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    かけはし2020年9月7日号

「不条理」として捉えたペスト


書評

ダニエル・デフォー著『ペスト』(中公文庫)、アルベール・カミュ『ペスト』(新潮文庫)

2つの『ペスト』を読む (下)

コロナ禍―歴史の教訓から何を学ぶか

カミュとアルジェリア

 カミュは、一九一三年に仏領アルジェリアの地中海の沿岸で生まれ、近隣の港町オランで育った。父はアルザス出身の出稼ぎ労働者で、母はスペイン系のフランス人。父親はカミュが生まれてすぐに亡くなり、苦学をしてアルジェリア大学の哲学科に入学した。『ペスト』を発表した時、彼の職業は新聞記者であったが、そこに至るまでは自動車部品の販売人など数多くの職業を転々とした。
 彼はアルジェリアの新聞記者から一九四〇年にパリの新聞社に入社できたが、この年にドイツ軍がフランスに侵攻した。そのためカミュは故郷に戻ることを余儀なくされた。彼はオランに戻ると「自由フランス」のためにレジスタンス運動に参加する。当時のことについてはカミュの書いた小説第一作の『異邦人』に詳しく記述されているので、ここでは省くこととする(『異邦人』も必読)。
 小説『ペスト』の舞台は、カミュが育ったアルジェリアの港町オラン市であり、町はペストに感染され閉鎖される。住民はそれぞれ自宅に閉じこもることを強制されるが、互いに連帯し、やがてペストの禍をはね返すというストーリーである。ペストに襲われ、外部と全く遮断された小さな地方の一都市の中でペストと闘う医者リウーを主人公とする仲間の交流と連帯という形を取って小説は展開される。
 この本が出版された一九四七年のフランスには、第二次世界大戦の記憶が生々しく残っており、カミュは多くのフランス人が見、体験した「ナチス・ドイツの占領」という不条理をペストに託し描いたのである。人々の自由や生命を奪う不条理に対し、「連帯」して戦うことこそ人間として最も尊いのだとカミュは小説『ペスト』を通して訴えたのだ。訳者の宮崎嶺雄は解説の中で「カミュは、コミュニズムとキリスト教との間に、より人間的な第三の道を求めようとしている」。「登場人物の医師リウーがそれを実践しているのであり、彼は住民をペストという不条理との闘いに獲得するオルガナイザーである」という。
 一九八〇年にフランスの同志にカミュの『ペスト』をすすめられたのだが、その言葉の中に込められた思いを理解できなかったし、それを最近まで考えてきた。横道にそれるがそれについて簡単に述べてみる。
 一九八〇年に「青年組織をどう考えるか」という会議がフランスで開催された。それは第四インターナショナルが各国で青年同盟の建設を各国支部の組織方針の重要な軸にすえるための討論の場であり、各国での経験を集約するために設定されたものでもあった。「日本共産青年同盟」も当然にもこの会議に招請されたし、主要報告者でもあった。当時、三・二六闘争で管制塔占拠まで行った日本の青年同盟を公然と支持したのは、フランスの青年同盟とヨーロッパの二〜三の国、そして南米のアルゼンチンぐらいで、あとは保留的立場で、アメリカのSWP(社会主義労働者党)とスペインの青年同盟はやや批判的であったと記憶している。
