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    かけはし2020年10月26日号

BLM運動と社会運動 左派は今


10・16アジア連帯講座 11月米大統領選 分裂するアメリカ @

喜多幡佳秀さん(ATTAC関西グループ)

 一〇月一六日、アジア連帯講座は、全水道会館で喜多幡佳秀さん(ATTAC関西グループ)を招き「11月大統領選挙〜分裂するアメリカ BLM運動と社会運動、左派は今」をテーマに公開講座を行った。
 一一月大統領選挙に関する米メディア各種世論調査では民主党のバイデン候補の優位が報じられている。トランプは、劣勢ばん回に向けてコロナウイルス対策による郵便投票に対して「大統領選で郵便投票が広範に導入されれば、歴史上、最も不正確で詐欺的な選挙になるだろう」「選挙で不正が行われれば辞めない」と言い出している。迷走・流動的な大統領選をいかに分析し、次の局面を見いだすのか。
 講師の喜多幡さんは、米国の労働者階級と左派の方向性を問題提起してきた。その柱は、MeToo、ブラック・ライブズ・マターなどの新たな運動、民主党内サンダース議員支持勢力と左派州議員などと連携しトランプの再選阻止の陣地をひろげていくことであり、この闘いは同時に資本主義の危機に対する対案を掲げる政治勢力の登場を戦略的に準備していくことであると強調してきた。
 講座では最新のトランプ派・極右グループの動向、米左派情報の紹介なども含めて問題提起した。

喜多幡さんの講演から

一一月大統領選挙
はどうなるのか?


一一月三日投票の大統領選挙を前に、米国では、どちらが勝つかよりも、バイデンが勝利した場合にトランプが結果を受け入れるかどうかが最大の関心事となっている。何が起こるかわからない。すでに異例の事態が起こっている。トランプは、大統領選挙の結果を受け入れない可能性を示唆し、武装した極右勢力の行動を容認し、メディアを動員している。
トランプ政権の継続は何を意味するか? 次の四年間、アメリカ社会の分裂とファシズムへの動きに決定的に弾みがつく。大統領の権限の無制限の拡大、国際社会の分裂、国際機関や条約からの離脱が既成事実となる。その一方で米国とイスラエル、インド、英国、オーストラリアによる新たな枢軸(国連・国際機関の空洞化)が軍事的緊張と偶発的戦争の危険性を一層高める。「宇宙戦争」、サイバー戦争、小規模核兵器の実用化が現実の脅威となる。ただし後者は民主党政権の時代から始まっていたことに注意しておかなければならない。
多くの人たちが懸念していることは気候危機、感染症対策への決定的打撃、白人優位主義と移民・黒人への差別・抑圧・排除の拡大だ。ただし、この点でも民主党政権が頼りになるわけではない。

