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    かけはし2020年11月2日号

公共医療機関が必要


コロナ、医師ストライキ、「公共財」論議まで

アン・ジョンホ(内科専門医・江原)

劣悪な公共医療の素顔

 コロナ19大流行は、韓国保健医療体系に重要な示唆を投げかけた。まず、コロナ19感染患者の大部分を担当した公共医療機関の役割がいかに重要かを教えてくれた。そして同時に、我が国の公共医療の劣悪な現実も明らかになった。感染症の予防に重要な検疫官や疫学調査官、治療のための公共人材と施設のすべてが途方もなく不足している。公共病床がなく、多くの患者が入院できないまま待ち、死亡者の4分の1は、治療さえ受けられないまま息を引き取った。

 韓国の全病床数はOECD平均の3倍に達し、日本に次いで世界最多レベルである。しかし、いざ公共病床の割合は10%、公共医療機関の割合は6%に過ぎず、OECD平均(約70%)の7分の1レベルでメキシコに続いてどんじりだ。それも公共医療機関も人材、設備、施設が不十分で、民間医療機関との競争に押されて枯死寸前の状態だ。

公共医療不良の原因:医療民営化・産業化

 このように、公共医療が劣悪な原因は、政府の投資不足に加えて、1990年代以降の保険医療の新自由主義的再編の医療民営化・産業化のためである。韓国の医療は米国式の自由放任的医療体系を移植しながら、治療中心、民間主導のシステムとして構築された(これとは別に、予防中心、公共主導システムもいくらでも可能である)。

 以後、持続的に成長していた民間の医療は、1977年の「職場の医療保険」をはじめとした国民健康保険の導入でさらに急速に拡大したが、公共医療は、政府の微々たる投資でほとんど足踏みの状態に留まり、民間医療との格差が急激に広がった。1990年代から資本の医療市場への進出が本格化し、1997年の通貨危機以降、新自由主義的再編も激しくなり、民間の医療は、膨張を持続したが、公共医療はほとんど没落することになった。2000年代から歴代政府が実施した医療民営化・産業化の過程で、「改革」という名で国公立医療機関は民営化されて、多くの地方拠点公共病院がなくなったり、民間委託された。

ムン・ジェイン政府の対応
:どこが「公共医療」対策なのか?

 コロナ19大流行がいつ終わるのか不透明な状況で、公共医療の拡充やインフラの構築は、何よりも緊急な課題となった。しかし、ムン・ジェイン政府はこれまで「K―防疫」の広報にだけ熱を上げただけで、感染症対応システムの整備や公共医療の拡充のための努力は払わなかった。

さらに、7月14日、「韓国版ニューディール総合計画」で発表した保険医療分野の政策は、医療産業化一色だった。スマート病院、遠隔医療、AI診断、デジタル保護など、まだ安全性や有効性が証明されてもいない医療技術を財閥企業と大型病院が存分に活用するように規制を緩和しながら、いざ公共医療の拡充については、何も語られることはなかった。9月1日に確定された「2021年保健福祉部予算案」によると、拠点病院の公共性強化の予算はわずか73億ウォン増額にとどまり、公共医療機関の拡充には、最初から予算すら割り当てていなかった。一方、治療薬・ワクチンの開発と防疫物品の性能の向上、バイオヘルスなどのための研究開発予算は7912億ウォンを割り当てるなど、産業界の要請事項に莫大な予算を配分した。

 この渦中去る7月23日、政府与党は、党政協議会で「医学部定員の拡大と公共医大設立推進案」を発表した。骨子は、「公共の医療人材の拡充と地域間の医療不均等および不足している医師の人員問題を解決」するために△年間400人ずつ医学部定員を拡大し、10年間に4000人の医師を増員して△10年間の地域の義務服務制を施行し△50名定員の公共医科大学を設立するというものである。

 しかし、これは、公共医療人材の拡充と地域間医療の不均等解消という趣旨を達成することができない問題がある案である。

 まず、「医学部定員を拡大する」としたが、その人員を「現行定員50人以下の医科大学」に割り当てるとした。この条件に該当するのは、ほとんどが私立大学である。結局、私立大学医学部定員拡大に帰結するものである。「地域の義務服務制」も公立病院に限定したものではないので、地域の民間病院を主とする服務になる可能性が大きい。これも修練期間を除けば、義務服務期間自体が短く、もろもろの役割をするのが難しい。公共医療人材の拡充というよりも、私立大学と地域の民間病院に恩恵を与えるというものだ。

 また、増やす定員の中に年間50人を「医科学者養成」としているが、実際の内容を見ると、基礎医学研究者や公益的研究者ではなく、化粧品・医療機器産業の医科学者を育てるというものである。公共医療人材の拡充ではなくて医療産業人材育成ということだ。

「50名定員の公共医大設立」は、公共医療人材の拡充としては、途方もなく少ない規模だ。何よりも最大の問題は、公共医療機関や施設の拡充のための案がないということだ。勤務する公共医療機関がないのに、人材の拡充に何の意味があるのか。

