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    かけはし2020年8月10日号

NSSPの伝統を発展させよう


スリランカ

新平等社会党(NSSP)員への公開書簡

7月5日 レフト・ヴォイス

 「その通り。私は統一国民党(UNP)に加入した」[訳注1]。
 「私はUNPを活気づけるだろう」。
 「もしマルクスが今日生きていれば、(スリランカ前首相でUNP指導者の)ラニル・ウィクラマシンハと握手して、彼を抱きしめるだろう」。
 この引用は、ヴィクラマバフ・“バフ”・カルナラトネ教授が新聞や放送でおこなった最近の発言から抜粋したものである。
 彼は、(ブルジョア政党であるUNPの色である)緑色のシャツを着てデレナTVに登場し、政治的スタンスを変えることを恥じるべきではないと厚かましくも述べたのだ。彼はこのことを他のメディアやUNPの選挙運動の中でも繰り返してきた。
 ヴィクラマバフはUNPの候補者として総選挙に立候補している。今回の選挙では、UNPは他のいかなる政党とも選挙連合を組んでいない。それゆえ、ヴィクラマバフはUNPと連合するのではなく、UNPのメンバーとしてカルタラ地区から立候補しているわけである。

伝統的立場
の完全放棄


 ヴィクラマバフは、一九六〇年代に急進的な社会主義青年指導者として、政治の世界に入った。一九六四年にランカ・サマサマジャ党(LSSP)[訳注:当時の第四インターナショナル・セイロン支部であった平等社会党]がシリマヴォ・バンダラナイケ政権との連立関係に入ったとき、ヴィクラマバフはこの決定に反対して立ち上がった党指導者の一人だった。
 一九七八年にナヴァ・サマサマジャ党(新平等社会党、NSSP)[訳注2]が結成されたとき、LSSPにいた急進的青年たちの多くは、政治的知識人および公的部門・民間部門の労働組合活動家(公務事務サービス組合を含む)とともにその新たな党に加わった。ヴァスデヴァやヴィクラマバフといった優れた力量を持つカリスマ的指導者が一九八〇年七月のゼネストを指導し、彼らは人民に大きな影響を与える人物と考えられていた。
 こうした背景があったために、ヴィクラマバフは革命的政治活動にたずさわっている政治指導者とみなされている。
 彼の指導のもとにあるNSSPは、LSSPの左翼的伝統を前進させる上で、貴重な貢献を行ってきた。NSSPは、民族問題の政治的解決のために闘ってきたし、ブルジョワジーとの連合を形成するという政策に反対の立場をとってきた。いまやこの伝統は投げ捨てられ、ラニル・ウィクラマシンハの足元に埋葬されてしまっている。
 ヴィクラマバフの官僚主義的指導に反対して闘った人々は、自らの政治組織を作るために離党した。同志シリルトゥーンガも統一社会党を結成するために離党した。

反レイシズムを
口実にした屈服


 NSSPのアイデンティティが深刻に失われたそのときに、中央委員会政治局の多数派は党の理想を防衛し、発展させるために政治運動に基礎を置くことを決定した。二〇一二年、われわれはNSSPの伝統を受け継ぎ、ヴィクラマバフの反左翼政治に反対して闘い続けるために、「レフト・ヴォイス」の旗のもとに結集した。
 われわれの政治的目標は、すべての左翼グループとの同志的な共同作業を通じて、政治的なプラットフォームを基礎にした大衆運動、とりわけ労働組合運動を動員することである。われわれはまた、国際的な領域でも、ヴィクラマバフの「理論」に反対する闘いをおこなってきた。われわれは「レフト・ヴォイス」として第四インターナショナルの支部として承認され、さらにその執行ビューローは公式にヴィクラマバフの政治路線を否定した。これはわれわれの闘いのもう一つの勝利である。
 過去数年間で、ヴィクラマバフは誤った政治分析を発展させ、UNP指導者のラニル・ウィクラマシンハのことをレイシズム、宗教的原理主義、ファシズムと闘う「リベラルな社会民主主義者」と論じるところにまで至った。ヴィクラマバフは心の底から彼のことを信奉しているのだ。この茶番劇の最後のエピソードが、ヴィクラマバフがUNPの党員になり、UNPのシンボルである「象」のマークのもとでカルタラ地区から立候補したことなのである。
 いまや事態は一点の曇りもなく明らかである。ヴィクラマバフがUNPの旗のもとで立候補しているとき、これは打ちのめされるのに十分な理由ではないのか? この光景は、NSSPによる反レイシスト政治活動を支持していた人々の意識をかき立てるだろうか? NSSPの支持者のうち何人がヴィクラマバフのこの決定を心から支持することができるだろうか?
 過去において、労働運動指導者のヴァスデヴァ[訳注三]が運動の弱体化に懸念を募らせて、当時のチャンドリカ・クマラトゥーンガ大統領[訳注四]のいわゆる進歩派陣営[訳注:人民同盟のこと]に加わったことがあった。その時、ヴァスデヴァは、チャンドリカ・クマラトゥーンガが社会民主主義者で、レイシズムと宗教的原理主義者に反対して国民統合の立場をとる左翼的指導者だと言った
 彼は、こうした目標を達成するために、われわれは彼女に協力すべきだと理由を述べた。その当時、ヴィクラマバフは資本主義勢力との連合という政策に明白に反対する立場をとった。その当時、彼は党のアイデンティティを防衛するために断固とした姿勢を示したのだった。
 今日、ヴィクラマバフはヴァスデヴァの後を追っている。二〇一二年頃から、彼はずっとヴァスデラの理論を恥知らずにも焼き直ししてきた。ヴィクラマバフはNSSPの中に、UNP指導者のラニル・ウィクラマシンハを支持するプロジェクトを導入し、彼のことをレイシズムと宗教的原理主義者に反対する社会民主主義者だと描いたのである。
 NSSPには党内でそうした傾向に反対して、長期にわたり闘ってきた数少ない指導者がいることは事実だ。しかし、他の人々は、党の輝かしい歴史、そして党が担ってきた民族問題の政治的解決のための闘いを前進させることができると固く信じて、ヴィクラマバフを支持してきた。初めのうちは、そうした人々は自分たちの政策を曲げるつもりはないと言っていた。資本家勢力と連合するのは、政権のパートナーとしてではなく、ファシスト勢力との闘いのパートナーとしてなのであると言っていた。
 レフト・ヴォイスに結集する同志たちは、この間違った政治路線が忌まわしい降伏に帰結するだろうと警告してきた。しかし、彼らでさえもこの予測がこんなにも早く本当のことになるとは信じていなかったのである。

