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    かけはし2020年9月14日号

2勢力の地殻変動的対立が今後10年を規定


米国

大統領選のどのような選択でも
その先にある危機と闘争は続く

2020年8月22日 『アゲンスト・ザ・カレント』編集部

 すべての政治的な先行指標によると、ドナルド・トランプは、数十年間でもっとも衝撃的な選挙での敗北へと、共和党を引きずり下ろしている。「陣頭指揮」ということばが、完全に防ぐことができた新型コロナウイルスによる医療・経済的惨事に対してトランプがやっていることを指すのなら、彼は自分自身の利益のためには、喜んで何もかも犠牲にすることを証明していることになる。

もっとも不快な姿をさらして

 アンソニー・ファウチ博士[訳注:アメリカ国立アレルギー・感染症研究所所長]が、一一月までは毎日一〇万人のコロナウイルス新規感染者が発生すると警告したときに、トランプが「ブラック・ライブズ・マター」のデモに対抗するために連邦保安官と国境警備隊を派遣したことは、「法と秩序の回復」を口実にアメリカ諸都市の混乱を煽るために意図的に計算されたものだった。
それがうまくいかないと、トランプはもう一つの混乱を誘発する策略に転じ、一一月の選挙は郵送投票によって「不正に操作」されていると言い出したのである。通常の政治がおこなわれている時代であれば、世論調査で不利な位置にいる大統領が迫り来る選挙を「延期する」と呼びかけたりすれば、彼の党にとって、彼をお払い箱にして党を混沌状態から救い出す機会になるのだが。
数えるために、家庭訪問を短縮するように命じられたことを知った。これは、ホワイトハウスが、新型コロナウイルスの統計を疾病予防管理センターではなく、保健福祉省に報告するように病院に指示した直後に起こった。保健福祉省なら、官僚が統計を隠したり、改ざんしたりできるからである。ウイルスを拡散させたトランプ選挙キャンペーン集会が、タルサ、フェニックス、さらにサウスダコタのブラックヒルズでおこなわれ、それによって多くの感染爆発を引き起こしたあと、幸いにもフロリダの感染中心地であるジャクソンビルでの大統領指名の共和党大会は、ついに中止に追い込まれた。
この政権―その無能さにおいては悲劇的であり、移民や難民申請者の扱いにおいては悪質でサディスティックであり、独裁的な大統領主義的支配のためには無能ではあるが危険なほど強欲である―は、ますます絶望的になる国内の人々と不信感を抱く世界に、もっとも不快な姿を示している。

再選へあらゆる手段を動員

 現時点では、トランプが大差で敗北する可能性が高いため、右翼の有権者弾圧によって、あるいは広く読まれているいくつかの記事が警告しているように、共和党に支配された州議会による選挙後の改ざんによって、選挙結果を盗みとることはできないと思われる。しかし、現在の状況では、結果が確実なものとは言えない。つまり、世論調査が間違っていたことは過去にもあった。有権者への脅迫と弾圧はますますエスカレートしている。選挙間際の汚い手口は避けられない。そして、われわれは、時代遅れの選挙人団がまぐれで悲惨な結果を作り出すことができることをよく知っている。
外見的にはありえないような極端な例を挙げると、トランプと共和党の大窃盗選挙は、争われた結果だけでなく、二世紀以上にわたってアメリカの支配エリートに奉仕してきた憲法システムの実存的危機をもたらすかもしれない。それはまったく別のシナリオである。しかし、われわれが確かに知っていることがある。つまり、一一月の投票後、アメリカが、一方では反乱を起こしている反レイシズム運動やソーシャル・ジャスティス運動、他方では白人ナショナリズムが先頭に立っている悪意ある反動という、激しく二極化した国のままだろうということである。
アメリカは、依然としてコロナウイルスの大惨事と深刻な経済ショックに直面しており、そのどちらもすぐには終焉しないだろう。何千万人もの人々が、住居からの立ち退き、長期的失業、医療喪失、公教育やコミュニティ全体の破壊に直面し、一九三〇年代の大恐慌以来見られなかった規模の大惨事という展望に直面することになるだろう。
次々に明らかになっている気候破局、およびグローバル・サウスで膨大な人命が失われている世界的パンデミックは、数多くの迫り来る国際紛争、特に米中対立の上に重ねられている。独裁体制の興隆という癌が拡大している。そして、勝とうが負けようが、アメリカの有権者の四〇%以上が、公然たる白人至上主義の候補者、およびトランプの党となったものに投票することはわかっているのである。
これは本当に新しいことだろうか? 答えはノーでもあり、イエスでもある。確かにこれまでにも露骨な人種差別的な大統領選挙キャンペーンがあった。たとえば、一九六八年のリチャード・ニクソンの南部戦略、一九八〇年のロナルド・レーガンの「福祉の女王」(訳注1)、一九八八年のジョージ・H・W・ブッシュの「ウィリー・ホートン」広告(訳注2)などである。しかし、アメリカの人間奴隷制の象徴である南軍旗を積極的に支持した現職大統領は、われわれの記憶の中にはない――ウッドロウ・ウィルソンがホワイトハウスで映画『国民の創生』(訳注3)を誇らしげに上映して以来のことだからである。
トランプの再選キャンペーンは、絶対に必要不可欠なものへと切り縮められている。すなわち、白人によるレイシズムを公然と助長すること、企業の強欲さに迎合すること、そして新型コロナウイルスが彼自身の支持基盤さえも大量死のリスクにさらしているにもかかわらず、新型コロナウイルスという悪夢のような出来事の規模を不可解にもトランプが否定していることである。経済が崩壊しているので、彼には他に何も残っていないのだ。