一方、民間中心の韓国医療システムによる地方の医療脆弱性問題は、地域の医師数を増員して解決できることではない。地方の医療需要と収益が大幅に増大しない限り、民間医療機関が入ることは絶対にありえない。結局、地域間医療の不均等解消も収益の創出を目的としない公共医療機関の拡充なしには不可能である。

医師ストライキの根本的な原因:民間中心の医療供給システムと競争的な市場秩序

 政府与党の「医学部定員の拡大および公共医大設立推進案」について、医師は、激しく反対してストライキに乗り出した。医師団体は「世界最高の医療アクセスを持つ韓国では、医師の数は絶対に不足しておらず、地域間の深刻な医療不均衡はそれほど人員を必要としないのだから人員を引き上げて解決すべきであり、医師の増員は副作用だけもたらす」と主張した。

 しかし、医師団体のこのような主張は、客観的な事実に基づいたものではない。実際に医師数の不足は、OECDの統計(※)だけでなく、適正医療人材に関する多くの研究でも確認される。韓国の医療アクセスも関連指標をみると、決して高くない。2019年OECD保健統計によると、2017年基準の韓国における家計消費中の自己負担医療費の割合は、OECD加盟国の中で二番目に高く、医療費に対する公的保証水準もOECD平均の73%にはるかに及ばない約59%程度ほどである。このため、可処分所得の40%以上を医療費に使う「災害的医療費支出世帯」が(民間・営利中心の医療システムで悪名高い)米国よりも多い。これは、結局医療費負担で病院に行けない「未充足の医療」を生む。韓国の未充足医療経験率は15〜20%に達することが知られていて、医療アクセスが高いとは言い難い。

 それでは、医師はなぜ客観的事実をねじまげてでも、医師数の増員に反対するのか。その原因は、まさに90%を超える民間中心の医療供給システムと医療の市場秩序がもたらした過度な競争にある。1990年代以降、資本の医療市場進出と医療産業化政策で医療機関内部での競争が激化した。病床数競争と高価機器の購入競争、これに加えて、過剰サービス競争が起こった。大病院中心の、これらの競争は、ブラックホールのように、患者を引きつけながら、中小病院とクリニックを危うくさせて、すべての医療機関を無限競争に追い込んだ。

 競争は生存の危機を生み出した。実際に廃業率は65・2〜79・4%であり、生存の危機は現実になった。2018年クリニック経営状態についてのアンケート調査でも、73%が「昨年より経営状況が悪くなった」と答え、82%が「もっと悪くなる」という見通しをするなど、クリニックの危機感は非常に高い。このような状況で「競争者」となる未来の医師数の増員は医師の危機感を増幅させたのである。

 結局、今回の医師のストライキは、医師の集団利己主義として示されているが、市場的・競争的な民間中心の医療供給システムにその原因がある。したがって、この事態の根本的な解決は、今の医療供給システムを公共医療システムとして再編していくことだ。

保険医療は「公共財」だ

 医師たちはストライキの渦中・保健福祉部の公務員の「医師は公共財」という発言に対して強く反発した。しかし、「人を財貨で表現するのは、人間の尊厳を毀損することだ」という批判は、事実の本質ではない。医師は「高いお金をかけて教育を受け、栄光をいだいて開業し、競争の中で生存の危機を経験しているときに、政府がしてくれたのが何と公共財を云々することなのか」ということだ。この反発は、民間中心の医療供給システムのために保険医療の公共性が薄っぺらな水準である今の韓国の医療の現実をそのまま反映している。そしてこれは保険医療の公共性に対する拒否を含むもので、保険医療に対する医師の根源的な認識のあり方を示している。

 今回のコロナ19大流行のように感染症や災難対応で公共医療の役割は絶対的であり、感染症予防のように収益を出すことが厳しい予防的医療を民間医療に期待するのは難しい。しかし、公共医療が重要な理由は、このような現実的な経験にだけ基づくものではない。現在、韓国の保険医療は△利潤追求と競争による過剰診療・非給与診療の蔓延△医療需要と収益の差に応じた地域と医療職域間の深刻な医療不均等△過度な競争がもたらした医療伝達システムの歪みなどの疲弊に苦しんでいる。これは、民間中心の保険医療システムのためであり、公的なシステムに再編しなければ、解決するのは難しい。

 より根本的に見ると、健康と保険医療は、すべての人が平等で普遍的に享受できる基本的に不可欠な価値だ。市場の機能では、この価値を充足することができない。保険医療で公共性が重要な理由はここにあり、したがって保険医療は公共財であらねばならないのである。

 一方、医療「機関」の問題で一歩踏み出す必要もある。コロナ19の大流行は、公共医療の重要性に加えて、また一つの重要な話題を投げかけた。マスク大混乱が「公的マスク」の供給で安定を確保したように、医薬品と医療機器などへの公的統制が市場のシステムよりも効果的であるという事実を見せてくれたことだ。現在コロナ19治療薬とワクチン開発のために、世界各国は度外れな資金を注ぎ込んでいる。韓国も、7月3日、関連補正予算として1936億ウォンを投入するなど、コロナ19治療薬とワクチンの開発に積極的に乗り出した。

