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    かけはし2020年5月18日号

国家の命令を拒否する


「社会変革労働者党の旗」を収めよ、の無法

キム・テヨン(社会変革労働者党代表)


社会変革労働者党に不当命令


 コロナ事態の真っ最中で行われている総選挙はまさに「つまらない幕五分前」である。コロナのためではなく、路線と政策は、行く当てもなく、衛星政党とか、偽装政党とか奇想天外なものばかりが飛び交っているからである。衛星政党を作った巨大政党や、その衛星政党から立って議席ひとつ得てみようと肝臓と胆のうまで取り出すやら、変乱を非難する少数政党、誰もが総選挙政治の場を「つまらない場」としてしまった張本人である。
 この混乱のただ中に、選挙管理委員会の電話が数回来て、ついには、選管委の公務員が変革党の中央党事務所までやってきて、中央選挙管理委員会の文書を置いて行った。「社会変革労働者党は政党法上登録された政党ではないので、4月14日まで政党として表示された一切の表現物を除去し、今後使用しないために必要な措置をせよ」ということだった。大韓民国の国家は、中央選挙管理委員会を通じて社会変革労働者党の旗と看板を下ろせと言ってきたのである。
 社会変革労働者党は、国家のこのような不当な命令を拒否する。憲法第8条1項は、「政党の設立は自由」と釘をさしている。政党法上の過度で不必要な登録要件と手続きは、政党設立の自由を正面から否定するものである。韓国の政治現場で行われている昨今の事態を見てみよう。総選挙を控えて、無数の政党が一朝でとんとんと作られた。有権者としては本党と衛星政党を区分することも大変でどの党がどの党の衛星政党やらと混乱した。すべて政党法上の登録手続きを経た政党が作った状況である。憲法8条2項は、「政党は、その目的・組織と活動が民主的でなければならない」と規定している。政党法上の登録手続きを経た衛星政党の目的・組織と活動が果たして民主的なのか聞きたい。一方、登録していない社会変革労働者党は、目的・組織と活動が民主的な政党であることを自負している。

政党登録に指図は受けない

 このように登録の可否が政党の可否だとして分類することはできない。政党法上の登録は政党の自由な活動を国家が保証して支援するための行政手続きであって、政党活動の自由を制限して弾圧するための手段になってはならない。したがって社会変革労働者党は、今までそうしてきたように、今後も党の名前をかけて力強く闘争していくだろう。
中央選管委は、社会変革労働者党の旗を下ろせという不当な命令が気にかかったのか、「必要に応じて政党法上の登録手続きを経て、政党という表示を使用することができる」と助言(?)を添付した。国家がこうしろああしろと指図するまでもなく、すでに社会変革労働者党は2022年の大統領選挙までに社会主義大衆政党登録を推進するという3年の計画を決定している。あれこれ衛星政党が一朝でとんとんと登録する場に、私たちは3年の準備を経て登録しようとするものである。路線と政策が示されないまま、党員を「登録に必要な名簿上の数字を満たす存在」で片付ける「つまらない場」のような政治に対する正面からの挑戦である。社会主義路線と政策に同意し、そのために実践するより多くの党員を組織し、名実共に社会主義大衆政党として進もうとする計画である。

近道せず正面突破の登録めざす


私たちは、韓国社会で社会主義を前面に掲げて実践する名実共に社会主義大衆政党として出ることが甘くはないことを知っている。一例として、社会主義大衆政党の登録のためには、事実上、1万人以上の党員が参入する必要がある。しかし、私たちは、バイパスしたり、近道をせず正面突破するだろう。万が一2022年の大統領選挙前に政党法上の登録要件である「1000人以上の党員を含む5個以上の市・道党」を組織していなくても、私たちは登録申請をするだろう。政党法の登録要件は、憲法上の政党結成の自由に全面違反なので、憲法訴願と大衆的抵抗など、あらゆる手段と方法を動員して闘争するという方針を立てている。
4月の総選挙目前に国家が中央選挙管理委員会を前面に出して、社会変革労働者党の看板を下ろせというのは遠くは日帝時代から絶えなかった支配勢力の社会主義政治運動弾圧と相違がない。変革党の旗を下す期限として通知した4月14日以降、国家がどのように出てくるのかはまだわからない。もし思わせぶりにとどまらず、弾圧の法的手続きを踏んでいけば、2022年の社会主義大衆政党登録運動の過程でぶつかり合うことができる状況が3年早く起きるわけだ。