新しいことと変わらないこと


実際のところ、殺人的な警察の残虐行為、およびこの社会の根底にある制度的人種差別と許しがたい社会的不平等に対する黒人主導の多人種反乱のすばらしい高揚の中に、そして変わることのない反対派の敵意の中に、新しいものが存在している。これらの勢力の地殻変動的な対立が、今後の一〇年間を規定することになるだろう。
アメリカの二大資本主義政党間で社会問題についての意見の対立が歴史的なレベルにまで拡大しているとすれば、いかなる根本的な意味でも新しくないのが民主党である。民主党内での「進歩」派、ときには反対派の成長が大きな注目を集めている。そして、そのことが投票基盤を活性化させてきた。しかし、しかし、政策決定と権力のレバーは、ペロシ[下院議長]とシューマー[上院党内総務]による指導部の手にしっかりと握られている。その指導部は党の企業献金者の要求にかなっている。
民主党候補のジョー・バイデンは、ほとんど元気が出ないような選択肢しか提供していない。すなわち、クリントン政権の、そしていくつかのバリエーションはあるが、オバマ政権の停滞した新自由主義を継続させることである。進歩派に対する、そして(それ以上に)街頭運動に対する言葉によるジェスチャーにもかかわらず、バイデンのキャンペーンは一貫した「ノー」というメッセージである。すなわち、「メディケア・フォー・オール」(訳注4)への「ノー」、グリーンニューディールへの「ノー」、警察予算削減と警察の非武装化への「ノー」なのだ。決まり文句には「イエス」と言うが、意味のある具体的な変化には「ノー」なのである。
バイデンの発表の中には、たとえば環境問題のように、紙の上では半分まともに見えるものもある。民主党の綱領も同じで、いつものようにリベラル派や進歩派の影響を受けた無意味な文書となっている。重要なのは言葉ではなく、大統領と潜在的な政権政党が何のために真剣に闘う準備をしているかなのである。たとえば、二〇〇九年には、オバマ大統領がヘルスケアのために「パブリック・オプション」を提唱したが、何の闘いもなしにそれを撤回したことを思い出してみよう。バイデンに関して言えば、実質的には何の意味も持たない「アメリカを癒す」という古臭いフレーズの背後に、彼の正直なキャンペーンのテーマがあるかもしれない。つまり、「私は何かのために闘うことはないだろう。そしてそれは私が提供するものなのだ」。
バイデンの政治履歴には、進歩派の支持、ましてや社会主義者の支持に値するものなどないという事実を詳細に説明する必要はほとんどないはずだ。彼の上院議員としてのキャリアは、クラレンス・トーマス最高裁判事の承認をめぐる公聴会でのアニタ・ヒルに対する上院の人格殺人を主導すること(訳注5)からはじまり、アメリカでの大量投獄につながる「犯罪に厳しい」法案への熱心な擁護、悲惨で犯罪的なイラク戦争への支持にいたるまで、そして「私たちが知っているように福祉を終わらせる」ことから、デラウェア州に本社を置くクレジットカード業界の利益に対する親切な後援にいたるまで、多岐にわたっている。
このすべては、一〇〇%企業寄りの民主党員としてのバイデンの実績を証明するものである。クリントン家のように、バイデンは、ブルーカラーの労働者階級、特に黒人有権者の支持をかちとるという手ごわい政治的トリックを実行してきたが、その一方で、そうしたコミュニティの多くの人々に苦痛と破壊をもたらしてきた恐るべき新自由主義プログラムの先頭に立っている。まさにそうした政策こそが、最終的にドナルド・トランプの大統領職をもたらしたのである。そして、その崩壊からバイデンは今利益を得るために立候補しているのだ。
トランプの大統領令のうち、数百ではないにしても数十はただちに取り消される必要がある。たとえば、イスラム教徒の渡航禁止、移民の大量拘留と家族との分離、環境と女性の権利への大規模な攻撃などである。バイデンが、たとえそうするように求められたとしても、これらの大統領令を断固として無効にするかどうかはまったく明らかではない。それ以上に、新型コロナウイルスによって引き起こされた経済的大惨事に直面して、銀行や企業ではなく人々を救済するために、大規模な景気刺激策を必要とすることは、現在までに明らかとなっている。それがアメリカの年間GDPの四〇%に相当するという推計(たとえば、左翼エコノミストのジャック・ラスマスによる推計)もある。
これは、オバマ政権の二〇〇八年以降の不十分なプログラムをはるかに超えている。バイデンがそういった規模のもののために闘うことに興味を持っていることを示唆するものは何もない。しかし、それなしでは、長期化した深刻な恐慌の可能性が迫ってくるのである。