 問題は、コロナ19の治療薬とワクチンの開発が民間企業を中心に行われているという事実である。韓国ではセルトゥリオン、GC緑十字、第ネクシン、SKバイオサイエンス、イミューンメド、エンジケム生命科学、SCM生命科学、セルリポリなど、数多くの国内製薬・バイオ企業が参入している。しかし、利益を追求する民間企業中心の、このような治療薬とワクチンの開発は、供給での不平等を引き起こす原因となるだけではなく、利益を確保するために高価な価格を設定する可能性が高い。さらに利益次第によって供給支障が起きたり、生産自体が実施されないこともある。

 したがって、利益によって振り回されない公的な医薬品や医療機器の生産・供給システムが必要である。特にコロナ19大流行のように、公衆保険に必要だったり、国民の健康に欠かせない医薬品や医療機器は、公的に生産して供給されなければならない。

※2019年OECD保健統計によると、韓国の人口1000人あたりの活動医師数は、2017年基準2・3人(漢方医を含む)で、OECD平均の3・5人に比べて約65・7%の水準である。10万人当たりの医学部卒業者も7・6人で、OECD平均の13・1人の58%程度だ。つまり、今も医師数が不足していて、ますます不足すると予想される。(社会変革労働者党「変革と政治」第114号)

朝鮮半島通信

▲ベトナム戦争に派遣された韓国軍によるベトナム人の民間人虐殺をめぐり、当時の生存者であるベトナム人女性、グエン・ティ・タンさんが韓国政府に対して損害賠償を求めた訴訟の第1回口頭弁論が10月17日までに、ソウル中央地裁で開かれた。
▲10月19日に開かれた記者会見で韓国統一省の報道官は、板門店の見学を来月4日から再開すると発表した。
▲朝鮮中央通信は10月22日、中国軍が朝鮮戦争に参戦して70年になるのを前に、金正恩朝鮮労働党委員長が中国軍の戦没者墓地を訪れた。

コラム

コロナと人権

 新型コロナウイルスの感染拡大が止まらない。この原稿を書いている一〇月二五日の時点で世界の感染者は四千二百万人、死者は一一〇万人を超えている。ウイルスは人から人へと確実に伝播を続けている。
 感染の拡大を抑える最も効果的な方法は、自覚症状を訴える人すべてにくまなく検査を行い、感染者を隔離すること。そしてその生活を国が公費で保障することである。さらに手洗いやうがい、マスクの着用などの予防・啓蒙教育活動。初期段階からこれを徹底することで、流行を最低限に終わらせることができる。
 安倍前首相はこれらの政策をないがしろにした。党内談合で登場した菅新政権は、「GoToナントカ」と銘打ち市民の外出にテコ入れした。自粛疲れの人々は格安の遊興に浮足だち、各地へ出かけていった。一方で突然職を失った人々が巷にあふれた。
 メディアの無節操な報道の陰で、忘れかけられているのが、病院や高齢者施設で暮らす人々の存在である。私の母は今年三月、四年七カ月を過ごした老健から特養に移った。老健ではインフル対策で二月から面会を禁止していたから、引っ越しの数時間以外今日まで、家族は母とまともに顔を合わせていないことになる。
 今年五月半ば。施設では「一家族月一回二人まで一五分間」という制限付きの面会方式を打ち出した。以後私は六月、七月、九月と母に会ったが、感染拡大に伴い突然「ラインアプリを使ったオンライン面会」に切り替えられた。耳や目を患う高齢者とハイテクに疎い家族。通信状態の悪さも加わり、「予想に反し面会予約は振るわない」とケアマネは明かす。
 厚労省は一〇月一五日、介護施設での面会制限を、感染防止策徹底を条件に緩和することを都道府県や関係団体に通知した。「認知症の人たちの支援団体や介護従事者からは、面会できないことによる認知機能の低下を心配し、緩和を求める声が上がっていた」(10月16日・東京新聞朝刊)という。当然だろう。
 ただ国が「通知」しても、最終的な判断を下すのはあくまで当該施設である。慢性的人手不足による介護労働の過酷さも十分理解してはいるが、家族の目が届かないことを奇禍とし、入所者への暴言や虐待は日常化していないか、健康状態はどうかなど、預ける側の心配は尽きないはずだ。
 だから私は、会えないのを承知でできるだけ施設に足を運ぶようにしている。スタッフから母の暮らしぶりを聞き出すことで、緊張関係を維持するのが狙いだ。
 残念なことに「人権」の視点からの発想が、職員らにはない。どんな高齢者でも人格を持った一人の人間である。「愛」だの「癒し」だの掲げる前に、「人権」という一言を、スタッフの口から聞いてみたいものだ。    (隆)

 


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