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    かけはし2020年9月28日号

最賃抑制をゆるすな!


40県で最賃「1〜3円」引上げ

全国一律1500円を

「宮城全労協ニュース」346号から

 今年の最低賃金引き上げが、各地方で確定した。中央最賃審は引き上げ目安を示さなかったが、以下で示されているように、各地方では僅かながら引き上げが続いた。宮城全労協が同ニュース三四六号で、宮城県最賃審答申に対する宮城全労協の異議申し立てを含めて、今年の最賃闘争の中で現れた問題を整理している。コロナ禍が労働者の生活に大きな重圧を加えることが明確になっている今後、全国一律最賃の確立とその大幅な引き上げはいっそう重大で不可欠な課題となる。今後の闘いを準備する観点から以下に紹介する。資料/「最賃宮城」に異議申出書は次号に掲載する。(「かけはし」編集部)

 厚労省は八月二一日、各地の最賃審議の状況をまとめ発表した(*参考)。地域別最低賃金(全国加重平均)は「九〇二円」で「前年より一円増」だった。それぞれの労働局での手続きを経たうえで一〇月に改定される予定だ。
各地で異議申出が行われている。据え置きとなった東京では異議が殺到、前年の五倍に達したという。

*参考/「地方最低賃金審議会の答申のポイント」厚労省

?最低賃金の引上げを行ったのは四〇県で、一円〜三円の引上げ
(引上げ額が一円は一七県、二円は一四県、三円は九県)
?改定後の全国加重平均額は九〇二円(昨年度九〇一円)
?最高額(一〇一三円)と最低額(七九二円)の金額差は、二二一円(昨年度は二二三円)
?最高額に対する最低額の比率は、七八・二%(昨年度は七八・〇%)
(金額は時間額。都道府県別の答申額は厚労省ホームページで公開されている)

 宮城では八月三日、地方審議会が労働局長に対して「時間額八二五円」(前年から一円引き上げ)を答申、異議申出の公示などの手続きを経て八月二〇日、第三回地方審議会で答申どおりの改定額が決定された。

 宮城全労協は八月一六日、「異議申出書」を宮城労働局長に提出した(資料)。
「中央審議会が『目安』を示さない異例の事態にあって、不十分な額であっても地方審議の場で『引き上げ』が打ち出されたのは、地域の低賃金労働者への影響を考慮し、また地方格差の拡大を憂えた結果であったと考えます」。
そのように指摘したうえで〈「全国一律、どこでもだれでも一時間一五〇〇円」のステップとして「一時間一千円」の実現〉を求め、以下の理由を付した。
(1)「一時間一円」の引き上げでは生活の改善は望めず、「コロナ格差」は拡大する
(2)「雇用か賃金か」は最賃抑制の口実、中小零細企業の支援は政府責任
(3)「最賃の地方格差」はいっこうに解消しない
(4)「エッセンシャルワーカー」に届けるべき最賃大幅引き上げ

安倍首相の最後の最低賃金、「コロナ新常態」の正体を浮き彫りに

 中央審議会では経営側委員と労働側委員が対立、激しい論争が続いた。地域別最賃の改定「目安」は示されず、審議は各地方に委ねられた。「目安なし」は一一年ぶり、リーマン危機以来のことだった。安倍首相の抑制姿勢が影響した。

