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    かけはし2020年6月1日号

コロナ危機の中で奮闘するアジアの仲間にカンパを!


呼びかけ

ESSF(ヨーロッパ国境を超える連帯)からの訴え

  アジア各国で私たちの仲間が、コロナ・ウイルス感染拡大による生命と生活の危機にさらされている労働者・失業者、農民、少数民族、先住民族への支援に取り組んでいます。この仲間たちはこれまでも地震や洪水被害の救援で経験を積み、現地の人々に信頼され、現地の人々の自力での生活再建を支援してきました。
 未曽有の危機の中でこそ国際連帯・国際主義が大きな力になります。日本でもコロナ危機は雇用や人々の生活を脅かしており、政府の対策はあまりにも惨めで、しかも遅れています。私たちは政府に対して十分な一律給付金を速やかにすべての人に届けることを要求し続けるとともに、給付金をどこかに寄付することを検討されている方に、この国際連帯カンパを選択肢に加えていただくよう呼びかけます。


 私たちのパートナーであるフィリピン、パキスタン、バングラデシュ、インドネシアのグループは、パンデミックの渦中およびその後における失業者への食糧支援や、地域コミュニティによる感染防止・衛生向上の活動への支援、公共医療と人権の増進のための大衆動員を継続するために、みなさんからの支援を必要としています。
 このような運動団体による具体的な連帯のイニシアチブは、数年前から、ESSFが呼びかけている基金からの寄付も活用しながら組織されてきました。
 私たちはコロナ危機に対する迅速な対応のために、昨年一二月の年次募金のよびかけで集まった金額を超える金額をすでに送金しました。みなさんからの寄付が、この活動の継続のために力になります。
 フィリピンで、ミンダナオのMiHANDs連合(「災害への人道的行動のためのマルチステークホルダー・イニシアチブ」)とTripod(「災害に立ち向かう三人民委員会」、「三人民」はミンダナオのキリスト教およびイスラム教グループと先住民族)は取り残されたコミュニティ、主に先住民族に食料支援とコミュニティによる感染防止・衛生向上への支援を提供しています。このパンデミックの只中でも軍や大地主の傭兵たちは人々への暴力的脅迫をやめていません。私たちのパートナーはミンダナオの平和のための運動に積極的に取り組んでいます。
 レイムンド・デ・シルバの「COVID-19とそのフィリピンへの影響」と題する長文のレポートはフィリピンの政治・経済的危機、軍の統制下のロックダウン、公衆衛生の崩壊と社会運動側の対応について分析しています[ESSIのブログに掲載]。
 パキスタンで、労働者教育財団(LEF)はロックダウンによって生計手段を失った日雇い労働者とその家族に食糧援助を提供しています。学生たちは授業料の支払いを拒否して、すべての学校に高速インターネットとコンピューターを配備することを要求するキャンペーンを開始しました。これはパキスタンの肥大化した軍事予算の三%弱を回せば十分です。さまざまな社会運動がパシュトゥーン防衛運動(PTM、人権団体)や他の運動団体への弾圧への抗議運動を続けています。エリートたちが密室で準備している「新しい日常」を拒否する運動の連合が広がっています。
 インドネシアのペレムプアン・マハルディカ(「自由な女性」)は生殖に関する権利キャンペーンネットワークを活用して、大ジャカルタの産業衛星都市で失業中の女性労働者と家族に食料援助を提供しています。
 バングラデシュ農民連盟(BKF)とその友好団体は、ダッカの貧困層の居住地域で食料を配布し、これらの人口過密な地域でコミュニティによる衛生管理を支援しています。運動団体による大衆教育も依然として重要です。なぜなら、衣料産業の工場主たちは個人用保護具も支給せず、物理的距離の配慮もなしに労働者に職場へ戻るよう要求しており、しかも公共交通機関が減便しているため、混雑がひどくなっているからです。運動団体は政府に対して、債務返済を一時中止し、代わりに基本的なサービスに必要な資金を供給することを要求しています。
 このような連帯のイニシアチブは、いくつかの国では草の根の援助活動への弾圧に対する抵抗です。国家によるパンデミック救済が宗教や政治のエリートたちによって利用されてはなりません。
 実践的な連帯は私たちのパートナー組織が、民衆のコミュニティの権利、特に自己組織化の権利の完全な尊重を要求し、「新しい日常」に抗して彼ら・彼女らを防衛するために政治的に働きかけ、人々を動員するための基盤となります。これらの進歩的なグループとの連帯に参加ください。前もって感謝します!

