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    かけはし2020年8月31日号

今こそ大製薬企業の社会化を


米国

地球上最高収益部門に居場所はもはやない

フラン・クイグリー/ナタリー・シュール

高価格と緩い規制が業界既得権

 われわれは必要な薬を手に入れるために、地球上でもっとも利益を上げている部門のなすがままにならなければならないわけではない。われわれは、製薬産業を国有化して、何百万人もが頼りにしている医薬品を公共財へと変えなければならない。
 米国でのコロナウイルス爆発の初期に、公共衛生・人間関連サービス局長官のアレックス・アザールがウイルスにまつわる憤激の導火線となった。何らかの潜在的に可能性のあるコヴィド19ワクチンが全員に入手可能になるかどうか、議会聴聞会で問われたとき、アザールは何らかの約束に引き込まれることを拒絶したのだ。彼は「われわれは確実にそれを入手可能にする努力をしたいと思うが、しかしわれわれはその価格を統制できない。われわれには民間企業が投資することが必要だからだ。……価格統制はわれわれがそこに達することを阻害するだろう」と返答した。
 彼の回答は評論家たちから酷評された。バーニー・サンダース上院議員はそれを「非道」と呼んだ。さらに下院議員のジャン・シャコウスキーは「アザールは『製薬大企業に白紙小切手を切って』いる」とツイートした。「ザ・ヴァージ」紙はその動きを「全員の健康を危険にさらすかもしれない」と力説した。
 しかしそれでも、いのちを救う薬を生産する上で、利潤を駆動源とする製薬産業に頼っているシステムという脈絡の中では、アザールの回答は相対的にありふれたものだった。これらの企業のビジネスモデルは、利他主義や共有財にではなく、高価格と緩い規制に基づいているのだ。
 ワクチンと治療剤開発で現在活動している多くの製薬企業は、価値のある商品、定義上全員が入手することにはならないもの、を生産するという期待の下に今それを行っている。アザールに対する批判が、ひどく怒りを受けるほど、またコヴィッド19薬剤は普遍的に入手可能であるべきとの信念においてたとえ正しかったとしても、それらの怒りの相手は、薬剤生産それ自体に責任のあるシステムでなければならなかっただろう。利益のための私企業がその生産から利益を引きだすとき、われわれは驚かされるだけで本当にいいのだろうか?

医薬品生産のシステムこそ問題


 しかしものごとはこうした方向にあってはならない。われわれは、われわれがもっと健康的な暮らしにいたるために必要とする薬を得る上で、地球上でもっとも利益を上げている部門のなすがままにならなければならないわけではない。薬剤価格が跳ね上がる中で、世界のほとんどの公的医療ケアシステムは、自らへの財源の干上がりに気付いている。二〇一八年単独でも、英国の国民医療サービス(NHS)は薬剤に一八〇億ポンド――あるいは年間予算総額の一六%――を費やした。
 これは、二〇一五年に英国政府が医療の研究・開発(R&D)に公的資金二三億ポンドを費やした、という事実にもかかわらずそうなっているのだ。事実として、ミチェレ・ボルドリンとデイヴィッド・レヴィンは『製薬業』という彼らの著作で、薬剤R&Dコストの前払い金全額では三分の二が公的投資として資金が出ている、と評価している。 米国ではもちろん状況はもっと悪い。すべての強力な企業が政治システムへの彼らの掌握を強め、全員のためのメディケアといった進歩的な提案を絞め殺している中で、製薬企業から押しつけられる価格は多くの場合直接患者に回されている。現在というこの時、公衆の利益と製薬業界の利益が一致することは決してないだろう、ということはかつて以上に鮮明だ。
 あらゆる患者が、支払能力よりも必要、に基づいた治療を受けることが確実にできるようにすることは、医薬品がどのように研究、開発、製造されているかをあらためて想像することを必要とする。医薬品を公共財へと変えるために、われわれは製薬業を国有化しなければならない。そしてそうすることは、あなたが考えるほど距離があるものではないかもしれない。

