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    かけはし2020年9月21日号

9条改憲促進する既成事実


「敵基地攻撃能力」保有やめろ

「先制攻撃」の正当化だ

返上しかない!
安倍の置き土産

 米国同時多発テロ事件から一九年後の九月一一日、退陣を目前にした安倍首相は、「敵基地攻撃能力」の保有という、「先制軍事攻撃」をも辞さない談話を発表した。
 それに約三カ月先立つ六月一八日、安倍首相は「安全保障能力のありようについて新しい方向性を打ち出す」として記者会見を行い、「敵基地攻撃能力」についても「当然議論していく」と語っていた。それは歴代自民党内閣も否定していた「先制攻撃」について、「容認」する方向への転換を断行し、次の内閣にも引きつがせるという立場表明だった。「攻撃は最大の防御」という使い古されたフレーズによる侵略的戦争容認・推進論の再版である。
 河野太郎防衛相(当時)が陸上イージスミサイルの配備プロセスを停止すると発表(本紙6月29日号1面)せざるを得なかったことに危機感を抱いた安倍首相は、「朝鮮半島での戦争の危機」に自衛隊が攻撃的に関与する路線が、自らの退陣によって後景化することに不安を感じ、「敵基地攻撃能力」整備・強化の主張を次政権が継承するよう念押ししたのである。そこには米国ならびに安倍自身の深刻な危機意識が示されている。
 自民党の「ミサイル防衛検討チーム」が八月四日に発表した、政府での検討を求める提言は、「イージス・アショア」配備の断念という失敗に立って「相手領域内でも弾道ミサイル等を阻止する能力の保有を含めて、抑止力を向上させるための新たな取り組みが必要」としている。
 この提言に対して安倍は、「しっかりと新しい方向性を打ち出し速やかに実行していく」と答えた。安倍の退陣により、この「敵基地攻撃能力」保有問題は必然的に新政権に引き継がれることになったわけだ。
 八月五日の「朝日新聞」は、「自民党幹部は『憲法改正も北方領土返還も、拉致問題も成果がない。敵基地攻撃を政権のレガシー(政治的遺産)にしようとしている』と見る」という「自民党幹部」の見解を紹介している。

「安全保障」政策
の大きな転換へ


 『世界』(岩波書店発行)の2020年10月号は「攻撃する自衛隊」を特集のテーマに組んでいる。半田滋「イチからわかる敵基地攻撃Q&A」、藤岡惇「陸上イージスの命運はなぜ尽きたのか」、杉原浩司「『敵基地攻撃能力』保有論を批判する」、集団的自衛権問題研究会「敵基地攻撃能力ではなく北東アジアの軍縮協議を」、伊波洋一「再び戦場の島とさせないために」、池内了「戦争を抑止できるものは何か」から成るこの特集は、安倍ならびに安倍後継政権の東アジアを軸にした軍事戦略を概観・批判し、反対の運動をつくり出していく上でタイムリーなものだ。
 安保政策の大きな転換をふくむ「提言」の内容について、官邸の主導によって三つの改定がまないたに載せられている、と半田は説明している。「国家安全保障戦略」、「防衛計画の大綱」、「中期防衛力整備計画」の三本の基本文書に関してである。
 「国家安全保障戦略」の改定には、「敵基地」攻撃をふくむミサイル防衛、ポスト・コロナ、経済安全保障の三点が新たに盛り込まれる。「敵基地攻撃能力」の保有によって、日本は単独でも他国への攻撃が可能となり、「専守防衛」どころか際限なき軍拡競争の主役になりうる。「改憲」せずとも「専守防衛の国是を放棄することになる」と半田は述べる。そして、「敵基地攻撃」の議論が突然出てきた背景として「イージス・アショア」配備断念がきっかけだった、とも彼は説明している。それはどういう意味だろうか。つまり「イージス・アショア配備断念」を逆手にとって「攻撃力の保有」に舵を切った、ということだ。

