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    かけはし2020年8月31日号

混乱と動揺を乗り越え、真の階級的責任を果そう


民主労総代議員大会―執行部辞任以後

キム・ソク(ソウル)

 「責任」という言葉で「ドン」と撃つことはできないもの

 去る7月23日、民主労総25年の歴史上初の「オンライン」代議員大会は、「コロナ19危機克服のための労使政代表者会議の合意最終案」を否決して終わった。民主労総委員長 ―首席副委員長―事務総長など執行部は、その「責任」をとって辞任した。しかし、彼らが「辞任することで、責任を果たした」と強弁することができるかは分からないが、今回の事態が民主労総運動に残した傷と労働者階級が耐えなければならない苦痛は決して「責任」云々で慰めることができるものではない。
キム・ミョンファン執行部は、労使政の合意を押しつけながら、これまで以上にメディアとのやりとりはうまく進行したが、肝心の民主労総内部の声に対しては、無視で一貫していた。すでに昨年もキム・ミョンファン執行部は「経済社会労働委員会(経社労委)参加問題」をめぐり激しい反対に直面している。このような事情を知りながらも、今回の労使政代表者会議に前もって乗り出す提案をしていたが、いったいどんな合意を交わしたのか明らかにすらしないまましばらくの間交渉を続け、調印式直前になってはじめて合意をぽんと投げつけた。すべての過程が暴力的意思決定に貫かれた。
民主労総の多くの産別組織の代表者と地域本部長で行われた中央執行委員会(中執)のメンバー多数が合意案に反対し、何よりもその合意案が名分にした当事者である非正規職の現場組合員が強く反発した。それでも執行部は、労使政合意案の賛否を問う代議員大会を招集し、「規約上委員長の権限」という強弁で正当化した。「中執決定として社会的対話の承認を受ける」として当初、自分たちの約束さえ全部くつがえし、労使政合意案に抗議する多数の反対意見を「規約上の権利」を掲げて黙殺した。
この暴力的な意思決定を裏付けるために執行部が頼ったのは、再び「政派」の構図であった。労使政合意に反対する意見を「対策のない強硬派」として悪役に追いやり、自分たちが望むような労使政合意が承認されなかったため、「政派に左右される民主労総」という粉飾でメディア対応を繰り広げた。このような構図の中で、組合員大衆は偽りの啓発と教化の対象に転落した。「政派を越えて代議員と直接やりとりする」としていた公言とは異なり、7月23日の「オンライン」代議員大会は、組織的議論もなく、ただ賛否だけとる方式で強行された。これがやりとりの場になるはずだった。

手続き以前に、認識に問題があった

 しかし、今回の事態に対する評価を、これらの手続き的な問題と執行部の独断だけに限定してはならない。コロナ19事態を契機に広がる情勢について的確に認識していなかった問題を、まず指摘しなければならない。コロナ19の問題は、ただウイルスの問題ではなかった。コロナ19は、この資本主義システムの脆弱な部分をさらに厳しく攻撃した。コロナ19事態を可視化しながら、政権と資本が見せた態度は二重的だった。一方では、危機を大声で叫びながらも、また一方では、持っている者たちが精一杯取りまとめる機会を最大限に享受する。
これら危機論を説くのと同時に当たり前のように「苦痛分担」を要求する。「国家レベルの危機対応」というイデオロギーの中で、階級的利害関係は隠ぺいされる。「国民経済の危機の前に苦痛分担は避けられず、譲歩と妥協は美徳であり義務」というものだ。支配的イデオロギーは、支配階級のイデオロギーであるだけだが、労働者階級は、現在「未曾有の国家的危機対処」という美名の下に「国民的義務を遂行しなければならない」という欺瞞に苦しめられるようになる。
労働者階級が「経済救済」や「経済危機対応」という提案に共鳴した瞬間、すでに傾いた運動場はさらに傾く。政権と資本が作った枠組みの中で劣勢と防御局面を免れることは困難なことである。一方、資本は危機の一方で精一杯の機会を享受する。世論を背景に苦痛分担を強要する機会、「企業救済」のための規制緩和を堂々と要求する機会、危機を持ちこたえられない他の資本をふんだくり資本拡大を図る機会、後ろめたさなく減税を要求して財産を増やす機会、「新成長動力創出」のために政府の各種支援を受ける機会。
このように、コロナ19の衝撃は決して平等ではなかった。経済封鎖局面でも感染の危険を冒して生活のために働き続けるしかなかった人々は、社会保険の死角地帯に置かれてきた貧困層、「企業救済」の前に解雇以外の選択を見い出せなかった労働者にとってコロナ19は、さらに過酷だった。経済危機の直接的な打撃でさらに痛みを受ける低賃金・非正規・未組織労働者、移住労働者、女性労働者に「コロナ19事態を克服するために協力しよう」という、政府と資本の主張は空虚以外の何物でもない。

