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    かけはし2020年8月3日号

仙台地裁は基本法をも無視した


7.6

女川原発再稼働問題で不当判決

避難計画の不備は危険意味せず

問答不用に再稼働同意差止仮処分申立却下

 【宮城】七月六日仙台地裁は、石巻市民一七人が宮城県・石巻市を相手取り、避難計画の実効性が欠如しているなかで、女川原発2号機再稼働に同意することを差止める仮処分申立に対し、「放射性物質放出事故が発生する具体的危険性について、住民側は一切説明していない」とし、「避難計画の実効性が欠如しているという主張に関わる事実だけをもって人格権侵害の具体的危険性があると解することはできない」と差止め申立を却下した。
 
同意と再稼働を
勝手に切り離す


  また、「立地自治体と東北電力が締結している安全協定に基づく『事前了解』と宮城県知事の『理解の表明』(地元同意)は、政府や東北電力に再稼働を積極的に求めるものではない」として、「同意は、複数の手続きの一つにすぎず、これをもって直ちに再稼働されるわけではない。再稼働の決定は設置主体の東北電力だ」と再稼働計画の2年先送りも意識して、同意と再稼働を切り離した判断をしている。柏崎刈羽原発や東海第二原発で地元同意が得られないために、規制委員会の適合性審査が通っても再稼働の目途すらたっていないという事実を無視している。女川原発も宮城県、石巻市、女川町の同意が再稼働の唯一の条件であることは明らかである。
 
避難計画の実効性
に言及しない決定


 「避難計画の実効性」については、「仮にそれが十分なものでなくても、人格権が直ちに脅かされる関係にはなく、原発の危険性が肯定されるわけでもない」と、宮城県と石巻市が、市民側の主張に「認否しない」いわゆる避難計画の実効性論議に踏み込まない法廷戦術をとり、まさにそれを受けての「肩透かしの決定」であり、裁判所が未だに「安全神話」に浸かっている姿を浮き彫りにした。
 避難計画への言及は、「仮に十分なものでなくても」と触れた程度で、避難所までたどり着けない避難計画という市民側の主張への言及は全くなく、国が「合理的である」と認めれば、正当化されたと公言している宮城県知事の態度をも検証しない決定である。
 
避難計画策定は
過酷事故が前提


  避難計画の策定が自治体に義務づけられたのは、福島第一原発事故を経験し、放射性物質を放出する大事故が起こり得ることを前提に、住民の生命・健康を守るためである。放射性物質を外に放出する大事故の可能性は、避難計画の策定を自治体に義務づけた「立法事実」である。(災害対策基本法4条1項及び原子力災害対策特別措置法5条) 市民側に避難計画の前提事実についてまで説明するのは不要であるのは明らかだ。
 福島原発事故以後、第1層〜第4層までの防護が突破される可能性があることを前提に第5層の防護(発電所外の防災対策)が法的に義務づけられたことを理解していないことを示す「決定」であり、避難計画の実効性に全く言及しない不当判決に対して市民側は七月一〇日、仙台高裁に即時抗告した。    (m)

三里塚一坪共有地登記変更を終って

心新たに闘いの決意

投書

三里塚と労働運動30年

常にエネルギー補給源だった

結城守保(79歳/元小田急労研)

 私が三里塚に初めて行ったのは一九六九年です。友人Mさんと一緒だった。
 彼は三多摩社青同の活動家であり、小田急検車労働者だった。三里塚で力をえた私たちは七〇年四月、「小田急労研」を結成した。創刊のアピールはMさん。Mさんはこうして組合委員長に立候補した。ビラのカットは第四インター学生のAさんが協力してくれた。
 当時、私は二九歳小田急の駅員で勤続一〇年。小田急の青年労働者民青と文庫「共産党宣言」を勉強するなど、先の見えない生活をしていた。
 それだけに三里塚大地はいつも新鮮だった。三里塚に行って驚いた。
 三里塚第一公園です。その数、約五〇〇〇人、赤、白などのヘルメットの大学生が多くいた。もらったビラも約三〇・枚全国からの結集です。
 一三時から集会が始まる。牧師戸村一作さんの挨拶に続いて、農民代表小川源さん、続いて婦人行動隊の小川むつさん。源さん、むつさんの一坪たりとも渡さない、堂々たるものだった。そしてデモに入った。これが結構一人一人にとって重要な闘いです。そして三里塚の闘争は、一九七〇年代大きく(とりわけ一九七八年三月、空港の包囲、突入、占拠)展開していったのです。
 さてここで私小田急労研の六点を報告します。
 @小田急組合執行部選挙と三〇年の代議員選挙です。新宿本社前宣伝です。ケンカです。また、弾圧です。草むしりが仕事という愛甲石田駅への不当配転です。
 A小田急電鉄新宿株主総会・株主会場内で発言した。当時は総会屋との闘いがひどかった。Mさんは堂々と発言した。
 B東京世田谷・代々木上原―成城学園前小田急高架線反対運動に連帯した。この運動は一九六〇年代から闘われ、結局一九九七年東京高裁で小田急敗北で終わった。また、この運動は東京狛江市革新都政へと発展した。
 C東京世田谷・梅が丘介護学校生徒の、梅が丘駅にエレベーターを。この運動に連帯した。この闘いをやることによって、小田急町田駅・海老名・本厚木駅などのエレベーターの設置に次々と勝利した。
 D神奈川・秦野駅前「石川奪還、部落解放ハンガーストライキ」秦野地区労に連帯した。神奈川厚木、伊勢原、秦野、山北と連なる被差別部落は、関東でもっとも大きい。結婚差別など悲劇あり。闘いもあった。
 E中曽根行革に反対し新宿駅前で毎週宣伝活動に連帯した。以上です。
 三里塚の闘いは、土地所有権の闘いです。国家権力は金もうけ、空港ありきです。騒音なんて二の次です。今日、資本主義はコロナで崩壊に向かっていると言ってもよいでしょう。
 三里塚一坪共有運動は正義の闘いです。頑張ろう。
(二〇二〇・七・二四)

