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    かけはし2020年8月31日号

文学に表現されたパンデミック


書評

ダニエル・デフォー著『ペスト』(中公文庫)、アルベール・カミュ『ペスト』(新潮文庫)

2つの『ペスト』を読む (上)

コロナ禍―歴史の教訓から何を学ぶか

2つの『ペスト』が再版された

 新型コロナウイルスによるパンデミックは今や世界中に広がり、一億人が死亡したと言われる一九一八年〜一九年の「スペイン風邪」には及ばないものの、感染者数は、もうすぐ二千万人に達しようとしている。日本でも七月二二日には全国で七九五人の感染者数が確認され、「第二波の到来か」と連日マスコミは一喜一憂している。
 この新型ウイルス禍にどう向き合うべきかということをめぐり今や世界中が右往左往している。しかし感染者を多く出している国とその政府の指導者を列挙するとひとつの共通性が現れる。アメリカのトランプ、ブラジルのボルソナロ、ロシアのプーチン、イスラエルのネタニヤフ。彼らは罹患者や病人を見捨て、自らの大統領や首相のポストを守るために強引に経済活動の再開に舵を切った独裁者たちである。彼らは歴史の教訓から何も学ばず、権力の維持にのみ汲々としているのだ。
 日本の安倍首相もこうした人たちの列に入るだろう。安倍首相は東京五輪の開催や外交日程にのみ気を取られ、何ら積極的政策もとらず、陳腐な「アベノマスク」の配布に走り、初期対応に失敗した。そして自らの破産を隠ぺいするために、北海道、東京、大阪など各自治体首長の攻撃的政策に乗っかって失敗に蓋をし続けている。
 こうしてみると、安倍首相はアメリカのトランプよりもイスラエルのネタニヤフとコロナ禍対応は似ているといえる。
 イスラエルのネタニヤフはウイルス禍の初期に一カ月にわたって強圧的な外出禁止令などを出し、効果を発揮した。五月には一日の感染者数が一〇人を切るまでに減少し「第一波」を乗り切った。調子に乗ったネタニヤフ政府はすぐに「経済活動の再開」を叫び、学校やレストランなどを再開させ、電車などの交通手段も通常運行に戻し、週末には一挙にビーチなどに人があふれたという。しかし、ウイルスの猛威は再びやって来、七月に入ると感染者は一日二〇〇〇人を超え、第一波をはるかに超える事態にまで悪化した。第一波罰則付き外出禁止令が効果を発揮した一方、失業者は二〇%以上に跳ねあがるのに驚いたのである。日本の安倍政権が同じようにGO TOトラベルに走った構造とよく似ている。
 ネタニヤフは「試行錯誤だった。今思えば(経済再開)は少し早すぎた」と釈明したが、厚顔な安倍はとぼけ続け、国会も開催せず沈黙を維持している。こうしてみると安倍首相はその意味でトランプよりネタニヤフにそっくり。いずれにしろ歴史からなにも学ばない独裁者の列にはいる。
 世界はいずれにしろこのコロナウイルス禍にどう対応すべきかという手探りの真っただ中にある。人々の模索に応えるために、今年の二月から三月にかけて二冊の古典が全世界で再版された。日本でもこの二冊は相次いで再版された。すでに読んだ人もいるかも知れないが、この本のタイトルは二冊とも『ペスト』。一冊はフランス人でノーベル文学賞の受賞者でもあるアルベール・カミュが一九四七年に発表した名著(新潮文庫、宮崎嶺雄訳)だ。もう一冊の『ペスト』は、一七世紀にペストに襲われたロンドン市民の姿を描き一七二二年に発表されたダニエル・デフォーのパンデミック小説の名著であり、古典(中公文庫、平井正穂訳)である。
 前者はペストという不条理に闘いを挑んだ人々を描いたフィクションであり、後者は小説という形式をとってはいるが、ペストが大都市の中でどのように広がっていったのかということを著者自身の目と足で追って書き続けたノン・フィクションに近い。
 後に述べるがこの二冊は若い頃の私自身が活動の中で、読むことになった著作であるが一知半解でもあった。この二冊をぜひとも今回のコロナ禍の間に読んでほしいと思う名著であり題材だと思う。