マーク・ジョンソン
ピエール・ルッセ


中国はどういう社会体制なのか (2)

その変化と矛盾を考える

アウ・ロンユー『台頭する中国』を読む

たじま よしお

 本書の著者アウ・ロンユーは 中国の社会体制は「官僚資本主義」であると言います。司法・立法・行政を中国共産党官僚が独占している体制であるということです。後に紹介する「第四インターナショナル第17回世界大会決議集」では議論がさまざま分かれているようです。
 ところで日本では一応、司法・立法・行政の三権分立ということになっていますが、最近の関西生コンへのすさまじい弾圧、そして「戦争法」違憲訴訟への相次ぐ不当判決などを見るとき、三権はもはや串団子になっていて、それらを貫いているのは安倍官邸ではないかと、中国のことを対岸の火事と眺めていることはできなくなっています。
 本書のp29〜の抜粋を次に紹介しながら共に考えていきたいと思います。

権力独占する共産党

 権力を持っている、あるいは持っていた(毛沢東の時代と考えられる/筆者)すべての共産党と同様に、中国共産党が国家を「指導する」独占的な権利は憲法に明記されている。中国共産党は官僚の党以外の何ものでもない。エリート官僚は六○年以上にわたって、国家を中立に見せかけることさえせず、国家権力とすべての国有企業を強固な支配下に置いてきた。
中国共産党は軍事力だけでなく、すべてのレベルの行政、立法、司法権力を支配している。中国共産党はまた、その支配をすべてのメデイアや出版社にまで拡大し、現在では(2014年の本書発刊当時/筆者)やや弱まったとは言え、思想統制が党によって強制され続けている。
経済の内部では、一九八○年代以来、党は民間資本の復活を許容し、計画経済が徐々に廃止されてきた。ソ連邦においては、資本主義の復活は共産党の消滅を意味していたが、中国は資本主義の復活が共産党によって主導された数少ない国の一つである。
多元的経済は、資本主義が期待したように、それに伴って「市民社会」をもたらさなかった。市民的自由は絶えず抑圧されている。すべてのNGOは強制的に各々の政府省庁や公的機関とリンクされている。全国に四○○もある様々な産業団体さえも、政府官僚によって創設されたものである。
党官僚は、自分たちが国家を絶対的に支配していることにも満足していない。党の指導者たちは自分たちの支配を世襲させようとしている。だからこそ太子党たちが高官に任命される現象が起きたり、大挙して収入の多い官僚ポストに採用される高級官僚の子どもたちを意味する「官二代」という言葉が登場したりするのだ。
どちらの場合でも彼らがそうすることができるのは、自分たちの功績によってではなく、親の影響力によるものである。他の独裁主義的資本主義においても、こうした現象は存在してはいるが、おそらく上層支配層に限定されているだろう。しかし中国では、これはあらゆる行政レベルで行われていて、例外は事務労働者層だけである。
最近の中国官僚制の二つ目の特徴は、あらゆるレベルの高級官僚がある種の資本家でもあることだ。彼らは高圧的な権力を用いて、直接的あるいは間接的に資本を所有し、資本から利益を得ている。二流の官僚もしばしば同様にボーナスの分け前を得ることができる。
ほとんどの資本主義国家では、国家権力の行使と資本蓄積とは二つの区別される社会グループ、すなわち官僚と資本家によって行われる。中国の官僚はこれら二つの要素を結合すること で、給与(に加えて手当)と剰余価値の分け前を同時に手にすることができる。これは政府官僚と資本家が結託するというよくある現象を超えるものだ。
官僚資本家は国民経済の最も利益の上がる部門を独占して、新たなブルジョアジーの中核的グループとなっている。官僚資本家の取り巻きではない民間資本家は、周縁的地位を受け入れざるを得ない。
…略…中国国家は何にもまして官僚の利益、つまり政治、営利の両面における官僚の集団的・個人的利益のためにある。国有企業や国家持株企業、その他の公的経済機関も同じである。官僚が国家を民営化[私有化]したと言って良いかもしれない。

