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    かけはし2020年4月20日号

連帯が持てる者への最良の防衛策


スペイン

窓・バルコニー・テラスからの行動

マニュエル・ガーリ

 イタリアの多くの街角や都市においては、自宅の窓から歌うことを通じて、地域の住民を「再統一」するための大衆的で自発的な行動が成功した。そのあと、スペインのさまざまなネットワークでも、新型コロナウイルスに対する闘いの前線に立っている医療専門家や闘いを担う人々を拍手で支援しようという提案がわきおこった。これを介護労働など役割は何であれ前線に立つすべての人々に広げようという提案がただちにおこなわれた。と同時に、公的医療を支援し予算削減に反対するスローガンも登場した。並行して、非公式なネットワークを通じて、ポルトガルの伝統的なやり方で、「われわれはみんなSNSだ」(SNSは、現在危機に瀕しているスペインの全国的な医療システムの頭文字をとったもの)というスローガンに要約できる同様の自発的行動が生まれた。イタリアとスペインの両方で、こうした行動は成功を収めている。(訳者:スペインでは、三月一四日から午後八時になると、医療労働者に対する感謝を伝えるためにバルコニーや窓から拍手などを送る行動が続けられている。この論評は、この行動について分析したものである)

できるだけ広く草の根の団結を


 われわれが毎晩、そのことにとりくみ続けなければならないのは次のような理由による。スペイン民衆のほとんどが「表に出て」きたのは、公的医療についてのかなり一般的なスローガンのおかげかもしれない。医療を含むあらゆる部門で前線に立つ人々を支援し称賛するという集団的感情もまた存在する。そして、実は、これらの専門家たちはそれを必要としているのだ。というのは、彼らは感染にさらされているだけではなく、長期にわたる人的・技術的資源の削減のあとで、崩壊はしていないとしても弱体化した医療システムの中で過重労働をしており、それにより強いストレスを引き起こしているからである。
 われわれが感情的な支援にとどまるべきではないことは明らかだ。中央政府や地方政府に要求すべきものは有効な措置、スタッフの増員、相応の報酬、適切で健康的な労働条件である。そのためには、労働する上での危険を回避するあらゆる確実な防護手段を提供することが必要である。この観点は労働の際に感染の危険がより大きいすべての人々に拡大すべきである。
 しかし、われわれは、ビジネスとして医療の民営化を推進し、二〇〇八年と同じように労働者を犠牲にして危機から抜け出そうとしている経済・金融エリートに対して、労働者階級の利益や社会的多数派の利益を防衛するという立場から、われわれの小さな力を最大限発揮して主張していくために、その集団的な考え方や共通の危険に苦しむ人々がコミュニティの一員であるという感情を活用しなければならない。サンチェス首相が中央政府の首相として、個々に分断され孤立した市民一人一人に直接語ることによって、人々への語りかけを独占している中では、そのことを確実にしなければならない。
 団結しよう。できるだけ人々を団結させよう。数少ない方法によって少なくとも一斉に行動している人々は、誰もが自宅で孤立して嵐が過ぎ去るのを待つよりも、将来においてもっとうまく対応することができるだろう。これが新自由主義的な自己責任の考え方、つまり金持ち連中に対する最良の防御策なのである。

