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    かけはし2020年6月8日号

独裁者・犯罪者との結託深める中国


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中国はどういう社会体制なのか (3)

中国はアフリカで何をしているか (一)

トム・バージェス著『喰い尽くされるアフリカ』より

たじま よしお

地下資源の略奪

 アフリカ大陸は北から南へ、チュニジア・アルジェリア・ニジェール・ナイジェリアと同じような発音の国名が連なっているが、かっての植民地時代の宗主国による命名であろうか。そのナイジェリアについてであるが、周りと比べて面積は広い方ではないが、人口は一億七〇〇○万人を数えるという。
 アフリカ大陸(全体で五十と数カ国)の人口が約十億人というから、全体の六分の一の人口を抱えていることになる。この国では国民の六八パーセントが一日一・二五ドルで生活しているという。アフリカ大陸の地下資源を喰い尽くすために中国はどのようにして喰い込んでいったのか、本書の表紙の帯には「欧米vs中国の熾烈な資源略奪競争に日本のつけ入るすきはない」とあるが、欧米列強に打ち勝つには、半端な手段では目的を達成できるはずもない。地下資源を有する国の幹線道路や鉄道などのインフラ整備の見返りに地下資源の掘削権を譲り受ける、それも資材は中国から持ち込みで・労働力も中国人労働者であるから、利益は中国本土へUターンするという仕掛けである。かつての敗戦国日本の、アジア諸国への経済援助をもって戦後補償を済ませたとする手法を反面教師にしたのではないかと思われる。
 韓国への借款・供与の五億ドルの使途も韓国側に決定権はなく、その五億ドルは日本の「戦犯企業」へUターンしたのである。
 アフリカ大陸の、ことに地下資源立国には、一日一・二五ドルで生活している民衆が大半であり、中国のインフラ整備は彼らには幸せをもたらさない。車を持つことも鉄道を利用するお金も持たない民衆にとっては、それらは呪いの対象でしかないのだ。
 本書にはナイジェリアへの中国によるインフラ整備の記述は見られないが、中国の廉価な繊維製品や電気製品をナイジェリアへ密輸することによって、それまで基幹産業であったナイジェリアの企業を叩きつぶし、地下資源略奪に乗り出してゆく様子が活写されている。本書の「第二章 貧困の温床」p67〜からの抜粋を以下に紹介する。

基幹産業を喰いつぶす

 「イギリスから独立する四年前の一九五六年に石油が発見されると、たちまちナイジェリアの崩壊が始まった。新たに発見された油田の三分の二は、分離独立派が自分たちの土地だと主張する地域内にあった。分離独立派が一九六七年にビアフラ共和国の樹立を宣言すると、独立間もないこの国で権力争いを繰り返していた民族グループの対立が先鋭化した。ナイジェリアは内戦に突入し、五○万人から二○○万人の国民が命を落とした。主な死因は飢餓である」。「(そして)ナイジェリアは、世界有数の石油国家となった。政府収入の五分の四を石油が占め、資源レントの分け前を獲得するための熾烈な争いが日々繰り広げられている」。
「一九八○年代半ばには、ナイジェリアに一七五の繊維工場があったが、それから四半世紀過ぎた現在では、二五しか残っていない。何とか生き残っている工場も、多くは生産規模を数分の一に縮小している。最盛期には三五万人もの雇用を抱え、ナイジェリア最大の製造部門に君臨していた繊維産業だが、現在従事している労働者は二万五○○○人しかいない。繊維製品の輸入は違法であるにもかかわらず、輸入品は市場の八五パーセントを占める」。
「繊維産業崩壊の影響を数値化するのは難しいが、ナイジェリア経済のかなり奥深いところまで波紋を広げていることは間違いない。とりわけ北部への影響は著しい。かつて繊維工場に供給する綿を栽培していた農民は一○○万人ほどいたが、現在では半減している(綿栽培を辞めてほかの作物に切り替えた農民もいる)。ナイジェリアでは正規の仕事は数が少なく貴重だ。繊維産業労働者一人あたり、およそ六人の身内を養っていることを考えると、繊維産業の崩壊により何百万という命が危機に瀕している」。
「ナイジェリアの繊維産業の衰退を何年も調査し、それを復活させようと努力しているあるコンサルタントは言う。『中国は、この産業の心臓部を攻撃してきた。熱転写を使ったアフリカ風のプリントだ』。一九九○年代、中国の工場は西アフリカのデザインをまねた繊維製品の製造を始め、その地域に独自の流通拠点を開いた。『これは一○○パーセント違法だ。でも現地の人たちは密輸をする』。コンサルタントの話によれば『ナイジェリア製』と言うラベルを縫い込んだ繊維製品を専門に大量生産している工場が、中国に一六あると言う。しばらくは、中国製品の品質がナイジェリアの製品よりかなり劣っていたが、中国製品の水準が上がるに連れ、差は縮まっていった。こうして、ナイジェリアの販売業者の協力のもと、中国製品が市場を支配するようになった」。