韓国社会主義大衆政党を今こそ


変革党は社会主義政治運動の自由を社会的争点として提起することができるこの機会を逃さず堂々と立ち向かっていく。その過程で最も大きな力は、大衆的な力であると信じている。だから、結局答えは社会主義の大衆化である。
コロナ事態で資本主義の底が露わになっている韓国社会を根本的に異なる世界に変えて見たいと思う者は少なくないだろう。進歩政党を含む衛星政党事態など「つまらない場」に巻き込まれている既存の政治にうんざりして、ありのままになる労働者民衆の政党を夢見る者がなぜいないのだろうか? そんな同志がおられるのなら今が決心する時だ。国家が韓国社会主義大衆政党の芽をつもうとナイフをまさぐっている今がその時だ。社会変革労働者党と一緒に韓国社会主義大衆政党を高々と打ち立てる歴史を作っていくことを切に提案する。

堕胎罪憲法不合致決定1年

政府と国会は、女性の声に即ちに応答えよ!

 1年前の今日を覚えている。私たちは、2019年4月11日、憲法裁判所の前で一緒に涙を流し、歓声を上げた。激しい女性の闘争が「堕胎罪憲法不合致決定」という歴史を作ったからである。
 この決定に大韓民国政府と国会は、憲法裁判所の決定に基づいて、2020年12月31日までに代替的な法案を用意しなければならない。しかし、1年が経過した今日変わらない女性の現実に直面することになった。女性はまだ信頼できる正確な情報さえまともに供給されていない。そのため、自分の命をかけなければならない危険な妊娠停止方法で絶えず苦しんでいる。
 これまで私たちは、継続して要求してきた。女性の生活と健康そして生殖の権利を保証するためにどのような変化が必要なのかを。女性の意思に基づいた妊娠停止が可能な法体系、合法的でありながら、安全な妊娠停止を保証する保健医療システム、避妊アクセス権の拡大と包括的な性教育の義務化、職場で生殖権の保障、障害・移住女性の医療アクセス権の拡大など女性の生殖の権利保証のための多くの課題が山積している。しかし、国会と政府は何の答えも出していない。
 国会は、女性を出産の道具や統制の対象に追いやってしまった堕胎罪の廃止、母子保健法を全面改正し生殖の権利保障法案を制定しなければならない。また、政府は、遅滞なく、流産誘導剤の導入、医療スタッフのための体系的訓練、死角地域のない医療保険の適用、緊急避妊薬の再分類など、女性の医療アクセス権を高め、保健医療体系を整備するための作業に着手しなければならない。
 私たちは、66年間悪法として維持されてきた堕胎罪条項の亀裂を作り出した。その亀裂は、女性の自己決定権を超え生殖権保障の火種となった。これからが、より重要である。変わった世界を作るための戦いを力強く繰り広げていこう。社会変革労働者党も一緒に、最後まで進むだろう。
2020年4月11日
社会変革労働者党

朝鮮半島日誌

▲韓国の産業通商資源部と行政安全部は4月28日、貿易の安全保障に関する業務を専門に担う貿易安保政策官の新設を柱とする「産業通商資源部とその所属機関の職制一部改正令案」を同日に閣議決定し、5月6日から施行すると発表した。
▲長崎県対馬市の観音寺から2012年、韓国人によって盗まれ、韓国に持ち込まれた同県指定有形文化財の仏像「観世音菩薩坐像」をめぐり、仏像の所有権を主張する韓国忠清南道瑞山市の浮石寺が、仏像を保管する韓国政府に引き渡しを求めた訴訟の控訴審が4月28日、大田高裁で再開された。
▲ソウル近郊の京畿道利川にある物流倉庫の建設現場で4月29日、爆発を伴う火災が起きた。38人の死亡が確認され、10人が重軽傷を負った。
▲順天リン酸肥料工場の竣工式が5月1日に行われた。竣工式には金正恩朝鮮労働党委員長が参加した。
▲韓国軍合同参謀本部によると、南北軍事境界線の非武装地帯で5月3日、朝鮮側が韓国側の軍監視所を銃撃した。韓国側は対抗措置として、朝鮮側に警告射撃を実施した。

