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    かけはし2020年4月27日号

死刑制度は廃止せねばならない


津久井やまゆり園障害者殺害事件

植松聖への確定判決にあたって

植松死刑囚はいま

 三月三一日の午前〇時、相模原市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」で入所者一九人を殺害し、職員を含め二六人に重軽傷を負わせた植松聖被告の死刑が確定した。
 三月一六日の判決公判で死刑が宣告され、弁護側は二八日に控訴したが、植松は三〇日にこれを取り下げ、翌日の午前〇時に刑が確定した。YAHOO!ニュースに投稿・配信されている月刊「創」編集長の篠田博之さんの記事によれば、横浜拘置所に収監されていた植松死刑囚は四月七日朝に刑場のある東京拘置所に移送、接見が制限されることになった。
 四月六日に最後の接見をした篠田さんによれば、植松死刑囚は遺族二人から損害賠償訴訟を起こされ、弁護士などの代理人を立てず、自身で作成した「賠償には応じられない」旨の答弁書を裁判所に提出しているという。
 一月八日に開始した横浜地裁での裁判は、当初二三回の公判が設定されていたが一六回で終了。二月一七日の検察側の死刑の求刑を経て、一九日に最終弁論が行われ、国選の弁護人は無罪か減刑を求めたが、被告は「どんな判決でも控訴はしない」と述べていた。終盤で八人の裁判員のうち二人が辞任、二人が補充された。そして三月一六日、死刑判決が宣告された。
 公判開始後、カルロス・ゴーンの記者会見にはじまり新型コロナ報道などでこの裁判の詳細が全国報道されることは判決直前までなかった。そうした中、篠田さんの傍聴と接見を通じた配信が貴重であった。加えて「創」最新の五・六月合併号を手にとってほしい。

死刑制度への批判


 知る限り、死刑制度と今回の判決との関係を正面から取り上げたのは三月一四日からの神奈川新聞「死刑と命」の連載以外にはなかったのではないか(一部はweb限定の可能性あり)。一四日の社会学者の市野川容孝さん、翌一五日の作家の辺見庸さんは死刑制度廃止の立場だ。
 市野川さんインタビューの二つを紹介する。
 「島田事件で死刑確定後、再審無罪になった赤堀政夫さん(九〇)のことがわたしの心にはあります。知的障害があった赤堀さんの釈放と無罪を求めて活動した全国障害者解放運動連絡会議は、赤堀さんへの死刑判決を障害者差別の一つとして批判しました。しかし、その批判は死刑制度の廃止にまで至っていなかったと思います」
 「やまゆり園事件でも、障害者差別は明確に批判されているけれども、世論は死刑ありき。そこで思考を停止させている。『生きるに値しない生命』はあるのか、それがこの事件が突きつけた核心で、それにわたしたちが『ない』と言い切らない限り、被告を裁いたことにはならないし、『ない』と言うなら死刑そのものについても考え直すべきでしょう。この国で死刑制度が自明視されていることと、この事件が起きてしまったことは、わたしは互いに無関係ではないと思います」
 神奈川新聞のwebサイト「カナロコ」は二四時間一〇〇円で掲載記事の全文が閲覧できる。

事件の本質に迫らぬ判決


 日本障害者協議会の藤井克徳代表は判決直後の記者会見で次のような言葉を発した。「浅い裁判」「判決が確定すれば、被告の思想だけが残る」(三月一七日/朝日新聞「視点」)。また全国の共同作業所やグループホームなど約一八七〇カ所の会員で構成する「きょうされん」は常任理事会名の声明を発表、「判決において事件の本質に迫ることがなかったのは、きわめて残念であったと言わざるを得ない。このまま判決が確定すれば、重度障害者は不幸しか作らない∞意思疎通できない障害者は安楽死させるべきだ≠ニいう植松被告の主張と、彼の名前しか残らないのではないか」と訴えた。「きょうされん」の専務理事は藤井克徳が務める。
 藤井は視覚障害者、旧優生保護法による強制不妊手術関連の院内集会でスピーチを聞いたが雄弁だ。全国から参加した共同作業所の作業員やスタッフを取りまとめる指導力に強い印象をもった。また『いのちを選ばないで―やまゆり園事件が問う優生思想と人権』(二〇一九年一二月/大月書店)などの編著書も多数ある。障害者運動を代表する人格の一人であることには間違いないが、運動全般からみれば一部であることに注意をはらわねばならないだろう。
 藤井は神奈川新聞のインタビューで「本人罰して教訓残らず、だ」と述べ、「その要因は、裁判において三つの要素が不在だったことにある」とする。一つ目は「固有名詞」で、裁判所が県警の方法を踏襲し匿名で裁判を進めたことと藤井は指摘する。二つ目は「本質的争点」で、裁判の争点は被告の刑事責任能力に絞られ、市民が裁判に期待した「なぜ事件が起きたのか」に踏み込める機会があったが、検察官と裁判官が逃したと述べる。三つめは「被告人弁護」で、「刑事責任能力の有無だけでなく、彼の言論を形成した背景にも迫るのも弁護人の役割ではないか」とべき論≠主張する(三月二三日/神奈川新聞)。
 判決が確定した三月三一日、日本障害者協議会は声明「津久井やまゆり園裁判員裁判の終結にあたって」を公表した。声明は次の文章からはじまる。――私たちは釈然としない。それは、真相が何一つ解明されなかったからである。
 はたして「真相が何一つ解明されなかった」のだろうか。