暴利をむさぼる医療ケア

 実に不愉快な薬価に関する大衆的な抗議は、将来のコヴィド19治療法についてのアザールのぞんざいなコメントよりずっと前からある。世界中で一〇〇〇万人と見積もられている人々が、彼らのいのちを救っていたはずの薬を入手できないことを理由に、毎年亡くなっている。先進資本主義諸国――そこでの薬価の重荷はより軽い――においてすら、製薬大企業の強欲が数々の死を引き起こしている。
米国では近年、価格が注射ケース一本当たり三〇〇ドルに達する中で、死にいたるインシュリン抑制という多くの例が起きてきた。米国人三人の内およそ一人が、費用を理由に必要な注射量を削っている、と言っている。その一方で製薬業界の利益率は、四〇%という驚くばかりの高さ――ほとんどの他の部門では見られない利益率――に達する可能性もあるのだ。
しかし、その結果が命に関わらないところでさえこのシステムは大きな問題だ。昨年英国では、若い難病患者ルイス・ウォーカーの有名な事例があった。必要な薬を入手するための彼のキャンペーンは、彼の治療に対する一〇万五〇〇〇ポンドという値札を引き下げることに対する製薬企業ヴェルテクスの拒否によって、ダメにされた。
彼の事例を基に、世論調査では、医薬品開発公有企業を設立するというジェレミー・コービンの提案を有権者の六八%が支持したということが示された。そしてその支持には、保守党の十分な多数(五七%)が含まれていた。
製薬企業はそのような法外な価格をなぜ求めるのか、そこには極めて単純な理由がある。要するに、彼らがそうできるからだ。価格が世界で最も高い米国では、それらを引き下げるための強固な仕組みは皆無だ。つまり企業がそれらの価格を指定し、強制力のある後退に追い込まれることはめったにない。
英国では、高度医療・ケア国立研究所(NiCE)が、NHSで利用可能な薬はどれか、を決定している。しかしその決定も、製薬大企業が請求する価格の問題になると、にっちもさっちもいかない。製薬大企業は、それらは製品の価値とそれらを市場に投入するために投じたマネーの公正な反映だ、と主張している。
しかしそうした主張は精密な検証にはほとんど耐えられるものではない。それらの企業に与えられている公的な助成の程度をよく考えた場合、民間製薬業界のかなりの利益は、なおのこといらだちを覚えるものだ。研究プロセスのもっとも費用がかかりもっともリスクの高い段階――最終的な支えである基礎科学――は通常、政府の資金によっている。それは民間企業の資金によるものではないのだ。
しかしこの政府投資は公益、ということを意味しているわけでもない。グローバル・ジャスティス・ナウに対する「ピルと利益」報告二〇一七年版は、NHSが公的資金を通じて開発された医薬品に毎年一〇億ポンド費やしていた、と見出した。さらに、NHSで利用可能なもっとも高価な医薬品五つの内二つは、英国政府資金に基づいて開発された、とも。
世界中で、公的資金による研究はそれにも関わらず私的な特許の適格性があるのだ。そしてそれが一企業に、何年にもわたる市場専有と問題の薬に対する無統制な値付け権限を保証している。諸政府はそれでも十分ではないかのように、それらなしには決して起きていたはずのない躍進のために膨らまされた価格に必要なだけ払い込んで、諸薬剤の最大の買い手にもなっている。要するに、公衆が二回支払い、その中で私有部門が利益を上げている、ということだ。
必要な薬にとって情勢が思わしくない――公的財源にありがちな向かい先の問題――としても、おそらくそれがなければもっと楽と思われる薬の問題に比べれば何ものでもない。それらの中でも先頭に来るのは、いわゆる「ミー・トゥー」薬品であり、それらは、すでに存在している医薬品とは事実上区別がつかないが、しかし、あるとしても正当化できる存在理由がほとんどないにもかかわらず、市場の足場を得るために医師と患者に猛烈に売り込みがかけられている、そうした薬のことだ。
ショックを覚えることだが、製薬業界のマーケティング予算は、それらが研究と開発に投じたものを超えている。それは、公的医療の必要にではなく、儲かる市場を探し求める方向へとギアが入れられた産業なのだ。