暮らす場からの集団実践創出へ


 そして、われわれはいかなる形態であっても「抵抗」や「表現」を主導していくべきである。というのは、それが正しいからというだけではなく、その領域を右翼に明け渡してはいけないからでもある。
 右翼や極右に注意を払わなければならない。各都市の「右翼への支持が強い地区」では、拍手、鍋叩き、口笛によるコンサートはなかったけれども、右翼は昨夜の行動を横取りしようとしている。そして、右翼は自分たちの歌や旗を持ち出すだろう。さらに右翼は、昨夜の大衆的団結の代わりに、ウイルスに対する国民の団結を語るだろう。
 われわれはドノスティア(訳注:バスク州北部の都市)の住民たちのように、一斉にリズムをとったり、歌を歌ったり、叫んだりできるスローガンのレパートリーを持つように努力しなければならないだろう。その意味が単なるシンボリックで詩的なものであったとしても、どんな歌でもいいのだ。例を挙げると、ロックミュージックの「Resistiré(私は抵抗する)」や戦闘的な「Bella Ciao」(さらば恋人よ)でもいいし、カタロニアなら「L’estaca(杭)」の方がもっといい(訳注)。そして、もし何か持っていれば、ポスターやバナーを作って、窓やバルコニーに貼ろう。
 これらは初歩的で単純なものだが、集団的なアイデンティティを創り出す必要不可欠な手段である。われわれはこうした最低限のデモンストレーションの上に、人々の暮らす街角や近隣地域で新たな自覚と新たな集団的実践をつくりあげ、発展させなければならない。われわれは、公的医療システムに賛成する陣地の一ミリメーターでさえ奪われないようにしなければならない。
 私は、別の状況下でのレオン・トロツキーの「大きな計画を実行するためには、非常に些細なことに大いに注目しなければならない」ということばを借用する。公的医療の問題について言えば、私はロシア革命が勝利した後の最初の保健人民委員だったニコライ・セマシュコの「われわれは民主的であることを必要とする。もしわれわれが判断を下し、プロパガンダをおこなうことしかやらなければ、ほとんど何もなし得ないだろう。逆に、デモストレーションは、完璧に作られ編集された千冊のパンフレットよりももっと大きな影響を与えるだろう」ということばを参考にする。
 まもなく議会において、医療危機と経済危機を克服するために、階級利害を超えた国民の団結が呼びかけられるだろう。その意味では、ここで私がスペインにおいて現に存在する民主主義に関する国内問題を取り上げていないのは、きたるべき社会危機に直面するときには、一つの国ではなく、二つの国、つまり頂点にいる人たちの国およびその下にいる民衆の国という二つの国が存在することになるからである。
訳注)「Resistiré(私は抵抗する)」は、スペインの有名なロックミュージック。新型コロナウイルスの流行が続くスペインで、ウイルスと闘う象徴的な歌として取り上げられている。https://www.youtube.com/watch?v=hl3B4Ql8RtQ
「Bella Ciao」(さらば恋人よ)は、イタリアの反ファシスト戦争の中でパルチザンによって歌われた。https://www.youtube.com/watch?v=4CI3lhyNKfo
「L’estaca」は、フランコ独裁政権の下で自由を求める歌として広く歌われた。現在では、カタロニア独立運動のシンボルとしても歌われている。
https://www.youtube.com/watch?v=aX4eZ1fpYwA

マニュエル・ガーリは、労働組合活動家であり、アンティ・キャピタリスタ(第四インターナショナル・スペイン支部)の指導メンバー。「ヴィエント・スール」誌の編集委員会のメンバーでもある。
(『インターナショナル・ビューポイント』四月一日)

イタリア

パンデミックから社会的危機へ

フランコ・トゥリグリアット

 三週間のロックダウンを経て、イタリアの医療危機はむしろ一層劇的な様相を見せ続けている。これまでのところ、感染限定を示す説得力ある兆候はまったくない。それは今や(三月二九日現在)、八万人の人々を感染させ、一万人を超える人々の命を奪った。少なくともこれらが公式の数字だ。Nextstrainのような国際的な科学界を含むあらゆる側に、もっとはるかに高い数字という仮説がある。いずれにしろ、全国の医療システム全体はもはや、罹患者全員に十分なケアを保証することがまったくできず、他のサービス続行を維持することも一層そうだ。一〇〇万件にのぼる「通常の」手術が先延ばしされた。

