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    かけはし2020年7月13日号

軍事基地を断念させるのは可能だ


6.19能勢ナイキ基地建設反対闘争勝利50年記念集会

前田哲男さんが講演

 【大阪】戦争させない1000人委員会・大阪主催の、闘争勝利50年記念集会が六月一九日、大阪PLP会館で開かれ、おおさか総がかり行動実行委員会が協賛した。

「国益」は住民の
声つぶす口実だ


集会の前日、毎日新聞はこの集会関連記事を掲載した。
一九七〇年六月大阪府能勢町に航空自衛隊の地対空ミサイル「ナイキJ」の基地建設計画が持ち上がり、七年近くにわたる住民反対運動の末に計画が撤回されたこと、今年はその闘争開始から五〇年であることを報じた。
イージス・アショアの秋田・山口への配備計画停止と合わせ、「安全だと言って、危険な施設を人口の少ない地域に押しつけようとする国の姿勢は変わらない」・「イージス・アショアが今回はたまたま秋田・山口だっただけ。国益の名の下に住民をないがしろにする構図は原発も沖縄基地も同じだ。大都市の人も含めて、わがこととして考えなければいけない」という住民の声を伝えた。
集会は山口百合子さん(I女性会議)の司会で始まり、米田彰男さん(戦争させない1000人委員会・大阪共同代表)が開会のあいさつをした。

住民の闘争の
経過と教訓は


続いて、一丸雅和さん(元大阪総評豊中地区センター事務局次長)が能勢ナイキ基地反対闘争の簡単な経過と教訓を報告した。
一九七〇年六月二二日、毎日新聞が「能勢町にナイキミサイル配備」を報道し、その情報を豊中教組がつかんで、その日のうちに新聞の折り込み広告として市民に伝えた。
翌日、能勢町議会での全員協議会が「ナイキ基地反対」を決議。大阪軍縮協、豊中・池田地区労は現地調査と交流を行い、六月二六日には能勢町議会が正式にナイキ基地反対を決議、七月三日には、豊能郡労協が結成され、豊中・池田・箕面・川西地区労に豊能郡労協を加えて五地区労の共闘態勢がつくられた。議会でも大阪府議会・京都府議会での反対決議、大阪府内一六市一村議会で反対決議が行われた。
ほぼ一カ月後の七月末には、大阪軍縮協・反安保主催の府民反対集会が開催。一〇月二一日には、基地予定地とされる天王地区で「ナイキ基地設置反対全住民期成同盟」が結成された。一二月一二日には、能勢ナイキ基地反対関西集会が、能勢町役場横のグランドに三〇〇〇人を集めて開かれ、提灯デモ行進が行われた。年が明け七一年一月九日、「ナイキ基地設置反対五者連絡協議会」(大阪総評・反安保府民共闘・大阪軍縮協・五地区共闘・豊能郡労協)が結成され、闘う陣形が形成された。
四月には、ナイキ基地反対現地闘争センターがつくられた。このような流れの中で、四月一一日、大阪府知事選で黒田革新知事が誕生していく。
闘う側は、関係者(防衛庁・建設省・大阪府・基地予定地にある「いかるが牛乳」、能勢電鉄など)と直接交渉を積み重ねていった。闘争への参加では、政治的イデオロギーを持ち込まず、ヘルメットは着用せず、互いに参加者同士の批判を控えることが申し合わされたことが、闘争への参加者を広げていく上で大きかったと一丸さんは強調した。
闘争は一九七七年まで続き、三月一八日三原防衛庁長官が「能勢ナイキ基地設置の取りやめ」を表明し終結。五月二六日には能勢ナイキ基地闘争勝利大阪集会が開催された。

能勢に続く秋田
の闘いの勝利!