政権の花見札

 「コロナ19危機克服のための社会的対話」は、少なくとも労働者階級には、最初から間違ってはめ込まれたボタンであった。民主労総運動に必要なのは、「危機克服のための譲歩と妥協」ではなく、危機を招いた責任を追及し、その対案を大衆的に模索することであった。「社会的対話」ではなく、対政府・対資本闘争が必要だった。しかし、民主労総は、昨今の危機情勢に対する不徹底な認識の中で労使政合意に吸い込まれ、それ以降の経過は、先に指摘した通りである。
事実、このような没階級的情勢認識は、民主労総執行部だけでなく、いく人かの中執委員を含めて、かなり広範囲に同意地盤を構築していた。これを基盤とする機会主義的動揺によって、調印式直前まで行った労使政合意に対する大衆的な反対が下から結集したのがむしろ意外な状況とまで感じられるほどだった。これらの労使政合意に反対の流れは、執行部の暴力的意思決定を加速させるようになったが、むしろ「情勢的脈絡を度外視した教条的な路線争い」という非難まで受けていた。
一方、ムン・ジェイン政権にもコロナ19事態は、すでに危機に直面していた韓国資本主義システムと財閥体制に免罪符を与え、突破口を開く機会であった。この政権にとって労使政合意は「成功すれば、民主労総を骨抜きにさせ、失敗すれば、危機克服のための苦痛分担の世論を起こし労働柔軟化で圧迫することができる」花見札であった。
民主党をはじめとする自由主義勢力は、今回の危機を契機に、規制緩和と「企業救済」など、自分たちのやり方を正当化し、さらに進展させようとした。また一方で彼らには労働運動陣営も、自分たちが組む新しい主流秩序の中で再構成されなければならない対象にすぎなかった。コロナ19以前から労働改悪攻勢としてあらわれたムン・ジェイン政権の反労働基調の露骨化はコロナ19事態を経て力を増している。この渦中に民主労総が労使政合意の沼に自ら飛び込んだので、どれだけ満足したことだろうか? ムン・ジェイン政権とメディアの全方位的な「キム・ミョンファン執行部庇護」は、これを如実に示している。

民主労総の課題と真の「責任」

 積極的な「労使政合意反対」運動が起きた結果、7月23日のオンライン代議員大会で合意案通過は拒否されて、翌日キム・ミョンファン執行部が辞任したが、民主労総内外の条件はあまり良くない。しばらく指導力と組織力は萎縮する可能性が大きく、政権と資本のイデオロギー的攻勢と世論を動員した圧迫はさらに激しくなるだろう。しかし、労使政合意反対の流れが結集しながら、肯定的な面も見せてくれた。執権後半期のムン・ジェイン政権の反労働基調に対する組織内の認識がより明確になり、(外見上の主要な政派を問わず、)闘争戦線をさらに鋭く再確立しなければならないということの同意地盤が構築された。
民主労総の課題は明確である。IMF事態に次ぐ今の危機で労働者のひどい状況を受けて内部で戦う階級代表を拡充しなければならず、ムン・ジェイン政権の反労働基調に立ち向かう闘争戦線を構築しなければならない。真の階級代表を獲得するには、当然のことながら、現在の経済危機の前面で逆風を迎えている未組織・非正規職労働者と共にする民主労総としなければならない。民主労総はこの未組織・非正規職労働者の盾であり、窓でなければならない。闘争戦線の構築は、ムン・ジェイン政権の親資本―財閥救済強化に加え、露骨に進められている労働運動右傾化再編策動に立ち向かう闘争として具体化されなければならない。
執行部辞任後の構成されている非常対策委員会体制で、それも直選3期委員長選挙をいくらも残されていない状況で、民主労総に堅固な闘争戦線の構築はもちろん、簡単ではないだろう。しかし、コロナ19が、私たちに見せてくれたことは、限界に直面しているシステムを守るために、社会的資源を資本に注ぎ込んで搾取をさらに強固にする総資本の側からの階級闘争である。彼らが言う危機対応イデオロギーに流され防御に汲々とするなら、運動場はさらに傾くだけだ。
危機は平等ではなく、対応は階級的であるしかない。「経済救済」ではなく、「新しいシステムが必要だ」と主張する時だ。コロナ19事態で明らかになった、否コロナ19事態そのもので取得した資本主義の構造的な問題を明らかにしなければならない。労使政合意の強行事態が引き起こした混乱と動揺を早急に終わらせなければならず、そのためにも、危機に対する労働者の当面の要求と共に公的資金投入企業の国有化をはじめとする急進的要求を結合させ戦いを組織しなければならない。構造調整・廃業の事業所が日に日に増えるこのような状況では、ためらっている私たちの「責任」があまりにも大きい。(社会変革労働者党、「変革と政治」第111号より)

