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    かけはし2020年11月2日号

穏かになどと私に頼むな、もううんざりだ


ポルトガル

レイシズムの否認・相対化許さない

われわれがこの怪物を殺すか、
それともその逆か、どちらかだ

ママドウ・バ

レイシズム暴力事件が頻発

 近年、法廷での告訴となった数百件のレイシズム事件を挙げるまでもなく、法的権限をもつ機関、「平等のためのおよびレイシズム差別に対決する委員会」に何千件というレイシズム差別に関する苦情申し立てが行われてきた。これらの事例の数十は、この国で大きな公的論争も起こした。私は、公的議論を巻き起こしたそれらに関しては、これからいくつかだけを読者に思い起こさせる。
 二〇一五年二月、数十人の警官がアルフラジデ警察署で六人の黒人市民を拷問にかけた。そして警官たちは、彼らに暴行を加え拷問する間、犠牲者をレイシズム的に侮辱した。
 二〇一七年二月、地方都市のモウラにあるサント・アレイクソ・ダ・レスタウラシャオのロマ・コミュニティが、壁に描かれた鍵十字による死の脅迫の標的にされ、家も動物も、車や教会の建物さえも一切免れることのなかった放火攻撃の標的になった。ちなみにその教会では、数家族が宗教的礼拝を行っていた。まさにナチの大虐殺のスタイルだった。
 同じ二〇一七年二月、生徒がすべてロマで構成されたファマリチャオ学校をめぐって学校隔離に関する紛争が巻き起こった。
 二〇一七年七月、ベハ市のカベカ・ゴルダ教区評議会会長が、ロマコミュニティの一員の埋葬許可を、また当地の霊安室で彼らのために通夜をとり行うことを拒絶した。
 二〇一八年一月、ポルティマオのマホル・ダヴィド・ネト小学校で四年生の保護者グループが、生徒に対する虐待、レイシズム、外国人排撃、差別を糾弾した。 二〇一八年聖ヨハネ祭の夜、ポルトの公営バスの警備要員によってニコル・クイナヤスが攻撃を受け、犠牲者と彼女と共にいた人々はレイシズム的侮辱を訴えた。そこでも当時のポルトガル社会に大きな論争が起きた。
 二〇一九年一月、通称ジャマイカ街として知られるチカロス谷に住むコキ一家が、警官たちから残忍な攻撃を受けた。
 二〇一九年一二月ブラガンカで、カペ・ベルデアンの生徒だったルイス・ジオバンニ・ロドリゲスが撲殺された。殴打と彼の死の詳細はほぼ一週間伏せられた。
 二〇二〇年一月、アマドラのバス停留所で、またその後彼女を警察署に連行した警察車両の中で、クラウディア・シモエスが警官から攻撃を受けた。理由は、彼女の八歳になる娘が本人の通行証を携帯していなかった、というものだった。
 二〇二〇年二月、モウッサ・マレガがグイマラエス(プロサッカーチーム)・サポーターからの途切れることのないレイシズム的はやし立ての標的となった。彼はただ一人でこの侮辱を受けた後、すばらしく勇敢なふるまいを示してピッチを去った。
 二〇二〇年六月、エバリスト・マルディンホが白昼堂々モスカビデ街で黒人俳優のブルノ・カンデ・マルケスを計画的に殺害した。レイシズム的侮辱と明示的な殺人脅迫の三日後だった。

反動的動きの急速な表面化


 反レイシズム闘争における業績に基づいた社会運動からの黒人女性議員三人の選出、および同時的な公然としたレイシスト議員一人の選出は、レイシズムの表現をむしろさらに見えるものにした(注一)。論争は、公共の場での、ソーシャルメディアを通した、放送メディアでの、また政治の場での憎悪の奔流を伴って、よりあからさまになり、過激になった。エスカレーションが強まるにつれ、日々のレイシズムはその声を問題のレイシスト議員の中に見出した。まさに彼は、以前は封印されたままとどまっていた表現の反響板になった。
 暴力と死という明示的な脅迫を伴って、リスボン首都圏のいくつかの建物や壁画に書かれたレイシズム的「いたずら書き」の波と一体となった、六月からの公共の場における極右によるテロ襲撃の高まりは、先のエスカレーションと一線になっている。エスカレーションは、SOS本部への攻撃、クー・クラックス・クランのパレード、そして活動家や被選出公職者に対する死の脅迫で頂点に達した(注二)。
 憎悪と暴力に向けたはっきりとした扇動として、これらの最新の脅迫は、政治的論争のあらゆる停止線を明確に超えている。そしてそれらは、極右議員、アンドレ・ベントゥラがネオナチ集団のテロ行為に正統性を与え導いてきたレイシズム・エスカレーションの当然の結果だ。議会諸政党がアンドレ・ベントゥラのレイシズム的課題設定に対処した際の曖昧さは、それが怠慢の結果であれ、合意の結果であれ、あるいは政治戦術の結果であれ、いずれにしろ公共空間におけるレイシズムの開けっぴろげの断言に向け、諸条件を作り出した。
 街頭のレイシズム的主張を共和国議会へと持ち込んだアンドレ・ベントゥラ、および怠慢、合意、あるいは沈黙によってそれに対決しない、あるいはそれに力を貸すと選択するすべての者たちは、極右のテロリスト的狼藉に責任がある。今民主主義を絞め殺しつつある一つの構想に資金を出している、この国の経済エリートによる傭兵用資金拠出もまた、ファシズムやレイシズムの台頭がもたらしている不幸を解く解答になるだろう。