前田哲男さん(ジャーナリスト)が「朝鮮戦争70年・安保60年と基地日本の現況」と題して講演をした。前田さんは、若い頃フリー・ジャーナリストに転身しての初仕事が「社会新報」の特派記者としての能勢ナイキ現地取材だった。小山内宏さんと「軍事問題研究会」設立。大阪軍縮協の和田長久さんに現地の情勢を教わった。(講演別掲)
前田さん講演の後、六団体からの連帯メッセージ紹介。能勢町ナイキ基地設置反対住民連絡会議元事務局長坂根俊夫さん、秋田戦争をさせない一〇〇〇人委員会・秋田県平和センター代表山縣稔さん、秋田県平和運動推進労組会議議長櫻田憂子さん、滋賀県民平和人権センター・護憲原水禁滋賀県民会議議長仁尾和彦さん、米軍Xバンドレーダー基地反対近畿連絡会共同代表服部良一さん、南西諸島への自衛隊配備に反対する大阪の会、大阪総がかり行動実行委員会・大阪憲法会議共同センター事務局長山田憲司さん。その中で秋田からのメッセージが代読された。
秋田からのメッセージでは、イージス・アショアのプロセス停止ではなく、完全な白紙撤回を!、(防衛大臣は停止理由にコストと時期を挙げていたが、そのことは)辺野古をはじめとして日米の基地建設全体に共通する問題であることを強調していた。 (T・T)

前田哲男さんのお話から

戦後第3期の反基地闘争

ベトナム反戦との連携

 能勢ナイキ闘争とは何であったのか。自衛隊基地反対闘争の第一期は日本の占領期。当時の米軍基地反対運動は、米軍法により弾圧された。第二期は一九五〇年の朝鮮戦争を機に、日本の再軍備が強行され、米軍基地拡張が各地で表面化した時期で、石川県の内灘闘争や東京立川の砂川闘争に代表される運動があった。第三期は、ベトナム戦争・「沖縄返還」前後の時期。自衛隊基地が前面に出てきた。この時期の闘いは能勢ナイキ闘争や長沼ナイキ闘争に代表される。米軍の役割の一部を自衛隊が肩代わりする動きが具体化されてきて、第一次防衛力整備計画が開始され、第三次防(67〜71年)の下で対空ミサイル「ナイキJ」の導入が推進されていく。能勢ナイキ基地の断念の結果、関西配備の第四高射群は、各務原二個高射隊と白山(三重)と饗庭野(滋賀)の高射隊設置に変更された。

北海道重視から
対中・太平洋へ


朝鮮戦争七〇年・安保六〇年と基地問題の今をどう見るか。冷戦期の吉田安保、岸安保を経て、いまは冷戦後の安倍安保。日米同盟のパートナーを実体化したのは安倍政権だ。
密約による安保の運用から集団的自衛権行使容認に転換。対ソ反共安保から対中インド太平洋安保へと、安保は拡大しつつある。対ソの「北海道重視」から対中の「西日本重視」に戦略重心が移動した。

基地建設を断念
させるのは可能


安倍政権の下で、「対中国包囲網」としての基地群新設計画が浮上してきた。つまり、辺野古新基地建設と南西諸島防衛線(奄美大島から宮古島・石垣島にかけての海の関所)。これが完成すれば、米軍と自衛隊共用の対アジア出撃基地になるのは間違いない。京ヶ岬・車力のXバンドとイージスのネットワークは主敵・中国をにらんだもので、それを統括する司令部である第38防空砲兵旅団司令部は相模原にできる。日本列島が米本土防衛の第一線となる。兵器の爆買い程度のことではない。これらの基地は、先制攻撃用中距離ミサイル基地に変更できる。
しかし、基地建設は断念させることができる。これが能勢ナイキ闘争の教訓だ。不平等条約「日米地位協定」改定に全国知事会・市町村会はじめ民意は一致している。「専守防衛の定義」の明確化、自衛隊の規模・装備・任務をそれに適合させることが重要だ。(発言要旨、文責編集部)

7.1

南西諸島に自衛隊ミサイル部隊いらない

ドローン駆使した反基地闘争

奥間政則さんが講演

【大阪】南西諸島への自衛隊配備に反対する大阪の会主催の講演会が七月一日、エルおおさか南館で開かれた。会の活動・会計報告に続いて奧間政則さんの講演に入った。奧間さんは、沖縄ドローンプロジェクト分析責任者として幅広く活動している。

刑特法違反で
逮捕された!