社会主義者の
伝統引き継ぐ


 親愛なる同志のみなさん。ヴィクラマバフはUNPに加わっただけではなく、その旗のもとで選挙に立候補することに同意したのだ。彼は恥ずべき政治的降伏を行ったのである。
 われわれは左翼指導者でUNPと手を組んだものが他にもいたことを知っている。目立ったものとしては、LSSPの結成メンバーだった故フィリップ・グーナワルデインが連立のパートナーとなる合意のもとでUNPと手を組んだことがあげられる。LSSPの指導者たちが、労働者階級に利益をもたらすという条件で合意文書に署名して、SLFPに加わったことも知っている。そして、ヴァスデヴァは、自らの政治的アイデンティティを守るために、急ごしらえに党の体裁を整えて、チャンドリカとの連携に入った。
 こうしたことはすべて、あからさまな降伏に過ぎなかった。ヴィクラマバフはかつて、傑出した国際主義的なトロツキストだと自称していた。反動的なUNPに加入することで、彼は同じような降伏をおこない、彼の政治的破産を暴露したのだった。
 親愛なる同志のみなさん。レフト・ヴォイスとしてのわれわれの立場をぜひ知っていただきたい。われわれは社会主義者(サマサマジスト)の政治的伝統を発展させるという責任を背負ってきた。われわれは、わが殉教者たち、同志たちがいわゆる愛国主義に反対し、党の名のもとにタミール人民の正義のために命を捧げた、その政治的ビジョンを発展させる。
 連帯を込めて。


[訳注1:統一国民党(UNP)は、スリランカの二大ブルジョア政党の一つ。もう一つのブルジョア政党のスリランカ自由党(SLFP)は二〇〇四年から政権を掌握、マヒンダ・ラージャパクサ大統領のもとで「タミール・イーラム解放の虎」との内戦中におけるタミール人大量虐殺およびその後の人権侵害・民族浄化政策を推進した]。
[訳注2:NSSPは、結成前はLSSP内部で分派を形成していたグループがLSSPから排除され、その過程で多くの活動家を結集して結成された。したがって、LSSPがバンダラナイケ政権との連立を決めたことによって、バラ・タンポら左派が分裂して結成されたLSSP革命派とは連続性を持っていない。NSSP結成当時はCWI(労働者インターナショナルのための委員会)スリランカ支部だったが、一九八八年にCWIを離脱し、その後第四インターナショナルに結集した。CWIに残留したグループは、統一社会党(USP)を結成した。]
[訳注3:ヴァスデヴァ・ナナヤッカラは、統一左翼連合から立候補した一九八九年の総選挙で当選し、NSSP所属の唯一の国会議員となった。その後、一九九四年の総選挙直前にNSSPを離脱して、LSSPに再加入し、人民同盟の候補者として再選された。人民同盟は、チャンドリカ・クマラトゥーンガを候補として大統領選挙を闘い、当選させた。]
[訳注4:チャンドリカ・クマラトゥーンガは、スリランカ自由党党首として一九九四〜二〇〇五年に大統領を務めた。シリマヴォ・バンダラナイケは彼女の母親である]。

