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    かけはし2020年7月27日号

ウーゴ・ブランコに国際的支援


ペルー

極右による57年後の攻撃前に

ペペ・メヒア

ウーゴ支持の
国際署名発足

 欧州とラテンアメリカの知識人、社会活動家、また公人が、ペルー極右による攻撃にさらされているウーゴ・ブランコに対し支持を表明することになった。ペルーの軍部、警察部隊、報道界、さらに政治家の極右部分によって中傷を受け、名誉を害され、ののしられてきた、ペルーとラテンアメリカの農民運動、先住民運動、環境運動の歴史的な指導者の一人、そして伝説的な左翼政治活動家であるウーゴ・ブランコを支持する、一つの声明書に、二〇〇〇人を超える人々が四八時間以内に署名を終えた。
 署名者の中には、高名で威信のあるアルゼンチンの人類学者でフェミニストのリタ・セガト、ワムピスの人々の自治圏政府で技術官房長を務めるシャピオム・ノニンゴ、EU議員のミグエル・ウルバン、ウルグァイの知識人のラウル・ジベッチ、二〇〇七年エクアドル憲法制定会議議長のアルベルト・アコスタ、アムネスティ・インターナショナル・スウェーデン支部前代表のボ・リンドブロム、現アディス市長のホセ・マリア・ゴンザレス・サントス、などがいる(他にも多数の人々が具体的に紹介されているが、ここでは省略する:訳者)。

ウーゴへの攻撃
極右軍人中心に


 この声明は、一九九二年四月五日に議会を解散したフジモリのクーデターと連携した団体、ペルー海軍将官・高級将校団(ADOGEN―ペルー)が出した声明に対抗するものだ。このADOGENは、ペルー軍部出身高級公人多数が汚職で罪に問われた際には、どのような糾弾も明らかにしなかった。それはまた、人権侵害、行方不明、拷問、さらに超法規的処刑に関する軍の関与を正しいと認めた「真実委員会最終報告」に公然と異を唱えることもしなかった。さらにその後、リマの米大使館が裏書きした情報として、麻薬取引に対する軍高官の関与が糾弾されたときも、ADOGENはいかなる新聞発表も行わなかった。
 その代表、ラウル・オコンノル准将による署名の下で、ADOGENは以下のように言明している。すなわち「われわれは、文化省後援の下に放映されたドキュメンタリーに対する全面的な怒りと拒絶を表明する。その中で登場するウーゴ・ブランコは、ゲリラの人物であり、国家と法の支配に反対する紛れもない蜂起の中で、共和国の憲法と法をはなはだしく犯しつつ、ペルー国家警察の隊員を拷問し殺害した人物なのだ……」と。
 その後、ペルー極右に位置する何人かの政治家、たとえばアンテロ・フロレス―アラゾやハビエル・ビラ・ステインが、このドキュメンタリーと伝説的な農民指導者のウーゴ・ブランコに対する彼らの拒絶を表明した。もう一人の極右、ルイス・ジアンピエトリもまた、「プロパガンダの公表を断固として」糾弾した。すなわち「『ウーゴ・ブランコ、リオ・プロフンド』なるフィルムは、ドキュメンタリーとの覆いの下で、テロリズムに弁解を与え、殺人をものともしない犯罪的なテロリストのウーゴ・ブランコを称揚している。この男は、憲法に基づく彼らの任務を果たしていた警察隊員を冷酷に処刑し殺害したのだ」と。
 ルイス・アレジャンドロ・ジアンピエトリ・ロハスは、海軍諜報、破壊、特別作戦の専門家、そして副将として、一九八六年六月一八日、囚人三〇〇人以上の死に加わった。カラオ沖合のフロントン島で、収容者たちが難を避けていたブルー・パビリオンが砲撃を受けた。重い壁の崩壊によって多数が圧死した。しかし他の多くは、海兵隊の銃火で殺害された。ジアンピエトリは二〇〇六年、社会民主党のアラン・ガルシアと共に第一副大統領職に就いた。

卑劣な誹謗中傷
への国際的反撃


 退役軍人や政治家に加え、極右のジャーナリストも、マレナ・マルティネスが制作したドキュメンタリー「ウーゴ・ブランコ、リオ・プロフンド」に関し、元上院議員、下院議員、そして一九七九年憲法制定会議メンバーを敵視する中傷を広めてきた。国際的な賞をいくつも受けてきたこのドキュメンタリーは、その公式予告編で、クスコを基盤とする指導者から二、三の言葉を引いている。そこで彼は、「私はテロリズムには全面的に反対だ。私が信ずるところでは、民衆は言葉で説得されなければならない。……今、民衆が自身を守るために自ら武装すると決めるならば、それは自衛だ」と言っている。
 ウーゴ・ブランコを支持する最初の二〇〇〇人の署名者は、次のように断言している。すなわち「下記に署名したラテンアメリカと他の大陸の市民は、貧困に陥った農民を立ち上がらせたできごとから五七年経って、政治家、元下院議員、上院議員、そして自然の権利を求めて長期に闘っている活動家の信用を落とし、犯罪視させようともくろむ告発を否認する。今日、八六歳になるウーゴ・ブランコ・ガルドスは、農地改革闘争の、またわれわれの土地のはらわたに穴を開けている資源採掘依存主義に反対する闘争の、先駆的指導者の一人と見られているのだ」。
 「ウーゴは、それがプカルパ、カヤマルカ、ラ・コンベンシオン、あるいはカウカにおいてであろうが、公正と人民への疲れを知らない献身に対する一例だ。さらにまたその理由は、彼が信念を失うことなく、もう一つの闘い、つまり環境のための闘いに向けて今日はっきり向きを変えることができている数少ない左翼指導者の一人でもあるからだ。ブランコはそれを曖昧さなくまとめている。社会主義のための闘い以前に、今それは諸々の種の生き残りに向けた闘いをめぐるものだ」。(二〇二〇年六月二一日)(「インターナショナルビューポイント」二〇二〇年六月号)




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