積み上げられる事実

 判決前の三月一三日、専修大学講師の西角純志はウェブサイト「SYNODOS」に「相模原事件裁判から何が見えるか」と題した記事を寄せ、「公判では、今までほとんど語られなかった小中学校・高校、大学時代の友人・知人、元交際相手、当日勤務の職員の証言、風俗店の女性従業員の調書、理髪店、心理カウンセラーなどの証言が次々と証拠として読まれ、事件当時の全容がほぼ明らかにされた」と述べている。
西角はさらに詳しく明石書店が運営する「webあかし」に「津久井やまゆり園事件≠ェ問いかけるもの ―元職員の被告接見録にもとづく検証」の連載を昨年五月から続けており、これまで第一四回公判までの供述調書の分析などが行われている。判決文と読み比べると、事実の積み重ねにより多くの真相が明らかになるはずだ。こうした作業の上で「本質的争点」の何が欠けていたのかが明らかになるだろう。「被告人弁護」は国選であることの限界があるし、上級審での審理に臨もうとした。
また「固有名詞」については、《最初の犠牲者》となった美帆さんの遺族は「メディアスクラムが恐ろしかったこと、何より世の中には怖い人がいることを実感し、とても心配だったから」だといい、「障害のことが知られたくないから匿名にしたのではない」と書く。裁判での「匿名」は、公判前整理手続きで「フルネームか匿名か」の二者択一を迫られ、「美帆」という母親の希望が認められなかったからだという。
藤井の発言は報道機構の編集を経た「発言」でも「反権力」であることが理解できる。日本障害者協議会と「きょうされん」の声明は、裁判所という権力機構に向けられたものに限定されればよいが、裁判に直接参加した人びと――裁判員、被害者や家族、証言者らに「セカンドレイプ」のように二重のダメージを与えたのではないかとの危惧を持つ。報道も「権力」、行政・立法・司法に次ぐ「第四の権力」ともいわれる。なお、近頃はSNSを「第五の権力」と呼ぶ向きもあるらしい。
西角は津久井やまゆり園に〇一年から〇五年に勤務し、事件の犠牲者一九人のうち七人の生活支援を担当していた。

正面からの論議を


書き足りないことが山ほどある(あった)。
裁判開始を前に、昨年末ごろから神奈川新聞、毎日、朝日で特集が掲載され始めた。毎日のインタビュー記事の一つで東大准教授の熊谷晋一朗さんが社会へのメッセージを求められ「優生思想や能力主義がまん延しやすい世の中の仕組みをどうするのか。一つ挙げるなら、分配の仕方を変えることです。生産量の多さに比例して分配する貢献原則≠ゥら必要な人に分配する必要原則=vと応じている。「これって社会主義じゃん」と思った。必要原則。
植松死刑囚は犯行後、黒っぽい背広に赤いネクタイ、頭髪は金色にした自写撮りをSNSにアップした。彼が犯行を考え始めたころ、共和党の候補者選びで注目されたトランプに似せたという。今年の七月二六日が事件から四年目だ。四年前の二月一四日、植松は自民党本部に安倍晋三宛の手紙を届けにいったが警備により近づけなかった。近くに衆議院議長公邸があることを知る。翌日、議長宛の手紙を届けることに成功する。四月一日、障害者差別解消法が施行される。
この手紙について、植松は裁判で甲S姉の代理人弁護士から手紙について問われ、措置入院になったことが「やめなさい」という国の返答だと思うと答えた。
五〇年前。一九七〇年五月二九日、横浜市で二人の障害児をもつ母親が下の子をエプロンで絞殺。地元を中心に減刑嘆願運動が起きる。神奈川青い芝の会は厳正裁判を要求、横浜地検や地裁に意見書を提出する。障害者運動が当事者運動≠ニなった行動から五〇年がたつ。
藤井克徳さんを悪く思う考えはない。藤井さんは昨年一二月、横浜市緑区が開催した人権啓発講演会の講師として依頼されたが、「所属団体は共産党系ではないか」と区役所内で声が上がり、「ダブルブッキングだった」という事実と異なる理由で依頼を取り消していたと二月一七日に朝日新聞は報じた。いま時点では、死刑制度にもコメントを寄せるべきだろう。
(四月一三日 斉藤浩二)