 安倍首相の「雇用優先」は事実上、最賃の据え置きを意味した。結果について政府からの明確な意見表明はない。一円ないし三円は現行水準の範囲内であり、経営側も受け入れ可能ということか。そのように安倍首相は安堵し、語ることなく退場するのか。
首相は六月三日、今年の最賃への言及に際して、昨年の閣議決定に至るまで七年間の経緯を読み上げた。首相にとって最後となった二〇二〇最賃は、本人が自画自賛した実績と貢献に泥を塗っただけではない。「雇用か賃金か」という二者択一論を突きつけ、最賃抑制へのハンドルを切ることによって、政権サイドから流される「コロナ新常態」なるものの正体を浮かび上がらせることになった。首相は会見で述べた「エッセンシャルワーカー」への感謝を、みずから踏みにじった。
最賃の地方格差も温存された。安倍首相は「地方創生」を内政の重要テーマに設定し、審議会などでの検討を急いできた。最賃審議と並行して様々な報告が続いた。デジタル化と「働き方改革」が突破口であり、少子高齢化対策や女性活躍、観光など安倍政権が掲げてきた政策の数々が「地方創生」に盛り込まれる。しかし、これらの「地方創生」議論では最賃は位置を占めていない。
現行の地域最賃では一五県が最低額(一時間七九〇円)、その一五県すべてが二円ないし三円(八県)の引き上げだった。その結果、最低額は七九二円となった。せめて八〇〇円という切羽詰った地方の声はとどかず、七県(秋田、鳥取、島根、高知、佐賀、大分、そして沖縄)の七九二円をはじめ、今年も一五県が七〇〇円台にとどまったままだ。
まったく不十分な引き上げ額である。それでも政府の抑制姿勢に対して、地方の多くが沈黙しなかったことは明らかだ。今回、いわゆる「D」「C」ランクの県を先頭に引き上げが相次ぎ、引き上げ答申は四〇県にのぼった。今後の最低賃金引上げの闘いに引き継がれるだろう。
コロナ事態のいまがチャンスだと、官房長官や大臣、有識者たちが公言している。いったい「地域最賃」を抑制する「地方創生」とは何か。次の政権は答えなければならない。
(八月二八日/U・J記)

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化石燃料ゼロ時代 E

どうしましょう? 精子のなくなる日

たじまよしお


(16)    

 それでは、日本の状況はどうか。日本では現在、結婚したカップルの五・五組に一組(一八・二%)が不妊に悩み、不妊の検査や治療の経験があると報告されている(二○一五年、国立社会保障・人口問題研究所の第一五回出生動向基本調査)が、性と生殖にまつわる日本人の抱える問題は深まっている。(月刊「世界」 二○一八年二月号からの抜粋)以下「聖マリアンナ医科大学の岩本晃明教授らが参加した国際共同研究」については冒頭の(1)でその概略を記してありますので割愛しますが、この「“空騒ぎ”ではなかった環境ホルモン」は「不都合な真実」という一節で結ばれていますのでその全文を次に紹介します。
あと一○○年もしないうちに、日本をはじめとする先進諸国では子どもがほとんど生まれなくなる──といえば、ほとんどの人が「それは誇大妄想だ」と思うだろう。しかし、本稿で紹介したように、最近数十年間に世界で蓄積された科学的知見から学ぶ限り、この半世紀近くで精子数が半減したことはもはや疑いようもない事実である。
しかも、過去と同じペースですなわち毎年一・四%ずつというスピードで精子数が減少していくとすれば、半世紀後には精子はほとんどなくなるという話も、決して絵空事とはいえない。動物実験の結果を見ても、そのような事態が起こる可能性は十分に推定できるからだ。
環境省は日本人の血液や尿の中の化学物質を測定して二○一一年度より公表している。二○一六年の結果では、調査した全員からプラスチックの可塑剤のフタル酸エステル類、有機フッ素化合物などの環境ホルモン物質を検出している、それらは女性ホルモン作用を持つ物質で、精子の減少に影響を与える可能性が指摘されている。

(17)

 また日本では、EUでは禁止された「抗男性ホルモン作用」を持つ農薬を大量に使用し続けているため、男性生殖機能の低下がEU諸国に比べて進んだとしても不思議ではない。
その一例は、有機リン系農薬のフェニトロチオン(商品名は「スミチオン」など)である。EUではこの農薬は二○○七年に失効し、現在では抗男性ホルモン作用のある危険な農薬とみなされている。フェニトロチオンは一九六一年に農薬登録され、その後半世紀以上、大量に日本で使用されている。単位面積当たりの日本の農薬使用量が世界でトップ三に入ることは、経済協力開発機構(OECD)YA国際連合食料農業機関(FAO)のデータを見れば明らかである。知らないうちに、世界でも類がないほど大量の農薬を浴びてきたのが私たち日本人なのだ。
このような状況に鑑みても、日本人男性の男性機能低下の問題は決して甘く見ることができない重大問題であることがわかる。
この先、国レベルでの大胆な政策、すなわち環境ホルモン農薬の全面的な規制を講じない限り、現在進んでいる精子の減少はそのまま続くことになるだろう。
二○一五年、厚生労働省の国立社会保証・人口問題研究所は、五○年後の二○六五年には日本の人口は八八○八万人まで減少すると発表した。しかし、その推計の前提となる五○年後の合成特殊出生率(一人の女性が一生に産む子どもの数)は、五年前の前回推定の一・三五より上昇した一・四四として計算したものだ。この推定は、今後の出生率が下がるどころか上向くという予想に基づく、きわめて楽観的な数字である。

