もどる

    かけはし2020年11月16日号

労働者の統一的要求初めて形に


パキスタン

労働者の共同闘争発進

パキスタン労働組合防衛キャンペーン(PTUDC)


 「全パキスタン従業員・労働者・年金者運動」の傘下で統一された六一以上の労働団体、労働組合、年金者団体の労働者、政府職員、年金受給者数千人が、一〇月一四日にイスラマバードの国会議事堂に向かって行進した。

おびただしい
妨害策動の中


 デモ行進は国会に向けて計画されていたが、支配者やその代弁者たちが「近づきすぎて危険だ」と感じた時点で、デモ行進の行く手は阻まれた。行進の前日、イスラマバード当局と警察はいわゆる「レッドゾーン」を封鎖し、首都へのすべての進入地点で厳しい監視がおこなわれた。国家は行進を妨害し、[参加者を乗せた]車列を止めるために汚い戦術に訴えた。参加を阻止するために、さまざまな労働組合の指導者が深刻な結果を招くと脅迫された。一〇月一四日の朝、パキスタン全土でさまざまな道路が封鎖され、さまざまな地点で、予定されていた抗議地点への車列の到着を阻止するための障害物が設置された。多くの場所で、抗議者は警察の封鎖を通り抜けてイスラマバードに向かう道を押し渡らなければならなかった。
 混沌とした場面が、カイバル・パクトゥンクワ州政府庁舎でも報告されている。そこでは、警察、民兵部隊、レンジャー部隊が、職員を庁舎から離れさせないように配備されていた。政府は、地元新聞に掲載された通知を通じて、公共部門の職員に対し、ストライキを中止し、職場を離れないように求めた。このような障害のため、多くの車列は道路に車を置いて、[参加者は]徒歩やバイクで抗議集会に参加した。世界中の同志たち、国際社会主義同盟(訳注1)のメンバー、世界各地の活動家や労働運動指導者が、パキスタンの抗議する労働者との連帯を表明した。
 あらゆる障害や脅迫にもかかわらず、数千人が国会議事堂に向けて集結した。APCA(全パキスタン事務職員協会)に率いられた一つのグループは、国会議事堂通りに入ることができた。警察と民兵部隊は多くの抗議者を乱暴に追い込んで、彼らを押し返すために実力行使に頼った。このとき、国会議事堂近くのDチョウク(訳注2)で座り込みをすることが決められた。

座り込みの主役
今や労働者自身


 Dチョウクは、二〇一四年にパキスタン正義運動(PTI:現在の与党)がナワズ・シャリフに対抗して一二六日間の座り込み(ダルナ)をおこなったことで有名になったところだ。いまや立場が入れ替わった。パキスタンの現首相イムラン・カーンがかつて彼の政敵に対して怒りの演説をおこなっていたのと同じ場所で、労働者たちが彼の政権がIMFに命じられた政策を実行していることに抗議したのだった。一〇月一四日にDチョウクでおこなわれた座り込みは、パキスタンの歴史の中で重要な出来事となった。
はじめて事務職員、若い医者、鉄道労働者、鉄鋼労働者、民間航空局とパキスタン国際航空の従業員、石油・ガス開発会社(OGDCL)労働者、カイバル・パクトゥンクワ従業員調整評議会、パキスタン水力発電局(WAPDA)水力発電所労働組合、パキスタン国立銀行、国家データベース登録局(NADRA)、パキスタン観光開発公社、ラジオ・パキスタン、パキスタン・テレビ局(PTV)、郵便局、教員、四級職員、講師・教授、自治体企業、保健局、女性保健労働者、救急救命士、野生生物局、水産局、森林局、産業局、カイバル・パクトゥンクワ政府印刷局、社会福祉局、住民福祉局、鉱山・鉱物局、通信・労働局、高等教育局、初等中等教育局、司法局、公文書館・図書館局、スポーツ局、技術教育局、カイバル・パクトゥンクワ教科書委員会、カイバル・パクトゥンクワ州保健サービスアカデミーから、多数が参加した。
パキスタン・テレコミュニケーション会社(PTCL)、PTV、鉄道などの年金受給者、さらには鉱業、ホテル、スポーツ、化学、ガラス産業の労働者も参加した。

