もどる

    かけはし2020年9月28日号

今こそ憤るときだ


レバノン

わが同志たちを殺すシステムに死を

ターミム・アルーマサレフ

 同志たち、われわれは罠にかけられている。
 われわれは、資本蓄積の残酷さとそれが可能にしているその結果である無頓着な貪欲さの間で身動きできなくされている。
 われわれの命が時間を経る度にさらに無価値にされる形で、われわれは、あらゆる犠牲を払っても私有財産を守るために配置されている軍事機構とこの機構が維持すると誓っている支配階級の間で身動きできなくされている。
 われわれは、資本蓄積という死を呼ぶカルトと、蓄積し、貯め込み、もっと良い取引を求めて駆け引きし、交渉し、それ自身がリスクであってさえまたさらに蓄積するという、その傾向の間で身動きできなくされている。
 八月四日の爆発は、大衆に対する支配階級の意図的な無視の直接かつ逆転不可能な派生的結果だ。資本主義システム、新自由主義システムはわれわれの犠牲の上に築かれ、そして常に――例外なく――支配階級の利益に奉仕しようとする。それが今日ある以上に明白となり顕著になることは決してないだろう。その程度は、われわれの命が消費可能なものであり、無価値だとみなされるほどになっている。
 しかしこの被害は、平等に広がっているわけではない。それは労働者階級居住区を容赦なく、かつ責任を問われることなく引き裂いている。爆風に次ぐ爆風を受け、われわれの窓やドアが粉々になり、またわれわれの建物が崩れる中で、われわれはわれわれの不安定さがむき出しにされたと感じることができる。この爆発はわれわれの条件をさらに厳しくする同時に、いつも通りの仕事をも停滞させている。それこそが、われわれが身動きできなくされているこの時空的現実なのだ。
 われわれの暮らしは破壊の中心部にもっとも近い。われわれの暮らしがカオス、ゾンビ資本主義、そしてわれわれの衣食にも事欠く生活条件の再生産に頼っている中で、その暮らしはどのように違ったものになり得ただろうか? 爆発は彼らの暴力と地区の高級化をめざす追い立てを露わにしている。彼らの果てしない高層住宅がただ揺れるにすぎない中で、彼らの子どもたちは、わが同志たちの家事労働者によって安全を保持されているのだ。
 この体制はまさに、それがそのために構築されたままに、つまり弁解もなく、躊躇なく、われわれを搾取し、われわれを追い立て、われわれを押しつぶし、またわれわれを殺すように機能している。
 彼らは敗北の中でさえアンタッチャブルだ。彼らは破局の中ですら不滅なのだ。
 しかし彼らももはやわれわれが触れることのできないものではない。
 何千という家族が無一文でホームレスのままにある中で、今や彼らの豪華な家を占拠するのはわれわれの責務だ。それらの家は、階級戦争の一形態として、不滅のブルジョアジーの冷笑として、目的意識的に空き家にされたままなのだ。われわれは彼らが自らのものだと考えているものを占拠しなければならない。われわれは、事実としてわれわれのものであるものを占拠しなければならない。
 この破局が着実に軍事化されていることに応じて、絶え間なくわれわれに押しつけられようとしている展開中の軍事クーデターと対決して闘うことはわれわれの責務だ。
 われわれが今飢饉、飢餓、貧困を生き延びている中で、同志たちに物資を供給することはわれわれの責務だ。食料主権のために闘うこと、われわれの身体から依存性を分離すること、これらもわれわれの責務だ。
 われわれはわれわれの死者に対し、われわれの犠牲者に対し正義を要求しなければならない。
 われわれはいかなる調査も必要としていない。われわれは誰が犯人かを分かっているのだ。それはまさしく構造的に支配階級であり、それに追随する商人、ブローカー、破滅を操る専門家、さらに破壊の商いだ。
 われわれは居住区委員会を形成しなければならない。労働者は、生産および富の再生産両者において、自分自身の運命を統制しなければならない。われわれはわれわれ自身の家を再建しなければならない。われわれはそれらをわが同志たちと分かち合わなければならない。
 われわれは公立学校を開放しなければならない。それらを負傷者向けの病院に転換しよう。
 われわれはわが死者を称えなければならない。彼らの命を敬意を込めて知らせよう。彼らの闘いを続けよう。
 われわれは、彼らがわれわれを正常化へと追い込むままにさせてはならない。われわれの生涯の中で、また昨年われわれが生き抜いてきたものは、何一つ「正常」であったためしはなかったのだ。
 パレスチナやシリアをじっくり見る中でわれわれが理解することは、われわれの体制がそうであるように、われわれの闘いが相互に織りこまれている、ということだ。何百万人というシリア人、パレスチナ人、スーダン人、アルジェリア人、そしてアラブの民が、まだ結論を見ていないとしても、術策を凝らした公然たる戦争として、彼らの体制と闘ってきた。この戦争の継続がもしないならば、われわれは無に等しい。
 われわれは、イスラエルのベイルート襲撃と闘った一九八二年のわが同志たちを見習うために力を結集しなければならない。われわれは、以前帝国主義と闘ったように、この地で資本主義に闘いを挑むつもりだ。
 われわれは、何千という体制の樽爆弾を生き延びてきたわがシリアの同志たちから勇気を得なければならない。
 われわれは、彼らの組織化の点でスーダンの同志たちから、またその忍耐力の点でアルジェリアの同志たちから着想を引きださなければならない。
 同志たち、われわれが組織化し資本主義とそれを作動させている者たちを消し去る時が到来した。
 今こそ憤る時だ。報復のため、公正のためだ。今こそ、必要なあらゆる手段によって資本主義を消し去る時だ。われわれは組織化を必要としている。今こそ組織化する必要がある。
 そしてそれをもって、わが同志たちを殺すシステムに死を。
二〇二〇年八月一一日、ベイルート
中東社会主義連合
ターミム・アルーマサレフ

▼ターミム・アルーマサレフはレバノンの左翼団体の一つ。



もどる

Back