「毛沢東の国家」と現在


マルクスはかつてヘーゲルが主張したような普遍的な階級などではなく、単にもう一つの「特殊な」階級であると指摘した。マルクスはまた、「国家の目的が官僚の目的に転化し、官僚の目的が国家の目的に転化する。……官僚制に……国家の本質がある。つまり、それは国家の私的所有である」と述べた。マルクスはこれを官僚に内在する確立された傾向であると考えた。官僚制がそのような規模でこの進化を完全に完成させたのは、今日の中国においてだけである。
中国共産党は今日、毛沢東時代と同様にすべての政治権力を独占している。にもかかわらず毛沢東時代においては、たとえ国家が何よりも官僚の利益に奉仕していたとしても、革命の遺産および革命後に成立した反資本主義体制という二つの性格の両方が官僚の特権に制限を加えていた。官僚は、社会的余剰を交換価値ではなく、使用価値の形態でのみ着服することができた。このため官僚は効率的に資本を蓄積することができなかった。
それに加えて、官僚は自らの特権を子どもに継承させることができなかった。国家が労働者には雇用確保を、農民には基本的な生命の維持を保証する責任を負っていたため、彼らの特権はさらに制限された。したがって毛沢東の国家は、社会主義ではなかったが、その唯一の目的が官僚の利益に奉仕するというものでもなかった。

官僚資本主義の諸形態


官僚資本主義の形態(p35〜)……略……官僚資本という用語は、官僚が国家権力を独占し、行使することを通じて(彼らはそれによって利益を得ている)官僚によって所有、ないしは支配されている資本の種類のことである。
第一のタイプは、官僚によって個人的に所有されている資本である。それが形成されるのは、官僚が自らの個人的能力あるいは家族を通じて、民間企業を設立し始め、自分たちが権力を濫用することでその企業から得た利益を蓄積することができる時である。
一九九○年代半ば以降、中国共産党は中小規模の国有企業を民営化していった。そのことが、官僚が富裕化する第二のチャンネルを開いた。これら企業の多くが地方官僚や以前の農場管理者、そして彼らの取り巻き連中の手中に落ちたからである。官僚がブルジョアジーの一部になる第三のチャンネルは民間資本家から賄賂として分け前を受け取ることを通してであった。
官僚資本の第二のタイプは、官僚が集団的に所有する資本である。建前としては国有企業や国家持株起業、国家によって支配される資産はすべて国家所有である。しかしながら、中国共産党が国を支配する法的な権利を持っているので、実際のところ、このことによって党官僚が、自分たちが適当だと思う方法で国有経済を使う権利があることになってしまう。一九九○年代以降、大規模な国有企業を株式会社に再編したことはその典型的な例である。
この再編が完了した後では、これらの国有企業や国家持株企業は、自らの役割をもはや公共財を供給することではなく、マネーを生み出すことだと考えた。またこの再編によって、親会社が子会社を国内や海外で上場させることが可能となり、混合所有会社となっていった。財政的なスキルを学び取り、これらの親会社を支配することで、党の高級官僚はすべての取引関係者と協力して子会社役員の任命をコントロールできるのである。この配置のおかげで、党官僚は名目上は企業を所有しないまま、これらの国有財産から資産を作り上げるのだ。党の最高幹部や「太子党」が巨額の公共資金を着服できるのは、まさに国有企業や国家持株企業に対する支配のおかげである。彼らが官僚資本の中核を構成していることや、彼らが銀行信用を支配していることは決定的に重要である。   (つづく)


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