T・T)


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