投書

今こそ三里塚の経験生かす時
よみがえる数々の光景かみしめ

津山時生

 一坪共有地の所有権を大地共有運動の会に移転するという移転登記を最近終えた。一坪共有という所有形態は、当時三里塚の農業と自然環境を守るのに得策だったが、現在は共有運動の会に所有権を集約することが有効だということだ。所有権の集約はもっと早くてもよかったと思う。この度の移転登記を、私有財産を放棄したというようには考えていない。この点は、他の人も同じだと思う。こちらが闘いやすいやり方を選べばよい。一坪共有地運動の初期には、この運動を、土地を売り渡すものだと誹謗した人たちもいたが、その批判は当初から当たらない。
 私の三里塚とのつながりの最初は、狭山事件の現地調査のように、個人的にやった現地訪問だった。今となっては懐かしいが、現地の統一集会や分裂後の集会、また援農にもよく行った。駒井野砦の闘いの時は、間一髪の危うい経験もした。三里塚闘争のスケールの大きさは、なんといっても婦人行動隊と少年行動隊がつくられ、それが大きな役割を担ったということだと思う(青年行動隊のことは言わずもがな)。
 現地の夜の集会で、小学六年生の少女の演説を聞いたときの驚きと感銘はしばらく忘れられなかった。援農に行ったときに食べた紅ショウガ漬けがおいしく、その後その味をまねて今でも家でつくっている。
 決戦に向け現地集会は頻繁に開かれた。多くの場合バスで参加したが、自家用車で参加した時の帰り道、高速道路の坂道で車を停めてしまい、危うく衝突事故を起こしそうになったこともあった。3・26の時横堀で追いかけられて逃げながら後ろを振り返った、そのときの管制塔の赤い旗の映像は、記憶の中に今でも鮮明に残っている。三里塚は、私にとって経験の宝庫でもあった。
 3・26、5・20の闘いの後、地元とのつながりは、無農薬野菜の菱田の会を通したものだったが、それも今はない。さらに【一坪を手放して】、現地とのつながりの証しをなくしたのだが、この際地元に依存した意識から脱却し、三里塚がめざそうとしたものを、自分の生活の周りに広げることも大切だ。
 これからの日本社会は、21世紀に入ってから政権が削減し軽視してきた医療・介護や福祉・教育と文化・食と農業・生活に必要なインフラ整備・自然との共存などに力を注ぐべきだと思う。私たちが住むこの日本という国が、こんなにも脆弱だったとは驚きだった。
 例えて言えば、潮が引いたら海の底が見えた、という感じだ。私は、それが新型コロナが教えてくれたことだと思う。まさに、ここに三里塚の経験が生きる場があるのではないか。

映画紹介

監督エミリオ・エステベス/2018年製作/アメリカ

「パブリック 図書館の奇跡」

誰のための法と秩序と、そして民主主義!

 寒波から逃れるために約七〇人のホームレスが図書館を占拠した物語。ホームレスと共に占拠に加わることになってしまった図書館員スチュアートを中心にストーリーは進んでいく。その中で実にさりげなく単なる貸本業ではない図書館の様々な役割が示される、レファレンスサービスだけでなくオピオイド過剰摂取者の蘇生法講習会などまで行っている。
 そこにいるのに、存在を無視され、いないことにされてしまうホームレス。市の当局者もマスコミもホームレスが自主的に占拠闘争を開始できるわけがないと決めつけ、巻き込まれただけのスチュアートが銃を持ちホームレスを人質に立て籠もっていると決めつける。
 実際には寒波に行き場をなくしたホームレスが自主的に占拠を始め、共感しつつも、どうしていいかわからないスチュアートはオロオロするばかり。しかし市側の交渉人のかけてきた電話を職員としてとったはずのスチュアートは次第にホームレスの声を代弁する「過激な」代表者になっていき、武力制圧を企む郡の検察官(次期市長選に立候補予定)に厳寒の中、コートなしで五分間道路に横になってみろと要求する。
 ところが、ホームレスの身になってみろ! とというこのわかりやすい要求は、市当局者にもマスコミにも全く理解されず市長候補者の変わった行動と受け取られてしまう。市当局やマスコミは、図書館占拠がホームレスのデモンストレーションであることを最後まで理解できず暴徒として鎮圧しようとする。突入が迫る中、逮捕されるのは初めてだと動揺する仲間を、俺は数十回も豚箱に入ったことがあると慰めるシーンがある。黒人のホームレスは歩いているだけで逮捕されてしまう米国の現実。他にも「ここにいる大半は退役軍人だっていうのに」、「市民で納税者だったのに一回の失業で」というさりげない一言に米国のホームレス問題の背景が示唆されている。
 バリケードに迫る機動隊。そして占拠闘争の結末は。映画館で確認してください。      (矢野薫)




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