デフォーの場合―17世紀ロンドン


 ダニエル・デフォーは、『ペスト』の著者というよりも世界的には『ロビンソン・クルーソー』の著者として名高いかもしれない。
 『ペスト』は、文庫本で約四五〇ページ程であるが、その間に一切の区切りはなく、一六六五年一月からの一年間という時間の推移を縦軸に、ロンドン市内でペストはどのように広がり、市民はどのように対応したのかを横軸として、一気に読み進むようになっている。唯一デフォーが読者が混乱しないように、毎月のように、時には一週間単位で各地区ごとの死者の数を表のようにみせる。これがペストの広がりの速さと規模の大きさを読者に伝える道具にもなっている。そして彼の巧みさは、各事象ごとに実にその事象の本質を表現する文章をわかり易く提起し、読者を引きつける。彼は著書の冒頭に近い部分で、ペストがロンドンで本格的に流行する直前の光景を彼と彼の兄との会話を通して見事に描いてみせる。ペストはロンドン市内でやがて貧しい層から富者へと広がっていくが、この兄との会話の中、著者自身が避難=逃亡も可能な富裕層に属していることをちゃっかりと挿入している。それによって「避難できる身分である本人が避難せず記述している」ことを冒頭で明らかにしているのである。その部分を簡単に引用してみよう。
 「兄は、要するに、自分は家族を連れて田舎に疎開するつもりだが、おまえも是非そうしろ、というのだ。そして外国での見聞をくわしく話してくれた。そしてペストに対する最上の予防法は逃げることだ、といった。それでは商売も商品も貸金も全部だめになってしまうと私がいうと兄は私に真っ向から反対した」。
 このようにペストに襲われたロンドンの最初は、富裕層のロンドンからの逃亡で始まる。七月になるとペストはロンドンの東側から西側に向かって本格的に広がり始める。時にはロンドン市街を縦横に流れるテムズ川にぶつかって足踏みをするが、基本的には東から西に向かって広がる。ロンドンでは東側に貧困層が多く住み、最初は貧しい住民がペストに襲撃される。そして東から西側に広がるのだが、この東と西の境には昔の城の城壁があり、古い大きな教会が建ち並んで、一挙に進むことを阻む。日本人は一定の地域を明らかにする時、町名や学区を使用するが、著者はロンドンの慣習に従い、「教区」に使用される教会が九二もあり、読者は閉口する。しかし、これも著者による読者への配慮であろうと思うが著者の冒頭に二枚の「ロンドン市街図」が掲げられている。読者は本著を読み出す前に是非とも二枚の地図を拡大コピーし、本の横に置いておくことをすすめる。
 ロンドン市内が最もペストが横暴を極めた時期は多くの医師が亡くなり、幌馬車と呼ばれる馬車が病人を乗せ、遺体を積んであわただしく行き来していた時期だという。
 「しかし、全期間を通じて最悪の時期は、九月の初めのころではなかったかと思う。この時ばかりは、……神がこの全市を殲滅しようと決意し給うたのだと、……これは私の推測だが、オールドゲイト教区だけでも週に一〇〇〇人以上の死骸を一週間もつづけざまに葬っていた」。
 この時期になると死体運搬人、監視人、墓堀人などを市長や行政、自治体が任命することが行き詰まり、かわって各教区の教会や牧師がイニシアチブを取り始める。行政機能が崩壊し、教区でも教会の牧師が住民を置いて逃げたり、亡くなったりという事態が多発する。そして残った教区の住民が自主的にイニシアチブを取り、死体を埋める作業を行うという形で新たな秩序が生まれ始める。この時期の事態を注意深く読むと、ペスト以降の宗教改革の出発点を見たような気になる。また新たな民主主義の出発も見てとれる。
 そしてデフォーは読者の感想を代弁するかのように本文の最後に次のように記述している。
 「私はもうこれ以上何もいうことはない。もし原因が何であれ、現に私自身が目撃したごとき、あらゆる背徳と忘恩の行為が再びわが市民のあいだに生じたことをあくまで詮議立てするという事をこれ以上すると……不届きな人間とみなされるであろう」。
 ここにはデフォーの信仰と理性の相克が存在している。今、世界中が立たされているのもこの地平である。      (つづく)
(松原雄二)

投稿

化石燃料ゼロ時代 B

どうしましょう? 精子のなくなる日

たじまよしお


  (9)

 プラスチックがホルモンに与える影響について筆者(GQ JAPANの)はデンマークの首都コペンハーゲンに飛び、小児内分泌学の権威であるニールス・E・スカケベックに会った。御年八二歳の彼は開口一番、男の不妊は深刻な危機だと言い、今や「デンマークの男の二○%以上は父親になれない」と告げた。
スカケベックが最初に異変に気づいたのは一九七○年代の後半だという。男性不妊患者の精巣に異様な細胞を発見したからだ。
それは精巣癌の前駆細胞で、しかも胎児のうちに形成されていた。長じて精巣癌になることを宿命づけられて生まれてくる男たち。子宮のなかで、いったい男の胎児に何が起きているのか?
研究を続けたスカケベックは、精巣形成不全と呼ばれる一連の症状(精子の劣化や精巣癌を含む)が胎内で始まることを突き止めた。妊娠中の母親が飲酒や喫煙を続けると胎児に悪影響があることは知られていた。そうしたストレスが胎児の生殖能力も損なっているのだろうか。
しかしスカケベックは、もっと決定的な原因を見つけた。それは産業革命に始まり、二十世紀における石油化学産業の勃興がもたらしたもの。石油の浪費による二酸化炭素の大量排出は地球の温暖化を招いたが、石油化学産業はプラスチックの微粒子をまき散らし、それを体内に取り込んだ私たちのホルモン(とりわけ女性ホルモンと男性ホルモン)のバランスに深刻な影響を与えていた。