特異な選挙制度と
極右勢力の動き


前回(二〇一六年)の大統領選挙では、民主党のクリントン候補が三百万票近くの差で多数の支持を獲得していたにもかかわらず、獲得した選挙人の数で上回るトランプの「圧勝」となった。二〇〇〇年の大統領選挙では、激戦となった三つの州で双方が勝利を主張したため、開票作業のやり直しや裁判所での審理のため三五日間にわたって空白が生じた。
その背景には、独立戦争後の憲法制定時に、普通選挙導入にあたって南部の奴隷主への妥協として導入された選挙人制度が、「奴隷解放」の後も温存されてきたという事情がある。この制度の問題は常に指摘されてきているが、二大政党にとっては第三の政党を事実上排除するために都合のよい制度であり、憲法に規定された制度であるため、修正には手続き上のハードルも高い。
有権者登録制度にも問題がある。全国的な有権者名簿というものが存在せず、投票するには自分で選管に登録して有権者の資格を得なければならない。登録制度は不正を防止するために設けられたものだが、黒人や中南米出身者、貧困層の投票を抑制するために利用されている。
今回の選挙では郵便投票が焦点になっている。二〇一六年大統領選では郵便投票の割合は二〇・九%だったが、今回はコロナ感染の影響もあり五〇%を超えると予想される。これがなぜ問題になっているのかは後で述べる。
そのような背景の下で、今回の選挙がどうなるのかをめぐって、気になる動きが続いている。
四月以降、テキサス、イリノイ、フロリダ、テネシー、インディアナ、アリゾナ、コロラド、モンタナ、ワシントンなどの州でロックダウン解除を求める集会が開かれ、その中で極右派の動きが目立ってきた。四月三〇日にはミシガン州ランシングで「自由のためのミシガン連合」などのグループが武装デモを行い、州議会前を一時的に占拠した。
五月下旬からブラックライブズマター(BLM)の運動が全国に広がる中で、トランプは、オレゴン州ポートランド、ウィスコンシン州ミルウォーキーなどのBLMのデモ鎮圧に連邦の治安部隊を派遣し、弾圧をエスカレートしている。それに呼応して「第二の南北戦争」を呼びかける「ブーガルー運動」などの武装勢力が活動を活発化させる。このグループは六月に、北部カリフォルニアでデモ警備中の二人の警察官を襲撃・殺害した。これは暴力事件によって騒乱状態を作り出すことを目的とした挑発行為だったと考えられる。
決定的な転機となったのはトランプが七月一九日放送のFOXニュースのインタビューで、選挙に敗れた場合に選挙結果を受け入れるかという問いに対し、「単純にイエスとは言えない」、「選挙で不正が行われれば辞めない」と言明したことだ。その後もトランプは同じ趣旨の発言を繰り返している。民主党が郵便投票を通じて大がかりな不正を行うという根拠のない情報を拡散して、とくに激戦区での投開票の「監視」、つまり妨害と有権者への威圧を扇動している。
さらに、郵便投票の業務を委託されている郵政公社が七月末に各州の選挙管理委員会に「投函された票が期限までに届かない恐れもある」と警告する書簡を出した。六月に公社総裁に就任したルイス・デジョイはトランプへの巨額献金者だ。彼は郵便投票期間中の人員の配置や業務時間の延長の措置を拒否して、意図的に郵便投票の妨害をはかってきた。
八月一九日、トランプがテレビインタビューで極右グループQアノン(謀略論者で、トランプを救世主として崇拝)を擁護する発言をした。
八月二五日、ウィスコンシン州のBLMのデモ(同二三日に起こった警察官による黒人の殺害への抗議)で、白人のティーンエージャー(武装グループのメンバー)が発砲、デモ参加者二人を殺害、一人に重傷する事件が発生している。
九月二九日、FBIが「今から一月二〇日(大統領就任式)までの間、白人優位主義グループによる暴力の脅威がある」とする報告書を発表。同日、トランプは「プラウドボーイズ」などの武装グループを擁護する発言をした。
一〇月八日、FBIがミシガン州のグレッチェン・ウィトマー知事(民主党)の拉致計画を阻止し、一三人を逮捕したと発表した。トランプは「ウィトマー知事打倒、ミシガン州の奪回」を呼びかけていた。
逮捕されたクロフトは「愛国運動」のリーダー。ソーシャル・メディアを通じて扇動していた。同州ではミシガン民兵隊 (MMC、一九九四年に元空軍幹部のノーマン・オルソンが創設)、ボランティアを組織し、軍事訓練を行っている。ピーク時は一万人以上、現在は数百人だと言われている。

「空位の七九日間」


大統領選投票日の一一月三日から一月二〇日にワシントンで大統領就任式が行われるまでの七九日間は何が起こるかわからない。次の大統領が決まらない「空位の七九日間」となるかもしれない。
トランプ陣営は「不正防止」のために激戦区に五千人のボランティアを派遣すると威嚇している。開票結果に不服を申し立てるために弁護士の集団が準備を整えている。
郵便投票は開票に時間がかかることから、即日開票分は激戦区を除く州の開票結果が先に発表されることになる。この時点では共和党が先行することが多い。激戦区の開票結果はまだ確定しない。だからこの時点で、つまり投票日の深夜にトランプが「勝利宣言」を出し、翌日から支持者たちが街頭で祝勝のパレードを繰り広げ、それを背景に残った州の開票あるいは開票結果の発表を妨害する可能性、その際に何らかの暴力的衝突を引き起こし、それを口実として強権的な措置を発動する可能性、バイデンがそのような事態を回避するために何らかの交換条件を付けて「敗北宣言」を出す可能性。さらに、選挙の結果に関わりなくトランプの任期は一月二〇日までであり、その間に権力を悪用することは間違いない。
トランプ再選を阻止するには、@大差で敗北させることと、A街頭での闘争、非暴力の抵抗が必要だ。後で述べるように、米国の左派や社会運動は、あらゆる可能性に備えて、さまざまな方法で広範な大衆を動員しようとしている。
(つづく)

逝きし古谷保人同志を悼む

―受け継がれるべき
 部落解放の志操―


肝臓がんと肺結核に侵されて

古谷保人同志は、昨年一二月肝臓がんが見つかり、大阪市立大学病院に入院した。肝臓がんの放射線治療は不可能とのことで、抗がん剤を服用し続けていたが、結核に感染し、結核専門病院に転院した。そのため、抗がん剤治療は中断を余儀なくされた。闘病生活の中、八月三〇日早朝、妻、子どもたち孫たちに見守られて息を引き取った。六九歳だった。

新婚旅行は三里塚管制塔闘争の現場検分

 古谷同志は、大阪府立夕陽丘高校から拓殖大学に進学し、三里塚闘争に参加した。農民放送塔をめぐる闘争で不当逮捕・起訴され、不当判決を受けた。「三里塚農民は国策で満蒙開拓団として駆り出され、敗戦で棄民にされた人々の開拓村だ。三里塚空港は、事あらば軍事空港にされる。再び土地を奪われ、血を流す戦争のために棄民にされることは許されん」、「それは『満州』・台湾や植民地支配のエリート養成の『拓殖大学』に身を置く者としての自己否定『翻身』の行為だった」と、かつて語ってくれたことがある。新婚旅行は、三里塚のあの管制塔闘争の現場の検分だったとのことである。