「飢餓問題」がすでに現実化


 一連の方策――不必要な生産の停止といった――がとられたのが遅かった、ということは明白なだけではなく、今日であってさえも、多くの不可欠ではない事業が生産を続け、労働者の命を危険にさらし、感染の広がりを助けている。ロンバルディアだけでも、一万二三〇〇の企業――閉鎖されるべき――が同州知事に、生産続行を可能とするよう求めてきた(これは、指令によって実行されるために規定されている一つの条件)。つまり、知事が停止命令を出さなければその続行が可能になるのだ。
 適切な装備あるいは個人的保護具(PPE)がないまま惨状に向かうことを強いられているごみ収集労働者の条件は、今も劇的なままであり、彼らは、六〇〇〇人以上の感染、数十人の死亡という形で高い犠牲を払っている。しかし他の労働者、不可欠なサービスに雇用されている者たちもまた、極めて困難な状況の中にいる。たとえばスーパーマーケットの労働者も、さらにふさわしいPPEのない、また職場の感染防止を可能にすると思われるどのような系統だった分離も欠いている労働者だ。
 閉鎖事業所の労働者が厳しい賃金減少に会うならば、彼らは失業手当からしか便宜を受け取れない以上、非公式経済の中で働いている――あるいは働いていた――労働者すべて、および今いかなる所得も奪われている者たちは、完全に悲惨な状態にある。人口の一三%が雇用者を抱えず家族だけで暮らしている南部について、われわれは今、四〇〇万人がまさに今飢えの危険にあると話しているのだ。それはまさに、フードバンクからの支援要請が激発中、というほどのものになっている。
 みすぼらしい町に詰め込まれ、一二時間から一四時間の労働に対し日に二、三ユーロしか得ていなかった、季節性の果実と野菜の摘み取り、収穫には欠かせないものになっていた数十万人の移民については言わずもがなだ。われわれは彼らの正規化を要求しているが、今にいたるまでそれは効果を上げていない。
 政府は「飢餓問題」対処のために一連の方策を実施に移している最中だ。つまりわれわれは、一〇〇〇万人向けの緊急所得について告げられている。しかし当座準備中の方策は、笑うべきものであり、特に反乱回避に向けた警察と軍隊の配備に関係している。

犠牲のツケ回し上層の画策激化


 次いで頂点にいる者たちだ。まず、この危機全体に対しその犠牲を労働者に負わせようとの、経営者とコンフインダストリア(いわばイタリア経団連:訳者)の戦争があり、EU内のさまざまな資本主義間における戦争がある。後者は、その政治的代表者を通じて、これまででは信じ難い言葉の紛争に引き金を引くことになった戦争だ。
 イタリアは全EU諸国による共同行動を提案中だ。つまりイタリアは、この危機は一国的性格のものではなく外国性の要素を起源とし、これまでの使用に適さなくなった金融諸制度を脇に置き、新しいそれを定める、そうした統一的対応を必要とする流行病の発生、という立場をとっている。それは一つの債券(「欧州コロナ債券」)発行を提案している。つまり、それに対し全国家が責任を負わなければならないこの新たな債務の共同負担だ。
 オランダとドイツはこの提案を断固として拒絶し、逆に、欧州安定メカニズム(ESM)を構成するツールの使用を考えている。それはすなわち、まさしく血と涙の有名なメモランダ(ギリシャを見よ)の受け入れを条件にした、困難にある諸国に対する有名な資金貸し付けの供与だ。
 明白であることは、これらの略奪者各々が他の不幸をどうすれば利用できるかを考えている、ということだ。その上、イタリア政府によって提案された解決策でさえも、資本主義システムにおける債務の論理の中に留まっている。その程度は、民主党(イタリア共産党の後継政党で現与党:訳者)の一指導者が次のように提案したほどに達している。そしてその提案とは、新債券に出資を約束する者たち――もちろん資本家――に議事堂と政府庁舎を担保に入れるというものなのだ(なぜナポリやベニスでないのか)!
 逆にわれわれは、この危機に立ち向かうためには、財政赤字政策に資金を手当てする非常時通貨が必要、と繰り返し続ける。(二〇二〇年三月三〇日)
▼筆者は元上院議員であり、イタリアの第四インターナショナル二組織の一つである、シニストラ・アンティカピタリスタ(反資本主義左翼)の指導部の一員。同組織はシニストラ・クリティカ(批判的左翼)の分裂を起源にしている。(「IV」二〇二〇年四月号)   


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