  (10)

 人のホルモンバランスに悪影響を及ぼす合成化学物質は、専門用語では「内分泌かく乱物質」と呼ばれる。通称は環境ホルモン。私たちが日常的に使うプラスチック製品の可塑性や強度を高めるために使われる物質の多くは環境ホルモンだ。妊娠中の尿検査で、こうした物質が高濃度で検出された女性から生まれる男児はAGD(性器と肛門の距離)が短く、ペニスも短く精巣が小さい傾向がある。前出のスワンによれば、胎児の睾丸が男性ホルモンを作り始めるのは妊娠八週目の前後。そのころから環境ホルモンのせいで男性ホルモンが足りなければ、AGDが短くなるのも当然だ。
しかも私たちはプラスチックに囲まれて生きている。ペットボトルや食品の容器、サプリメントや錠剤のコーティング、柔軟剤や乳化剤、洗剤、便利な包装材。食品加工の装置にも使われているから、微量ながらも確実に私たちの口に入る。現代社会に生きる私たちは、いやおうなく環境ホルモンを体内に蓄積させている。
しかも、その影響は遺伝する。肥満による精子数の減少は遺伝しないが、化学物質の影響で男性ホルモンの分泌が減った場合、その傾向は息子に受け継がれる。つまり精子の少ない親から生まれた子の精子は、もっと少ない可能性がある。      (つづく)

投書

コロナ危機とキューバ医療団を世界に派遣

SI(医師)

 コロナ危機の中で、キューバは世界に医療団を派遣した。
 コロナウイルスの感染拡大が始まって以降、キューバは四月まで医師や看護師ら計一四五五人を二一カ国に送り出した。中南米・カリブ海諸国が中心だが、イタリアにも九〇人を派遣した。二〇一四年の人口一〇〇〇人当たりの医師数は七・五人で、米国(二・六人)や日本(二・三人)を上回る。(五月二日の読売新聞から)
 また、二〇一一年現在のキューバの一人当たりのGDPは米国の四分の一半分以下だが、寿命は同程度だ。一方米国の一人当たりの医療費は、ほかの先進国の倍以上で、民営の医療保険しかないため貧乏人はまともに医療を受けられない(FACTFULNESS, H.ロスリングより)。
 キューバの活躍に対する米国の歯ぎしりが聞こえてきそうな動きもある。中国から中南米他24カ国に向けて送られた医療物資などが、キューバ向けのものだけ米国にブロックされてしまう事件が起きた。人工呼吸器を供給していた在米のスイスの会社が米国企業により買収され、事実上、この会社からキューバに呼吸器が送られることは不可能になった。カリブ海域に米、イギリス、フランスの軍艦が出向くという、事実上海上封鎖となる不穏な出来事も発生。しかし、その後米国の軍艦から感染者が発生して、帰国を余儀なくされた。在米のキューバ大使館襲撃もあった。
 現在では、在米国キューバ人の母国への送金禁止などもろもろの圧力が続いて、コロナと闘うべき時代に経済的社会的ストレスを与えられ続けている。(八月一八日論座:板垣真理子さんの現地報告から)この報告でも明らかなように、米国の医療関連産業にとってはキューバの医療制度は大きな脅威になっており、破たんさせることが大きな目的になっているに違いない。
 コロナ危機の中で、日本を含む世界の医療制度の脆弱性が浮き彫りになった。一人当たりのGDPは二〇一八年の日本三万九三〇四ドルに対してキューバは八八二二ドルしかないのに、キューバには充実した医療が存在する。医療従事者数を三倍に。公的医療機関中心の医療。予防医学中心の医療。営利目的の医療禁止。公営製薬会社の充実。窓口負担はゼロ。医療保険は不要。これらはすでにキューバで実現している。その気になれば医療従事者の育成には金がかからないことをキューバが教えてくれる。
 日本はキューバの医療を見習い、海外に大量の医療団を派遣できるだけの力をつけるべく努力するべきだ。少なくとも医療制度については、人類が目指すべき未来をキューバが指し示している。
 なおキューバの進んだ医療事情については、You Tubeでも「本田宏医師とコロナ禍から私たちの未来を考える」で詳しく紹介されているので参考にしてください。   



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