朝鮮半島通信

▲韓国の元徴用工訴訟を巡って敗訴が確定した日本製鉄(旧新日鉄住金)が資産差し押さえの決定を不服として行った即時抗告について大邱地裁浦項支部は8月13日付で、日本製鉄の即時抗告を認めない決定を出した。
▲海上保安庁は8月15日、日韓の中間線から約10キロ内側の海域・長崎県五島市の女島沖141キロで海洋調査をしていた測量船「平洋」が同日午前4時20分ごろ、韓国海洋警察庁の船から調査を中止するよう無線で要求されたと発表した。
▲米韓両軍は8月18日、韓国でコンピューターシミュレーションによる合同軍事演習を開始した。
▲朝鮮中央通信によると朝鮮労働党中央委員会第7期第6回総会が8月19日、党中央委員会の本部庁舎で行われた。総会では金正恩朝鮮労働党委員長が演説を行った。総会では、第8回党大会の招集に関する朝鮮労働党中央委員会第7期第6回総会の決定書が採択された。

コラム

図書館クラブの友人

 梅雨が続いていた七月のある日、突然高校時代の友人が訪ねて来てくれた。消息を前日に会ったもう一人の友人から聞いたという。会うのはもう十数年振り。それでも手を挙げて「やぁー」と言うだけで、そんな時間差が吹き飛んでしまうから不思議だ。彼とは高校一年、二年で同級生であり、一時期席が隣同士であり、「図書館クラブ」に属していた。「図書館クラブ」は、学校側が認めているものではなく、自治会も承認していない一部の生徒だけの呼称であった。学校内では一〇〇人を超えていたが、一年生の時、このクラブに属していたのはクラスで六人だけであった。二人は野球部員、一人は柔道部、一人は地学部、一人が考古学部、一人がジャズバンド同好会であった。この六人は出席日数が足りなくて、春、夏、冬の休みには約一週間から一〇日程図書館で自習をし、足りない出席日数に加算してもらう仲間であった。
 その中で、試験で赤点をもらい追試を受ける連中を「特待生」と呼び、私も二年から三年に上がる春休み英語の追試を受け、「英語の特待生」と呼ばれた時期があった。
 スポーツクラブは春、夏、秋に試合があり、勝ち進む程逆に出席日数が足りなかった。わが高校はラクビー、柔道、その次に野球部が強かったが、残念にもクラスにラクビー部員がいなかった。学内的には応援団の部員もこの中に入っていたが、応援団の部員もクラスにはいなかった。中でも一番出席日数が足りないのはジャズバンドの連中で、多くの学科でも特待生であった。
 私と座席が隣りの地学部は、晴天の日には午後から望遠鏡とテントを担いで市内で一番高い山に星を見るために出掛けた。彼はクラスの人気者で出かける時にみんながパン代をカンパした。もう一人が今回訪ねて来てくれた考古学部で、年中土掘りに出掛け、晴れた日の土曜日はほとんど学校にいなかった。時々彼の母親が自転車で弁当を持って来、「うちの息子は今日はどこでしょう」と聞いてまわっていた。
 野球部の一年生であった私は、毎週五個程のボールを先輩から渡され、赤い糸でボールの縫い直しをやらされた。しかし縫う作業もむずかしいが、それより泥んこのボールの泥落とし、そしてオイルで磨く作業が大変であった。私は一連の作業を週二〜三日、毎日のように机の下でがんばっていた。
 二学期が始まると両隣りの地学部と考古学部の二人が手伝ってくれるようになり、やがて彼らはボロ布を自分の家から持って来て作業をやってくれるようになり、私の居眠り時間が増えた。雨が降る日は彼らは部活が休みで、私も練習が早く終わるので、駅で待ち合わせ、映画を観に出掛けたり、ジャズバンドを見舞ったり、遠くまでラーメンを食べにも行った。もし彼らが居なかったら、高校生活は野球漬けで、豊かさの欠けた味気のないものであったろうと思う。高校卒業後、それぞれ進路はバラバラになったが、今でも「やぁー」で通じ合う友人である。土掘りの考古学部の息子はおやじのあとを継ぎ、どっかの大学で今でも学生を引き連れ、土掘りをしているという。「おやじの背中」とはそういうものかと妙に感心する今日この頃だ。     (武)



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