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    かけはし2020年10月5日号

パンデミックさなかの経済危機


中国

中国人が草を食べる時

指導部頂点にも意見の違い?

 米国との貿易戦争が高みに達した昨年報じられたことは、中国の公式筋が、それが中国人に一年間米の代わりに草を食わせるとしても、中国は米国のいじめに敢然と対抗し続けるだろうと誓った、ということだった。貿易戦争は、成長の主要な三つのエンジンの一つ(他の二つは、総投資と家計消費)、輸出に一定の打撃を与えた。
 二〇二〇年はじめは、中国の輸出に対する二つめの打撃――コロナウイルス・パンデミック――を示した。

経済収縮の
兆候が諸々


 中国の輸出依存性はこの一〇年着実に低下し続けていたとはいえ、国の稼動労働力の四分の一(二億人の労働者)は、その職という点で今なお輸出に頼っている。三つのもっとも重要な沿海都市は、上海、深?、広州だ。それらはすべて大きく外国投資に依存し、それは各都市のGDPでは六〇から七〇%に相当している。二〇二〇年第1四半期に、全国のGDPが年度換算で六・八%縮小した、とわれわれが知っても、そこには何の驚きもない。中国は三〇年ではじめて、二〇二〇年に向けた年間のGDP目標を放棄することになった。
 失業率に関する公式データは五・九%を示している。しかしそれを信ずる者は誰もいない。公式の数字に関する主な欠陥の一つは、それらが都市戸籍をもつ者だけを数えている、ということだ。こうしてそれらは地方からの移住労働者を排除している。一人の外交官は、真実の数字を一二%と考えているが、この数字には幅広い同意がある。もう一つの報告は、失業率に二〇%という高さ、あるいは七〇〇〇万人の失業者、を考えている。中国では党が、その成果を良く見せるために数字を改竄し続けている。
 二〇二〇年は、この三〇年で公的歳入の成長がはじめてマイナスになる年になるかもしれない。これはさらに進んで、諸々の年金基金を危険にさらすかもしれない。それらの基金が、公的補助にもかかわらず、カネを使い果たし続けてきたからだ。
 成長の主な支柱の一つとなってきた住宅市場の不況もまた悪いニュースだ。つまり、地方自治体諸政府は今、デベロッパーに有利な価格で以前と同じほどの土地を売ることができないことに気づいている。そして同じだけの彼らの歳入の落ち込みを知ることになっている。
 これはまた、彼らの債務返済能力――自治体諸政府は重債務状態にある――に影響を及ぼすだろう。二〇〇八年の金融危機以後地方政府は、インフラに投資し、その結果として需要を押し上げるために、カネを借り入れるための地方政府資金調達事業体(LGFVs)を設立してきた。その債務の多くは隠されているが、一六兆RMB(人民元)から四二兆RMB(二・三兆ドルから六兆ドル)と見積もられている。
 国際決済銀行の一報告は、中国の債務総計をGDPの二五六%としている。それは、銀行危機に導くに十分以上の高さにある、と警告を発した。しかしながら、多くの似たような中所得国の債務とは異なり、中国の債務はRMBを額面とする主に国内引き受けであり、外国通貨のものではない、という事実を認識する必要がある。それゆえそれは、政府の統制がより大きくなりやすいのだ。

家計消費刺激
一〇年掛声だけ


 中国の対米関係悪化との関係で、輸出急減に対する北京の最新対応は、「国内資金循環システム」の力を高める――内需を押し上げる――、となっている。この需要には二つの源――投資と家計消費――がある。しかし中国はすでに過剰投資に苦しんできた以上、投資引き上げは回答ではない。
 GDPの四〇%以上という異常な高投資率は、国家によって推し進められた長期の工業化戦略の結果だ。しかしそれは、労働者の賃金と農民所得を押し下げてきた。そしてそれゆえそれは、家計消費をも押し下げてきた。国際的にはGDPの六〇―七〇%の家計消費が正常と考えられている中で、中国の場合この間それは常に低く、一九五二年から二〇一九年の間で平均五〇%というものだった。より警戒を要することは、二〇〇〇年の四七・七%から二〇一〇年の三四・六%へ、というその連続的下落だ。その時以後それは再び上昇に転じたが、それも極めて僅かであり、二〇一九年の三八・八%へ、というものにすぎない。
 これを正すためには富の再配分が必要になると思われる。すなわち、国内で生産されるものを彼らが買えるようにするための、勤労民衆の所得比率の相当な引き上げだ。体制は、そうした構造的な問題が抱える危険を長い間実感してきた。そして一〇年にわたって、賃金のGDP比率を引き上げる改革を繰り返し呼びかけてきた。しかしながら彼らは、貧しい者たちの所得引き上げが彼ら自身の利益に反するがゆえに、これをやれずにきたのだ。
 彼らは、余剰資本を輸出することによって、たとえば一帯一路イニシアチブによって、問題を解決する方をよしとしている。それでも、世界的な対米競合の始まりによって、中国が抱える問題のこの出口もまた、大きく有望性をそこなっているように見える。

