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    かけはし2020年9月28日号

民意踏みにじる強行やめろ


沖縄報告 9月20日

沖縄にもうこれ以上新しい基地はいらない

沖縄 K・S

埋立設計変更に反対し広がる県民の声


 埋立設計変更申請に対する縦覧が三週間の期間で行われているが、全県、全国、さらに海外からも意見書が次々寄せられている。二〇一三年の公有水面埋立承認申請願書の縦覧の際には三三〇〇を越える意見書が提出された。私もその時、「サンゴとジュゴンの海、辺野古・大浦湾は沖縄の宝。沖縄の発展は米軍基地とではなく豊かな自然と共にあるので、埋立承認は不可」との意見をハガキで出した。
 この時、埋め立てに反対する様々な意見が噴出した。沖縄県も埋め立てには数多くの問題があるとの立場をとっていた。ところが仲井眞知事は安倍政権の圧力に屈して、こうした多くの埋立反対の声を無視し、自分自身の公約を破って、埋立申請を承認した。政治家は公約を破ってはいけないし、民意を踏みにじってはならないことは、民主主義政治の原則だ。ボタンの掛け違いはここにあった。

平和市民連絡会の講演会に100人余


 七年前の意見書の数は史上最多といわれるが、今回の埋立変更申請に対する意見書の提出は、前回をはるかに上回る勢いで県内外に広がっている。平和市民連絡会は、縦覧が始まった最初の週末の九月一二日、教育福祉会館ホールで学習講演会を開催し、一〇〇人以上が参加した。
 桜井国俊さんは、前提として、「辺野古・大浦湾の自然は地球の奇跡でありその保全は沖縄に暮らす者たちの責務である」「辺野古新基地建設の環境アセスは独善で時代遅れの最悪のアセスである」と述べた。そして@外周護岸が開いたままでの土砂投入(先行埋立)による水の濁り、A設計変更後のジュゴンへの影響予測を変更前と同じ方法で行うことの誤り、B土砂採取がもたらす環境影響評価を各土石採取業者が適切に行うべきとして国は一切タッチしない問題、Cサンゴ移植の技術は確立されていず、沖縄防衛局、農水相、国地方係争処理委員会の手続きは間違い、D名護市は都市計画法に基づき「都市計画マスタープラン」を出しているが準備書にはその引用が一行も記載がない、と指摘した。
 次に北上田毅さんが土木技師として変更申請の内容と問題点について特に、今回の「変更承認申請」の最大の要因となった軟弱地盤の実態と地盤改良工法について具体的内容の記載がないと指摘した。(詳しくは、ブログ・チョイさんの沖縄日記。https://blog.goo.
ne.jp/chuy)
 最後に真喜志好一さんが「万余の意見書でデニー知事をバックアップしていこう」と呼びかけ、二時間半に及んだ集会の幕を閉じた。