「戦争国家」構築
の切り札廃棄へ


 「武器取引反対ネットワーク」(NAJAT)代表・杉原浩司の「『敵基地攻撃能力』保有論を批判する」は安倍自民党長期政権の下で、「専守防衛」の建前を維持したまま、誘導され浸透してきた「『敵基地攻撃能力』保有論」をテーマにしている。
 以前から「攻撃は最大の防御」などという「格言」を手前勝手に持ち出して「自衛隊軍拡」を肯定する論議はいっぱいあったが、この間の「敵基地攻撃能力」論は、「冷戦」時代とは異なった「安全保障環境の激変」を口実に浸透している。
 たとえば杉原が紹介しているのは八月初旬にNHKが行った三つの世論調査の結果である。ここでは「相手の領域内でも攻撃を阻止する能力」について「持つべき」とする回答が五〇%に達し「持つべきでない」の二七%を大きく上回った。つまり何らかの軍事行動を行う可能性のある国に対しては先制攻撃をかけ、危険を未然に除去するのは当り前だ、という主張だ。
 しかし「相手の領域内で攻撃を阻止する」ということが実際には何を意味するのか――すなわち「相手領土に先制的に武力侵攻し、相手を『武装解除』するという行動」であることが、どれほどの実感を持ってイメージできているのか。おそらく「侵攻する側」の論理にもとづくこうした軍事的行動が、多くの場合、国際法違反の侵略行為と表裏一体であることも明らかなのである。
 杉原は「敵基地攻撃兵器の導入は着々と進んでいる」と、この間自衛隊に導入された兵器の性能について説明する中で明らかにしている。杉原は「事実上の『攻撃軍ドクトリン』の策定は歴史を画するものであり『小さく産んで大きく育てる』自衛隊の歴史に、また新たな『成長』の契機を与えることになる」と指摘した。
 日本を一方的に「周囲の敵」からの脅威の対象と見なす安倍―安倍継承政権の軍拡・「敵基地攻撃能力」構築路線は、まさに「改憲」とセットで「戦争国家」体制を構築する柱となっていった。今や任期中での改憲という「悲願」が不可能となった安倍に代わる「ポスト安倍」政権は、「敵基地攻撃力」構築への目標達成を安倍に代わって追求する「使命」を課せられた、ということらしい。
 9条改憲に反対する労働者・市民は今こそ「安倍継承」政権による「敵基地攻撃」の正当化を許さず、九条改憲とともにあらゆる先制軍事攻撃を正当化する動きをストップするために行動しよう。     (純)

9.9


不当解雇されて30年討論会

国鉄闘争から引き継ぐもの

労働者の権利守り改憲阻止へ

 九月九日午後六時半から、東京・文京区民センターで、「不当解雇されて30年 国鉄闘争から引き継ぐもの9・9討論集会」が、壊憲NO!96条改悪反対連絡会議の主催で開かれ、九〇人が参加した。
 連絡会の新共同代表の関口広行さん(国労高崎地本委員長)があいさつを行った。
 「赤木俊夫さんは財務省に入る前、岡山車掌区に勤務していて、国労組合員だっただろう。分割・民営化で財務省に入った。三三年して改ざん問題の責任を押しつけられ、自ら命を絶った。国鉄分割そして安倍政治の犠牲者だ。許せない。遺族の闘いを応援していかなければならない。菅官房長官は『自助・共助・公助』と言うがわれわれは『自力・連帯・共生』だ」。

非正規と結び
闘いの陣形を


次に三人による問題提起が行われた。
二瓶久勝さん(元国鉄闘争に勝利する共闘会議議長)が発言。
「国労を崩壊させ、総評・社会党を解体し憲法改悪を意図する、という政府・独占の意図があった。二四年間の国鉄闘争は一矢を報いたが資本・独占の暴走は止められなかった」。
「国労本部が闘争団を見捨てる行為に共闘会議を作り反撃した。独自に起こした鉄建公団訴訟・東京地裁判決で、一部を除き採用差別があったことを認める判決を出させ、二五億円を差し押さえた。そして、この判決によって政治解決の基礎を作った。一〇四七人を団結させる四者・四団体をつくり、民主党の政権奪取と重なり政治解決を実現した」。
「引き継ぐものはなにか。@当事者の決意と行動が最も重要である。特に家族を重視した取り組みを行った。A大衆闘争と裁判闘争を実践した。B原則だが闘争解決に党派性はださない。C国鉄闘争は支援組織(地域)が先行し、東京に攻め上るとの闘いを展開したことが特徴。D今後の課題は『労働組合と地域組織』がどう連携していくかにある」。
次に、金澤壽さん(全労協前議長)が発言。
「闘争団は二五年間なぜ闘えたか。それは地域との結びつき、職場末端との結びつきがあったからだ。大きな組合は役に立たなかった。全国に支える支援する会がたくさん作られた。四党合意を強制し闘争を終息させようとする国労中央によって闘争は分裂させられた。団結とは何かが問われた。正規職六千万人、非正規職二千万人。非正規職の役割が大きい。政治課題と結びついた労働運動が重要だ」。

