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    かけはし2021年2月22日号

『「いちご白書」をもう一度』


コラム「架橋」

 「いつか君と行った映画がまた来る」――フォークグループ「バンバン」の大ヒット曲『「いちご白書」をもう一度』(1975年)である。荒井由美が詞と曲を書いた。
 『いちご白書』とは学生運動を描いたアメリカ映画。私は見ていないが、曲のほうには特別の思い入れがある。
 中学生の頃。上級生数人が「卒業コンサート」と称してステージに立った。ダウンタウンブギウギバンドとビートルズの「スモーキンブギ」、「Let it Be」を演奏した。体育館に集まった下級生は大きな衝撃を受けた。ビートルズとの初めての出会いであった。
 同級生らは仲間を集め即席バンドを組み始めた。商店街のレコード屋の天井に、小ぶりなフォークギターがぶら下げられていた。困窮する親が8000円で買ってくれた。だが私はメンバーから外され、家で黙々と練習を続けた。初めて弾けた曲が『いちご白書』なのだ。
 先日、所用である経営者と話す機会があった。「私も学生運動をやっていましたよ」。十分に想定していた流れで過去にもあった既視感。つくづく嫌なフレーズである。ならばあなたは今、何をしているのか。人の上に立って経営をリードし、従業員を数倍する収入を得ているのではないか。
 60年代後半。「全共闘運動」を担った世代は、今や70歳代中盤に差しかかる。闘士らはその後、どの方向に進んだか。「一貫組」「復活組」「ご意見番組」そして「初参加組」の四つの傾向に分けるのは、教育ジャーナリストの小林哲夫氏だ。今から6年前。「シールズ」に触発され、安保法制反対運動で国会前に集まった人々を取りあげた『シニア左翼とは何か』(2016年・朝日新書)に詳しい。
 前述の経営者は、どれにも属さぬ「転向組」なのか。むしろこのグループが多数派かも知れぬ。ただし強弱はあれ「運動していた」ことが前提だが。
 そして『いちご白書』は「言い訳の歌」になる。よく読めば首を傾げもする。2番の歌詞。「就職が決まって髪を切る」のではない。「求職中に髪を切る」のである。もっとも無精ひげや長髪でも採用する寛大な企業が、当時はあったか。このツッコミは「ヒット中にも流行った」と連れ合いは言う。
 コロナ禍の終わりが見えない。金にもならぬ雑文を書き続け、運動から足が遠のく身で大口は叩けないが、元気はもらう。金権利権まみれの五輪組織委会長の座から森喜朗を引きずりおろしたのは、女性の、世論の力である。歴代権力者の悪しき院政を打破するきっかけになるか。もちろん五輪そのものを廃止することが目標だ。
 先達たちのノスタルジーは否定できない。ただ、「私もやっていた」ではなく、「私はやっていた」と言って欲しかった。(隆)


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