「津久井やまゆり園」障害者無差別殺傷事件
の判決に対する声明

全国自立生活センター協議会代表 平下 耕三

 私たちは、どんな重度な障害があっても地域で当たり前に生活し、障害のない人と同じ権利を持ち、地域の中で共にある社会の実現を目指して活動する障害当事者団体です。全国一二〇ケ所を越える障害当事者団体(自立生活センター)で構成しています。
今年一月八日から始まった「津久井やまゆり園」障害者無差別殺傷事件の裁判において、植松聖被告に対して死刑判決が下されました。しかし、全一六回に及ぶ公判において被害者の生きてきた証も表明されておらず、事件が起こったその背景や、そもそも入所施設の在り方などの点において、審議が明らかに不十分で何も解明されていません。植松聖被告の責任能力の有無が争点になっており、判決文においても責任能力の有無についてのみ言及されました。また、量刑判断の理由として「量刑上最も重視すべきなのは殺人罪、とりわけ一九名もの人命が奪われたという結果が他の事例と比較できないほど甚だしく重大であることである」(判決文より引用)と述べており、殺傷人数の多さが死刑判決の理由としています。判決文の中に植松聖被告の反省のなさやヘイト発言には踏み込んでいません。社会の中にある優生思想とこの事件の関係について問題意識が感じられない判決文だったと言わざるを得ません。Ablism(能力主義)と優生思想の関連に触れることなく、社会に蔓延する優生思想の危険性について全く触れられなかったことは、この事件の波及性を社会に訴える機会を逸した多くの課題を残す裁判となりました。
私たちは、これからも障害のある人が一人の人間として尊重され、名前を隠されるようなことがないような社会の実現に向け、命の重さや尊さ、不要な命などなく、人間の存在そのものに価値があることを訴え続け、二度と同じ過ちを繰り返させないことを強く訴え続けていきます。
二〇二〇年三月二三日

投書

「正義の殺人」に反対する

SM

 ――県立知的障害者施設「津久井やまゆり園」(相模原市緑区)で二〇一六年七月、入所者と職員計四五人が殺傷された事件で、殺人などの罪に問われ、一審で死刑判決を受けた元職員が三〇日、弁護側の控訴を取り下げた。横浜地裁が明らかにした。控訴期限を迎える三一日午前〇時で被告の死刑が確定する見込みとなった(二〇二〇年三月三一日の『神奈川新聞』一面の記事を一部修正した)。裁判ではU被告に責任能力があったのかなかったのかが争点になっていたが、私は別の角度からこの問題を論じたい。この事件を元職員U被告が起こした「特別な事件」とみることに私は反対する。
 この国では、人に対して憎しみをこめて「バカ」とののしることが当たり前のこととしておこなわれている。保守派の中にも「進歩派」の中にも、人を「バカ」とののしるのが好きな人が多い。この国には「バカは死ななきゃ治らない」ということわざすらある。
 さらにいえば、この国では「正義のために人を殺傷するのは当然だ」という考えが多数派だ。国家が起こす戦争を「正義」と考え、「戦争で他国民を殺傷するのは当然だ」という考えにもとづいて戦争はおこなわれる。平時でも、「在日韓国・朝鮮人を殺せ」と叫ぶ人びとすらいる。国家がおこなう死刑は、凶悪犯という悪者を殺すための「正義の殺人」だと考える人が多い。対立党派の人間を殺す「赤色テロ」(内ゲバ)は「正義の殺人」だと考える人たちもいる。これらの人びとは、自分がU被告と同じであることに気づかない。
 私は、「障害者」殺傷にも反対だが、その他の殺傷にも反対する。人間は平等だ。価値のない命など存在しない。私は、あらゆる殺人に反対する。
 二度と相模原殺傷事件のような事件が繰り返されないようにするためには、何が必要なのか。「障害者」に対する偏見はどうして生じたのか。U被告はどうして「障害者」を殺しても良いと考えるようになったのか。なぜ「障害者」に対する偏見が個人による殺傷にまでいたってしまったのか。それを解明することが必要だ。同時に、この社会に存在する「障害者」に対する偏見そのものと闘うことが必要だ。「民主的で進歩的な人権教育」が必要だ。「正義のための殺人」という考えそのものと闘うことも必要だ。人間を差別する天皇制のような制度と闘うことも必要だ。
 私は、映画「セブン」(デヴィット・フィンチャー監督作品、一九九五年、アメリカ映画)に出てくるクルミルズ刑事(ブラッド・ピット)もまた間違っていると考える。(二〇二〇年四月六日)

 



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