運動の前進に道開く選択必要

 トランプが二期目を迎えることの恐るべき影響について、たとえそれが今のところありそうにないとしても、誇張して言うことはできない。抑えきれないくらいの急務――トランプと白人至上主義者的共和党政権を、可能な限り最大の投票で排除すること――は、動かすことのできない目標、つまりペロシ、シューマー、バイデン、クリントン、そしてそう、オバマによって率いられた本当の民主党の企業新自由主義と直面しているのだ。
われわれは、左翼の多くの人々が、ジョー・バイデン自身はトランプではないということ以上に、何か積極的なものを代表しているという幻想を抱いているとは思えない。民主党進歩派がどれだけ彼の政権に(言葉だけではない)影響を与えることができるかについては、意見が分かれているし、さまざまな意見があるだろう。いずれにしても、今回の大統領選挙で、まじめな進歩派の人々が直面している困難な選択は、以下のように提起される必要があるとわれわれは考える。つまり、選挙におけるどんな選択が、トランプを追放することができるのか、そして、この社会の残忍な人種資本主義に挑戦し、社会正義・人権・労働者・気候崩壊や環境崩壊のない未来のための闘争の先頭に立っている運動の展望を前進させることができるのか、ということである。
「右翼の脅威を打ち負かすために、より小さな悪である民主党に投票する」という議論は、いままでの選挙のたびに無限ループ的に繰り返されてきたが、私たちには何の魅力もないものである。しかし、そのことによって、今回は何が適切かを自動的に教えてくれるものでもない。
二つの基本的な選択肢がある(地域での闘いや住民投票にとりくむことに加えて)。一つは、「トランプ打倒、バイデンのために闘う」という公式に要約される。つまり、やむをえず――少なくとも結果が明白でない州においては――バイデンとカマラ・ハリスのために投票するということである。その一方で、バイデンが代表しているものとの闘いをただちに始めるということである。
この議論は、二〇二〇年にトランプを倒すという責務が、独立した進歩的な第三党というオルタナティブのためにどんなチャンスが存在していても、それよりは重要であり、そのようなオルタナティブは現実に意味があるほど強力ではないというものだ。
それに代わる議論は、まさに今、独立した反資本主義的政治を支持するという重要性がまさっていて、二〇二〇年の選挙では、その選択肢は、臆面もなくエコ社会主義プログラムにもとづいている、ホウイー・ホーキンスとアンジェラ・ウォーカーの緑の党キャンペーンの中に具体化されていると主張するものである。
緑の党指名のための彼のキャンペーンを通して、ホーキンスは、そのプログラムを強調するだけでなく、意味のある政治勢力および運動の声として、党建設の重要性をも強調した。二大資本主義政党によって支持される制限的かつ抑圧的なバロット・アクセス規制(訳注6)のために、緑の党は二七州から三二州の間で、投票用紙に記載されることになる。
ホーキンスは、「緑の党にとって、すべての州は戦場である」と述べた。そして、多くの熱心な活動家の意識が同様に戦場であることを疑う余地はない。左翼の他の潮流でもそうだと思うが、本誌のスポンサーである社会主義―フェミニスト組織「ソリダリティ」のメンバーの間では、意見が分かれている。(正式な承認をしたわけではないが、「ソリダリティ」は意見のバランスを確立するために会員を対象とした世論調査をおこなった)。
いずれにしても、私たちは「参加しないで待つ」ことを現実的な選択肢だとは考えていない。私たちの読者がどのような選択をしようとも、その先にある危機と闘争は、厄介で残忍で長いアメリカの選挙戦が終わっても長く続くだろう。われわれがもっとも切実に必要としている変化は、いつもそうであるように、下からの大衆行動によってもたらされるだろう。大衆運動は、近年において、LGBTの権利、まともな賃金に向けた前進、どんなに不安定なものであっても、移民の若者のためのほんの少しの保護について、重要な成果をかちとってきた。
「#ブラック・ライヴズ・マター」が、人種的正義、警察の暴力、大量勾留を政治的課題にかかげ、ストリートペインティングからスポーツのユニフォーム、さらには企業の宣伝に至るまで、文化的な表現にまで踏み込んできたことは、まさにもっとも劇的なことだった。確かに、これらはすべて変わりつつある意識の表現であるとともに、それを安全に封じ込めようとするシステムの側の努力をも表現するものである。達成されたことは、私たちが必要としている重大な変化にはまだまだ遠い道のりのままだが、社会での議論は変化しており、それを持続させ、加速させることが課題となっている。

