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    かけはし2020年6月29日号

中国はどういう社会体制なのか


投稿

「帝国主義」的役割果たす中国 D

「一帯一路」プログラムの機能

たじま よしお

農民工の行動にふれて


 「中国はどういう社会体制なのか」について、昨年の暮れ頃から参考文献の抜粋を編集しながら考えてきましたが、途中から新型コロナの情報の氾濫に見舞われ、何度も立ち止まってしまいました。しかし中国の武漢あたりから始まったということですから、新型コロナの件もやがては中国問題に発展するであろうことは否定できない、そして香港の民主化運動に対する習近平体制の動向にも目が離せない。そんな中で五月二五日だったと記憶していますが、テレビの「木下容子ワイドスクランブル」で中国の農民工のことがとりあげられました。経済不況の中で真っ先に二億九千万人の農民工が解雇され農村に帰され抗議行動を展開しているというものです。農民工が香港の民主化運動の動きに連動するという回路はないものだろうか。
 こんな時だからこそ、あえて原点にたちかえって「第四インターナショナル第17回世界大会決議集」を読み直してみたいと思います。

第四インターナショナル第17回世界大会決議集
新しい(原初形態の)帝国主義(p34)


 伝統的な帝国主義ブルジョワジーは一九九一年以降、かつてのいわゆる「社会主義」諸国の市場に浸透し、最終的にはそれらの諸国を従属させることになるだろうと考えた。さらには、NATOがロシアとの関係でまだ役割があるかどうかを疑問視することさえあった。
 この仮説は根拠のないことではなかったし、そのことは二○○○年代初めの中国の状況や、この国がWTOに加盟した時の条件(国際資本にとって非常に有利な条件だった)に 示されている。しかし、事態は違う方向へ展開した─このことは既存の大国では当初において考えられていなかった。あるいは真剣には考えられていなかった。 中国では新しいブルジョアジーが国及び体制の中から、主に官僚体制の「ブルジョアジー 化」を通じて形成された。官僚体制は、現在では我々にとって周知のメカニズムを通じて有産階級へと自己を変身させた。したがってそれは独立的な基礎(マオイスト革命的の遺産)の上に自己を再確立したのであり、最初から帝国主義に従属したブルジョアジーとして確立されたのではない。こうして中国は資本主義強国となり、しかも国連安保理事会の 拒否権を持つ常任理事国である(これは全てロシアにもあてはまる)─その社会構造は、非常に特殊な歴史の遺産であり、依然として元通りであるにもかかわらず。
 われわれはこれを新しい帝国主義と呼べるだろうか? この用語が何を意味するのかを、現在の世界情勢─本文書の主題である─の脈絡の中で定義する必要があることは明らかである。しかし、中国はすでに世界第二の大国になっていることを考えると、中国をそのように規定しないことはますます難しいと思える。─現在の体制や現在の経済の脆弱性がどのようなものであるかに関わらずである。──略──
 今日、戦略鉱物、石油、他の産品への渇望がアフリカ大陸を覆っているので、利益とヘゲモニーの追求が、どれだけ生活や環境に負荷をかけようとも、採鉱・略奪に殺到することへ油を注いで入る。このことがアフリカ人民にもたらした荒廃状況は枚 挙のいとまがないほどだが、資源が豊富なコンゴ民主共和国(DRC)の場合はおそらく非 常に説得力のあるものだろう。コンゴの土の下には、(二○一一年時点の価格で)推定二四兆ドルの自然資源が埋まっている。その中には豊かな石油・金・ダイヤモンド・コンピューター・チップに使われるコルタン、ジェットエンジンや自動車のバッテリーに使われるコバルト・ニッケル、風呂場のパイプの銅、核爆弾や原発のためのウラン、あらゆるものに使われる鉄が含まれる。この富は言い表せないほどひどい災害の源になっている。今日、イラク人、イエメン人、ロヒンギャよりも多くのコンゴ人が故国から脱出させられ ている。──略──
 IMF・世界銀行によって導入された免責構造の上に、EU・アメリカ貿易 投資協定だけでなく構造調整・安定プログラムの基礎を置くことで、アフリカは国際帝国 主義競争にとって重要な場所となった。新強国はアフリカへの新たな先陣争いに参加することによって、帝国主義的野望を最後まで遂行しようとしている。アフリカにおける最大の純投資国となった中国に、ロシア・インド・ブラジル・南アフリカも続いている。自分たちのプロジェクトについて多くを語っているBRICSクラブに所属していたとしても、それはBRICSの行動綱領の一部としてではない。エルネストとヤングによる二○一六年の報告によれば、中国は二○○五年以降、二九三もの外国直接投資プロジェクトに投資し、その総投資額は五六六四億ドルに達した。この多くは、環境破壊的な大規模プロジェクトに含まれており、中国が投資額の約四分の一に責任を持っている。これはアフリカ連合によるアフリカ・インフラ発展プログラムが中国の一帯一路プロジェクトと出会う場所になっている。