 日本とフランスは青年組織は支部とは別に全国的結集をはかり、独自の機関をつくり運営されるべきであり、青年運動の中に急進的極をつくるべきであるという主張であった。SWPは党の青年部としてつくるべきという意見であった。スペインもアメリカに近かったが、スペインの国内情勢を強く反映していた。スペインでは当時、モンクロア協定という法律が施行されていた。(モンクロア協定とは労働者の雇用、採用にあたっては解雇されている労働者を優先すべきという制度)このためスペインでは青年の失業者が圧倒的に多かった。党は青年を獲得したら組織内にプールし、学習活動やレクなどを中心にしてメンバーを維持すべきであるとして「党の青年部」に近いイメージを主張していた。
 この青年組織の討論のあと、フランスの諸君は私に対して「是非カミュの『ペスト』を読んでくれ! われわれはフランスでは青年こそ民主主義的権利を守る行動隊としてあるべきだ。それが青年運動の当面の課題だ。フランスの民主主義、ヨーロッパの民主主義の現実と政治的限界を是非知ってほしい」。
 当時フランスの青年同盟の諸君は、街頭デモでも機動隊の規制に立ち向かうという形でそれを実践していた。
 日本に帰るなり、私は神保町の古本屋を探しまわった。そしてその時初めて『ペスト』が二冊あることを知ったし、カミュの『異邦人』という小説があることも知った。
 そして読んだ結果、カミュの主張するキリスト教とコミュニズムとの間の第三の道ということの意味を考える糸口を「少しではあったが」ようやく見つけることができた。「まったくフランスもヨーロッパも理解していなかった」ということが分かったのだ。
 カミュとデフォーの『ペスト』を通読して初めて、ヨーロッパ社会の中で占めるキリスト教的倫理観の大きさ(歴史的)を知ったし、今日ヨーロッパブルジョアジー・保守的な層をつないでいるのもキリスト教的倫理観であることを知らされた。仏教徒とは名ばかりでなんら歴史的一貫性を共有しない日本人社会との違いを初めて知った。そして「アジア」的とは何か、地理的な意味あいしかないのか、これも私たちに問われている課題であることを知らされた。
 カミュが取り上げた「コミンテルン」とはスターリン・コミンテルンをどう総括すべきかが第三インターナショナルの評価の問題であることに気づかされた。第二次大戦の初期段階でロシアはナチスと手を組み、コミンテルンの各国支部(共産党)はそれに従い、人民をナチスの足元に投げ出したのである。この悲惨な歴史的総括。これこそ「第三の道」なのである。「第三の道」こそフランスの同志たち(トロツキスト)やサルトルなどのフランス知識人が求めた道なのだと初めて理解した次第。