 ここで言う「ナイジェリアの販売業者」の大本を取り仕切っているのはマンガルと言う密輸業者である。彼は数十億ドルもの財産を持つとされる実業家であるが、生まれ故郷のカティナ州知事選挙に立候補していたヤラドゥアに莫大な選挙資金を提供し、二期にわたって当選させ、さらに大統領候補となったヤラドゥアに選挙資金を提供し当選させ、権力の庇護のもとに密貿易を推進しているのである。
そしてもう一人、中国政府がアフリカ大陸へスパイとして送り込んだと言う徐京華という人物がいる。本書の著者トム・バージェスは彼の正体に迫ろうとするが「徐京華は、さまざまな名前とさまざまな過去を持つ。アメリカ財務省は、二○一四年にこの男を制裁リストに追加したが、そこには彼の名前として七つの姓名が記されている」。そして「彼の過去については、信頼できる情報がない」というのである。ナイジェリアの密輸業者マンガルとも影で繋がっていると思われる。
彼はアフリカの地下資源国家と中国本土との橋渡しをする一方、自らも企業を興しどれだけ蓄財しているか、これも謎である。中堅の国家の富をはるかに凌ぐ富をタックスヘイブンの闇の奥に蓄えているだろうことは、否定できない。
「徐京華は絶えず動き回っている。その自家用ジェット機が数日以上動かないでいることはまずない。二○一四年前半の数カ月だけでも、香港、シンガポール、モーリシャス、マダガスカル、モルディブ、アンゴラ、ジンバブエ、インドネシア、(チャイナ・ソナンゴルが天然ガス田の持分を所有している)、北京に飛んでいる」。
「アフリカでの徐京華の事業はどこまでも広がり続けている」。しかし、正体不明とはいえアンゴラの国有石油会社ソナンゴルとの合弁会社であるチャイナ・ソナンゴルと徐京華との関係を追って行けば輪郭ははっきりしてくるであろうが、紙幅は広がってゆくことを考え別の稿に譲ることにする。
しかし徐京華のことはほんの一例に過ぎず、アフリカの地下資源に群がる巨大なグローバル資本はどれだけあるか見当もつかない。
「資源に頼りきってゆがんだ経済は、専制的な政権やその協力者が栄える土壌を生む。マンガルの密輸網は、アフリカの資源国家の経済構造から利益を得るために生まれたネットワークの一例に過ぎない。こうしたネットワークは、国、宗教、商品によって異なるが、共通する部分もある」。
「第一に、公益と個人的利益が曖昧になっている。第二に、グローバル化の暗部を利用して取引が行われる。この暗部では、犯罪企業と国際取引が一体化している。第三に、石油産業や鉱業の力に依存し、ごく限定された経済を生み出す。このような経済で富を手に入れることができるのは、ごく少数の強圧的支配層、および賄賂をばらまいて支配層に取り入る人々だけだ」。
「こうしたネットワークには、数十年、あるいはアフリカ独立以前にさかのぼるものもあるが、最近形成されたネットワークもある。その中の一つは、冷戦終結以来、いや独立以来最大のアフリカ情勢の激変を通じて生まれた。その激変とは、アフリカの天然資源に中国が目をつけたということだ」。
(つづく)

コラム

巣ごもり


 何? 何だこれは。暇にまかせてコンピュータ相手に囲碁を打っているタブレットのウインドウに「STAY HOME and PLAY GO」の文字が浮かんでいる。これまではこんな余計なものはなかったのだ。緊急事態宣言以降だ。
 すこぶる気分が悪い。しかも毎回だ。おかげで勝率が下がってきた。これまでは私が圧倒していたのだが。何事もその時の精神状態に大きく作用されることが改めて自覚させられた。
 自粛ムードが街中に溢れている。新型コロナウィルスの攻撃に対して人間が自粛するということは人間が敗北しつつあるのを意味することに他ならない。
 自公政府はアベノミクスの中心柱としてオリンピック(イベント)とカジノ(博打)を軸にインバウンドを呼び込むことに懸命だった。そのために中国武漢発の新型コロナウィルスの上陸に対して鈍感であり続け、その対策も後手に後手を踏み続けた。結果国民に大きな我慢と自己犠牲を強いることになった。これが自粛の真の姿なのだ。
 さらにこの自粛ムードを利用して自公政府は新しい生活の様式(新しい日常)と称して国民の生活を統制しようとしている。いろいろ事細かに指図している。そこには「欲しがりません勝つまでは」というかつての大本営と同じ響が存在している。
 その中でも労働者にとって新しい重大な問題は「テレワーク」「テレビ会議」はては「オンライン飲み会」等だ。社会の大きな変革と進歩であると強調されている。はたしてそうか。確かに資本や経営のサイドにとっては出勤日数、超勤や残業等について自由裁量が可能で非常に利便性が高い。労働者にとっても自由裁量があるように見える。
 だが問題はマイホームが、賃貸か持ち家かにかかわらず、生産現場に組み込まれてしまうことにある。マイホームに経営側が土足で入り込んでくるのである。しかも家族が居れば家族をも巻き込んでしまうことになる。結果さまざまなトラブルが発生するのだ。
 マイホームとは何か。日々のストレスから解放され、仲間たちと共に心の自由を取り戻せる楽しい時間があり、明日のために自己の労働力の再生産のために十分な心身の休養を取る場なのではないだろうか。
 自粛ムードの中で私たちは「巣ごもり」をよぎなくされている。巣ごもり需要などという言葉も生まれた。
 私なんぞは腰痛と腰椎骨折に肺マック症という持病があるためまったく外出しなくなった。シークレットキャリアの存在に怯えて病院にも行かなくなってしまった。生きていくための食材等はわがままさえ言わなければ生協の個配でじゅうぶんにまかなえる。巣ごもりが増えたため個配の加入人数が急激に増加し、なんと様々な物資が抽選で落選するようなことになってきた。
 日常の社会生活における「巣ごもり」は異質な存在である。この異質なものの数が増加するにしたがってこれまでの社会生活に歪みが生じる。首切り、倒産が常態化しさらに自殺者まで出ている。この「巣ごもり」がどれほどの質量で定着してしまうのか否かで今後の日常の社会生活の内実が決まっていくと言っても過言ではないのではないか。         (灘)


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