国有化への壁は法ではなく政治


製薬産業の国有化は、大問題の二つを一挙に解決すると思われる。すなわちそれは、不可欠な医薬品が私企業に利益を送り返す圧力なしに作成され、配分されることを可能にする。さらに、誰も必要としない薬に貴重な時間と財源を浪費することを終わりにする。
公的に資材が供給された医薬品開発は、公的研究を公的領域にとどめるだけではなく、どのような薬が作られるかに関し、民主的な監督に対しても余地を作り出す。公的資金による臨床試験は、われわれにかつて以上に信頼に耐え、信用できる情報を与え、反則すれすれの駆け引きや批判的データの隠蔽を減少させるだろう。そして公的な医薬品製造と値付けは、手頃な医薬品への現在のものよりもはるかに一直線的な道を提供する。何しろ現在の道筋は、その後に事後的な競争価格低下へといたる多数のジェネリック薬品製造業者の市場参入が続く、何年もの特許切れを待つことに依存しているのだ。
諸政府は、このすべてを製薬大企業によって人質にされることなく仕上げることができるだろう。そうすることに対しては、確かに多くの法的な先例がある。英国では、NHSの始まりにはおびただしい数の私立病院収用が付随していた。これに対する土台作業は、戦時の緊急医療サービスによって据えられた。事実戦時に英国と米国の両者では、製造工場は、また産業全体すらも、接収されたのだ。
米国ではもっと先頃の二〇〇一年九月一一日の攻撃後、全空港の安全保障サービスシステムが国有化された。コロナウイルス危機は、尺度の大きさが数多くあることから今後の広がりを確定できない、もっと大きな非常事態だ。そして米国や英国がもし私有製薬産業の国内資産を押収するようなことがあれば、インドのような諸国が何十年もやってきたように、潜在的可能性として、手頃な医薬品を世界的に輸出することもあり得るだろう。
本当の障害は法的なものではない。それは政治なのだ。そして、製薬業界が変わることなく自らを猛烈に守ってきたものこそ、その領域の中にある。そしてそれが、米国人が議会に対処させたいと強く思っている課題のナンバーワンとして薬価引き下げを世論調査が位置づけているにもかかわらず、行動がほとんど助けにならずに来た理由だ。
製薬大企業は、毎年キャンペーンとして、寄付とロビーイングに何百万人をも押しやり、二〇〇九年に遡る医療ケア改革交渉内部に一つの位置を悪名高くもたらしている。そしてその利益率が地球上で最も高い部類にあることを理由に、その部門は、彼らの投資目録がひっくり返ることを見ない方を好んでいる富裕で力のある株主たちにとって、重要な投資先であり続けている。
あらゆる国で公益を求めて産業を統制下に置くことは、相当な反対に会うことになると思われる。つまりこれは予想されるべきことであり、この産業の攻撃と対決して立ちはだかる不屈の意志をもつ選出された政治家との連携の下に、統制を要求している草の根の運動によって対抗が強化されなければならないものだ。何としてもナイ・ベヴァン(アイナリン・ベヴァン、第二次世界大戦後に英国の福祉国家政策形成に大きな影響力を発揮した、労働党左派を率いた政治家:訳者)は、NHSを生み出したことを理由に、ナチスにたとえられたのだ。
真実は十分に鮮明だ。つまり、私有製薬企業の天文学的な利益と普遍的に入手可能な医薬品は、今後とも決して両立可能な目標とはならないだろう。製薬大企業以上に機能障害のある産業は想像するのが難しい。しかしコヴィッド19が示すように、他に先駆けた医薬品研究と生産に対する必要はただもっぱら高まりそうに見える。われわれがその研究結果がそれらの医薬品を必要とする者すべてに利用可能であることを強く願うならば、今こそ、医薬品生産の今とは原理的に異なるシステムを想像するときだ。(「ジャコバン」誌より)
▼フラン・クイグリーは、インディアナ大学マッキニー法科学院で「医療と人権クリニック」を指揮している。ナタリー・シュールは、TVディレクターで記者、『アトランティック』、『スレート』、『パシフィック・スタンダード』、その他にその成果が掲載されてきた。(「インターナショナル・ビューポイント」二〇二〇年八月号)   



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