世界政治における中国

 この「大会決議」をあげるまでに、第四インター世界大会の中で、どのような議論が交わされたのかについて、その経緯が平井純一さんによる「第17回世界大会の概要」に記されていますので、抜粋を以下に紹介します。

中国の世界的役割について論議の中で議論になった課題の一つは、中国の国際政治・経済における役割をどう捉えるかということである。米国の「ソーシャリスト・アクション」は中国の南シナ海への進出、「一帯一路」戦略について「帝国主義と考えるのは誤り」という立場である。他方、香港の同志は「中国は、世界で多くの国を搾取している資本主義国であり、世界第二の資本輸出国で軍事基地建設も進めている。
しかし植民地主義の遺産という弱さも抱えている」と指摘した。バングラデシュなどアジアの同志たちとの連帯行動を進めてきたドイツの同志は「アフリ カの視点で中国をみれば、中国は帝国主義的政策を行っており、アフリカでは最大の資本輸出国である。ラテンアメリカでも中国は最大のパートナーであり、アフリカにも中国は 軍事基地を建設した。空母の就役に見られるように中国は軍事的・経済的に帝国主義国家と言うべき」と語った。
日本から参加した同志は、朝鮮半島情勢に触れながら、とりわけ朝鮮半島での戦争を含んだ緊張について論じる場合、情報の正確さについて精査が不可欠、と述べた。論議はさらにパキスタンの同志からの中国・パキスタン関係から見た中国の「帝国主義的役割」など多様な広がりをもって展開された。
これまでの世界大会において、中国の政治・経済・軍事的役割について世界大の広がりを持って論じられたのは初めてであり、こうした面からも世界情勢をより複眼的・立体的・多中心的に捉えることの重要性を実感することになった。  

「官僚制帝国主義」

 
中国は「官僚制帝国主義国家」である帝国主義を広辞苑でみると、「広義には軍事的・経済的に他国または後進民族を征服して大国家を建設しようとする侵略主義的傾向。狭義では一九〇〇年頃を境目として始まった資本主義最後の段階を指す。独占体に重要性を持ち、国際トラストによる世界分割が完了している段階で、資本と労働の間、資本主義列強間、資本主義列強と植民地・従属国との間の矛盾が最大限に激化していることを特徴とする」とあります。
中国はどういう社会体制なのかを考えるとき、自分の立ち位置を確認するために、日本はどういう社会体制なのかを自分なりに纏めて見たいと思います。私は現在の日本国憲法の中に帝国主義の萌芽を見ます。
それは外国人登録令です。これは法律であって憲法ではありませんが、大変重い存在に感じます。 外国人登録令は「最後の勅令」として知られていますが、日本国憲法が発効した一九四七 年五月三日の前日の五月二日に、昭和天皇の最後の勅令として公布・施行されたのです。
当時在日朝鮮人は日本共産党が主導する大衆運動の中でとりわけ先鋭な役割を担ってい ました。一九六五年の日韓条約までは日本共産党員であった寺尾五郎さんに聞いた話ですが、治安維持法によって捕らえられた彼は敗戦を豊玉刑務所で迎えたと言います。そこを出所したときに、大勢の在日朝鮮人の歓迎にもみくちゃにされ、彼らは寺尾さんのポケットにお札をどんどんねじ込んで、そのおかげで三カ月ほど働くことなく、体を養生できたということです。
このエピソードは、在日の皆さんにとって日本共産党は運命共同体みたいな存在であったろうと思われます。その一体感が、GHQそして日本の支配層を震え上がらせ在日朝鮮人と、日本共産党が主導する当時の大衆運動とを分断する目的で外国人登録令を施行したのです。それは実質「対朝鮮人治安立法」であったのです(在日コリアン青年連合・キーワード集/大沼保昭「出入国管理法制の制定過程」『単一民族社会の神話を超えて」54―55頁などを参照)。
各家庭に未だ風呂はなく「銭湯」に通っていた時代、外国人登録証を携帯することなく銭湯へ入った在日の子供を警察が連行する、どのような瑣末な落ち度をも見逃すことなく、日本の支配層は在日朝鮮人の戦闘性を叩き潰すことに全体重をかけきって、それは一定程 度成功を収めたのだと思います。
一九八○年「五月光州の民衆の闘い」の首謀者として逮捕され、死刑判決を受けた金大中らの救援運動の渦中に、私は身をおいていました。そのとき練馬の韓統連の金恩鐸さんは「君たちが日本帝国主義を打倒しないから、私たちはこんな酷い目に合わされるのだ。自分のことは自分でなんとかする。君達は日本帝国主義を打倒せよ」とハッパをかけられました。
日本はどういう社会体制かを考える自由はあるけれども、最終的な決定権は私たちにはないと思います。そして中国はどういう社会体制かは、やはり中国による資源略奪により、アフリカで一・二五ドル以下での生活を余儀無くされ ている民衆が決めることのように思います。しかしここまで縷々述べてきて、自分の意見を持たないというのも許されないし、いろんな文献に目を通しながらずっとこだわりつづけてきた結果、中国の社会体制を私は「官僚制帝国主義」と規定することにしました。 
(二○二○年六月一日記) 了




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