問題の存在の隠蔽いつまで

 事実として、レイシズムを隠すことは難しくなろうとしている。レイシストの暴力事件の連続は、ポルトガル社会内のレイシズムの構造的特質にかけられていたベールを外す助けになった。その存在、およびつい最近起きた俳優のブルノ・カンデ・マルケス殺害のような、その時として悲劇的な結果、に関する否認や討論の欠落は、もはや持続可能ではない。レイシズム否認や、われわれの仲間である市民の命に関するその重要性や結果の相対化、を力説することは、民主主義の防衛に対する責任を当然と考えないこと、それに覆いかぶさる脅威の点でわれわれを集団的に共犯にすること、を意味する。
その成員の誰かが系統的に暴力を受け、国民的紐帯から排除される限り、集団的生活も、実行可能な民主的社会の可能性もまったくあり得ない。不幸なことだが、あらゆる証拠を前にしてもなお、系統的にかつ病的な興奮で反レイシズムをレイシズムに等値することの強調によって、極度の倫理の後景化や当惑させられるような政治的ごまかしを見せつけ続けている者たちがいる。
レイシズムの犠牲者に穏やかさや自制や常識を求めている人々の誰が、黒人やロマであるという理由で公共の場で言葉でのあるいは実際の暴力を受けたことがあるのだろうか。彼らはこれまで、公共の場に入ること、家を借りること、あるいは職を得ることを妨げられたことがあっただろうか。あるいは、彼らの同僚と同じ仕事を行うことに対し、三分の一しか支払われなかったことがあっただろうか。彼らは虐待を受けたことが、また疲労困憊する点まで私的な生活が難渋させられたことがあっただろうか。彼らは永続性と系統性を底流にするような迫害や脅迫を受けたことがあるだろうか。彼らはこれまで、通りの真ん中で極右から待ち伏せ攻撃を受けたことがあるのだろうか。彼らは、彼らの安全や彼らの家族のそれを恐れることを理由に、移転を迫られたことがあるだろうか。彼らは、死の脅迫を含んだあらゆる種類の脅迫や侮辱にもはや耐えることができないとして、電話番号やソーシャルメディアのアカウントを変えなければならなかったことがあるだろうか。彼らの誰であれ、こうしたことを経験したことがあっただろうか。

沈黙や対決回避レイシズム助長


それこそが、極右のテロ行為を前に、レイシズムについて話すことはそれを強める、と考える者たちからの穏やかさを求める要求が耐え難くなっている理由であり、レイシズムの苦しみや暴力に対する無関心のように響く理由だ。ブルノ・カンデ・マルケスを殺害した者のようなネオナチやレイシスト殺人犯は長い間、レイシズムと対決しない目的で「穏便で」ありたいと思っている者たちの相対主義と無関心を、利用し続けてきたのだ。
穏やかさや自制、あるいはレイシズムの暴力を前にした沈黙は、どのような民主主義者も受け入れることができない共犯の一形態だ。レイシズムの暴力の道徳的かつ倫理的な価値が人間的尊厳を攻撃するあらゆる種類の他の暴力と同じ重みをもたない限り、われわれは今後共、制度的な疎外を受け、反レイシズム闘争への政治的力添えをほとんど得ないことが続くだろう。
私はあなた方の求めにはうんざりしているのだから、穏やかさや自制を私に求めるな。あなた方はどれだけの間、われわれがその犠牲者であるレイシズムに責任がある、などと私を責めるつもりなのか。あなたはどれだけの間、私をレイプし殺したいと思っている者たちと私を同じだと、言い続けるつもりなのか。あなた方はどれだけの間、あなた方が私の仲間を殺し、あるいは殺すと脅す中で、私に待てと求め続けるつもりなのか。いつまでか。
あるいはそれでも彼らは、あらゆる死やレイシストの死の脅迫は、彼らがそれほどに伝道したがっている人道の価値という理念そのものの死だ、ということを実感してこなかったのだろうか。人道の理念そのものの死を受け入れることはただ政治的コミュニティを、レイシズムの憎悪に基づいた死の脅迫によって自らが脅かされているとは感じないように導く可能性を生み出すだけだ。