私的資本相手に
最大の試練浮上


 北京は今、彼らにとって一九八九年の民主化運動鎮圧以来最大の試練に出くわそうとしている。それは今、それ以前の連携者に、つまり私的事業家階級に襲いかかることに着手しつつある。経済的に言えば、私的事業家階級は、国家資本主義ほどの強さではないとしても、依然として強力だ。今日、経済の管制高地を専有しているのは国家だとはいえ、中国の私的部門はGDPの半分以上を占めている。
 それでも政治的には、私的資本家は完璧に無力であり、経済後退以後、国家の威圧政治の標的になっている。習近平はこの数年、腐敗との闘いという口実で、多くの大物たち、中でもHNAグループのワン・ジアン、アンバン保険グループのウー・キアノフイ、さらに映画俳優のファン・ビンビンを投獄した。
 国家は二〇一八年後半以来、中国は私的部門の犠牲によって国家部門をさらに強化しなければならない、との考えの売り込みをはじめた。その時以来、リストに挙げられた四一の私企業が、その株式の一定部分を国家に売却した。そして、今それらを事実上支配しているのは国家だ。
 経済的繁栄という以前の時期は、市場改革の深さと国の巨大な規模を前提に、私有部門と国有企業両者の同時的成長に余地を与えた。
 勤労民衆は、彼らのボスと党のボス両者を満足させるために、背負いきれない重荷を負わされなければならなかったが、それでも彼らは職を見つけることができた。低成長という新しい段階の到来は、貧困層の必要を満たすことは言うまでもなく、私企業家と党のボスの貪欲を同時に満足させることをますます困難にした。それゆえ、国家資本主義と私的資本家間に緊張が高まる。これはさらに、資本逃避を実行するよう後者を促すのだ。

貧しい者が
再び苦しむ


 中国社会の底辺層は今、一層悲惨な状態にある。争議行為は今年昨年よりも相当に少ない。パンデミックと経済後退は、多くの地方の移住労働者を故郷の村々にとどまらせた。都市の中で職を見つけることができるほど十分な運に恵まれる者は、より従順になった。
 五月に李克強首相が行った一つの所感表明は、何百万人という貧しい労働者に再び光を当てただけではなかった。それはさらに、頂点における意見の違いを示唆した可能性もある。彼は、中国には月額一〇〇〇RMBの所得しかない人々が六億人いる、と語ったのだ。これは中国の人口の四〇%以上であり、先の金額は、大都市における毎月の昼食代だけでも十分とは言えないだろう。
 李克強は、中国を「ほどほどの繁栄社会」のレベルへと進めつつ、今年末までに中国内で絶対的貧困を根絶する、という習近平による大風呂敷の努力の最中で先のように語った。李の批評は習に対する平手打ちと言える。
 習をさらにいらだたせたものは、職のない者たちに職を与える一つの方法として、通りの物売りを支援するよう李が地方政府を後押ししたことだった。これは、習の「ほどほどの繁栄社会」の信用を傷付けているとみなされている。メディアはすぐさま「通りの物売り」の経済に対する攻撃で満たされた。このできごとは、経済後退が進行するその最中にトップレベルに現れた意見の違いをさらけ出した。
 その政策においてたとえ李がより現実主義的であるとしても、それを実行するのは官僚となるだろう。問題は、この官僚が決して中立ではない、ということだ。つまりそれは、搾取階級の中核をなしているのだ。すぐさま、通りの物売りに公共の場を提供した諸都市がまたそのことで、いくつかの都市では一〇倍の引き上げとして、重い使用料を徴収する好機をも得ることになった、ということがあからさまにされた。
 経済後退の中で多くの中国人は今、「草」を食料にしようとしている。しかしその重荷は、決して等しく配分されるわけではない。苦しむのは再びワーキングプアだ。党のボスたちは、「ほどほどの繁栄」のライフスタイル以上のものを享受し続けている。(「インターナショナルビューポイント」九月号)


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