部落解放同盟平野支部を支える

 帰阪後、「一緒に部落解放同盟の支部づくりをやらへんか」と誘われた。平野川の護岸工事のため強制移転させられた住民の住宅建設のために対大阪市交渉を闘う大衆運動の中で、一九七二年一一月大阪府連平野支部が結成された。彼は、大阪市同和事業平野地区協議会の職員として働く一方、平野支部の書記長や副支部長を歴任し、PTA役員や福祉協議会の役員、町会長、連合町会長の役を担い、差別のない地域共同体としての街づくりに取り組んできた。
彼とかつて議論したことがある。「谷川雁は『高くて軽いインテリと低くて重い大衆の間を結ぶ工作者』として、社会運動家を位置づけたけれど、大衆っていつも受け身で、組織される対象、工作される対象というのは間違ってるんじゃないかな」。「大衆っていう言葉は上から目線の感じで嫌な語感やけれど、大衆の心の琴線に触れて行動するために発するインテリとやらの言葉の質が問われているんや」。「私らはインテリへの工作者じゃないかな。始めに言葉ありきじゃなくて、始めに行為ありきだ。ゲーテもそう言っているよ」。「大衆、いや民衆、生活者、庶民の復讐心にも似た『許せん!』という怒りの共振を誘う言葉やスローガン、「『デートも出来ない警職法』のようなものが必要なんじゃないかな」。「腹に響く言葉か、それをみつけないかんな」。
それは、一九七四年九月狭山差別糾弾闘争の日比谷公園一一万人集会を支えた「部落解放なくして労働者の解放なし」・「労働者の解放なくして部落の解放なし」の共同闘争のスローガンの理論化による深化と社会状況、なかんずく労働運動を住民運動との結合で変革・創造することであった。

部落解放社会主義研究会を組織する

 一九八一年、同和対策事業に名を借りた土地ころがしや利権あさりに対し、部落解放同盟は自浄能力を発揮せよという西岡・駒井意見書が拒否され、狭山闘争の中央本部事務局長の西岡智さんらが、中執辞任を余儀なくされる事態が起こった。汚濁された部落解放運動を「いたわるかのごとき運動は兄弟を堕落させる」がゆえに、「人を尊敬することによる集団運動」を志す全国水平社宣言の思想で再生させるべきだとの主旨で、古谷同志たちは一九八二年に「部落解放社会主義研究会」を結成した。東京、長野、滋賀、千葉、大阪の志ある者が集まり、古谷同志はその会の事務局長として、夏期合宿、機関誌「季刊 部落解放運動」の編集にたずさわることになった。
会の目的は、被差別部落の生活環境の改善、 就労保障、差別意識の解消という最小限綱領的な要求を実現させながら、差別による収奪・搾取によって成り立っている資本主義国家・社会の解体という最大限綱領的なものの実現への道筋を見つけていくという、いわば部落解放運動を通して社会主義を実現するという過渡的綱領の中味をつくり出そうとするものであった。
そのため、@狭山差別裁判糾弾の戦闘性を再生し、国家権力の差別性を大衆的に明らかにする。A糾弾権を労働者のストライキ権のように公知のものとして定着させていく。B朝田理論を再検討する。朝田理論は、差別の本質を「部落民は差別によって主要な生産関係から除外されていることであり、これが差別のただひとつの本質である」と、本質から来る現象としての差別で本質を説明するという矛盾を持っている。
彼は、部落差別言動に対して大勢が参加しての糾弾闘争を組織してきたけれど、「武田鉄矢が〈母親に捧げるバラード〉で、『鉄矢、人を指さしてものを言うとき、三本の指は己に向かっていることを忘れたらいかんたい』と言っているが、まさにその通り、己の身を律して、お前に人を批判する資格があるんかと言われないようにせんと、人の差別観念を変えることはできんわな」、とよく言っていた。

お遍路のお接待からベーシックインカムと労働を考える

 己を見つめ律する行為として、「お遍路」がある。古谷同志の実家は空海弘法大師の真言宗である。それ故か、息子さんや娘さんから、「スタンプラリーみたいだ」と冷やかされながらも、四国八八カ所めぐりの「お遍路」にマイカーでよく出かけていた。そこで見出したのは、「自分」ではなく、「他人の存在の意味」だったという。あの無償のお接待の湯茶の提供を見ると、「もし、ベーシックインカムで一定の生活費が公的に保障されたら、人は働かなくなる」という論者もいるが、違うと思う。生活費を稼ぐ苦役的なLaborレイバーではなく、ドイツ語のArbeitアルバイトが労働の外に著作、論文という意味があるように、自分自身の能力を伸ばし自分の価値を見出していく働き、まさに「働く」とは「傍を楽にする」、相互扶助的なものになるはずだ。そのような人間関係絆が宗教の信仰の一体性による共同体意識から来るのなら、「古いものこそ新しい」ことになるといえる。常に、部落解放の道筋を生活の中から紡ぎ出そうとする志操を堅持する人こそ、古谷同志であった。
二〇二〇年一〇月        (橋慶一郎)

 



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