階級的連帯示す
強いメッセージ


資本主義の危機は労働者階級への新たな攻撃を解き放ち、何世紀にもわたる闘争でかちとったものをすべて取り戻そうとしている。パンデミックが始まったときに労働者を黙らせるために、パキスタン国際航空や公共事業などを含む多くの公共部門機関で、公共事業法が公布された。同時に、パキスタンの裁判所は繰り返し組合に対して命令を出している。パンデミックを口実に、労働者の声を抑制するために法律が使われている。このような背景から、パキスタン労働組合防衛キャンペーン(PTUDC)は、IMFと資本主義の新自由主義政策に反対して、すべての労働者階級の力を団結させるという課題にとりくんだ。
労働者の団結に向けた一歩として、パキスタンの主要な組合・労働団体、たとえばPTUDC、人民団結PIA、従業員団結CAA、労働組合同盟パキスタン製鉄所、 APCA、パキスタン政府従業員連盟、救命士協会、PTCL労働者イッティハド連盟CBA、パキスタン観光開発公社従業員組合、パンジャブ教授・講師協会、パンジャブ教員組合、鉄道労働者連合、全パキスタン年金者協会、PTV労働者、ラジオパキスタン労働者、パキスタン医療協会、ホテル組合など六一の組合が七月二一日にラホールに集まり、民営化とIMF政策に反対する全国的な同盟の形成について議論した。全組合を合わせた総組合員数は四〇〇万人を超えている。
一〇月一四日の座り込みは階級的連帯の表現であり、IMFが課した厳しい緊縮財政に反対して労働者が団結しているというパキスタンの支配階級への強いメッセージである。当初、主流メディアは座り込みのニュースを隠そうとしたが、圧力のために労働者の要求を伝えることを余儀なくされた。パキスタンを代表する新聞である『デイリー・ドーン』は一〇月一七日の社説でこのデモ行進を伝えた。

交渉開始も
運動は続く


現在、パキスタンには、ブルジョア政党で構成されるパキスタン民主運動(PDM)と、労働者階級で構成される「全パキスタン従業員・年金者・労働者運動」の二つの運動が並列している。PDMの指導者でさえ、スピーチや記者会見で「一〇月一四日の座り込み」について語り、支持者に労働者の手本に従うよう促した。政府は、その政策と行動を通じて、政治的労働者と一般大衆の両方を疎外している。革命学生戦線(RSF)とジャンムー・カシミール全国学生連盟(JKNSF)の活動家が赤旗と怒りのスローガンを掲げて参加し、労働者・青年・学生の大きな結束を示した。
政府が労働者の要求を受け入れることを保証したため、座り込みは中止された。イムラン・カーン首相が主宰する委員会が労働者階級の不満を解決するために結成され、交渉が続けられている。しかし、私たちは、政府とこのシステムは改革の余地を残しておらず、労働者に与えるものは何もないと考えており、闘争は継続されなければならないと考えている。この運動は、労働者階級運動に大きな力を与え、全国に散らばっていた労働者の要求が、初めて共通の要求綱領という形で提示された。パキスタン労働組合防衛キャンペーン(PTUDC)は、この運動の前衛として、すべての労働者のために闘い続ける。交渉の結果がどうであれ、労働運動は継続する。一〇月一四日は、この地域における資本主義の転覆まで続く共同闘争の始まりにすぎない。

(訳注1)国際社会主義者同盟(ISL)は、昨年五月に結成された新たな国際トロツキスト組織。創立大会には、アルゼンチン、ブラジル、チリ、コロンビア、パラグアイ、ベネズエラ、ベラルーシ、スペイン、ギリシャ、ロシア、ウクライナ、ウルグアイ、トルコから参加があったとしている。PTUDCを主導する「闘争」グループは、この創立大会に連帯のメッセージを送っている。
(訳注2)「チョウク」とはウルドゥー語で「交差点」の意味。Dチョウクは、別名「民主主義チョウク」と呼ばれ、さまざまな集会が開催される場所である。