(18)

 日本では今後、出生率は低下しないのだろうか。精子減少や男性ホルモンレベルの低下も止まるのだろうか。その楽観的な見通しと、先進諸国の中でどの国よりも早く子どもが生まれないXデーが来る、という悲観的な見通しのどちらの可能性が高いのだろうか。
現在、世界で起きている精子数の減少、男性生殖器障害の増加、それらを見えないところで進行させている内分泌かく乱物質(環境ホルモン)問題、それを直視しないなければ、日本は、いつか先進諸国の中で最も早く“不都合な真実”に押しつぶされる国になるに違いない。(水野玲子・NPO法人「ダイオキシン・環境ホルモン対策国民会議」理事)
「奪われし未来」p265には「精子数の低下は数ある問題のほんの一つにすぎない。
過去半世紀の間、スキャケベクの知る限り、精巣がんと生殖器の奇形は激増していた。デンマークでは、若年層の病気である精巣がんは三倍に増えていたし、ほかの工業先進国でも同じような傾向が見られた。
『恐ろしいことに、この症例はデンマークでは依然として増え続けている』とスキャケベクはいう」とあリます。私たちの身の回りでも、二〇年前は「三人に一人が癌」と言われていたのが現在は「二人に一人が癌」と言われています。二〇年の間に一体何があったのでしょうか。

(19)

 私はダイオキシン大国と言われる日本列島近海で捕れた魚は食べないようにしていました。店にノルウエー産のシシャモがあったのでそれだったら安心かと思い食べていたのです。
しかし奪われし未来に「一九八八年、それは北ヨーロッパでの出来事/のちにアザラシの大量死として史上最大規模となる疫病のそもそもの兆候が現れたのは、スウエーデンとデンマークを結ぶ狭い海峡カッテガットにあるアンホルト島でのことだった。季節は春である」を読んですっかり震え上がってしまい、それ以後ノルウエー産のシシャモを食するのを止めました。海も空も世界は繋がっているのです。
地球環境の変動も、一国だけの政策で果たして解決できるものなのか、そして資本主義の枠内で解決可能かどうか、先に述べた「ゼロ・エミッション」にも鋭い眼差しを向けてゆく必要があります。
そして、男性の精子も一年に一・四%ずつコンスタントに減少していくのかどうか。
気候破局の場合、ティッピング・ポイントを迎える可能性がある。ティッピング・ポイントとは、「それまで小さく変化していたある物事が、突然急激に変化する時点を意味する語。環境破壊や地球温暖化に関して使われる場合、それがある地点=ティッピング・ポイントを超えると、不可逆的・爆発的に進行して、取り返しのつかない事態となることを示す」(6・29「かけはし」)    (つづく)

投書

ブラック・ライブズ・マター
(BLM)の訳について

久野成章(広島支局)

 「季刊ピープルズ・プラン」VOL89に【特集】「コロナショックと気候変動・災害――現代文明を問う 武藤一羊さんに聞く(上) コロナ危機にピープルのグローバルな自治力で対応する」とのインタビューが掲載されています。
 その中で、武藤一羊さんは以下のように述べています。

 「ブラック・ライブズ・マターの運動」

 もう一つ、このコロナ危機と重なるように、歴史の巻き戻しとも言うべき大きい動きがアメリカ合衆国から起こっていることが特徴的ですね。アメリカ合衆国での黒人の『ブラック・ライブズ・マター・Black lives matter』の運動。これは重い表現で、「黒人の命も大事」というマスコミの訳はピンとこない。ぼくは『黒人のいのちはひとのいのち』とした方がいいんじゃないかと思う。単数のblack lifeじゃなく複数のblack livesであることに意味がこめられている。Black livesとはそうして殺された黒人たちひとりひとりのこと。一つの失われた命をひとつのlifeとし、複数の犠牲者たちがlivesと表されているとぼくは読みます。それぞれ名前のある lives です。」
「週刊かけはし」でも、 BLMの訳として、「黒人のいのちはひとのいのち」をぜひ、採用していただきたい。ご検討ください。

 



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