(訳注1)「福祉の女王」とは、公的扶助を受けていながら、高級車に乗って買い物をする黒人シングルマザーがいるといったたぐいの、レーガン時代にふりまかれたデマ宣伝。
(訳注2)ブッシュ陣営がおこなった民主党デュカキス候補へのネガティブ・キャンペーンのこと。デュカキスがマサチューセッツ州知事だったときに、殺人犯のウィリー・ホートンの一時保釈を認めたことにより、さらに凶悪犯罪を重ねたというキャンペーンを展開し、不利だった選挙を逆転させた。
(訳注3)『国民の創生』(一九一五年公開)は、アメリカ映画最初の長編映画で、その人種差別的内容が大きな批判を浴びた。映画の中では、白人至上主義団体「クー・クラックス・クラン」が英雄視されて描かれていた。この映画はホワイトハウスで上映され、当時のウイルソン大統領が絶賛したと言われている。
(訳注4)「メディケア・フォー・オール」は、従来の「メディケア」が六五歳以上を対象とする公的医療保険制度であるのに対し、連邦政府が単一の保険提供者となって国民皆保険を達成しようとする公的医療保険制度。バーニー・サンダースをはじめとする民主党内進歩派が主張として掲げていた。
(訳注5)一九九一年に、黒人で保守派と言われたクラレンス・トーマスの最高裁判事承認の際に、彼の部下だったアニタ・ヒルが訴えたセクシャル・ハラスメントについて、上院司法委員会の公聴会に彼女が召喚され、全員が白人男性の上院議員から人格破壊的な質問を数多くされたことが大きな問題となった。このときの司法委員会の委員長がバイデンだった。
(訳注6)バロット・アクセスとは、州が発行する投票用紙(バロット)に名前が記載されることを指す。立候補したからといって、無条件で名前が印刷されるわけではなく、多くの州では、 各州で定める要件(過去の選挙での得票率などに基づく場合が多い)を充足する政党の候補者には、バロット・アクセスを認めている。それ以外の政党の候補者や独立候補者には、一定数の署名等の提出等を求めることが多い。 なお、バロット・アクセスを得ることができなかった立候補者についても、多くの州では、有権者が投票用紙の余白に印刷されていない候補者の名前を書くことは可能。

 


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