未来への選択肢は一つしかない

 したがって、レイシズムの否認と相対化を主張する者たちに私が期待する礼儀はただ、レイシズムがわれわれを殺す前に、それを殺す知性と勇気を得る、ということだけだ。私にとって、レイシズム的差別を受けた人々の圧倒的多数に関する限り、この空気を吸うことは一層難しく、そして、われわれの苦しみと苦痛を前に、横を向いて口笛を吹く社会とその諸機構をわれわれが見ることはもはや耐え難い。
われわれは、われわれの命を絞め殺すレイシズムによるのど輪を緩める勇気を決して捨てなかったがゆえに、これまで生き延びてきた。われわれはこれからも、それがどれほど犠牲が多かろうが、そうし続けるだろう。社会とその諸機構がどれほどの間この怪物に立ち向かう勇気を欠いたままあり続けるかは、今後分かることとして残っている。われわれがこの怪物を殺すか、それともそれがわれわれ全員を殺すか、そのどちらかなのだ。
それこそが、われわれが共にする集団的未来を欲するならば、一つの選択肢、すなわち、時間がある内に民主主義を守り、極右の残忍性に決意をもって立ち向かうこと、しかない理由だ(二〇二〇年八月一四日)。(ポルトガル紙「エクスプレッソ」専用に書かれた筆者による文書。IVが翻訳し、筆者の許可に基づき掲載)(この論評冒頭には、ジャマイカ人詩人の詩が添えられているが今回は割愛した:訳者)

▼筆者はポルトガルの「SOSラシスモ」の一指導者、第四インターナショナルのメンバーでもある。
(注一)三人の黒人女性議員とは、無所属のホアシネ・カタル・モレイア、左翼ブロックのベアトリス・ゴメス・ディアス、および社会党のロムアルダ・フェルナンデス。一方アンドレ・ベントゥラは、彼が創立した右翼民族主義ポピュリスト政党、「チェガ!(たくさんだ!)」を代表して議会に選出された。
(注二)標的になった人々には、ホアシネ・カタル・モレイラ、ベアトリス・ゴメス・ディアス、もう一人の左翼ブロック議員のマリアナ・モルタグア、また筆者が含まれている。(「インターナショナルビューポイント」二〇二〇年八月号)   

フランス

メディアとエリートのレイシズム放任糾弾!

 ダニエレ・オボノ連帯!

8月29日 フランス反資本主義新党

 レイシストのクズである『ヴァルール・アクチュエレ(現代の価値)』が再び襲いかかった。この極右週刊紙は八月二七日号で、レイシズム的イラストを添えて、奴隷に陥れられた――もちろん「アラブ人」によって――としてダニエレ・オボノ(注)を特集する「虚構」を書く決心をした。
 憤激は急速にまた正統に、ソーシャルネットワーク上で猛威をふるった。われわれは、わが同志であるダニエレ・オボノへの連帯を、またむかつきは言うまでもなく、『ヴァルール・アクチュエレ』が掲載したがらくたに対するわれわれの軽蔑を表したいと思う。
 これは、反動派やレイシストによってダニエレが標的にされたはじめてのことではない。そしてわれわれは最低でも次のことは言える。つまり、『ヴァルール・アクチュエレ』の露払いをした者たちの多く――政治家、編集主幹――は、一人の黒人女性が彼女の信念を擁護するために政治的スペースやメディアのスペースを占めている事実に賛意を示すことができない、ということだ。
 また、『ヴァルール・アクチュエレ』のくずがレイシスト的な含みを頼りにしたこともこれがはじめてではない。われわれはたとえば、この週刊誌が「ロマ、過剰投薬」なる標題の記事に続いて、「ヘイト扇動」として二〇一五年に有罪宣告を受けた、ということを思い起こす。
 しかしながらこれでも、一定数の「主要メディア」が、何よりも二四時間ニュースチャンネルが、現在のできごとに関しコメントを求めて『ヴァルール・アクチュエレ』から定期的に「編集主幹」を招待することの、こうしてこの週刊誌の反動的でレイシスト的な立場の正統化と正規化を助けていることの、妨げにはなっていないのだ。これは、エマニュエル・マクロンが昨年一〇月にこのクズにインタビューの機会を与え、これは「極めて良質な新聞だ」などと述べることの妨げにもならなかった。
 『ヴァルール・アクチュエレ』に反対を、その支持者やその共犯者に反対を、さらにこのもっとも汚らしいレイシズムを当たり前のことにし正規化することに力を貸し、今になって怒っているふりをしているあらゆる者たちに反対を。お前たち自身でダニエレを支えよ。

(注)ガボン出身のダニエレ・オボノは急進左翼政党「不屈のフランス」の女性下院議員。英紙ガーディアンは二〇二〇年八月二九日に「フランス紙、黒人議員を奴隷と描いたことで遺憾を表明」、同三一日に「フランス紙が黒人議員を奴隷と示したことを受けレイシズム捜査」と報道。(「インターナショナルビューポイント」二〇二〇年九月号)


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