島ぐるみ八重瀬が県に意見書を提出


 県内各地の島ぐるみや各団体、個人レベルでの意見書の取り組みが活発に進められている。この連休期間、オール沖縄会議は各地で街宣車を運用し、県庁前で意見書を書く働きかけを行った。島ぐるみ八重瀬の会では九月一五日に、二回目の学習・意見書を書く会を開いた。北上田さんは告示のあと作成した詳しいパンフレット『解説 辺野古・変更申請書の内容と問題点』とパワーポイントを使って次のように提起した。
 「今回の変更申請で、埋立土砂の採取地に沖縄南部の糸満・八重瀬地区が新たに加えられた。その調達可能量は三一六〇万立方メートル。埋立予定土砂総量の実に二倍近くにのぼる。周知のように、南部地区は沖縄戦の最後の戦場になり、犠牲者が多く出たところだ。戦後遺骨収容されたがまだどこかに眠っているかもしれない。そうした土地から石灰岩を大量にとり破壊していいのか。沖縄戦で多くの人々が死亡した南部地区の土砂で戦争のための基地を造ることは許されない。
 琉球セメント安和鉱山のドローンの映像を見てほしい。道路からではなかなか分からないが、実はこんなにも本部の山の破壊が進み、無残な姿になっている。沖縄の山、森をこれ以上破壊してはならない」。
 引き続いて質疑が行われた後、Sさんが意見発表し次のように述べた。
 「沖縄戦で、私の家族は大浦湾の汀間(てぃーま)に避難したが、母の母がマラリアで亡くなった。遺骨は瀬嵩の丘のふもとに埋めたという。戦後収容に行ったが遺骨を見つけることはできなかった。復帰前、大学の学術調査で汀間に行って聞き取りをしたことがある。辺野古・大浦湾はニライカナイにつながる命の海だと信じられている。神の使いのウミガメは長島を通ってやってくる。埋め立てて基地を造ってはいけない」。
 「南部にもまだ遺骨があることは間違いない。これまで、米軍払い下げの土地の汚染、採石業者の無茶な採掘などにより、海の汚染、飲み水の汚染、農地の破壊などがすすんだ。辺野古埋立のために南部の石灰岩をとるのは経験から言ってダメだ」。
 島ぐるみ八重瀬は九月一八日、集まった六八人分の意見書を持って代表五人が県の海岸防災課に提出した。五人はそれぞれの意見を読み上げた後、新垣課長に手渡した。課長は「皆さんの意見はしっかりと承った。よく検討し県の判断の参考としたい」と述べた。
 変更申請に対する意見書の運動はマスコミも注目し、QABの取材班がその日昼のニュースで速報を伝えたのをはじめ、新報、タイムスも取材した。

韓国各地からも多くの意見書

 韓国からもたくさんの意見書が寄せられている。いくつか紹介しよう。沖縄平和サポートが運営しているスタンド・ウィズ・オキナワは、意見書など、辺野古の闘いを四カ国語で発信している。(http://standwithokinawa.net/ja/)

〈平澤(ピョンテク)平和センター12人〉

利害関係「大きい米軍基地がある平澤の市民として、米軍基地の拡張に反対する
世界市民の立場で意見書を提出します」。
意見 「県知事は変更申請を不承認にしてください」(以下、この項省略)。
理由 「これ以上の軍事基地は許されません」。
「平和を脅かす基地建設反対。自然を破壊することは子孫の生命を奪う行為だ」。
「美しい海に命を破壊する軍事基地を造っては絶対にいけません」。
「基地ではなく自然公園に。基地ではなく果樹園に。基地ではなく田畑に」。

〈済州道(チェジュド)西帰浦(ソギッポ)市のPさん〉

利害関係「海を愛する私の子供に、安全な世の中を引き継ぎたい市民」。
理由 「珊瑚とジュゴンが生息している海を破壊することを容認できない。東アジアに新しい米軍基地を作ることは軍事的緊張感を高めるだけ。アメリカと中国間の覇権を標榜することは、私たちを取り巻く海を危険に陥れる」。

〈済州道の平和人権センターHさん〉

理由 「軟弱地盤が崩壊する危険性のある基地建設を中断しなければなりません。東アジアに新しい米軍基地を作ることは、軍事的な緊張感を高めるだけです」。

〈郡山市の平和の風の5人など〉

利害関係「私たちは、アジアを軍事対立の場にする米軍の軍事拠点拡大に反対する。沖縄の人々と自然が破壊されることを望まない立場から」。
理由 「東アジアの人々は、米軍の戦争ゲームと米軍基地拡大を望んでいない」。
「東アジアに新たな米軍基地を造ることは、軍事的な緊張を高めるだけである。もうこれ以上、命を奪う基地はいらない」。

〈京畿(キョンギ)道江華島(カンファド)のIさん〉

利害関係「普天間基地は駐韓国連軍後方基地です。一九七五年、国連総会で国連軍司令部解体が決議されたにもかかわらず、米国は履行していません。国連軍を強化してアジアのNATOを作ろうというアメリカの意図に反対する活動家として利害関係にあります」。
意見 「日本―国連軍地位協定(SOFA)によって、朝鮮戦争の参戦国もこの基地を利用することができるようになっており、日本はオーストラリアと訪問軍事
協定(VFA=訪問部隊地位協定)により、後方基地として活用されます。そ
うなれば日本の憲法9条は一層無力化されます」。