コロナ禍以後の社会

 今、私たちに問われているのは、古くて新しい命題ではあるが、今回のコロナウイルス禍の後にどんな時代が来るのか。新しい時代をどう考えるのかということであろう。
一四世紀に世界を襲ったペストは、それまでのヨーロッパの中世を終わらせ、ルネサンス的新しい文化を用意したと多くの歴史学者は声を揃える。デフォーが描いたロンドンを中心にヨーロッパを席巻したペスト後については、歴史学者は異口同音に「近代」が始まったという。ここでは各国ごとの検討はできないが、その現われ方はそれぞれ違う。
イタリアでは最もはなやかに「ルネサンス」が花咲き、ドイツでは宗教改革として具現した。フランスはルネサンスの影響を受けるとともにフランス革命へと人々を導いていった。それまで主要輸出製品を綿織物に頼っていたイギリスは産業革命をなしとげた。
だが、ウイルスに対する勝利感に酔いしれていたわけではないだろうが、「新大陸」であるアメリカ大陸にウイルスを輸出し、アスカやインカという長い間アメリカ大陸で繁栄してきた文明を滅ぼした。一九一八〜一九年に世界で一億人が死亡したといわれる「スペイン風邪」もまた、第一次世界大戦を戦った兵士たちが各国に持ち返ったといわれる。その意味でペストを始めウイルスと人類の出合いは、歴史上大きな節目になってきた。
日本ではマックス・ウェーバーは、戦後民主主義派の丸山真男らが持ち込んだ「官僚論」や「暴力論」が教科書のようにあがめられてきたが、ヨーロッパではマルクスのようにひとつの歴史学の流れを形成している。特に産業革命とキリスト教的思考の関係を考察した『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』は名高い。彼の分析もはしばしにカミュ同様にデフォーの『ペスト』を深く分析・研究していることがわかる。カミュは本著『ペスト』の最後に、「ペスト菌は決して死ぬことも消滅することもないものであり、数十年の間……眠りつつ生存することができ……そして、おそらくいつか人間に不幸をもたらすために……どこかの幸福な都市に彼らを死なせに差し向ける日が来るであろうということを」。
このカミュの遺言に対してわれわれはどう応えるべきか。オラン市でリウーとともに戦った仲間に対して胸を張る程の進歩を実現したか。このことは前述したようにデフォーの最後の一文に対しても同じである。
今回のコロナウイルスのパンデミックと並行し、新しい時代を考えるための三つの事件が進行している。
第一は、アメリカを中心にして闘われている「ブラック・ライブス・マター(黒人の生命も大事だ)」運動だ。アメリカの黒人差別は、「南北戦争」や戦後のブラックパンサーの闘いを通しては終わらず、差別と貧富の格差は拡大し続けた。この闘いは、二〇世紀を領導したアメリカ帝国主義のダブルスタンダード的民主主義に対する抵抗であり反乱である。この闘いは、民主主義を問うレベルを超え、二〇〜二一世紀にアメリカが押し進めた「戦争と平和」「パックスアメリカーナ」への疑問として浮上するであろう。これは「帝国主義陣営」と呼ばれる日本やヨーロッパをも早晩直撃することになるだろう。
第二は、二一世紀後半にはアメリカ帝国主義に代わって世界のヘゲモニーを握ろうとする中国の精神的権威の崩壊である。今日世界中の人々が中国官僚が香港の民主主義を弾圧するのを目撃しており、東・南シナ海での中国の軍事的拡張をアジア人民が理解している。かつて「文化大革命における紅衛兵運動」が世界中に広がっていた左翼に対する権威を失墜させたように、今度はブルジョアジー・保守層を巻き込んで進むであろう。もしかしてロシア=中国と続いた社会主義の理念と精神的権威をブルジョアリベラリズムの中からも一掃する程の大きな事件である。このように二〇〜二一世紀にかけて世界を席巻した二大イデオロギーと権威が崩壊と破産に入っているのである。日本の首相である安倍はこの間アメリカ・トランプとの密接な関係を協調してきたが、今やトランプも習近平も選択できないでいる。これは世界のブルジョアジーが陥っている現実そのものである。
第三は、今や世界中に広がる洪水や自然災害の根本にある資本主義的生産システムの破綻である。この間資本主義的グローバリゼーションの破産は経済的にも明らかになったが、今や経済・労働の全分野に波及している。突きつけられているのは、マルクスやウェーバーが予感した「資本主義社会」が終えんしようとしているのである。今やこの次の世界・時代を明らかにすることが求められている。
われわれは機関紙「かけはし」を通じて「エコ社会主義」を声高に叫び始めているが、われわれは人々に対して「よりわかり易く」説明できるものに肉付けする必要がある。そして「エコ社会主義」を建設する潮流をつくるために、あらゆる大衆運動や選挙闘争の中で、公然と主張していくことが求められている。『ペスト』の教訓はわれわれ自身がカミュの描いたリウーを中心とする闘いを実現することにある。
(松原雄二)

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駅前広場生活者の支援

郡山 N・K

 駅前広場生活者Wさん支援活動の報告。
 食事は主にコンビニのゴミ箱から調達し夜は広場のベンチを寝床にしていたWさん。所持金は三〇〇円。先週末に相談を受け、支援開始。
 昨日、子ども食堂から弁当調達、火曜と木曜が持続的に可能。本日、地域の障がい者自立生活センターに介護労働の面接、九月初めに研修の運びに。この仕事につければ生活再建が可能になる。取り敢えずの住まい確保は平和運動を共にしてきたKさんからのご協力で実現。明日から入居とトントン拍子で進みました。
 ただし、スポットでない食事確保が必要。提供可能な方、連絡ください。
 今後、コロナ不況の深まりで、路頭に迷う人が急増する。
 地域版反貧困ネット、緊急アクションの活動、資金確保が必要です。繋がりを広めて前進していきたいですね。よろしくお願いします。



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