成果を継承し
今後に活かす


倉林誠さん(国労高崎地本書記長)が発言。
「いま国労は六千人余りの組合員がおり、全国単一組織を維持している。高崎地本は国労の組織率が五番目だ。JRに分割され各会社間で格差があり、どう共通して闘うのかの課題がある。二〇〇〇年五月、『JRに法的責任のないことを認める』四党合意を国労中央は承認しようと大会・続開大会を機動隊を導入し開催し、闘争団や支援地本を排除して機関決定をした。高崎地本は壇上に駆け上がり本部糾弾闘争を行った。毎月千円の闘争団へのカンパや物販の打ち切りに対して、本部にあげずに全力で支援した。国労本部が中心なら四党合意で闘いは終わっていた」。
「二〇一〇年の政治解決以降も『支援共闘会議』と名称を変え、労働法制の改悪、非正規労働者の雇用不安や賃金問題、外国人労働者支援、JAL支援、平和と民主主義を守る闘いなど企業の枠を超えて共闘戦線として継続している」。
三人の提起後、フロアーからの質問・応答が行われた。JAL争議団、ユナイテッド被解雇当事者も参加し支援を訴えた。コロナ禍の状況下、これから倒産・解雇の激増が予想され、安倍の下野にもかかわらず安倍政治を継承する新たな自民党総裁が誕生しようとするなか、国家・資本の総攻撃を長年の血のにじむような闘いによって、跳ね返してきた「闘う闘争団」その闘いは何であったのか、この闘いの総括と継承を今後の闘いに生かしていかなければならない。そのテーマを考える討論集会であった。        (M)

コラム

コロナと夏と

 突然セミの鳴き声が消えた。盆が過ぎた頃だ。それまではテレビの音声がかき消されるほどであった。思わずやかましいと叫んでしまう。私の住んでいるマンションの周囲には生け垣と共に桜はもちろんマンサクやモクレン、サルスベリ、ヒイラギやその他名も知らない樹木等が植えられている。柿の木もある。おそらくはマンションの敷地はかつてはかなりの大邸宅であったように思われる。
 その木々の間を無数のセミが飛び交っていた。私は一階に住んでいるのでベランダには毎日のようにセミの死骸が複数ころがっていた。セミの大多数はアブラゼミとクマゼミだ。都市部なのでその他のセミはほとんどみかけることがない。ときにはコンクリートの壁にしがみついて鳴いていることもあったりする。
 殺人的な暑さはようやく峠をこえつつある。私が子供の頃は気温が三〇度を超えたことが新聞紙上をにぎわしたり挨拶の言葉になっていたものだ。隣近所には「クーラー」や「テレビ」がある家は無かったので夜涼しくなるまで戸外で将棋をさしていた。私はそれほど強く無かったので将棋盤の前に座れる回数は多くはなかった。
 今では気温が三五度を超えるのはあたりまえになっている。コンクリートジャングルの中では体温を超えるのはさほど珍しくはない。私は若い頃は夏が好きで暇があればプールや海で泳いでいた。「後期高齢者」の仲間入りとなった現在は複数の持病を持ち、日々熱中症の恐怖にさらされている。最近買い変えたエアコンが以前の物とは段違いに快適なので二四時間フル稼働させている。おかげで寝汗をかかなくなった。
 そんな中で新型コロナの市中感染が拡大し、サイレントキャリアに怯えて病院に行き必要な診察を受け薬を手に入れることからも遠ざかってしまった。だがどうしても「骨密度」の検査は避けて通ることはできない。それは今後の私の日常生活に深くかかわるからだ。
 予感が的中した。結果は最悪だった。私の骨密度は若い人の四九%、同世代男性の六〇%だ。昨年より一〇ポイント以上も下落していた。何時「大腿骨骨折」しても不思議ではない状況であった。月に一度の静脈注射を新型コロナに怯えて中断していたのがその原因である可能性が大だと主治医は判断した。私の年齢では骨密度を上げることは不可能に近い。責任は私にある。私が勝手に中断したからだ。
 私の動揺は大きかった。訪問リハビリを依頼している作業療法士に結果を伝え、リハビリのプランを再検討することになった。手にする杖もウオーキング用のノルディックポールという両手に持つ安定性のあるものに変えることにした。
 今後は大腿骨骨折「後」の日常生活について一定の見通しと対処の方法を様々なケースを学びながら少しずつ準備していく必要がある。何事も個人的な独りよがりの勝手読みは思い通りにならないことが多い。   (灘)


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