実は奧間さんは、沖縄県警に今年二月一九日に突然自宅をガサ入れ・逮捕され、二二日に釈放された。二月二四日から辺野古埋め立て阻止の闘いとして、安和・塩川での連続五日大行動が計画されていたので、その事前弾圧としてやられたのではと思ったが、大行動の前に釈放されたので、目的は別の点にあったと考えた。
逮捕理由は、昨年一一月に米軍北部訓練場内に侵入したとして、刑事特別法違反容疑。通常逮捕だった。この法律による場合、現行犯逮捕が普通で、通常逮捕は異例だという。地元の新聞は、この逮捕を辺野古の闘いに対する弾圧と捉えていた。奧間さんは、二泊三日で釈放されたが、パソコンを押収された。
そこには、ドローンで撮影した基地建設現場や埋め立て工事現場の詳しい状況を示すデータが入っていた。ドローンで撮影すると、工事の不正や不備を見つけていたり、状況を詳しく監視することができる。
五日間大行動の後半から、辺野古調査団が三日間にわたって調査を行い、それに基づいて防衛局に質問書を提出することになっていたので、防衛局は事前に反対運動側のデータを手に入れておきたかったのではないか、そのように奧間さんは推測している。

不正工事の
実態を暴露


宮古島に建設中の自衛隊ミサイル部隊の基地をドローンで撮影した映像は、部分を拡大して、それによってきわめて細部まで見ることができる。しかもいろいろの角度から撮影が可能だ。地形が複雑で道もないような場所でも難なく接近して状況を撮影する。まさに、反対運動が手にした新しい武器と言える。奧間さんたちは、高江の闘いの後、法律が改定され規制が厳しくなる前に、沖縄や南西諸島の基地を全て撮影し、データを取っておくことを考えて、それを実行してきた。
三月五日に政府は小型無人機ドローン飛行規制法改正案を閣議決定し、五月一七日に法案は可決、六月一三日に施行されたが、これを問題視した人は全国的には少なかったろう。政府としては、これ以上ドローンで不正工事の実態が暴かれることを恐れたのだろう。ドローンが撮影した辺野古K4護岸施工時の映像では、護岸の間から濁り水が流れ出て海を汚しているのがはっきり映っていた。
防衛省はその映像を見せつけられ弁明できなかった。日本自然保護協会提供の水中写真でも海草藻場に泥が堆積しているようすがはっきりとわかる。防衛省が実施しているモニタリング調査と実際の現場がいかに違っているかが明らかだ。
厳しい闘いが展開された高江のヘリパッド基地建設は今どうなっているか。使われないで、草が生えているヘリパッド、ダンプカーの通り道になっているヘリパッド、周りの樹木が、オスプレーの排ガスで枯れて茶色になっているヘリパッド、といろいろだった。

反基地運動に
とって有効だ


宮古島の千代田地区の基地建設状況、安和の弾薬庫と集落、準天頂衛星用のレーダー、御巌周辺、宮古島の海岸の地層、基地に置かれている車両等など、普通には見ることができない空からの映像を見ながら、詳しい説明をきいた。宮古島には、既に七〇〇人の自衛隊員がいて、基地は建設途上にある。
理由はよくわからないが、宮古島にはまだドローン規制法は適用されていない。また、別の理由で、米軍基地にも規制法は適用されていないという。でも、飛行しているドローンに向かって電磁波銃を放ち、ドローンを捕獲する技術を米軍は持っていて、最近自衛隊もその銃の使用訓練をやっているらしい。準天頂衛星用のレーダーの電波は、通常レーダーの強さの二〇〇〇倍で、その近くでドローンを飛ばしたら、墜落したという。また、ドローンメーカー(奧間さんのは中国製)が、あらかじめある場所の周りにバリアーを設定している場合もあって、そのバリアーにぶつかると、その先は飛べない場合もあったという話だ。
最後に、本部港に米軍が訓練用大形ボートを搬入するのを阻止した闘いを、ドローンで撮影していて、その映像を見た。米軍は搬入を県に事前に通告していたが、県は拒否。それでも米軍は搬入を強行してきたので、少数の市民と全港湾の労働者で止めたとのこと。ドローンの威力を見せつけられた講演だった。
また、急きょ参加することになった清水早子さんの話では、宮古島では最近怪しげなホテルも建設されているということだ。(T・T)

 【編集部】前号(7月6日号)に掲載した「區龍宇(アウ・ロンユー)さんへのインタビュー(1)の続きは紙面の都合で次号に掲載します。

 

 




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