(『インターナショナル・ビューポイント』一〇月二六日、もとは『アジア・マルキスト・レビュー』一〇月二二日に掲載された、一部略)

ギリシャ

「黄金の夜明け」は刑務所へ

反ファシスト運動は今も街頭に

OKDE―スパルタクス(FI・ギリシャ支部)

 ギリシャの裁判所は一〇月七日、極右政党「黄金の夜明け」を「犯罪組織」と認定する判断を示し、ミハロリアコス党首ら元国会議員七人を有罪とした。また、反ファシズムのラップ歌手パブロス・フィッサスが二〇一三年に射殺された事件や移民への殺人未遂事件などについて、それぞれの実行犯らに有罪判決を下した。そして、事件は個人犯罪ではなく、組織的な暴力だったと認めた。移民排斥を掲げる「黄金の夜明け」は、経済危機下で支持を伸ばし、二〇一二年に初めて国会で議席を獲得し、一時は第三党となったが、現在は議席を失っている。以下は、この有罪判決についてのOKDE―スパルタクス(第四インターナショナル・ギリシャ支部)の声明である。
 一〇月七日の朝、アテネとギリシャの全都市に氾濫した色とりどりの川は、労働者階級と青年の大多数の意識の中ですでに達成されていたこと、つまり「黄金の夜明け」は犯罪組織として有罪判決を受けるべきであることを法廷に強制させるのに成功した反ファシスト運動の結論を示した。
 何万人もの労働者、労働組合員、政治団体のメンバー、失業者、移民、若者、反ファシスト活動家は、ファシストの野蛮に対する壁を立てて、歴史的なサイクルに終止符を打った。そして、「黄金の夜明け」とその分派を刑務所に送り込み、歴史の屑箱に放り込んだのである。パブロスとシャフザド[訳注:二〇一三年に「黄金の夜明け」メンバーに殺害されたパキスタン人青年]だけでなく、テッサロニキとイオアニナのユダヤ人、カラヴリタとヴィアンノスの殺人被害者、コッキニアとカログレザの英雄たちも、私たちと一緒に立ち上がって叫んだ。それは明らかな階級的勝利であり、完全にわれわれの側の勝利だった。
 ネオナチは、政府の疑わしい民主的性格のおかげで有罪判決を受けてこなかった。ミツタキス政権[訳注:二〇一九年七月総選挙で新民主主義党が過半数を制したことで成立]は、その前のサマラス政権[訳注:二〇一二〜一五年の新民主主義党政権]と同じように、大規模で多様な形態の反ファシスト闘争の重圧の下で、ナチスとの血縁関係を断ち切り、彼らを法廷に引きずり出すことを余儀なくされた。新民主主義党は、ファシスト殺人者たちの社会を浄化することに突然興味を持ったわけではなかった。ファシスト殺人者たちは、長年にわたって、警察からの公然とした支援、船主やボスからの財政支援、組織的なメディアによる不正浄化によって、何の支障もなく行動してきたのだ。ブルジョアジーは、反ファシスト運動が広範な階級的蜂起に発展することを恐れた。そしてそれゆえに、その段階ではファシズムに投資することはできないと判断したのである。
 シリザ[急進左翼連合]の臆病で慣習化された反ファシズムも、ネオナチに有罪判決を出さなかった。ブルジョア民主主義とブルジョア的規範の絶え間ない発動によっては、特に議会主義と政治システムの機能が低下しているという条件のもとでは、ナチスが「すべてのものに対して」闘う者として現れることを可能にしただけだった。さらに悪いことに、シリザ政権による著しい慣習的寛容さと裁判の進行の遅れは、ナチス・ギャングの帆に風を吹かせるように作用した。