コラム

「ひとり勝ちと異常気象」@

 このテーマで取り上げたいのは、現代を代表するチャンピオンが、異常気象のもとに足元から揺れはじめているという事実である。第一回としてお米のチャンピオン・コシヒカリについて。
 一九六〇年代後半、戦後の高度経済成長が終えんした。これと期を同じくして、米作りも転換期をむかえた。それまで全国各地で押し進められた二毛作が減少し、食も量より質の時代に突入し、日本中がうまいものおいしいものを求め始めた。「デパートの食堂」という言葉が叫び始められたのもこの頃である。
 この時代を待っていたかのように登場したお米が福井県で産声をあげ、新潟でその名を全国にとどろかせたコシヒカリである。コシヒカリは現在も「魚沼産コシヒカリ」を売りにするように雪深い魚沼丘陵の雪解け水で作られ比較的収穫量が多く、なによりも炊き上げると日本人好みのふっくらとしており、粘り強いのである。今流に言えば、「作り手」にもやさしく、「食べる側」にもやさしいのである。
 このコシヒカリに遅れること数年、東北を代表する穀倉地帯仙台平野で生まれたのがササニシキ。ササニシキもまた既存米より収穫量が多く、おいしいと評判で一時は東京の寿司米でコシヒカリを抜いていたと言われた。
 しかし、一九九三年の異常気象と日照不足による冷害は、この二大ブランドの運命と将来を大きく変えた。思い出してほしい。街の米屋にもスーパーマーケットにも外米しかなく、戦後生まれの日本人がはじめて外米を口にした年である。この冷害でササニシキは全国で大きく減収となり、宮城でも壊滅的打撃を受け、翌年からは「冷害に弱い」と嫌われ、作付面積はコシヒカリに次ぐ二位から四位に後退し、九九年にベスト10からも後退、現在では二〇位にも入っていない。
 他方コシヒカリは、一方の親をコシヒカリとする品種が各地で作付されるようになった。あきたこまち、九州のヒノヒカリは有名だが、宮城でもひとめぼれが生まれた。かつて米作りの後進地と呼ばれた北海道でも、今やおいしいと評判の「ななつぼし」や「夢ピリカ」が生まれても、コシヒカリは不動のチャンピオンに君臨している。
 そして二一世紀になると共稼ぎ世帯が拡大し、外食・中食が増え、「冷めておいしい米」が追求され、品種改良はその方面にも広がった。さらに日本酒ブームによって「地域の水・地域の米」というキャッチフレーズのもと新しい酒米まで幅を広げている。
 このイニシアチブを取ったのが自民党の農水族であり、農水・経産官僚である。彼らは種苗法を改正し、種苗関係の業種に民間企業を進出させ、アグリ・マフィアと言われるモンサントやデュポンを日本市場に招き入れた。そして農協は金融機関として生き延びるために屈服した。よってたかって日本農業を大手民間資本と外国資本に売り渡そうとしているのだ。「三井化学の『みつヒカリ』、住友化学の『つくばSD』、日本モンサントの『とねヒカリ』がそれであり、『みつヒカリ』は吉野屋の牛丼米となり、『つくばSD』はセブン・イレブンの弁当米となっている」(「かけはし」2064・65号の多国籍アグリ企業に日本農業を売り渡すな!)を参照。
 古くから日本における米の品種改良は「いかに寒さに強い米をつくるか」という目的であった。しかし現在進行する異常気象は、このチャンピオン・コシヒカリの限界を明らかにし始めている。この二年にわたる「猛暑」と「豪雨」は、コシヒカリは「倒れやすく、いもち病に弱い」という報告を全国であげている。遺伝は強い側面だけではなく、弱い側面も受けつぐのである。
 求められているのは、多様な側面を持つ品種を数多く残すことである。生物に万能はない。日本農業を守ろう、それが三里塚派の使命である。ポスト「コシヒカリ一強時代」が始まったのだ。(武)


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