現場の闘い―辺野古、安和、塩川、海上

 現場では連日、うまずたゆまず埋め立てに抗議する直接行動が続けられている。今回は、カヌーチームのTさんの報告をお届けしよう。

〈カヌーチームTさんの報告〉

9・16(水) 安和
晴れ。気温三二℃と暑い。風は微風状態。
コロナや台風などで海上行動の中止があったりして、久しぶりで海上行動に参加した。
現場に到着すると、すでにガット輸送船に赤土の積み込みを開始していた。喫水線は六〇%ぐらい。積み込み終了がおよそ一一時二〇分と予想する。
しかし一〇時ごろからベルト・コンベアと思われる故障が発生し、一時間三〇分ほど止まった。私たちはその間、ゲート前で抗議&阻止行動をした。
その後は次のような行動であった。
?11時10分:ベルトコンベヤが動き出す。
?11時30分:カヌー、安和の浜を出艇する。
?12時35分:積み込み終了
?12時45分:海上保安官が海に飛び込んでくる。
?14時10分:二隻目のガット輸送船が桟橋に入ってきた。私たちは約一時間二〇分粘ったことになる。
また、ウィンドサーフィンで参加する人もいる。感謝!

9・18(金)辺野古・大浦湾
朝、松田ぬ浜から沖を見るとガット輸送船が二隻、水平線に見えた。カヌーチームは朝一番で平和丸と不屈に乗り大浦湾に向かう。
大浦湾に到着すると相変わらず海上保安庁のGB(ゴムボート)が「危険ですから輸送船に近寄らないないでください」と言っている。私たちが輸送船に近づかないのを知っていて、それが任務だからということでやっているのはわかるが、仕事をやっているふりをしてるように聞こえてしようがない。
輸送船が我々の目の前を通過するのに一〇分弱。その後、K8護岸に戻り、オイルフェンスの前でランプウェイ台船の入れ替えを待つ。
約二時間待ち、フロートを越えて阻止活動を行った。拘束され、松田ぬ浜に戻されたのが一二時一〇分。残念ながら今日も空振りである。しかし、このような抗議&阻止活動をやめるわけにはいかない。

南京・沖縄をむすぶ会
 二カ月ぶりに冊子読書会


冊子『中国での戦争体験記を読む〜沖縄出身兵100人の証言〜』の読書会(主催=南京・沖縄をむすぶ会)が九月二〇日午後、二カ月ぶりに開催された。前回八月は、県のコロナ緊急事態宣言中にあたり中止となっていた。
徴兵検査と入隊、訓練、「出征」、軍人生活などの項目を順番に読み合わせしながら質疑と意見交換が進められた。また資料として『かけはし』に掲載された「読書案内」の上下もコピーして配布された。一〇〇人の証言はどれも生活体験に密着した具体的なもので、読む者をしてまるでその場に居るかのような臨場感と迫真力を持っている。
侵略戦争に動員された青年たちは、沖縄では被害者であったが中国では加害者であった、と単純に言うことはできない。冊子の証言に詳しく紹介されているように、侵略に動員された日本兵たちは残虐行為に手を染めた。そのため、良心の呵責から復員後精神を患いストレスにさいなまれた人々も多い。本当に良心の呵責を感じなければならない国家の戦争犯罪者たちは「一億総ざんげ」などのデマを撒き、天皇をはじめ戦後に生き延びた。中国侵略の真の加害者はこれら国家の戦争指導者たちである。
戦争という図式でとらえれば、中国で戦時暴力を行使した日本軍兵士たちは、侵略とそれに伴う戦時暴力を行使させた国家権力によって、否応なしに加害行為を強制された被害者である。
「加害行為をさせられた被害者」というと、逆説的に聞こえるかもしれないが、加害者であり被害者であると言える。そして戦後日本、戦争被害者はアジアの戦争被害者と共に、戦争の加害者を打倒することができなかった。
その結果、戦争の加害者たちは息を吹き返し、政軍官財学報の支配層の結びつきを強め、国民を犠牲にした内外政を好き勝手に繰り広げてきた。
国家がすべての人々を戦争の被害者、加害者、犠牲者にする戦争の実態。冊子の読書会は毎月一回の予定で続く。連絡先=南京・沖縄をむすぶ会、電話090-8796-5112(稲垣)



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