 「黄金の夜明け」への有罪判決は、もっぱら階級的反ファシスト運動による勝利だった。数年前までは、ナチスは街頭や居住地域では無敵で強大な存在に見えた。反ファシスト運動、反ファシスト委員会、集会、大衆行動、さらにはナチス・ギャングとの物理的衝突における統一戦線政策の必要性を強調した政治団体の意識的な役割、裁判所での民事訴訟で弁護士の貴重な貢献、労働者階級の居住地域や職場での階級的本能、若者の反ファシストの反射的運動、ナチスの残虐行為の集団的記憶、アテネ工科大学の蜂起記念日に毎年大多数の人々を興奮させている大衆的な民主主義的感情(訳注1)。上記のすべてが、数年の間にまったく異なる状況を作り出したのだ。
 反ファシスト運動はここ数年で大きく成長し、私たちに希望を与えてくれている。OKDE―スパルタクスとして私たちは、「黄金の夜明け」が議会政党になるずっと前から数十年間にわたって、ファシスト現象をその歴史的な特殊性とともに理解し、われわれにできる限り、それに対処するための緊急の必要性を強調してきた。
 それは、階級を超えた「民主的」戦線という論理からではなかったし、ファシストの暴力を、国家の抑圧、雇用者の恣意性、失業の暴力、あるいは社会的保守主義の「単純な」寄生虫あるいは単純化しすぎた支流として考えることからでもなかった。この現象を理解することへの貢献と、反ファシスト動員への長年にわたる一貫した参加によって、われわれは、自らを「黄金の夜明け」を打ち破ったこのはるかに広範な運動の有機的な一部であると考えている。
 一〇月七日の歴史的勝利は、反ファシスト運動および階級運動全般に新たな展望を開くものである。「民主主義と規範」の保証人としての地位を確立したい新民主主義党が、「蹄鉄理論」(訳注2)のレトリックを展開することは明らかである。昨日のアテネでの集会を弾圧し、解散させたことによって、政府はナチスへの有罪判決を祝福する数万人の反ファシスト活動家を容認できないことが明らかになった。最近のあらゆる動員への弾圧は、闘っている人々が誰であれ、その人々に対する政府の態度を示している。運動への抑圧を許さないのは、われわれにかかっている。
 レイシズムと国家的神話との闘いは、依然として妥当なものであり、重要である。「黄金の夜明け」を粉砕したあと、われわれは以下のことも粉砕していくだろう。すなわち、難民や移民への排除政策、偉大さと拡張という民族的観念、トルコやその他の近隣諸国との軍拡競争、性差別や家父長制、「黄金の夜明け」によって残されたギャップを埋めようとするさまざまないわゆる「憤激する」極右。休んでいる時間はないが、悲観している時間もない。すべてはわれわれの前にある(訳注3)。
二〇二〇年一〇月八日
 (『インターナショナル・ビューポイント』一〇月一三日)
 (訳注1)当時の軍事政権に反対して、一九七三年一一月一四日、アテネ工科大学の学生がストライキに突入し、大学を占拠した。それに続いて、市民も参加した大規模なデモがおこなわれた。しかし、一七日早朝、軍事政権は戦車をも動員して、アテネ工科大学に突入し闘いを弾圧した。その結果、多くの死傷者が出た。しかし、この闘いは翌年の軍事政権崩壊の契機となった。毎年一一月一七日は「ポリテクニオン・デー」として、この学生蜂起を記念したデモ行進がおこなわれてきた。
 (訳注2)蹄鉄理論とは、通常は正反対にあるとみなされている極右と極左は、蹄鉄(馬蹄)の先の形状のように、実際には相互に類似性が認められるとする理論のこと。
 (訳注3)現在、ギリシャでは、パンデミックの中でも学級定員を減らそうとしない政府に対して、中学生・高校生の闘いが進められ、街頭での行動とともに学校占拠闘争が拡大している。

 


もどる

Back