来たる選挙について

UNPからの立候補は原則逸脱

社会主義めざす潮流強化を

6月30日 第四インターナショナル執行ビューロー

 八月五日に実施されるスリランカの選挙において、NSSP(新平等社会党:第四インターナショナル・スリランカ支部のうちの一つ)議長のヴィクラマバフ・“バフ”・カルナラトネが、前首相であり、統一国民党(UNP)指導者のラニル・ウィクラマシンハの支持のもとで、カルタラ地区のUNP候補者になるとのことである。UNPがブルジョア政党であり、右翼政党であり、スリランカの伝統的支配政党の一つであることは明らかである。
 NSSPは、スリランカにおいて第四インターナショナルと結びついている二つの組織のうちの一つであり、UNPのような政党の選挙リストに候補者として載せられることは第四インターナショナルの基本原則と明らかに対立するものである。われわれは、バフの立候補が社会民主主義との「統一戦線」の例であるというNSSPの説明を受け入れることはできない。UNPは社会民主主義政党ではないからである。UNPは資本家階級のブルジョア政党であり、アメリカの共和党、イギリスの保守党、インドのモディ率いる人民党とともに国際民主同盟の正式メンバーである。
 われわれはスリランカの進歩的勢力に対して、UNPやSLPP(スリランカ人民党)およびそれ以外のいかなるブルジョア政党をも支持しないこと、そしてそれに代わって労働者階級に基礎を置き、社会主義をめざす社会的・政治的組織を強化することを呼びかける。

フィリピン

ドゥテルテの新たな攻撃反対

反テロ法はテロに勝てない

民主的で環境調和のフィリピンへ

7月4日 ミンダナオワン


 署名するか、自然成立に任せるか、どちらかだった。ドゥテルテは二〇二〇年七月三日に署名する方を選んだ。彼に拒否権という選択肢はなかった。
 ATAあるいは二〇二〇年反テロリズム法(共和国法11479)の通過と法に向けたそれへの署名はまさに、この政府が誰であり、何をするつもりであるか――暴君であり、テロの種をまき、異議の声を粉々にする――を語った。
 過去の政府で証明されたように、民主的な諸要求と批判に対する戦争と攻撃は、反乱と抵抗を高めるに過ぎない。人民と諸コミュニティの民主的な要求に対する無視は、過激で暴力的な諸傾向に空間を提供してきた。そして新たな反テロ法は、まさにはじめからこれらに対する捨て鉢的な回答だ。
 この新たなATAは、意味のある、民主的で、公正、親環境的、親人権の統治と社会を求める人民の諸要求を黙らせようとする一つの系統的な攻撃だ、われわれはこう確信する。これは事実として、民衆と諸部分の社会的で民主的な熱望、諸々の批判、また異議への対処における軍国主義的枠組みの一つの制度化だ。
 これはまた、政府のCOVID19対応での説明責任を求める大規模な抗議の叫びに向け、武器にされる可能性もある。そしてその対応は、腐敗および当局の布告の乱用に関し悪態をつかれているのだ。それは同じ程度で、来る二〇二二年全国選挙における政治的反対派に向けても、テログループ支持者である、またその関係組織であるという単なる「嫌疑」を理由として利用される可能性もあるだろう。
 ミンダナオはほとんどの例において、証言者であった。そして世界の反テロ作戦として破壊さえされてきた。その作戦はほとんどの場合、バングサモロ、彼らの自決権と先祖伝来の領域を主張している先住民を標的にしてきたのだ。また標的は、農地改革と終身的土地保有権を熱望している小農民、漁民であり、それぞれの権利と福利を求め闘っている政治的、社会的な活動家であり、多国籍アグリビジネスや鉱業企業や領主然とした政治的支配者の協力による開発攻撃に対抗している残りの住民だ。人民とコミュニティの民主的な主張を抑圧しようとの、政治的寡頭支配者、資本家、腐敗した法執行官の行き渡った共謀は、ATA使用で正当化さえされる可能性がある。
 ドゥテルテ政権と下院、上院、治安機関のその連携者たちには、一九八七年フィリピン憲法は今なおこの国の最高法規にとどまっている、ということを思い起こさせなければならない。実際この一九八七年フィリピン憲法(現ドゥテルテ政権はその堀崩しを続けている)は、独裁者マルコスを打ち倒したこの国の歴史的な民衆的抵抗の産物なのだ。
 われわれは最高裁に、共和国法11479あるいはATAは憲法違反、と無条件に宣言するよう求める。
 われわれは、公正、平和、民主主義、また人権を尊ぶすべての個人、組織、運動に、あらゆる必要な手段により迫害と抑圧のあらゆる形態に抵抗し、立ち上がるよう訴える。
 われわれは、あらゆる形態の暴力とテロリズムに反対して立ち上がる一方、個人、民衆、またコミュニティとしての固有の権利を賭の対象にするわけにはいかない。もっと進めて、食料、医薬品、また健全性――この試練の時に嘘や銃弾や脅威のない、人民を中心に据えたパンデミック対応とコミュニティ――を求めよう。
 十分な用心を払おう。そして民主的で持続可能な、エコロジカルで親民衆的な社会・経済的、また政治的な未来を求める闘いという考えを失わないようにしよう。
 共に、COVID19パンデミック、および民主主義と人間的尊厳への脅威を克服しよう。(「ミンダナオワン運動」より)(「インターナショナルビューポイント」二〇二〇年七月号) 


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