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    かけはし2021年4月12日号

福島原発事故10年


3.27


さようなら原発首都圏集会

1500人でデモ行進




 3月27日、桜の花が満開となった東京・日比谷公園野外音楽堂で「3・27福島原発事故10年 さようなら原発首都圏集会」が開かれた。コロナ・パンデミックが「収束」に向かっているとはいえない状況が、あらゆる動向から見て依然として進行しているにも関わらず、菅政権は五輪聖火リレーを3月に福島から出発させるなど、福島原発事故が「もはや過去のもの」と言わんばかりに、「正常化」「復興」のプロセスが軌道に乗ったという印象づくりに躍起になっているのだ。
 この日、午後1時から始まった集会は、コロナパンデミックによる感染を防止するために野外音楽堂の収容人数を1300人に限り、それ以上は公園内の別の場所で参加してもらうという形式で行われた。

10年経っても
家に帰れない


オープニングライブは、17歳で原発事故に遭遇した片平里采(かたひら りな)さんのコンサート。片平さんは南相馬・原町の出身で原発から10キロしか離れていないところで暮らしていたという。片平さんの澄んだ歌声は、原発事故への怒りと悲しみの中で、希望を捨てずに生き抜こうという思いを印象づけるものだった。
主催者あいさつは、作家の鎌田慧さんから。鎌田さんは「集会で反対の意思を心に刻み、その意思を街に出て訴えよう」と呼びかけるとともに「政府には全く反省の気持ちがない。故郷・家・職場を捨てた人の心を分かろうともしていない。4万人以上がまだ住み慣れた家に帰れない。そして私たちは、こんな政府を倒すことができないままだ」と痛苦に満ちた思いを語った。
鎌田さんはその上で「さよなら原発署名」は881万人分を政府に提出したことを報告。さらに「水戸地裁で東海原発の運転中止を求める判決が出た。これは裁判官の英断といってよい。これからも裁判官の人生をかけた判決が出てくるだろう。原発は徹底的に追い詰められていく」と語り、ドイツのメルケル首相の例を挙げながら「脱原発が人類を救う」と訴えた。
澤地久枝さんは「去年で90歳になった」と語りつつ「生命ある限り反原発を訴える。日本は核兵器禁止条約にも加わっていない国だが、原発をやめることは簡単にできる。政治家の決断次第だ」「福島の人びとから暮らしを奪う政治家に憎しみを持つ」と語った。

被災者の苦し
みは終わらぬ


福島から地脇美和さんが発言。「こんなことはいつまで続くのでしょうか。事故の実態解明もできてはいない。安全管理のデタラメさを環境のせいにして、反対の声を封じ込めるのが政府や福島県のやり方だ」と厳しく批判した。「避難の過程で亡くなった人びとも多かった。福島の地裁での原発事故判決では誰の責任も問われなかったが、仙台高裁・東京高裁では損賠を認める判決も出ている」と地脇さんは紹介した。
さらに「福島原発事故による心身の被害について『過剰診断』を言う人までいる。原発事故被害に加えた人権侵害だ。被害は見えにくくされている。しかしあきらめではなく希望の積み重ねが必要だ」と地脇さんは語った。
原自連(原発ゼロ・自然エネルギー推進連盟)の吉原毅さんは「チェルノブイリ事故による危険・困難区域を上回る福島事故の現実にもかかわらず政財界では原発再稼働を進めようとする動きがいまだに強い」と厳しく批判した。
菅直人元首相は「人間が作ったものは人間がやめることができる。国会議員の半分以上が賛成すれば原発は止まる」と語った。
さらに東海原発運転差し止め訴訟原告団から3月18日、水戸地裁で東海第2原発の再稼働に運転差し止めを命じる判決が出たことの意義を力強く訴えた。判決の趣旨は「最新の科学的知見によっても、何が起きるかについて確実に予測することはできない」というものであり、司法の側から原発の危険性という判断が明確な形で出たということだ。
閉会のあいさつは落合恵子さん。落合さんは「この10年間に亡くなった人びとへの思いを胸に、世界から核・原発をなくそう」と呼びかけた。
この日の参加者は会場の1300人と合わせて1500人に達した。集会後、日比谷公園から東京駅に向かうデモが元気よく行われた。      (K)


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