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    かけはし2020年7月20日号

反白人至上主義の闘い新段階に


米国

レイシズム関連彫像が倒壊中

マリク・ミオー




 六月はじめの二、三日のうちに、南部連邦の記念碑が次々に倒れ始めた。公然と南北戦争の南部戦士たちを称えた記念碑であるこれらの彫像は、同戦争終結後何十年か後で立てられた。白人至上主義が生命力を十分になお保っている、ということを知らしめるためにだ。
 上院の一委員会は、米国の首都にある南部連邦彫像は取り除かれるべきか否かを今再審査中だ。以前の試みは失敗に終わった。活動家たちと何人かの都市首長は、公的な行動を待とうとはしていない。
 バージニアのリッチモンドの名高いモニュメント通り沿いにある南部連邦大統領のジェファーソン・デイヴィス像は、活動家たちによって取り壊された。デモの参加者たちは、ポーツマスで警察が見守る中、引き綱を使って一つを引き倒す前に、四つの南部連邦彫像の首を落とした。
 アラバマの最高学府である州立大学は、南部連邦兵士の記念碑を取り壊した。アラバマの大学は、南部連邦軍と士官学校軍で従軍した学生を称えた銘板を取り外した。
 アラバマのもっとも大きな都市の二つ――バーミンガムとモービル――は、市民的不穏の焦点となっていた南部連邦の記念碑を取り壊した。バーミンガムは、そうした記念物を保護することを意図した州法をものともせず、都心部の公園にある南部連邦兵士と船員に捧げられた巨大なオベリスクを解体した。
 モービルは、これまでに荒らされたことのある南部連邦海軍将校の彫像を取り壊した。モービル市長のサンディ・スティムプソンはツイッターで、この動きは歴史を書き直そうとするものではなく、湾岸の都市の将来に焦点を向ける目的の下で、「潜在的な動揺」を取り除こうとするものだ。と語った。
 ミシシッピーでは州の旗をめぐって圧力が高まっている最中だ。これは一八九四年に採用されたもので、デザインは南部連邦の軍旗――赤を背景に白い星をあしらった青いX状の直線を配している――を取り入れている。二〇〇一年、ミシシッピーはその維持を票決した。現在、共和党の州知事、テイト・リーヴスは、それを変えるのは選出された指導者たちの任務ではない、と語っている。
 ジェファーソン・デイヴィスと彼の遺物は、六月一二日にただ一人のアメリカ南部諸州大統領を記念する一二フィートの大理石像が取り除かれた後、ケンタッキーの州都を離れた。
 一〇の軍基地は、アフリカ系米国人と多くの白人によってふさわしくも裏切り者と見られている南部連邦軍将軍たちにちなむ名前をもっている。サウスカロライナのフォート・ブラッグとテキサスのフォート・フッドがその二例だ。
 これらの基地は、南部の元奴隷州にある。それらはすべて、南北戦争後約五〇年から八〇年に名付けられた。当時になぜか? それは、黒人の公民権を圧倒する白人民族主義の際立った勝利を表していた。
 最高位の白人民族主義者であるドナルド・トランプは用心もなく語る。「これらの記念碑と非常に強力な基地は、偉大なアメリカの遺産および成功と勝利と自由の歴史、の一部になった」と。
 彼は、これらの恥ずべき男たちの他の擁護者と同様、それは「南部の遺産と文化」を表す、と主張している。彼らは、南部経済の富は奴隷労働によって打ち立てられたにもかかわらず、それを白人の文化のように言うのだ。
 黒人は問う。自由のために軍や民兵として闘った元奴隷の記念碑はどこにあるのか、と。
 海兵隊は近頃、南部連邦旗の掲示を禁じた(ミシシッピーの争いになっている旗を例外として)。この国の高まる反レイシズムの大うねりのど真ん中で、時代は変化し続けている。(アゲンスト・ザ・カレント誌二〇七号、二〇二〇年七・八月号より)

▼筆者は退職航空機関士で、労働組合および反レイシズムの活動家。アゲンスト・ザ・カレント誌の編集顧問でもある。(「インターナショナルビューポイント」二〇二〇年七月号)

シリア

コロナ下で新たな民衆決起

われわれは生きたい!

ジョセフ・ダヘル

 シリアは多くの社会・経済問題に直面している。世界的な新型コロナウイルス・パンデミックがそれらを激しくすることになり、新たに諸々のデモを巻き起こしてきた。今年三月半ばにこのパンデミックが爆発する前、シリア住民の貧困率は八五%以上と評価された。その時以来それは確実に高まってきた。加えて、シリアポンドの価値は米ドルに対し、五月はじめ以後でおよそ一〇五%下落、昨年六月以後ではほぼ三六〇%下落と、着実に落ち込んでいる。シリア住民大多数の生活条件はますます悲惨になっている。これには、戦争が引き起こした大々的な破壊、および専制的なアサド政権の継続的な権威主義的で新自由主義的な諸政策の結果が含まれる。ちなみに前者はおよそ五〇〇〇億米ドルと評価されている。

抑えようのない
抗議行動の続発


 六月七日以来、スウェイダとダラアの地域で、また首都ダマスカス外縁部にあるヤラマナ市で、民衆的デモが突発してきた。それらは、高い生活費を厳しく非難し、アサド政権の退陣とその同盟者のロシアとイランの退去を求めている。デモ参加者の主なスローガンは、さらなる社会的公正と民主主義を求める呼びかけとして、「われわれは生きたい」だ。
 シリア政権は、これらの抗議の影響を最小化しようとして、米国の制裁を糾弾する対抗抗議に乗り出した。その上で警察はスウェイダの町で、デモ参加者に暴力的な弾圧を加え、彼らを逮捕した。
 民衆蜂起に導いた諸条件は今も存在している。この体制はそれらを解決できてこなかっただけではなく、むしろ悪化させてきた。その外国の同盟者による全面的な支援にもかかわらず、またその回復力にもかかわらず、アサド政権は解決不能な諸問題に直面している。容赦ない弾圧と組になった、国の深刻な社会・経済問題を解決する上での失敗が、批判とさらなる抗議行動を巻き起こしてきた。

不可欠な政治的
オルタナティブ


 しかしながらこれらの条件は、特に九年以上になる破壊的で殺戮的な戦争の後では、新たな政治的機会へと自動的に転換されるわけではない。一つの組織された、自立した、民主的な、進歩的で包括的なシリア人政治的反政権派の不在が、多様な民衆諸階級を団結させることを難しくしている。全国レベルで再度体制に挑戦するためには、この凝集が必要になるだろう。
 これが主な挑戦課題だ。抑圧、貧困化、そして社会的混乱があるとしても、先のような抵抗の現場における表現の中で、一つの進歩的な政治的オルタナティブが組織されなければならない。
 ダマスカスと他の地域の首都は、変わることなく彼らの住民を敵視する大規模な暴力を頼りにすることで、その専制的な支配を維持できる、と信じている。しかしこれは、この地域の民衆的抗議の爆発が見せつけ続けているように、破綻することを運命付けられているのだ。

▼筆者は、スイス系シリア人研究者であり活動家。この地域の民衆的抵抗運動に関するいくつかの著作をもち、「シリア・フリーダム・フォーエヴァー」ブログの創設者。中東北アフリカ社会主義者連合の共同設立者でもある。(「インターナショナルビューポイント」二〇二〇年七月号)

 




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